第三章 「サブリル村冒険の旅・前編20」
「楓玲さん、なんだかすごく疲れた顔してませんか?」
訓練場を離れてしばらくした頃、背後から親しげな笑顔を浮かべたルミナイがひょっこり現れた。私たちは並んで村の小道を歩き始める。
「ううん、ちょっと色々あって……」
私はなるべく軽く答えた。するとルミナイは不思議そうに首を傾げる。これ以上追及される前に、私は慌てて話題を変えた。
「この村って、他にどこか見て回れる場所とかあるの?」
「うーん……」
「なんでもいいから!」
「なんでもって言われても、この村ほんとに普通の村だから、特別な場所なんてないよ?」
私は曖昧に笑ってごまかした。
――いやいや、どこが普通の村なの!?
さっき訓練場で見た光景を思い出す。木剣で戦って、黒い霧みたいなの出して、最後には木剣真っ二つって……。
どう考えても普通じゃない。
「楓玲さんって、本当に変わった人ですね」
「えっ?」
思わず間の抜けた声が漏れる。するとルミナイはくすっと笑った。
「こんな田舎の村にそこまで興味津々な人、初めて見ました。まるで、この世界に来たばかりみたい」
…………。
まずい。
今すぐ何か言い訳を考えないと、この世界の常識を何も知らないことがバレる。
正直、こうやって誤魔化し続けるのもかなり大変だ。いっそ「異世界から来た勇者なんです!」って全部打ち明けてしまいたいくらいである。
少し迷った末、私は嘘と本当の中間くらいの答えを選ぶことにした。
「実は……私、別の国から来たの。向こうはここと全然文化が違ってて、ずっとそこで暮らしてたから……。だから、カイアさんと一緒にここへ来てから、見るもの全部が新鮮で……。家を出たのも、これが初めてだったし」
そこまで口にした瞬間、不意に家族のことが頭をよぎった。
雪澈パパ、蝶祈ママ、それに晞夏――。
胸の奥が熱くなり、気づけば涙がぽろりと零れ落ちていた。
「あっ……」
ルミナイは慌てる様子もなく、ポケットからハンカチを取り出し、そっと私の涙を拭ってくれる。
「うん、楓玲さん頑張ってるんですね。そう言われてみれば、確かにこの国の人っぽくないかも」
「え? どうしてそう思ったの?」
「服ですよ! 楓玲さんの着てる服、この国じゃほとんど見かけませんもん」
「あー……そうなんだ? 私たちの国だと、これって有名ブランドなんだけど」
「へぇー! じゃあ、サビル村のアダディみたいな感じですね!」
「ア、アダディ?」
――……その名前、なんか私の世界の某ブランドに似てない?
あまりにも聞き覚えのある響きに、私は思わずどもってしまった。
けれどルミナイは不思議そうに目をぱちくりさせるだけだった。
「えっ? アダディ知らないんですか? もう世界中で大人気だと思ってました!」
「え、えっと……私、あんまり詳しくなくて。服とか、いつもお父さんとお母さんが選んでくれてたから」
「なるほどー。まあ、楓玲さんお嬢様っぽいですもんね」
「その……ルミナイ、実は私――」
「せっかくだし、今から見に行きましょう!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!? 何を!?」
「アダディ工場です!」
パンッと両手を合わせた次の瞬間、ルミナイは私の腕をぐいっと掴んだ。
不意を突かれた私は抵抗する暇もなく、そのまま引っ張られていく。
「ルミナイ、その工場って遠いの!? 危なくない!?」
「うーん、ちょっと歩きますけど……楓玲さん、“なんでもいい”って言ってたじゃないですか! あ、危険かどうかで言うと、昔工場で事故が起きた時は、しばらく周辺の生き物が近寄れなくなりましたね」
「……今なんて言ったの!?」
いやいやいや!?
それ危険とかいうレベルじゃなくない!?
この村の近くに何があるの!?
私が本気で恐怖を覚え始めたその時、ルミナイは平然と続けた。
「そうですね。でも……村の人たち、みんなアダディのこと大好きなんですよ?」
「そ、そんな危険な施設なのに!?」
「サビル村の人間はみーんな、アダディと運命共同体みたいなものですから!」
「ア……アダディ……」
頭の中が完全に混乱する。
小学校のテストで、“ちゃんと勉強したはずなのに見たことない問題が出た時”みたいな感覚だ。
正解に辿り着けそうで辿り着けない。
むしろ、ルミナイの説明を聞けば聞くほど、自分の予想に自信がなくなっていく。
私は掴まれた腕をそっと引こうとした。
でも、ルミナイの楽しそうな笑顔を見てしまうと、どうにも振り払えなかった。
――そして私は、そのまま引っ張られ、連れ回されるようにして、森の奥へと足を踏み入れていった。




