第106話 三河の家康
天正11年(1583年)9月中旬 遠江・浜松城 徳川家康
遠江・浜松城の一室は、早くも冷気を含んだ秋風が吹き込んでいた。
薄暗い行灯の灯りの下で、徳川家康は手元の帳面から目を上げ、短く息を吐いた。
甲斐、そして信濃の検地帳である。
本能寺の変の直後、伊賀越えという死の淵から生還してから一年余り。
空白地帯となった甲斐と信濃を巡る北条との死闘、さらには旧武田領で相次いだ国人衆の蜂起や、度重なる戦禍に耐えかねた領民たちの反乱。
これらを何とかくぐり抜けた家康は、今や三河、遠江、駿河、甲斐、信濃の五ヶ国を領する大大名へと膨れ上がっていた。
「……広すぎるな」
家康は、分厚くマメの出来た指先で帳面を叩いた。
百万石を超える領地。
傍目には日の出の勢いであろうが、内実は火の車であった。
急激に飲み込んだ巨大な領地は、家康の頭の中にある「三河流の統治」に収まりきらず、あちこちで軋みを上げている。
苦労して戦い抜いた三河の古参たちは、新たに召し抱えられた武田の遺臣たちと反目し合い、事あるごとに衝突を繰り返していた。
また、甲斐や信濃は山に囲まれた盆地が多く、谷ごとに独立した国人がいる状態で、独立心と土地への執着心が強い。新たな統治者となった徳川が、彼らを従えるのは至難の業であった。
何より致命的なのは、旧武田領の荒廃と戦費の増大による財政難、そして圧倒的な人材不足である。
家康は、足りない金と兵糧、そして代官のやり繰りに連日頭を悩ませていた。
しかし、家康には一つの自負があった。
この五ヶ国は、決して野心に駆られて無法に奪い取ったものではないという誇りだ。
本能寺の変の後、主を失った織田家中が後継者争いで揺れ、清洲で柴田勝家と羽柴秀吉がしのぎを削っていた時、家康はその政局には一切介入しなかった。
なぜなら、その頃、武田の旧領である甲斐・信濃では、遺臣たちによる旧領回復の動きや国人一揆が爆発しており、甲斐を統治していた織田家臣・河尻秀隆が殺害され、信濃を守っていた織田の諸将が逃亡したことで、織田の支配は瞬く間に崩壊した。
そして、その空白地帯を狙って相模の北条、越後の上杉が進出を企てた。
家康は、織田の領地(甲斐・信濃)での反乱を鎮圧するとともに、北条や上杉の侵略から守るため『織田の同盟者』として軍を起こしたのだ。
しかも、軍を起こす前に、織田の四宿老(柴田、丹羽、池田、羽柴)へきっちりと事前の「了解」まで取り付けた。
決して、どさくさに紛れて織田の旧領に手をつけたわけではない。
ふと、家康の鼻腔を、伽羅(香木の中でも希少価値の高い沈香の一種)の香りの幻が掠めた。
(信長公……)
目を閉じれば、今もあの鋭い目が家康を射抜く。
かつて岐阜や安土で拝謁するたび、あの方の底知れぬ威圧感に冷汗を流したものだ。
時に理不尽であり、時に残酷であったが、信長公には絶対的な力があった。
その強烈な力があったからこそ、癖の強い家臣たちは、己の分をわきまえ、家臣団が一つにまとまっていた。
「殿、上方より知らせが届いております」
ふすまの外から声がかかった。腹心の本多正信である。
「入れ……また筑前の勝手な振る舞いか?」
部屋に入り、家康の近くに座った正信は、苦笑混じりに頷いた。
「はっ。大坂の地に、安土を凌ぐ途方もない城を築くとか。主筋である信雄公には何の相談もなく、諸大名に普請を命じ、莫大な金銀をばらまきながら天下に号令をかけておる様子」
家康の分厚い手が、ぴたりと止まった。
行灯の灯りに照らされた家康の顔に、明確な「嫌悪」が浮かび上がった。
「……馬鹿な男よ」
家康の声は、腹の底から絞り出すように低かった。
「わしは、信長公の遺した掟を守った。四宿老に頭を下げ、承諾を得てから甲斐・信濃に兵を出した。織田という『秩序』がなければ、この乱世は再び血みどろの世に戻ってしまうではないか」
家康は、行灯の光をじっと見つめ、一息入れてから言葉を続けた。
「だが、あの猿はどうだ」
家康の脳裏に、かつて織田の陣中で見たあの小男の姿が蘇る。
『木綿藤吉』と、織田の家中ではそう呼ばれていた。
絹のように華美なところは一つもないが、陣割りから兵糧の調達、果ては普請の泥仕事まで、いかなる難題もそつなくこなす。
たしかに、他者の及ばぬ底知れぬ能力を備えた男であった。
だが、家康はその姿にどうしようもない嫌悪を抱いていた。
血と汗にまみれ、主君と土地のために命を懸ける武士の矜持など、あの男には微塵もない。
誰に対しても愛想笑いを振りまき、歯の浮くようなおべっかを使って、他人の懐に土足で上がり込んでいく。
『徳川様! また三河の勇猛な者たちが一番槍の手柄を立てられましたな。いやはや、まこと恐れ入りまする!』
あのおどけた顔の奥でギラついていた、下賤の身から這い上がってきた成り上がり特有の強烈な野心。
三河一国を治め、誇り高き松平家を背負う家康にとって、武士の筋目を軽々と飛び越えていくあの男の卑しさと軽薄さを、生理的に受け付けることができなかった。
家康は、眉間に皺を寄せながら、言葉を紡いだ。
「信孝殿を死に追いやり、三法師様だけでなく、信雄殿をも傀儡とし、今度は大坂に自らの巨城を築くとするとは。あの男は、信長公の遺した巨大な家を、内側から食い破り、銭の力で己の天下を創ろうとしておる」
「殿の仰る通り、筑前守のやり口はまさに簒奪。しかし、本能寺の後、明智を破り畿内を瞬く間に掌握した異常なまでの速さ、柴田殿や滝川殿、信孝様を正面から打ち破った強さは本物。羽柴になびく諸将が後を絶ちませぬ。そして、堺を中心とした商人どもを味方につける能力も抜群。そこから生まれる銭の力が、さらに諸将を惹きつけております」
本多正信は、主人の嫌悪を感じながらも、秀吉の強さを正確に分析する。
「筑前め……信長公の最も危うき部分を拾い上げよった」
家康は、苦々しく吐き捨てた。
信長公は、古く腐った既得権を打ち砕くため、楽市を敷き、関所を壊し、銭を重視した。
だが、銭は人を惑わし、分を忘れさせ、土から引き剥がしてしまう危うきものだ。
秀吉はそれを継承し、さらに発展させようとしている。
「...いずれ破綻するわ」
家康は、手元の検地帳をぽんと叩いた。
「銭はただの冷たい石ころよ。いざ戦となり、城を囲まれた時、金銀の山を齧って飢えが凌げるのか。ましてや、凶作が襲えば、奴は銭を炊いて啜るつもりか」
家康の脳裏に、かつて見た凄惨な三河一向一揆の飢餓の記憶が蘇る。
上方で銭が飛び交い、華やかな茶の湯が開かれている間にも、この大地から生み出される米の量が増えるわけではない。
「それに、筑前は、思い違いをしておる」
家康は目を細め、静かに呟いた。
「この日の本は、朝廷を頂点とした厳然たる公儀の道によって保たれてきた。百姓出のやつは、その重みを知らぬ。奴がやっていることは、まさに『砂上の楼閣』。一吹きの風で霧散する幻よ」
成り上がり者は、いずれ自らが生み出したその不義によって、自壊するであろう。
身分をわきまえぬ強欲な肥大化は、秩序の崩壊と万民の飢餓という手痛い報いを受けることになる。
「我らは、その残骸を拾うためにも、今はただ土を慈しみ、正道を歩むのみ…わしは二度と、領民を飢えさせるような真似はせぬ。我らは奴の虚仮威しには乗らん。あくまで三河のやり方を貫く」
家康は、統治者としての強烈な自負を口にすると、傍らに控える腹心へとゆっくりと視線を向けた。
「正信、新領地の武田旧臣どもにも、徹底して倹約を命じよ。身の程を弁え、分を越えた振る舞いは許さぬ。泥にまみれて田を耕せとな。羽柴の銭の力がいかに強大であろうと、冬を越え、最後に立っているのは、大地に太い根を張った者だけよ」
「御意にございます」
正信は、深く頭を下げた。
家康は、何の迷いもなく頭を下げた正信を満足げに見つめると、小さく頷き、再び検地帳に目を落とした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
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