第三章 「サブリル村冒険の旅・前編17」
「もしかして……貴族のお嬢様ですか? それとも商人の娘さんとか?」
「えっ?」
「あっ、その……すみません。この村ってあまり人が来ないので。夜影以外で、同じくらいの年の子を見ることがほとんどなくて……。失礼なこと聞いちゃって、ごめんなさい。」
彼女が頭を下げようとしたので、私は慌てて声を上げた。
「わ、私はそんな立派な人じゃないから、謝らなくていいよ!」
「じゃあ……あなたは?」
「え、えっと――」
どう説明すればいいのか分からず、私は小七の方を見る。
すると小七は、自信満々の目でこちらを見返してきた。
「主人、もうそのまま言っちゃいましょう!」
「で、でも……驚かせちゃわないかな。」
「『えっ!?』」
小七が喋った瞬間、二人は同時に驚きの声を上げた。
さらに噴水広場にいた人たちまで、一斉にこちらへ視線を向けてくる。
こうなった以上、隠しても仕方ない。
少し恥ずかしいけれど、この村の人たちに助けてもらえるかもしれないし――。
「わ、私は……この世界を救うために来た……ゆ、勇者です!」
「『勇者?』」
周囲のざわめきがぴたりと止まり、村人たちは皆、驚愕した表情を浮かべた。
目の前の二人も、ぽかんと固まっている。
私は勇気を振り絞って続けようとした――その時。
どこか聞き覚えのある男性の声が、人混みの中から響いてきた。
「お嬢様! また発作が!」
「またそんな妙なことを言って……! 皆様、申し訳ありません。うちのお嬢様は以前、魔物の襲撃で大怪我を負いまして……時々こうして、おかしなことを口走るんです。」
「旦那様に命じられて、私は先に生活の準備をしに来ていたのですが……道中で盗賊に襲われ、お嬢様を迎えに行けず……本当に情けない限りです……。」
男は悲しげな声でそう語る。
村人たちは静かに黙り込み、やがて次々と頭を下げ、私へ祈りを捧げ始めた。
私は呆然と立ち尽くす。
何か言い返そうとした瞬間――
「って、昨日出ていった天才魔法使いのカイアじゃないか?」
「ほんとだ! なんで戻ってきたんだ? 昨日言ってた外出って、このお嬢さんを迎えに行ってたのか!」
「カイア兄ちゃん、昨日は屋根直してくれてありがとな! おかげで家族みんな安心して眠れたよ!」
さっきまで疑いの目を向けていた村人たちは、一気にカイアへ群がり、親しげに話しかけ始めた。
そして私は、相変わらず状況が理解できないまま、その場に取り残されていた。
「えっと……そんなに大変だったんですね。」
「ごめんなさい、ずっと喋らせちゃって……体調悪いなんて知らなくて。本当にごめんなさい。」
「い、いや、違うの! 私は――」
女の子だけじゃない。
ずっと無口だった夜影まで、小さな声でそう言った。
私は慌てて否定しようとする。
けれど言い終わる前に――
ふいに、誰かの手が優しく私の頭を撫でた。
私は反射的にその手を払い、振り返る。
そこにいたのは、派手な格好をしているくせに中身はポンコツな魔法使い――カイアだった。
彼は私と小七が反論する暇もなく、周囲へ明るい声で言い放つ。
「皆さん、ご安心を。無事、お嬢様を見つけることができました。」
「改めまして、旅の天才魔法使い――カイア・エクリスです。何か困り事があれば、ぜひこの私にご相談を。」
「こんにちは、カイアさん。」
「やあ、お嬢さん。それにそっちの剣士の坊主も、こんにちは。」
「……」
「ところで、その生き物……さっき喋ってませんでした? いったい何なんですか?」
「ああ、これですか? 旦那様がお嬢様に買い与えた魔法人形の小七です。王都でしか買えない高級品なんですよ。どうです? よく出来てるでしょう?」
「なるほど……確かにすごく精巧ですね。」
女の子はにこりと微笑む。
周囲の人々も、カイアの説明に納得したようで、少しずつ散っていった。
その瞬間、小七がカイアに向かって猛烈に抗議し始める。
「このバカ魔法使い! 誰が人形ですか! 私は由緒正しき四大神獣――朱雀ですよ!? しかも勇者様直属の高貴なる従者です!」
「ほら、こういう設定の人形なんですよ。うちのお嬢様にぴったりでしょう?」
「何を言って――!」
小七が反論しかけた時、女の子が楽しそうに笑った。
「うん、確かに。」
「『はぁ!?』」
私と小七は同時に変な声を上げた。
何がどうなってるのか分からない。
でも、こういう誤解のされ方はかなり不本意だ!
まだ勇者としての自覚は持てていないけれど、変な子扱いされるのは普通に嫌だった。
「ま、待って――」
私が言いかけると、女の子は笑顔でぺこりと頭を下げた。
「それじゃあ、私たちはこれで。」
「……」
夜影も静かに頭を下げ、彼女の後を追う。
私たちがカイアさんに抗議しようとした、その時。
遠くから、さっきの女の子の声が響いた。
「自己紹介、忘れてました!」
「私はルミナイ。ルミナイ・シャルル。そしてこちらが兄の、夜影・シャルルです!」
「またね、ルミナイさん、夜影さん! 私たち、この村に一晩泊まる予定なので、また会えたらよろしくお願いします!」
「さようなら、カイアさん、小七さん、それから――『自称勇者の女の子』さん。」
「なっ――」
軽く手を振って別れを告げる二人に、私は何か言い返そうとして――結局、口を閉じた。
最後は、小七とカイアさんと一緒に、ぎこちない笑顔で手を振り返すしかなかった。
二人の姿が見えなくなった瞬間。
私は小七と同時に振り返り、カイアを睨みつける。
「『説明してください!』」
私たちが同時に怒鳴ると、カイアはまったく動じずに肩をすくめた。
「説明しろって……むしろ感謝してほしいくらいなんだけど? 私はお前たちを土壇場で助けたんだぞ。」
「はぁ? 土壇場って?」
「お前たち、さっきの村人たちの顔見てなかったのか? 放っておいたら最悪――この村から生きて出られなかったかもしれないぞ。」
「えっ?」
「バカ魔法使い、主人を脅かさないでください! そ、そんなことあるわけ――」
カイアは鋭い目で小七を睨み、一つため息をついた。
「よく考えろ。こんな辺境の村で、突然『自分は勇者です』なんて言い出してみろ。村人たちが素直に信じると思うか?」
「しかも、この村は教会と仲が悪い。下手をすればお前たちは――」
「『……え?』」
私と小七の間抜けな声が、広い噴水広場に虚しく響き渡った。




