第87話 月下城の独白ー 三姉妹のこと
天正11年(1583年)6月 近江・長浜城 羽柴源一郎秀成
長浜城・本丸の縁側。
湖の向こうには、金色に輝く月が輝きを放っていた。
京での滞在を終え、ようやく長浜に戻ってきた。
季節は六月。木々の緑は深く、田畑の稲穂は力強く背を伸ばし、夜風には夏の香りが混じっている。
ほんの二ヶ月前。まだ寒さの残る賤ヶ岳で泥にまみれていたあの戦が、今は遠い記憶のように感じらる。
私は、膝の上で丸まって寝息を立てている「マル」の、少し硬くて温かい毛並みに指を沈めていた。
「……クゥ」
夢でも見ているのか、マルが小さく足を動かす。
今回、盟友のマルを連れて帰ってきた。
別れる際、母は着物の端切れで、首飾り(首輪)を編んで、マルに付けた。
母の匂いが残っているのだろうか、マルは嫌がりもせず、今も機嫌良く付けている。
湖を渡る夜風には、湖面で冷やされた冷たさが微かに混じり、火照った頬を心地よく撫でる。
私は、マルと一緒に夜風にあたりながら、播磨・但馬へと向かう父との分かれ際の会話を思い出していた。
「源一郎……いよいよだな」
馬を止めた父が、私の肩に手を置いた。
その手は、戦場を駆け抜けてきた証か、大きく逞しいものだった。
父は静かに、ゆっくりと口を開いた。
「お前なら問題ないとは思うが、心得ておけ」
「主君の耳には、常に心地よい言葉ばかりが届く。だが、真の政とは、家臣の耳の痛い諫言や、民の声を聞くことから始まる」
それは、確かな重みのある言葉だった。
「……はい。家臣の言葉を聞き、民に目を向ける。それが、私の務めと心得ています」
「ただ、小堀や羽田など私の家臣は、上辺の心地よい言葉だけを持ってくる者ではありません。ご心配は無用です」
そう言って、私はふふふっと笑った。
「それはそうだな……では行け。長浜のことは任せる。精一杯努めてみよ」
「ただし、無理はするなよ」
そう言って馬を歩ませようとした父が、ふと立ち止まり、鋭い眼差しを私に向けた。
「万が一、有事が出来したとき。磯野殿のことを頼り、その言に絶対に従え。これは父からの命令だ」
「わかったな?」
父は、私の目をじっと見つめた。
(おそらく、全ての家臣を盾にしてでも、私を脱出させる算段ができているのだろう)
(そして、私自身もそのつもりだ)
(今、私が歴史から消えれば、羽柴は再び『滅亡の歴史』へと回帰してしまう。羽柴の家族、一門を守るためなら、誰を犠牲にしても生き残る。
(だが、その冷徹な決断を、自分は本当に下せるだろうか)
私は顔を引き締め、私ははっきりと答えた。
「わかりました。父の命、しかと胸に刻みました」
「父上も、くれぐれもお身体をご自愛ください。母上の丸薬をお忘れなきよう」
父は、にかっと白い歯を見せて笑うと、馬を翻し、但馬へと続く道を風のように駆けて行った。
そんな父の背中を思い出しながら、私は改めて今の状況を整理した。
賤ヶ岳の戦いは終わった。表面上の推移は、おおむね歴史通りだ。
しかし、決定的な相違点がある。「お市の方」が生き残ったことだ。
当面、三姉妹も母の元で、平穏な時を過ごせるだろう。
だが、これを単なる人道的な美談として片付けてはならない。『羽柴を取り巻く歴史の流れ』を、大きく変えたのだ。
安堵とともに、背筋が凍るような戦慄が這い上がってくる。
救われたお市の方、茶々、初、江。
そして生き残った柴田勝豊殿や山路正国殿が、これからどう歴史に作用していくのか。
それは歴史の知識が通用しない「未知の戦国」へと足を踏み入れてしまったことを意味している。
私の家臣として付けられた四人の重臣たち。
磯野員昌、小堀正次、羽田正親、本多俊政ら北近江の者は、口にこそ出さないものの、お市の方と三姉妹に対して、大なり小なり特別な思いを抱いている。
彼女らの下で結束するというわけではないが、大切にしたいという親愛の情のようなものは確かに持っている。
そんな家臣達の思いを踏みにじらないよう気をつける必要がある。
そして、茶々。
後の淀殿として、豊臣を滅亡へと導くはずだった彼女。
幸い、母であるお市の方が生き残ったことで、しばらく家族と共に平穏な時間を過ごすことができるだろう。
多感な少女にとって、それはとても重要なことだと思う。
母親の愛を受けて、穏やかな女性へと成長してくれることを期待したいが……
その茶々は現在、十五歳。私は九歳になる。
年齢的に似合うのは、十六歳の信吉兄上か、その一つ下の弟・小吉(のちの羽柴秀勝)だ。
小吉は茶々と同い年。
相手としては、彼らのどちらかがしっくりくるのかもしれない。
ちなみに史実では、江が小吉に嫁ぎ、子も成している。
しかし、茶々という存在が今後どのような波紋を広げるか未知数である以上、他人に預けるのはリスクが高い。
以前に思案したとおり、制御できる範囲、すなわち「自分の手元」に置くのが、最も合理的だと思える。
この時代でも年上女房は珍しくはないが、少々茶々の年齢が高いのが気になる。
だが、私の精神年齢はまもなく五十だ。
それを考えると十五歳の少女は...まぁ全く問題ではないか。
母やねね様は、私と茶々という選択肢を当然のように視野に入れているだろう。
磯野という浅井の重臣の血が流れる私が、浅井の姫を娶る。
それは、北近江の者達にとって、精神的な支柱にもなり得る。
信長公の娘が蒲生氏郷に嫁いだように、重臣の子が主君の娘を迎えるのは、この時代の統治戦略としては定石だ。
羽柴としては、本来なら浅井に取り込まれることを警戒すべきであるが、既に浅井は滅んでおりその心配はない。
北近江の者は、私と三姉妹のうちの誰かとの子が、浅井の家を再興してくれたらという淡い期待を持っていることだろう。
これは、北近江出身の者の忠誠を、父と私に集めることにつながる。
羽柴秀長の家としては、私が三姉妹の誰かと結ばれることは得でしかない。
おそらく、両親もねね様も、そして秀吉もそれはわかっているはずだ。
初と江。
彼女達のいく先も考えないといけない。
初は京極高次に嫁いだ。子はなかった。
姉(茶々)の嫁ぎ先豊臣と、妹(江)の嫁ぎ先徳川の橋渡し役、仲介・調整役として尽力した。
江は、最初に尾張・知多半島の豪族・佐治氏に嫁いだ。
これは本能寺の変の前からの約束だったとされており、おそらく信雄が差配したように思われる。
小牧長久手で佐治氏が信雄側に立ったため、秀吉に強制的に離縁させられた。
次に羽柴小吉秀勝に嫁いだが、秀勝が朝鮮出兵に赴き、現地で病死したため、再び寡婦となった。
その後、徳川秀忠に嫁ぎ、三代将軍徳川家光を産んだ。
実は、淀君(茶々)は、京に父・浅井長政の菩提寺「養源院」を創建している。
そして、大阪の陣の後、養源院が焼失した際、江が幕府に願い出て再建している。
三姉妹は、幼少期に亡くした父を忘れていない。
おそらく長政の妻であり自分たちの母・お市の方のことも。
自分たちは浅井の者であること、浅井の連枝であること、これが姉妹の精神的支柱になっていたのではないか。
私は、その精神的支柱を、どう守り、利用し、書き換えていくのか。
夜風が少し強まり、マルの耳がピクリと動いた。
来年、1584年
おそらく歴史のとおり「小牧・長久手の戦い」へと収束していくだろう。
徳川家康との関係には手をつけておらず、秀吉と織田信雄の反目は、今年の後半から加速するはずだ。
史実では、ここで羽柴軍は手痛い敗北を喫し、池田恒興や森長可といった勇将を失う。
何より、信吉(秀次)兄上が、拭えぬ汚名を背負わされる戦い……
羽柴の行く末に大きく影響する一戦となる。
それをどのように乗り越えるのか。
私は膝の上のマルの頭を、慈しむように、そして自分に言い聞かせるように強く撫でた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
茶々のことを思案した過去回(第29話)を振り返っていただけると、より楽しめると思います。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
ブックマーク・評価・感想をいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。




