第82話 摂津国替えー大坂の夢、長浜の胎動
天正11年(1583年)5月 近江・安土城 羽柴源一郎秀成
秀吉が満足そうな顔で言葉を続けた。
「他の七本槍の連中には、適当な場所を選んで加増させる。奉行どもに見繕わさせよう」
上機嫌ににこやかに話していた秀吉が居住まいを正し、顔を引き締めた。
「あと一つ残っておる。美濃だ」
「摂津の池田殿に、美濃に移ってもらうことにする。代わりに、要衝の地たる摂津はわしが預かる」
秀吉がそう言って、父の方を見た。
「小一郎、どうだ?」
父がしばらく考え、
「織田の本領・美濃に外様が入れば、織田の者は心穏やかではないでしょう」
「しかし、大殿の乳母兄弟である池田殿であれば、抵抗は少ない。皆も納得いたしましょう」
「私は賛成です」
と答えると、秀吉は嬉しそうに破顔して頷いた。
そして、持っていた扇子で膝を叩き、大きな声で言葉を続けてた。
「そうであろう。では決まりだ」
「で、池田が出た後、空いた摂津をわしが掌握し、石山本願寺があった場所・大坂に巨大な城を築く」
「この安土を超える天下一の城だ!」
と、胸を張った。
この言葉には、皆が固まった。
私は、ここでこう来るかと思いながら、うんうんと頷いた。
それを見た秀吉が、私に声をかけた。
「源一郎。いやに納得しておるが、何か思うことがあるか?」
急に話を振られた私は、背筋を伸ばして答えた。
「いえ。流石は伯父上と思いまして」
「ほう...どこが流石と思った?お主の考えを聞かせもらおう」
「はい...石山は湿地に浮かぶ台地の上。信長公が十年もの間、落とせなかった場所です。そして、京や大和とは河川でつながり、目の前の海路で淡路、四国、九州へと繋がっています。まさに交通の要衝」
「すぐ南にある堺が栄えているのもこれが理由かと」
「伯父上は、岐阜でも安土でも京でもなく、そこを拠点に天下を治めようということですね」
秀吉は目を見開き、そして大声で笑った
「わはははっ!よくわかっておるわ!」
「あの場所の価値をそこまでわかっておるとはな」
「いえ、池田殿を動かした後での巨城づくり。それでわかりました」
「そうだ。摂津一円を支配下に置いたのは、そのためよ。信長公を手こずらせた遺構を活用して、空前絶後の天下一の城を築く。城下には運河を掘り、全国の商人を無理やりでも住まわせる」
「物が集まれば人が集まる。人が集まれば金が湧く。金が湧けば、鉄砲も兵糧も、わしの思いのままよ」
池田恒興を、その地盤である摂津から引き剥がし、内陸の美濃へと押し込める。
それは、畿内の要衝から旧勢力を一掃し、羽柴の新たな本拠を固める布石でもあった。
「わしは、摂津と京で、天下の差配を行う」
「小一郎、お主には播磨と但馬を任せる。姫路城に入り宇喜多と連携し、毛利の相手をせよ。近いうちに四国へ行くことにもなるだろう。瀬戸内の海賊どもにも目を光らせてくれ」
「ははっ」
父が頭を下げた。
「それと、長浜一帯はわしの直轄とする。思い入れも強い場所だ、他人には任せられん。城代を置いて統治させる...」
秀吉がにまっと笑い、私の方を見た。
「城代は、源一郎とする」
父が驚いて、
「兄者、いくらなんでもそれは!」
と声を上げた。
「何を驚いておる、別に城持ちにしようというのではない。これまでも真似事をしておったであろう。その続きだと思えばよい」
「それにあまり前線に置くと、京の鬼にどやされるでな... 」
秀吉はそう言って「わはははっ!」と大声で笑った。
ひとしきり笑った後、真顔に戻り、父にゆっくりと話かけた。
「長浜は、勝手知ったる土地。安土や京にも近く、周囲は全て味方じゃ」
「安全なところで、しっかり統治、政治、軍事を学ぶとよい。今後のためにもなるであろう」
「...そのようなお考えであったとは。兄者の配慮かたじけなく。承知いたしました」
父は深々と頭を下げた。
「では、決まりだ。新米の城代にしっかりとした家臣をつけてやるのだな。人選は小一郎に任せる」
「わしからも、何人か家臣をつけてやる
片桐且元、黒田長政、竹中重門は、そのまま秀成付けとする。
先駆けに仕える武者も必要であろう、賤ヶ岳七本槍のうち、平野長泰、加藤嘉明をつける」
私は、思いもしない提案に驚き目を向いてしまった。
(賤ヶ岳七本槍のうち二名...史実に添えば片桐を入れて三名が、私の家臣になってしまった...)
(いいのだろうか。まぁ、流石に古参の武将は付けられないだろうから、順当なのかもしれないが)
(武名の上がった若者にとっても名誉なことだろうし、私を大切にしていると誇示もできる、一挙両得か)
そんなことを考えながら、
「ありがとうございます。しっかりと努めさせていただきます」
私は、元気よく答え、深々と頭を下げた。
「だが、長浜にすぐ赴くでないぞ。まずは山崎に戻り、お初殿とねねに顔を見せてやれ」
「まぁ、たんまり怒られるのだな」
秀吉がそう言って、にこやかに笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
ブックマーク・評価・感想をいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。




