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第三章 「サブリル村冒険の旅・前編21」

「……やっぱり、違ったんだ。」


「え?」


 ルミナに連れられて森の中を二十分ほど歩き、私たちは例の『アイダディ』工場へと辿り着いた。


 工場の外に並べられた棚に、いかにも工場製品らしいものが置かれているのを見た瞬間、私は思わず俯いて笑ってしまう。


 私はその品々を指差しながら、隣のルミナへ確認した。


「ねえ、あそこの棚に置いてあるのが“アイダディ”なの?」


「うん、そうだよ。あっちにあるのはまだ色を付ける前の半製品だけど、間違いなくアイダディだね。」


「そっか……ブランドじゃなくて、服の名前だったんだ。」


 田舎村の森の奥深く。

 そこには巨大な緑色の建物がそびえ立っていた。


 見た目は、子供の頃に動物園で見たツリーハウスそのもの。

 壁一面には蔦や枝が絡みつき、入口へ続く道だけが赤レンガで舗装されているおかげで、ようやく人工建築なのだと分かるほどだ。


 周囲には黒い棚がずらりと並び、それぞれ透明なカーテンで覆われている。

 さらに外側には柵まで設置されていて、雨避けや動物対策なのだろう。


 ルミナは不思議そうに私を見つめ、小声で尋ねてきた。


「なんだか楓玲さん、ちょっとがっかりしてるみたい?」


「え、いや……その……まさか“アイダディ”が普通の『服』だったなんて思わなくて。」


「普通の服なんかじゃないよ! “アイダディ”なの!」


 さっきまで控えめに話していたのに、私の一言を聞いた瞬間、彼女は腰に手を当ててむっとした顔で睨んできた。


「ご、ごめんってルミナ。そうだよね……アイダディ、アイダディ。」


 正直、私にはただの白い服にしか見えない。

 でも、本気で怒っているルミナを見ていると、さすがに申し訳なくなってしまい、慌てて謝った。


 それでもまだ不満だったのか、彼女は私の手をぐいっと掴み、そのまま工場の入口へ引っ張っていく。


「絶対に工場の中で見て、触って、感じてみてください! 着心地も、絶縁性も、耐久性も、他の工場製品とは比べものにならないんです! しかも防風・防水性能まで優秀なんですよ! 楓玲さんも体験したら、きっと、きっとすぐにアイダディの素晴らしさが分かりますから!」


 その瞬間、私はようやく確信した。

 自分の予想は間違っていなかったのだと。


 “アイダディ”は、やっぱりブランド名だった。


 ただ……現実世界の某有名ブランドに名前が似すぎじゃない!?


「(あっ! もしかして、これが小七が森で言ってた“発音”の違いってやつ!?)」


 私は以前、森の中で小七に尋ねたことを思い出した。

 どうして小七が『姫路城病院』なんて言葉を理解できたのか、と。


 すると小七は当然みたいな顔で答えた。


 『だって、主人の“発音”だよ。』


 『“発音”?』


 『うん。主人の言葉は、勇者救——あ、えっと、簡単に言えば、システムが私たちにも分かる言葉へ変換してくれるんだよ。

 例えば主人が“姫路城病院”って言っても、小七たちには“日本にある大きな病院を知っていますか?”みたいな意味で聞こえるんだ。』


 『へえ、そんな機能まであるんだ。』


 あの時は深く考えなかった。

 でも今なら分かる。


 この“発音”機能は、私だけじゃなく、エデロの人たちにも作用しているのだ。


 もしかすると——“アイダディ”も本当の名前ではなく、発音システムが私に分かる単語へ変換した結果なのかもしれない。


 ……いや、待って?

 もしそうなら、今ここでエデロに存在しないものを口にしたら、この世界ではどう変換されるんだろう?


 私はちょっとした実験を思いついた。

 どうせここには私とルミナしかいない。

 もし変換がおかしくても、知るのは女同士の私たちだけだ。


「(うん、やってみよう!)」


 私は前を歩くルミナを呼び止めた。


「ルミナ、ちょっと待って! 話したいことがあるの!」


「楓玲さん? どうしたの?」


 彼女は私の手を離し、立ち止まって振り返る。


 私は試しに、この世界には存在しないであろう言葉を口にしてみた。


「今度、一緒に東京へ遊びに行こうよ。今は夏だけど、すっごく冷たいアイスを売ってるお店があるの。食べたら暑さなんて吹き飛ぶよ? どうかな?」


 その探るような問いかけを聞いた瞬間。

 ルミナは、なぜか二歩ほど後ずさった。


 両手を胸元でぎゅっと押さえ、肩を小さく震わせる。


 私は呆然と彼女を見つめた。


 次の瞬間——彼女の頬が一気に真っ赤に染まる。


 そして、予想外すぎる言葉を口にした。


「楓玲さん……そ、そういうこと、こんな場所で言うなんて……。」


「……は?」


 反応が、完全に想像と違う。


 私が固まっている間にも、彼女は耳まで真っ赤になっていく。


「楓玲さん……その、旅館へ戻ってから……わ、私、ちゃんと考えてみます……。」


「ちょ、ちょっと待ってルミナ!? 私、いったい何て言ったの!?」


「楓玲さんひどいです……! あんなこと言っておいて、知らないふりするなんて……! 女の子同士でも、そういうことを軽々しく言っちゃダメです!」


「えぇぇ!? 待って待って、ごめん! 本当にそういう意味じゃないの! ルミナ、誤解だから! でも、どこが変換されたの!? “アイス”? それとも“東京”!?」


「もう言わないでくださいっ、楓玲さん!」


「わ、分かんないよぉ! いったい何に変換されたのーーっ!?」

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