第二章 「勇者の力と、天才魔法使い14」
「それじゃあ……天才魔法使いさん。強力な魔法ってやつを見せてくださいよ。小七と主人にも、魔法の魅力をその目で見せてほしいです!」
「ばーか。強力な魔法ってのは、そんな安っぽいものじゃないんだよ」
私と小七が疑いの目で見つめると、カイアさんの笑顔が少しずつ引きつっていった。そして前髪をかき上げながら、こう言った。
「本少……じゃなかった、本大爺は今は見せられないが、特別に教えてやろう! この天才魔法使いたる本大爺が最も得意とする魔法の名前をな!」
「『だから早く言ってよ!』」
「伝説の魔法――無属性魔法《逆天而行》!」
「『逆天而行?』」
私と小七は思わず声を上げ、顔を見合わせながら小声でひそひそ話し始めた。
「な、なんか……すごそうじゃない?」
「ですよね、主人。小七、てっきり『小さな水球』とか『小さな火球』みたいな、しょぼい名前だと思ってました……」
私たちはこっそりカイアさんの方を見た。彼は自信満々な表情で胸を張っている。
……もしかして、本当にすごい魔法なのかも。
「どうだ、驚いただろう!」
カイアさんは両手を広げ、風を受けながら堂々と歩き出した。
「本大爺は超一流の天才魔法使いだからな! こんな魔法を扱えるのも当然だ! 信じられないなら他の魔法使いに聞いてみろ! きっと“女神に愛された者にしか扱えない魔法”だって教えてくれるさ!」
まだ半信半疑ではあったけれど、私と小七は顔を見合わせ、無言で頷いた。
そんな時、後ろを歩いていた私は、カイアさんの荷物に妙なものがあるのに気づいた。
杖や魔杖のようなものは見当たらないのに、代わりに細長い金属の棒のようなものが括りつけられていたのだ。
私が聞こうとした瞬間、小七が「黙ってて」と言いたげに目配せをしてきた。そして静かに飛び上がり、その金属をそっと取り外した。
すると、荷物の隙間から小さな冊子がぽとりと落ちた。
私は慌ててそれを拾い、小七が落としかけていた金属の棒も一緒に持ち上げる。
小七は私の肩に戻ると、冊子を開けと目で訴えてきた。
人の物を勝手に見るのは良くないと思ったけれど、小七のきらきらした瞳に負けて、私はそっとページを開いた。
ちらりと前を見る。
案の定、カイアさんはまだ自分の話に酔っていて、こちらに全く気づいていなかった。
「これ……魔法書みたいですね」
「はい、主人! 魔法効果や難易度、使い方のコツまでびっしり書いてあります! 図解までありますよ!」
内容は読めなかったけれど、小七の興奮した顔を見る限り、かなり本格的なものらしい。
「やっぱり、本当に天才魔法使いなのかな……」
「小七もそう思います、主人!」
「じゃあ、《逆天而行》を見てみましょう!」
「う、うん!」
私はページをめくっていき、小七は後半のページで目的の名前を見つけた。
小七は私の服を引っ張り、少しだけカイアさんから距離を取る。
そして、小声で読み上げ始めた。
「無属性魔法《逆天而行》……えっと……」
「どうしたの、小七?」
「効果は……使用者の全魔力を吸収し、あらゆるものを逆転させる。伝説級の究極無属性魔法……です」
「おお……」
さっきまで「名前だけ格好いいネタ魔法なんじゃ」と疑っていた私たちも、さすがに感心してしまう。
小七はごくりと唾を飲み込み、続きを読んだ。
「ただし、この魔法は――」
「ご、ごくり……?」
ページの最後まで来てしまった。
肝心の続きは次のページらしい。
小七は緊張した顔で私を見る。私は黙って頷き、ページをめくった。
そして小七は、続きをゆっくり読み上げた。
「対象に与えるはずの魔法効果を、術者本人へ反転させる」
私と小七は同時に黙り込んだ。
……
……
「『えっ?』」
「『なんじゃそりゃああああ!?』」
私たちの叫びを聞いたカイアさんが勢いよく振り返る。
そして私たちの手元を見るなり、顔色を変えて猛ダッシュしてきた。
彼は私の手から冊子をひったくる。
――だが、もう遅かった。
「カイアさん……これ、使ったら自分が被害受けるだけじゃないですか?」
私が呆れて言うと、カイアさんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ち、違うんだ! 本少……本大爺だって好きでこうなったわけじゃない! ほ、他の魔法は全部失敗したのに、これだけは百発百中で成功するんだよ!」
「あなた……天才魔法使いじゃなかったんですか?」
小七まで信じられないという顔をする。
私はもう何も言えず、むしろ少しだけ同情してしまった。
そんな私の視線に気づいたのか、カイアさんは顔を赤くしたまま怒鳴る。
「その目をやめろぉ! いいか!? これは“無属性魔法”なんだぞ!? 何百年も誰一人成功できなかった究極魔法なんだ! それをこの本大爺――カイア・エクリスが、初回で成功発動させたんだぞ!? これだけで本大爺の才能がどれだけ凄いかわかるだろ!」
「つまり、その魔法以外は使えないってことですよね?」
「うぐっ……! で、でも本大爺は無属性魔法を使えるんだぞ! しかも究極魔法だ!」
小七は呆れたように肩の上でため息をついた。
「カイアさん……まさか、その魔法だけで旅をしてたんですか?」
「何が悪い! 本大爺は天才魔法使いなんだからな! て・ん・さ・い・ま・ほ・う・つ・か・い!」
私と小七は顔を見合わせる。
そして同時に、深いため息をついた。
……なるほど。
強者の風格がない理由、ようやくわかった。
この人は、単純に――自分の才能を過信しているだけなんだ。
「楓玲ちゃん! あの時、本大爺に魔法媒介があれば、《逆天而行》で……!」
「自分をエサにするつもりだったんですか?」
「違うわ!」
「でも主人の言う通りですよ? 使った瞬間、棕狼に食べられて終わってたと思います」
「そ、そんなことない! 本大爺ならあの三匹まとめて倒せてた!」
もう私たちはツッコむ気力すら残っていなかった。
私は金属の棒をカイアさんへ返し、そのまま村へ向かって歩き出す。
背後ではカイアさんが荷物を抱えながら、必死に言い訳を続けていた。




