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第一章 「すべての始まり01」

「き……晞夏、行かないで……。お姉ちゃんはここにいるよ……」


「ご……主人様――」


悪夢から飛び起きた私は、全身に嫌な汗をにじませながら目を開けた。

耳に届いたのは、さわさわという妙な音。

そして次の瞬間、どこか妙に懐かしい匂いが鼻をくすぐった。


「主人様!」


最初に視界へ飛び込んできたのは、ほとんど羽の生えていない奇妙な生き物だった。

小さな翼を必死にばたつかせ、ところどころ赤い産毛のようなものが生えている。


「主人様! やっと目を覚ましてくれましたね!」


「……え?」


「どうしたんですか、主人様?」


――しゃべった?


今、これが喋ったの?


「主人様? 大丈夫ですか?」


私は目をこすった。

けれどすぐにちくりとした痒みが走る。

指先にはぬるりとした感触が残り、何かの液体がついていたせいで、目元が赤く腫れていた。


その時になってようやく、自分が外に寝かされていることに気づく。


手のひらには冷たく湿った泥の感触。

草の切れ端が指の間に入り込み、湿った土の匂いが鼻の奥へ入り込んできた。


……


どうして、こんなところに?


考えがまとまるより先に、記憶が断片的に頭の中を駆け抜ける。


不安だった私。

公園。

黒い帽子。

不気味な知らない人。

銀色に光る短い何か。

そして――鮮やかな赤。


「きゃっ……!」


私は飛び起きるように身を起こし、慌てて自分の身体を見回した。


「どこ!? どこを怪我したの!? 傷は!?」


少しずつ視界がはっきりしていく。


あの奇妙な男。

銀色の切っ先。

胸に走った冷たい痛み。


――刺されたんだ。


服に温かい液体が広がって。

全身が冷たくなって。

そして私は、そのまま倒れた。


「主人様、いったいどうしたんですか? さっきから全然返事してくれません」


視界の端に、その奇妙な生き物が映る。

小さな翼をせわしなく動かしながら、必死に私を現実へ引き戻そうとしているみたいだった。


「主人様? まだ混乱してるんですか?」


「……」


聞こえてはいる。

でも返事をする余裕なんてなかった。


そうだ。

怪我をしたなら、早く病院へ行かなきゃ。


私は勢いよく周囲を見回し――そして、固まった。


目に映ったのは、高くそびえる木々。

濃い緑の葉。

見たこともない奇妙な植物。


どう見ても、私は森の中にいた。


「え……ええっ? ちょ、ちょっと待って……ここ、どこ? なんで私こんなところに――え?」


私はぎゅっと目を閉じ、何度も首を振った。


そしてもう一度目を開ける。


目の前には、その黒い点みたいな目。


「ひゃっ!?」


驚いて後ろへ倒れ込んだ拍子に、手のひらが何かを潰した。


見下ろすと、小さな赤い実が潰れている。


虫じゃなかったことにほっとした、その瞬間。


ぽんっ、とその実が弾けて、妙な黄色いガスが噴き出した。


「くさっ!? くさっ!! なにこれ!? 鼻に入った!? うわぁぁぁっ、くさーーい!!」


刺激臭が一気に鼻へ突き抜ける。

目も鼻も一瞬で真っ赤になった。


私は慌てて立ち上がり、夢中で走り出した。


「主人様、落ち着いてください! タロの実のガスに害は――」


「お願いだから黙って! もう何が何だかわかんないの! お願い、消えてよ!」


涙が勝手に溢れてくる。


普通なら、こんな臭いはすぐ薄れるはずなのに。

なぜかどんどん強くなっていく気がした。


走って、走って。


とうとう足が止まり、私はその場にしゃがみ込んだ。


気づけば、あのひどい臭いは少しずつ消えていた。


その時ふと、さっきの声が頭をよぎる。


(主人様、落ち着いてください。害はありません)


その言葉を思い出した途端、胸の奥に小さな罪悪感が広がった。


見回してみても、あの子の姿はどこにもない。


そのことが、どうしてか少しだけ寂しかった。


状況を整理しようと思った。


前に晞夏とテレビで見た。

こういう時こそ落ち着いて、目を閉じて、自分の状況を整理すればいいって。


……うん。やってみよう。


私は深く息を吸い、目を閉じた。


頭の中は真っ暗。


考える。


そして――


「全然意味ないじゃん……!」


私は思わず頭を抱えてその場にうずくまった。


「蝶祈ママ……雪澈パパ……晞夏……みんなどこ……」


テレビなんて嘘だ。

考えれば考えるほど、余計に怖くなるだけだった。


ぽた、ぽた、と涙が太ももに落ちていく。


その時だった。


同じように、ぱたぱたと小さな音が聞こえた。


顔を上げると、あの奇妙な小さな生き物が、そっと私の胸に飛び込んできた。


「主人様……大丈夫ですか? ずっと探していたんですよ」


絵本や映画の中にしかいないような不思議な生き物。


その小さな黒い瞳が、まっすぐ私を見つめていた。


表情なんてわからない。

なのに、その震える呼吸の奥に、心配と申し訳なさがある気がした。


胸の奥がぎゅっと苦しくなる。


私はゆっくり両手を伸ばして、その小さな身体をそっと抱きしめた。


次の瞬間。


もう涙は止まらなかった。


「ありがとう……まだ、いてくれたんだ……」

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