第109話 二つの慶事と見えざる亀裂(2)
天正11年(1583年)9月下旬 近江・長浜城 羽柴源一郎秀成
家臣たちの議論が白熱し、『跡目』という領域に足を踏み入れそうになったのを見て、危ないと感じ声を上げた。
「そこまでだ」
腹の底から出た重い一言が広間に響いた。
ピタリと、家臣たちの言葉が止まる。
「家督という問題を軽々しく口にしてはならん。信吉兄上は伯父上にとっても、私にとっても大切な身内。池田殿との縁組みは羽柴の家を盤石にするための慶事だ。そこに無用な波風を立てることは許さん」
私が厳しい視線を巡らせると、家臣一同が、ハッとして深く頭を下げた。
「も、申し訳ございませぬ……」
「出過ぎた口を叩きました。どうかお許しを」
私は少しだけ声を和らげ、彼らを見渡した。
「皆が私のことを思い、評価してくれていることは嬉しく思う。だが、家中の無用な諍いや嫉みが家を滅ぼすことに繋がる。気をつけよ」
家臣たちの顔が、ゆっくりと上がる。
「いずれ必ず、次の大戦が来る。我らが成すべきことは、民を慰撫し、兵力を蓄え、伯父上と父のお役に立つこと。それのみだ。皆、力を貸してほしい」
私の言葉に、家臣たちの顔から不安や焦りが消え去ったように見えた。
先の見えぬ政局に心を惑わせている時は、小難しい理屈はいらない。
ただ全霊を懸けて打ち込むべき明確な標を示し、共に前を見据えることだ
「「「ははっ!!」」」
全員の揃った力強い返事が、長浜城の広間に響き渡った。
家臣たちを下がらせ、一人になった広間で、私は小さく息を吐いた。
彼らの前では力強く言い切ったものの、胸の奥には黒い靄のような懸念が淀んでいた。
「……近江と尾張か」
私は誰にともなく呟き、格子の向こう見える淡海の湖に目をやった。
現在、私の周囲を固めている家臣の多くは、父の長浜統治時代に召し抱えた者たちだ。
私もよく知る石田佐吉(三成)や大谷紀之介(吉継)も、近江出身だ。
加えて、私の母も北近江の豪族・磯野氏の出だ。
そして将来、茶々を妻に迎えるようなことになれば、私の「近江の血と地縁」はより強いものとなる。
一方、信吉兄上はどうだ。
伯母上(とも・秀吉の姉)と、尾張の百姓出である吉房殿の間に生まれた彼は、生粋の「尾張の血」だ。
そして彼の周囲には、古くからの尾張出身の家臣たちが多く仕えている。
そこに今回、織田の宿老・池田恒興という巨大な外戚が加わる。
恒興の娘が森長可の妻となっている縁から、信吉兄上は図らずも森家とも繋がることになった。
(……このままいけば、亀裂が生じるのではないか)
私の脳裏に、肌寒い嫌な予感が浮かび上がった。
それは、これまで私が腐心してきた「戦場での武功(武断)」と「政務の能力(文治)」という対立ではない。
もっと根深く、ドロドロとした情念に近いもの「地縁」という名の壁だ。
私はこれまで、武断と文治の「かすがい」になろうと動いてきた。
石田三成ら奉行衆とは政の理想を語り合い、福島正則ら武闘派の連中とは血縁の近さを生かして親交する。
文武の調停役として名高い堀秀政とも誼を通じている。
さらには、側近に黒田長政がいて、文治と武断の双方に顔が利く片桐且元が私の手足となって動いてくれている。
この調子でいけば、羽柴という大きな器の中で調和が取れるはずだった。
しかし、信吉兄上の背後に池田・森という「旧織田以来の尾張衆」が座ることで、新たな構図が出現した。
「古参の尾張衆と、織田の有力家臣家が支える信吉兄上」
「長浜統治以降に登用された近江衆、浅井旧臣が支える源一郎」
この対立は、能力の差ではない。
「羽柴の正統とは何か」という、妥協の余地なきプライドのぶつかり合いに変質する恐れがある。
今はまだ、父・秀長が健在だ。
父は羽柴の親族筆頭であり、家中最大の勢力を持つ重鎮。
この偉大な父という重石がある限り、多少の不満があろうとも、その芽が地上に顔を出すことはない。
父の後ろ盾を受ける私に、表立って反発できる者など皆無だろう。
しかし、父に万が一のことがあれば…
羽柴という家は、尾張派と近江派という二つの派閥に割れる可能性があるのではないか。
いや、勢力拡大を目指す尾張派の者たちが、信吉兄上を神輿として担ぎ上げ、新参者として力を持つ近江派を「排除」しようと牙を剥くおそれがある。
それは、羽柴という巨木を内側から食い破る、致命的な癌となるかもしれない。
(派閥争いという病は、人が集まる場所であればいずこにでも発生し、内側から組織を蝕むものだ)
力で信吉兄上を圧倒し、ねじ伏せるだけならば、容易いことかもしれない。
しかし、そんなことは絶対にできない。
私の脳裏に浮かぶのは、かつて共に木綿の商いについて語り合った時の、あの兄上の顔だ。
野心や権力闘争への執着など微塵もなく、領民の暮らしを豊かにする統治の面白さに目を輝かせていた、裏表のない心からの笑顔。
信吉兄上は、血生臭い骨肉の争いなど決して望んではいない。
私と兄上は、互いを身内として大切に思い、守りたいと願い合っている。
だが、その純粋さこそが、付け入る隙となる。
もし尾張の古参たちが兄上を無理やり戦の最前線へ引きずり出し、己の権勢を拡大するための「神輿」として担ぎ上げればどうなるか。
最も深く心を痛め、その優しさゆえに傷つくのは、他ならぬ信吉兄上だ。
「兄上の良き心を、くだらぬ派閥争いの道具にさせてたまるものか……」
怨嗟を生むような粛清も、身内同士が泥沼で足を引っ張り合う権力闘争も、あってはならない。
そのためには、尾張だ近江だという瑣末な対立など吹き飛ぶほどに、「源一郎がいなければ、羽柴は成り立たぬ」という現実を、皆に突きつけることだ。
やがて必ず来るであろう、天下を分かつ大戦。
そこで、誰の目にも明らかな功績を積み上げ、家中を支える太い柱となる。
皆がそれを認識させることができれば、無謀な跡目争いなど、企む隙すらなくなるはずだ。
今の私にできるのは、来るべき時に備え、この長浜で、しっかりと力を蓄えることだと考えた。
「やるべきことが山積みだな」
私はそう独りごちた。
【作者註】
豊臣政権内の派閥について
※様々な説があり、あくまで作者の考えであることをご理解ください。
一般的に、豊臣家崩壊の一因となった派閥争いは「武断派(現場の武将)vs文治派(事務官僚)」の対立として語られますが、近年、「尾張派 vs 近江派」という地縁・血縁の対立として捉える視点があります。
秀吉の創業期を支え、ねねを母と慕う「尾張の古参衆」からすれば、長浜以降に召し抱えられた石田三成ら「近江の新規エリート」が政権の中枢を担うことは、自分たちの既得権益を奪われる危惧がありました。
単なる仕事の役割の違いではなく、「どちらの出身者が豊臣の重臣か」という生々しい地元意識のぶつかり合いがあったわけです。
この「地縁の対立」を本作に当てはめてみると、ある現実が見えてきます。
信吉(秀次)は、尾張出身の両親から生まれ、正室は尾張派の重鎮・池田恒興の娘です。つまり、尾張の武将たちからすれば、自分たちの血と地縁を引く「尾張派のプリンス」となります。
一方の源一郎は、長浜生まれで、母は北近江の豪族・磯野の出。小堀正次をはじめとする家臣団も北近江の者ばかり。さらに、正室として浅井の茶々を迎えることになれば、三成ら実務官僚から見て、これ以上ない「近江派の象徴」となってしまいます。
本編の二人は仲の良い兄弟(実際は従兄弟)ですが、政権が巨大化すればするほど、周囲の武将たちは己の権益を守るために、この二人をそれぞれの派閥の「神輿」として担ぎ上げようと群がってきます。
史実でも、秀吉は意図的に地縁グループを競わせ、バランスを取っていた側面が指摘されています。
また、三河という強固な地縁集団の長であった徳川家康もこの対立を利用し、「尾張派」に対して、我らは古くからの隣人ではないかという地縁的シンパシーを強調し、「近江派」を後から来た小癪な事務屋として孤立させることに成功した、といった研究もあります。
いずれにせよ、源一郎の懸念は空想ではなく、現実に起こる可能性がある重大な課題というわけです。
いよいよ、小牧・長久手編が本格始動します。
引き続き、よろしくお願いします!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
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