第105話 威加海内の夢、すれ違う忠義
天正11年(1583年)9月 尾張・清洲城 織田信雄
秋の気配が忍び寄る清洲城の奥殿で、織田信雄は手元の書状に何度も朱印を押し付けていた。
紙面に鮮やかに浮かび上がるのは、馬蹄形にかたどられた「威加海内」の四文字。
自らの武威が天下に行き渡ることを意味するその印には、信雄の強烈な自負が込められていた。
つい数ヶ月前まで、事態は信雄の望む通りに動いていた。
賤ヶ岳の戦いを経て、目障りな三七(信孝)を自刃に追い込んだ。
さらに北伊勢の長島城で頑強に抵抗していた滝川一益をも降伏させ、尾張、伊賀、伊勢を完全に掌握した。
三法師という幼い名目上の当主はいるものの、実態は、この信雄が織田の家長である。
父・信長の遺した天下は、自分の手の中にあるはずだった。
自分が織田の正当な後継者であり、羽柴筑前守は織田のために働いた忠義の家臣であると思い込んでいた。
「……だが、現実はどうだ」
信雄は、朱印の鮮やかな赤を睨みつけながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。
去る五月、信雄は前田玄以を京都所司代に任じたが、実務が滞ることを危惧した家老らの強い進言により、書状には「京の差配については、筑前とよく相談せよ」と渋々書き添えざるを得なかった。
世間では、『信雄様が織田の跡を継がれたが、万事は羽柴が指南している』と囁かれているとも聞く。
【作者註:前田玄以】
元は僧侶出身の織田家臣。本能寺の変の際、信長の嫡男・信忠の命を受けて幼い三法師を救出した功労者。
朝廷や寺社との交渉に長けた極めて優秀な実務官僚であり、のちに豊臣政権の「五奉行」の一人として京の行政を取り仕切ることになる。
極めつけは、大坂だ。
秀吉は信雄に一言の相談もなく、石山本願寺の跡地に安土城をも凌ぐ巨城を築き始め、毛利や上杉といった大名と勝手に外交を進めている。
信雄が家長であるというのは建前で、実権を握る秀吉の「傀儡」に過ぎないという事実は、もはや天下の誰もが知るところとなっていた。
「筑前め……! わしを、信孝を討つための神輿として利用しただけか!」
信雄が声を荒らげ、脇息を蹴り飛ばした。
その時である。
「殿、お怒りはお鎮めくださりませ」
静かな、芯のある声が響き、三人の男が平伏した。
信雄を支える家老――岡田重孝、津川義冬、浅井長時であった。
「鎮めろだと? 重孝、おのれらも世間の噂を聞いておろう! 筑前はわしを蔑ろにし、大坂を己の城として天下に号令をかけようとしておるのだぞ!」
信雄の怒気に対し、岡田重孝は顔を上げず、深く重い声で答えた。
「存じております。なれど、今は耐え忍ぶ時。下手に羽柴に牙を剥けば、それこそ奴の思う壺にございます」
「なんだと?」
「羽柴筑前の力は、もはや我らのみで抗えるものではございませぬ。今は奴に天下の煩わしい政を代行させているのだと、そう割り切るのです。大坂の城も、織田のための出城を築かせているとお考えくだされ」
津川義冬も横から言葉を継いだ。
「左様にございます。殿は織田の嫡流。その御身さえご無事であれば、いずれ時機は巡ってまいります。今はただ、じっと力を蓄え、織田の命脈を保つことこそが肝要にございます」
三人の家臣は、織田の主家を守り、信雄の命を守るための忠義の心から、主君を諌めていた。
父である信長のような圧倒的な武威も、冷徹なまでの権謀術数も、この主君には備わっていない。
世間では、
「亡き三七殿(信孝)の方がまだ器量があった」
「いかにも三介殿(信雄)のなされることよ」
と能力を揶揄されていることも、彼らは痛いほど知っていた。
だからこそ、彼らは泥を被ってでも、不器用な主君を破滅から守りたかったのだ。
だが、その「主君の器量を理解しているがゆえの諫言」が、信雄の最も触れられたくない劣等感を抉った。
(……この者らも、わしを侮っておるのか?)
信雄は、冷たい床に額を擦りつける三人の頭を見下ろしながら、胸の奥にどす黒い染みが広がるのを感じた。
「時機を待て」という家老たちの懇願が、信雄の耳には、
「お前には天下を担う器量などない」
「黙って秀吉の言うことを聞いておれ」という残酷な宣告として聞こえた。
「……おのれら。わしが、あの卑しき猿に劣ると申すか」
信雄の声は、先ほどまでの激昂とは打って変わって、氷のように冷たく低かった。
「と、殿!? 何を仰られますか! 我らは決してそのような!」
浅井長時が驚いて顔を上げたが、信雄の濁った眼を見て息を呑んだ。
信雄の目には、忠義に厚い家老たちの姿が、主君をただの『血筋の飾り』として扱い、その才覚を内心で見下している傲慢な者たちのように映っていた。
(そうだ。こやつらも、世間の連中と同じだ。偉大な父上(信長)や筑前とわしを比べ、心の中では鼻で笑っておるのだ……!)
信雄が最も恐れ、最も憎んでいるのは「父・信長に及ばない無能」という烙印であった。
自分を諫める家老たちの正論は、その最も痛いところを容赦なくえぐってくる。
「もうよい、下がれ……これ以上、わしに指図するな」
信雄は忌々しそうに背を向け、それ以上三人の顔を見ようとはしなかった。
「殿……!」
なおも言葉を尽くそうとする津川を、重孝が目で制した。
これ以上の諫言は、かえって主君の自尊心を逆撫でするだけだと悟ったのだ。
三人は重い沈黙の中、深く一礼をして奥殿を辞した。
少し冷たさが混じる風が吹き抜ける清洲城。
「威加海内」の朱印を見つめ直す信雄の背中には、誰にも理解されない孤立する者の暗い影が落ちていた。
織田の家を守ろうとする家老たちの悲痛な忠義は、信雄の肥大化した自尊心と劣等感を刺激する毒でしかなかった。
生じつつある主従の心のすれ違いが、後に、天下を二分する戦役への致命的な亀裂として、確実に刻まれたのであった。
【作者註:威加海内の朱印】
海内(日本全国)に自らの威光を加える(行き渡らせる)という意味を持つ、信雄が用いた朱印。
父・信長の「天下布武」を継承する意図で作られたものであり、自らが織田家の正統な後継者にして天下人であることを世間に誇示するためのものであったとされています。
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