第75話 賤ヶ岳の戦い6ー美濃大返し
天正11年(1583年)4月 美濃・大垣/近江・木之本
それから2時間後(20日早朝)
陽が昇り、周囲の山々がはっきりと見えるようになった頃。
大岩山のさらに向こうにある岩崎山から銃声と怒号が聞こえだした。
「佐久間玄蕃(盛政)殿。日が昇るまで休息し、岩崎山砦を攻め始めたようですね」
私がそう言うと、父は小さく頷いた。
「高山殿、ある程度粘って、上手く引いてくれればよいのだが...」
父はじっと北を見つめたまま、呟いた。
そのとき北から馬のかける音、兵が走り寄る音が聞こえた。
一瞬、敵の進撃かと本陣がざわついたが、遠くを見ると、中川清秀と磯野員昌の旗印が見える。
迫りくる敵兵の波の中で凄絶な奮戦を見せた後、無事に木之本まで辿り着いたようだ。
父は床几を蹴って立ち上がり、陣の入り口の方へ走って行った。
彼らが陣に到着する否や、父は中川殿の前まで進み、手を握って声をかけた。
「おぉぉ!中川殿、よくぞご無事で!!」
「ここからも中川殿の奮迅の声が聞こえておりましたぞ!」
そして、隣に立つ磯野に顔を向け頭を下げた。
「磯野殿には感謝いたす」
「羽柴にとって重要な中川殿の命を守ってくれたこと何よりもの成果だ」
私も祖父(磯野)の横に進み頭を下げた。
「お祖父様に無理をお願いしてすみませんでした」
「しかし、また武勇が増えましたね。後ほどゆっくりお話しを聞かせてください」
祖父は頭をかきながら無愛想に答えた。
「ふんっ お前に礼を言われるものではないわ」
「戦に勝った後であれば、いくらでも話をしてやろう。しかし、何かあれば約束通り無理やりでも安土に連れ戻す。わかっておるな?」
「はい。そういう約束ですので」
「でも、戦の後に話をする約束も忘れないでください」
私がそう言って祖父を茶化すと、隣の中川殿が大きく笑った。
「はははっ!磯野殿も孫の前では形無しのようですな!面白いものを見せていただいた!」
「しかし戦の最中、血みどろで逃げ帰った我らを見ても眉の一つ動かさんとは、聞くにも増す麒麟児ですな」
「秀成殿、此度の助太刀、貴殿の発案と聞いた。礼を言う」
中川殿は軽く私に向かって軽く頭を下げ、続いて父にも頭を下げた後、笑いながら本陣の中へ入っていった。
「なかなか豪快な御方ですね」
私がそう言うと、父は「激戦の直後だ気分が高揚しておるのだろう」と、中川殿の背中を見つめながら明るい声で答えた。
中川清秀を無事に救出できたことは幸いだった。
しかし、予定どおりとは言え、防衛線は音を立てて崩れていっていた。
数時間後
岩崎山を守っていた高山右近が、佐久間盛政の猛攻に耐えきれず撤退。
泥と血にまみれ、父のいる木之本へと敗走してきた。
「申し訳ございませぬ、美濃守様……岩崎山を落とされました……」
そう言って肩を落とす高山殿を、父は力強く抱いた。
「戻ってきてくれただけで僥倖。戦はこれからでございます」
「ゆっくり休んで英気を養ってくだされ」
父は高山殿を抱き起こすと、本陣の奥へ連れて行った。
さらに数時間後、20日の昼過ぎ
大岩山砦、岩崎山砦を落とした佐久間盛政が、賤ヶ岳砦を襲い始めた。
勢いに乗る佐久間軍による想像を超える猛攻。
しかし、砦を守る桑山重晴は史実の三倍の兵(三千人)を持ち、兵力を小出しにして入れ替えながら一進一退を演じていた。
佐久間盛政を余呉湖の南に張り付けたままにする作戦であった。
その時だった。
淡海の湖の静かな水面を、いくつもの船影が切り裂いて現れた。
船団の先頭に翻る旗印が見えた。
「丸に十文字」――丹羽長秀の軍勢だ。
丹羽殿は大岩山の急報を聞き、湖を渡って駆けつけてくれたようだ。
船団から上陸した二千の兵は、そのまま賤ヶ岳砦へと駆け上がり、桑山軍と合流した。
これにより賤ヶ岳砦の兵は五千となり、落とした二つの砦の守備に兵を回している今の佐久間軍では落ちることはなくなった。
そして、南から主力が攻め上がってくれば佐久間軍を挟撃することも可能となった。
少し時間を巻き戻し(20日早朝) 大垣城・羽柴秀吉
大垣城にいた秀吉の下に、大岩山砦が佐久間盛政に急襲されたという報せが届いた。
「ようやく動いたか……玄蕃の小僧、わしの誘いにこれ以上ないほど深々と食いつきよった。それにしても読みどおり大岩山とはな」
「市松(福島正則)! 虎!(加藤清正)戻るぞ、支度せい!」
「佐吉(石田三成)と平馬(大谷吉継)は奉行衆を率いて先に走り、行軍の支援だ!」
その後、大岩山砦が落ちたという続報が届いた。
本格的な侵攻であることを確信した秀吉は、直ちに軍を返した。
大垣城を出たのは昼の二時頃だった。
大垣城から木之本までおよそ十三里(五十二キロ)
普通であれば十時間以上はかかる行軍だ。それを一気に駆け抜けるという「美濃大返し」が始まった。
街道にはあらかじめ水や食料を配備し、休みなしで走れる準備を整えていた。
石田三成らが事前に手配した「炊き出し」の煙が立ち上る。
兵たちは走りながら、差し出された握り飯を口にねじ込み、桶の水を浴びるように飲んだ。
「遅れるな! 殿の馬に食らいつけ!」
福島正則、加藤清正ら若武者たちが、泥を跳ね上げ、喉を潰さんばかりに吠えながら走る。
同日午後八時 木之本・羽柴秀長の本陣 羽柴秀成
日が暮れ、両軍とも、未明から始まった激戦の疲れを癒すように動かなくなった。
佐久間盛政の兵達は、昨晩から丸1日動き続けており、もはや限界に達しているはずだ。
この夜は休息にあてる腹づもりだろうが、そうはいかない。
秀吉から送られてきた早馬では、まもなく本隊が到着する頃だ。
しばらくして
南の街道から、地鳴りのような軍靴の音が迫ってきた。
闇を割り、数千の松明が陣中に流れ込む。
その先頭で、湯気を噴く馬を操っていたのは、鬼気迫る形相の秀吉であった。
「小一郎、秀成! 無事かッ!」
叔父上は馬から転げ落ちるように降りるなり、父の肩をひっつかんだ。
その顔は煤と汗で黒く汚れ、目は爛々と輝いている。
「兄者……! まさかこれほど早く戻られるとは……!」
父が声を震わせる。
大垣城から木之本までの52キロをわずか5時間、約一万の兵が通常の半分以下の時間で踏破したのだ。
本能寺の変のあと、中国から摂津まで神速で引き返した『中国大返し』と並び称される『美濃大返し』が成った瞬間だった。
ただし、中国大返しとは違って柴田勢を釣り出すために、事前に周到に準備された『成すべくして成された』神速の行軍であった。
「ふっふっふ、見たか羽柴筑前の大返しを!見事に柴田を釣り出してやったわ!!」
秀吉は周囲を見渡し、疲弊しきった将兵たちに向かって、張り裂けんばかりの気合を放った。
「皆の者、聞け! 羽柴筑前が今戻ったぞ! よく時間を稼いでくれた。天は我らの味方じゃ!」
「寝首をかきに来た玄蕃(佐久間盛政)を押し返すぞ。今度は我らの番だ」
絶望に沈んでいた陣内に、地響きのような歓声が沸き起こった。
秀吉本隊一万が戻ってきた。
その事実だけで、死にかけていた兵たちの魂に、再び業火が灯ったのである。
同時刻 佐久間盛政
大岩山砦、岩崎山砦を占拠し、賤ヶ岳砦も後少しのところまで追い詰めた佐久間盛政は、勝利の美酒に酔いしれていた。
叔父・柴田勝家から、大岩山を急襲した後、元の行市山砦まで引き返すよう矢のような催促がきていた。
しかし、秀吉の防衛陣地を中から喰い破れる絶好の機会。
落とせる砦は全て落とすべきだ。
今攻めなけらばどうするのだ。
そう考えて、日が暮れるまで攻め続けた。
秀吉本隊が美濃から引き返してきても、早くても明日の朝だ。
兵たちの疲れは限界で、これ以上動くことはできないだろう。
一晩休んで、明朝引き上げれば良い。
そんなことを思いながら、兵たちに休息を与え、酒を飲んでいた。
そんなとき、南の方面から大音声を響き渡った。
慌てて陣幕の外に出て見ると、長浜から木之本あたりにかけて無数の松明が動いている...
「馬鹿な……羽柴の主力は大垣ではなかったのか。あの大軍はどこから...」
だが、それは幻ではなかった。
夜明けの霧を切り裂いて、羽柴軍の総反撃が始まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
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