第92話 羽柴の力の源泉「銀」
天正11年(1583年)7月 近江・長浜城 羽柴源一郎秀成
長浜城の城門を、物々しい護衛がついた荷駄隊がくぐり抜けた。
「源一郎様、長浜城代のご就任、心よりお慶び申し上げます」
それを指揮していたのは、大谷吉継だった。
大谷は馬から下り、柔らかな笑みを浮かべて頭を下げた。
私は、思わぬ再会に、大谷の目の前まで駆け寄って声をかけた。
「お久しぶりです、大谷殿! まさか使者の役が貴殿とは驚きました。またお会いできて嬉しいです」
「ははっ、畏れ多い。私も源一郎様にお会いできる絶好の機会でしたので、自ら願い出たのです」
「先の戦の趨勢を決めた『美濃の大返し』、大谷殿や石田殿ら奉行衆の緻密な準備があってこそ成し遂げられたもの。伯父、そして父に代わり改めて御礼を申し上げます」
大谷は首を横に振った。
「いえ、我々は指示の通り動いたまで。あの策を考え、山路殿を使った埋伏の計、中川殿の救出など、源一郎様のご活躍には及びません。古の張良のような知謀と、私も佐吉(石田三成)も只々驚いております」
「大谷殿や石田殿にそこまで評価いただけるとは光栄です」
私はそう言って「ふふふ」と笑うと、大谷もつられ、二人で声を合わせて笑いあった。
大谷は荷駄の方へ目を向けると、表情を改めて告げた。
「筑前守様より、お祝いを預かって参りました」
合図が送られると、屈強な人足たちが荷駄に積まれた木箱を一つずつ重そうに運んできて、広間に並べた。
蓋が開けられると、そこには窓からの光を反射して鈍く光る銀子の山が姿を現した。
「筑前様より、『城の普請なり、民の懐を温めるなり、好きに使うが良い』と言付かっております。銀、二百貫(約七百五十キロ)にございます」
小堀正次と羽田正親を筆頭に、居並ぶ長浜の奉行衆が思わず息を呑んだ。
銀二百貫――米に換算すれば四千石に相当する。
それを「祝い」の一言で差し出す秀吉の豪胆さと、羽柴家の底知れぬ財力に、場は静まり返った。
「伯父上の御厚意、しかと受け取りました」
私が頭を下げると、大谷は満面の笑みを浮かべた。
「それにしても、筑前守様は源一郎殿のことを大切に思っておられるようですな」
「嬉しいことですが、大坂城の普請や朝廷工作、諸大名との外交で物入りな時期でしょう。羽柴の蔵にはどれほどの余裕があるのでしょうか」
「はっはっは! 流石は源一郎様。早速、銀の出所に関心を示されるとは。後のためにも、羽柴の台所事情をご説明いたしましょうか」
「ぜひ、ご教示いただきたい。しかし、まずは一服して疲れを癒してください」
私はそう言って、片桐且元を手招きした。
「且元、大谷殿をご案内致せ」
「はっ!承知いたしました」
片桐は、綺麗なお辞儀をして、大谷を奥へと案内していった。
城内の一室
私と大谷は向かい合って座り、茶を啜っていた。
同席しているのは、小堀正次、羽田正親、片桐且元、黒田長政、竹中重門だ。
「では、大谷殿、単刀直入に伺います」
私は、飲み干した茶碗を置き、大谷に問いかけた。
「伯父上は、この『銀』をどこから、どれくらいの量を手に入れているのですか?」
小堀正次が被せるように、身を乗り出して尋ねた。
「……やはり、生野の銀山にございますか?」
大谷は頷き、あらかじめ広げておいた地図を指した。
そこには播磨、但馬、摂津にまたがる羽柴家の直轄領(蔵入地)が記されている。
「そのとおりでございます。生野の地は羽柴の直轄地として、月に数百貫もの銀を産み出しております。さらに摂津の多田銀山や但馬の中瀬金山……筑前守様は、これらの鉱山支配を優先して進めてこられました」
「現在、年間三千貫に迫る銀と、数百貫の金を産み出しております。米に換算すればおおよそ六万石……秋の収穫を待たずとも、田畑を耕さずとも、毎年これだけの米が蔵に流れ込んでくる計算になります」
「……六万石」
黒田長政が絶句したように呟く。
小堀や羽田も呆然としている。
長政が絶句し、小堀らが呆然とするのもわかる。
城主の手元に六万石が入ってくるには、五公五民とした場合、六十万石に相当する。
(60万×1/2=30万、30万×20%(家臣の知行を除いた実質的な城主の手取り率)=6万)
六十万石の大名に相当する収入が、安定的に秀吉の手元に入ってくるのだ。
大谷が続けて言う。
「源一郎様、銀があるということは、単に商いができるということではございません」
「銀は『速さ』でございます。他家が米を集め、商人を介して換金するのに月日を要するところ、羽柴は銀を叩きつけてわずかな日数で、兵糧と鉄砲、そして人足を揃えることが可能になります」
小堀が小刻みに首を上下させ、感心した声で言った。
「なるほど。誰よりも早く軍備を整え、敵を圧することができる訳ですな。しかも、他国から米を買いつけることも容易であれば、長期の戦も苦ではないと」
「左様。しかし、それだけではありません。筑前守様は金銀を独占することで、商人をも従えようとされています。多くの資金を持ち、多くを使うことで、堺や京の商人が羽柴に従うようになっております」
私は、大谷の言葉を噛みしめた。
確かに、秀吉は、金銀を溜め込む一方で、大盤振る舞いもしている。
単に金遣いが荒いということではなく、資金力を誇示しているというわけか。
「……つまり、伯父上は金銀を気前よくばら撒くことで、羽柴に付くのが最も得だと商人達に刷り込もうとしているということでしょうか?」
「ご明察でございます。銭が流れれば流れるほど、商人や物が集まり、それを羽柴が手にする」
「天下の富が、筑前守様の下に集まるということでございます」
大谷が得意げに答えた。
「なるほど。今回、大坂の地に巨大な城と城下町を作ろうとされているのは、単に防衛拠点ということではなく、天下の富を集めるためであると…」
小堀は、そう言って大きく頷いた。
片桐も、秀吉の政に自信を持ったのか、明るい表情で追随する。
「その富を使って天下を治めるおつもりということですね」
(続く)
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稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
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