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第三章 「サブリル村冒険の旅・前編23」

 「おじいちゃん? エースおじいちゃん!」


 「ルミナ? どうしてこんなところに来たんだ?」


 工場をぐるりと見て回った末、私たちはようやく最上階の作業室へ辿り着いた。


 そこは他の階とはまるで別世界だった。広い最上階には、壁際で作業する白ひげのおじいさんが、たった一人いるだけ。


 彼の机の周囲には、他の職人たちよりも遥かに多い型が宙に浮かんでいて、机の上には服や靴、手袋や帽子が山積みになっている。ぱっと見は散らかっているのに、不思議と彼の手元では完璧に整理されていた。


 ルミナは部屋へ入るなり、そのおじいさんの元へ駆け寄っていく。


 「エースおじいちゃん!」


 そう叫びながら、そのまま彼の胸へ飛び込んだ。


 私はそこで初めて気づく。


 この人はただ型を扱っているだけじゃない。検品、縫製、着色――全部を一人でこなしているのだ。


 詳しい作業工程は分からないけど……こういう人のことを、“職人”とか“師匠”って呼ぶんだろうな。


 私が机の上の製品を食い入るように見つめていたからか、ルミナが得意げに紹介してくれる。


 「楓玲さん、この人がエイダディ工場の工場長――エースおじいちゃんだよ。さっき話した、私を助けてくれたおじさん!」


 「こんにちは、エースおじいちゃん。私は三好楓玲っていいます。今日、この村に来た旅人です。」


 おじいさんは顔を上げると、膝の上のルミナを下ろし、慣れた手つきで手袋を外して右手を差し出した。


 「こんにちは。儂はこの工場の工場長、エース・ロドトラーじゃ。よろしく頼むよ、三好さん。」


 こんな年上の人と話すのは初めてで、私は緊張のあまり手汗が止まらなかった。慌ててズボンで手を拭いてから、その手を握る。


 「よ、よろしく……いたっ……よろしくお願いします。」


 噛んだ。盛大に舌を噛んだ。


 恥ずかしさで思わず俯く私に、エースおじいちゃんは怒るどころか優しく笑ってくれた。


 彼の手は皺と硬いマメだらけなのに、不思議なくらい温かくて柔らかかった。


 私がまだ呆然としていると、エースおじいちゃんは微笑みながらルミナへ問いかける。


 「ルミナ、この子はどこかの商家か貴族のお嬢さんかね? 服装も上等じゃし、どこぞの名家の子に見えるが。」


 「うん、そうみたい! 一緒に来たカイアさんが言ってたんだけど、楓玲さんってお金持ちのお嬢様なんだって。」


 「ほう! なるほどなぁ。気品があって可愛らしく、そのうえ賢そうじゃ。」


 その会話を聞いて、私は慌てて口を開いた。


 「ルミナ、エースおじいちゃん。二人に言わなきゃいけないことがあります。」


 「『なあに? 楓玲さん』」


 「じ、実は……私……お嬢様なんかじゃありません! ただの普通の旅人です!」


 「『えっ?』」


 二人同時に目を丸くする。


 最初に沈黙を破ったのはルミナだった。


 「楓玲さん、それ本当なの?」


 「うん……本当。騙すみたいになってごめんね、ルミナ……」


 私が説明した瞬間だった。


 エースおじいちゃんの表情から、さっきまでの穏やかな笑みが一瞬で消え去った。


 代わりに現れたのは――ぞっとするほど冷たい視線。


 気のせいか、部屋の空気まで冷え込んだように感じる。


 そして彼は、私の手をぱっと離すと、そのまま机へ戻り、何事もなかったかのように手袋をはめ直し、再び作業を始めてしまった。


 ……正直、ちょっと腹が立った。


 でも、その手際がまた凄い。見れば見るほど、惚れ惚れするくらい鮮やかな技術だった。


 「ルミナ、私……何か悪いことした? それとも、身分を隠してたから怒ってるの?」


 「楓玲さん……本当に、本当にお嬢様じゃないの?」


 「うん……理由は旅館に戻ったらちゃんと話すよ。でも、今の状況がよく分からなくて……」


 「実はね……エースおじいちゃんは――」


 「おい、そこの小娘ども! 買い物もしないなら仕事の邪魔をするな! さっさと出ていけ! これ以上居座るなら見学料を取るぞ!」


 ルミナの言葉は、エースおじいちゃんの怒鳴り声に遮られた。


 そして彼女は、少し困った顔で続きを口にする。


 「……おじいちゃん、工場の売上に繋がらない相手には、すごく冷たいの。」


 「薄っぺらすぎるよ!?」


 私のいた学校では、先生たちは真面目な顔で教えていた。


 ――人とは、お互いを尊重し合わなければいけません。


 ――相手が自分より弱くても、決して見下してはいけません。


 なのにこのおじいちゃんときたら、その“人としてのルール”を床に叩きつけて、その上から思いっきり踏みつけてるんだけど!?

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