第83話 秀成家臣団
天正11年(1583年)5月 近江・安土 羽柴源一郎秀成
安土にある父・秀長の屋敷の大広間には、張り詰めた沈黙が流れていた。
上座に座る父の前には、旧来からの家臣達が固唾を飲んで、父の言葉を待っていた。
私は、父の横に静かに座っている。
正面に居並ぶのは、桑山重晴、藤堂高虎、小堀正次、羽田正親、本多俊政、磯野員昌。
その後ろに、片桐且元、黒田長政、竹中重門。
「先の賤ヶ岳の戦いの大勝利。皆のおかげだ。礼を言う」
「論功行賞の結果は、先ほど伝えたとおりだ。わしは播磨と但馬を得ることができた」
「お主達にも加増で報いたいと思う。期待して待っていてくれ」
父がそう言うと、家臣達が「「ははっー!」」と一斉に平伏した。
頭を上げた家臣達の表情は、明るく生き生きとしている。
主君が大きな武功を挙げて加増を得、自分達も功績を認められて褒美をもらう。
まさに戦国の生き甲斐そのものであった。
皆の顔を微笑ましく見ていると、桑山が皆を代表するように声を上げた。
「殿、大幅なご加増おめでとうございます。そして、我らへの恩賞、誠にありがたく存じます」
そう言って頭を大きく下げた。
そして、頭を戻すと、
「ところで、若君についてはどのような?」
と、これまで話題に上っていないことを不思議に思ったのか、私の扱いがどうなっているのかという質問をした。
父は、やれやれといった表情で答える。
「先ほど、長浜一帯は、兄・筑前守の直轄であると申したな?」
「「......」」
家臣達は、じっと父の言葉に耳を傾けている。
「源一郎は、その長浜城の城代だ」
「「おぉぉぉ!!」」
男どもの低い唸り声が広間に響く。
「城持ちになる前の予行演習ということですな!」
藤堂高虎が喜びの音色を含む声で叫んだ。
「まぁそういうことだ。これまでも真似事をしておったのを、本格的にやってみよと」
「慣れ親しんだ長浜であれば問題なかろうという御沙汰だ」
父は、小さなため息をつきながら言った。
「中国、四国に近い播磨・但馬へ行くより、安全なところで統治を学べということらしい」
「源一郎、城代の役、しかと努めよ」
「はい!」
私は、父の隣で元気よく答えた。
父は大きく頷いた後、目の前に控える家臣達に目を向けた。
「でだ。我が息子の指導、教育についてもらう家臣を選びたい」
「「「っっっっ!!」」」
目の前の家臣達の背筋が伸びた。
主人に従って前線に赴き、更なる武功を挙げるのか。
それとも、嫡男の城代としての役目に寄り添い、跡目の育成に心血を注ぐか。
己がそのどちらを任されるのか。戦国に生きる者として、運命の分かれ道である。
緊張しながら次の言葉を待っている家臣達の態度が可笑しかったのか、父は笑いながら、
「ははっ、何を緊張しておる。先ほども言ったであろう。これまで長浜でやっていた真似事の続きだ。人選もそのように考えている」
そう言って、家臣達の顔を見渡した。
「小堀正次、羽田正次、本多俊政。そちたちは引き続き、源一郎の側に付き導いてくれ」
「「「ははっ!!」」」
三人は精一杯背筋を伸ばし、深く平伏した。
自分たちこそが、竹若時代からの古参と自負している者達だ。
まさか外されるのではないかと、不安な表情を浮かべていた。
名前を呼ばれたことが嬉しいようで、頭を上げた三人の顔は晴れやかで、目元が薄ら光っていた。
「それから磯野殿。兵の動かし方、戦さの流れの読み方、槍・刀の使い方を教えてやってほしい」
「はっ!心得た。今まで以上に厳しく指導いたそう」
祖父が、はりきって答えた。
確かに武芸の稽古はあまりしてなかった。戦場に立つのであれば体力と筋力づくりも必要だな...
そう思って祖父を見ると目が合い、にかっと笑われた。
...自分のためと思って頑張るしかないか。
「長政、重門はそのまま源一郎付けとなる。共に切磋琢磨し、羽柴の家を支える人物になってほしい」
「「はい。承知いたしました」」
二人は元気よく返事をして、頭を下げた。そして、長政が言う。
「若君のお近くで学ばせていただき、若君をお支えできるよう精進いたします」
二人の姿をにこやかに見つめていた父が大きく頷き、
「よい返事だ。源一郎をよろしく頼むぞ」
と穏やかな口調で答えた。
「片桐且元。兄・筑前守から、そのまま源一郎に仕えるようにとのことだ。引き続き頼む」
「ははっ。光栄にございます」
且元がそう言って平伏した。
「お主に加えて、兄の馬廻りから新たに二名が、源一郎付けとなる」
「平野長泰と加藤嘉明。先の戦で槍働きが著しかった者達だ」
「且元は顔馴染みであろう。世話をしてやってくれ」
父は、言葉を区切り、家臣達を改めて見渡した。
そして、
「以上だ。源一郎はまだ若い。我が身と思って支えてやってくれ……これは、父として心からの願いだ」
そう言って軽く頭を下げ、言葉を続けた。
「では、源一郎。お前から一言あるか?」
「はい」
私は居住まいを正してから返事をし、大きく息を吸って言葉を発した。
「この度、羽柴の原点である長浜の城代を任されることとなりました。先の戦で、北近江の人心は乱れているでしょう。いち早く民を慰撫し、安心して暮らせる国にしたいと思います。まだまだ未熟な身。皆の力を貸してほしい」
そして、父の方に身体を向け、畳に拳をついて、
「謹んで、長浜城代のお役、お引き受けいたします」
「父上や伯父上の汗が染み込んだ地を、立派に治めさせていただきます」
そう言って、深く頭を下げた。
それに連動するかのように、小堀が叫んだ。
「我ら一同、身命を賭して、源一郎様をお支えいたします」
それに答え、私に仕えることになる家臣達が、
「「「身命を賭してお仕えいたします」」」」と唱和し、頭を下げた。
儀式が終わり、廊下へ出ると、そこには二人の巨漢が待ち構えていた。
父・秀長の右腕と左腕、桑山重晴と藤堂高虎だ。
「若君! いや、これからは城代様とお呼びせねばなりませんな!」
藤堂高虎が、大声で呼びかけてきた。
「賤ヶ岳でのあの采配……正直、驚きました。この高虎、若君がどのような名将に育たれるか、今から武者震いが止まりませぬ! 若君の側にいたかったのですが、しばしのお別れになります」
桑山重晴が苦笑しながら、高虎の腕を引いた。
「高虎、ぐいぐい行きすぎだ、まったく……若君、我らは殿と共に播磨・但馬へと赴きますが、心は常に長浜にあります。何か困ったことがあれば、いつでも文をくだされ」
「あと...あまり無茶をなさらぬように。身重の奥方様を心配させることがないようにお願いしますぞ」
「桑山殿、藤堂殿……ありがとうございます。無茶は致しません」
「父上を、どうかよろしくお願いいたします。父が無理をせぬよう見張っていてください」
私の言葉に、二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
そして、高虎が明るい声で言った。
「ははは! これでは、どちらが親だか分かりませぬな! 」
その言葉に苦笑しつつ、二人に頭を下げ、別れの言葉を発した。
「……では名残惜しいですが、私は長浜に向かうとする...」
しかし、最後まで言い終わらないうちに、背後から羽田正親の声がした。
「源一郎様!何をしれっと長浜に向かおうとされているのですか?」
「筑前様が仰ったとおり、まずは山崎の奥方様のところへ行っていただきますぞ」
さらに、小堀正次が近づいてきて、私の肩を掴んだ。
「奥方様から連れてくるように厳命されております故」
「殿と一緒に京へ向かっていただきます。よろしいですね?」
これは逆らえないやつだと思い、項垂れて、
「はい。わかっています。久しく母上に顔を見せていませんし、お腹の中の弟か妹に挨拶もしたいですから」
「「では、まいりましょう」」
小堀と羽田に両腕をつかまれ、城の奥への連行されていくのだった。
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明日4月9日(木)は、執筆、過去回の見直しに時間を充てるため、休載とさせていただきます。
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