第二章 「勇者の力と、天才魔法使い15」
本来なら、村の入口に着いた瞬間――私は大声でこう叫ぶつもりだった。
「ついに村に到着だーっ!」
――しかし。
カイアさんが突然、私と小七をぐいっと引き止め、慌てた様子で言った。
「楓玲ちゃん! 絶対に、絶対に自分が『勇者』だなんて言うなよ!?」
「えっ? でも小七が……『聖光教会』ってところに行って助けを求めなきゃいけないって……」
私は小七の方を見る。小七もこくりと頷いた。
するとカイアさんは、苛立ったように銀髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「はぁ……楓玲ちゃん。『ただより高いものはない』って言葉、聞いたことあるだろ?」
彼は真面目な顔で続ける。
「教会の奴らはな、勇者って肩書きを利用して、募金活動だの勇者基金だの始めるに決まってる。お前の名を勝手に使って金を集めて、好き放題やるんだよ」
「それに、一度教会に入ったら最後。行動は全部管理されるし、どこへ行くにも報告、勝手な行動は禁止……って感じになるだろうな」
そこで彼は一度言葉を切り、真剣な表情で私を見た。
「楓玲ちゃん、それでもいいのか?」
「うっ……小七? カイアさんの言ってることって、本当なの?」
私が尋ねると、小七は当然のような顔で答えた。
「そ、それは……確かにそうですけど……でも、規則は規則ですし……」
「ほら見ろ!」
カイアさんは指を突きつける。
「『聖光教会』ってのは昔からずーっとそうなんだよ! 『万人平等』だの『神は人を愛している』だの綺麗事ばっかり並べやがって!」
「あぁーもう! あいつらの話をするとイライラする!」
「馬鹿魔法使い? そんなに『聖光教会』に不満があるんですか?」
「べ、別にそういうわけじゃない! ただ……その……」
カイアさんは気まずそうに頬を掻きながら続けた。
「とにかくだ! お前たちがこの世界で自由に生きたいなら、今はまだ教会に勇者のことを報告しない方がいい!」
「うーん……ちょっと納得しちゃうかも。小七はどう思う?」
するとカイアさんは、小七が答える前に割り込んできた。
「禿げ神獣だってさぁ、もっと主人と一緒に冒険したいんじゃないのか?」
「もし教会に行ったら、もっと“優秀な”神官とかに、お前みたいなちっこい従者は簡単に交代させられるかもしれないぞ?」
その言葉に、小七はぴたりと黙り込んだ。
カイアさんはさらに身を乗り出し、小七の頭をぽんぽんと撫でながら、わざとらしく悲しそうな声を出す。
「その時には神殿の奥に閉じ込められてさ、毎日空を眺めるだけ。もう自由に空を飛ぶこともできない……」
「あぁ、可哀想だなぁ。本当に……可哀想だ」
「だ、駄目です! 絶対に嫌です!」
小七は慌てて羽をばたつかせた。
「私は神獣です! 主人の従者なんです! 神殿に閉じ込められるなんて絶対嫌です!」
カイアさんの笑みは、妙に胡散臭かった。
でも……正直、私も少し迷ってしまう。
確かに、今まで遊んできたゲームでも、“教会”っていう組織は大抵すごく厳格で保守的だった。
安全のため、って理由で行動を制限されるのも、きっと普通なんだと思う。
だけど――。
そんな生活、正直かなり嫌だ。
でも私は観光しに来たわけじゃない。
魔王を倒して、使命を果たして、そして――元の世界へ帰るために来たんだ。
だって。
晞夏の状況は、もう楽観できるものじゃないから。
……私は、どうすればいいんだろう。
小七の言うことも正しい。
でもカイアさんの話にも、妙な説得力がある。
けれど……。
どうしてだろう。
彼の言葉には、何か隠し事をしているような違和感があった。
「カイアさん。ひとつ気になるんですけど……」
「ん?」
「たとえ私が教会に縛られるとしても、それってカイアさんには関係ないですよね?」
「……あっ。確かに主人の言う通りかもです」
「うっ……そ、それは……!」
カイアさんの目が泳ぐ。
「ほ、本少……本大爺、やっとお前たちと知り合えたばっかりだろ? その……ちょっと別れるのが寂しいっていうか……はは……ははは……」
私と小七はじーっと彼を見つめた。
乾いた笑い声。
泳ぐ視線。
ローブの端を無意識にいじる指先。
「『(絶対なにか企んでるよね、この人――!)』」
私たちは同時に後ずさった。
こんなに分かりやすく嘘をつく大人、初めて見た!
何を考えてるのかは分からない。
でも、絶対にろくでもないことなのは分かる!
カイアさんは悪人には見えない。
だけど――絶対に“善人”でもない。
私たちは、この人のペースに乗せられちゃ駄目だ!
私は小七と顔を見合わせる。
そして二人同時に頷いた。
次の瞬間――私たちは全力で村の入口へ向かって走り出した!
「お、おい! 待てって! 話を聞け! お前たち、その村は――!」
背後からカイアさんの叫び声が聞こえる。
だけど私たちは振り返らなかった。
一目散に、村の入口へと駆けていった。




