第103話 書き換えられた軌跡
天正11年(1583年)8月下旬 山城・山﨑城 羽柴源一郎秀成
父が、地図を見立てるように扇子で畳を指した。
「播磨の西・備前を治める宇喜多は、毛利に対する圧力と防波堤の要となる地」
「しかし、当主であった宇喜多直家殿が昨年(1582年)一月に急逝し、その息子の八郎殿がわずか十一歳で当主になられた。その後ろ盾になったのが兄者だ。直接、信長公に家督相続の承諾をもらうなど、宇喜多家が崩壊しないよう手を尽くした」
「はい、その話は知っています。八郎殿は、伯父上から『秀』の字を贈られて、秀家と名乗っておられるとか」
私は、そう言って、歴史の知識で知っている宇喜多秀家という人物を頭に浮かべた。
宇喜多秀家
備前の謀将・宇喜多直家の息子でありながら、父の死後、伯父上(秀吉)に引き取られて猶子となり、実の子のように溺愛されることになる「豊臣の貴公子」だ。
父である直家は、松永久秀や斎藤道三と並んで「戦国三大梟雄」と恐れられた怪物である。
暗殺、毒殺、騙し討ち。下克上の世とはいえ、舅であろうが娘婿であろうが、己の勢力拡大のためなら顔色一つ変えずに謀殺した。冷徹な立ち回りで備前一国を切り取った男だ。
しかし、そんな血の匂いしかしない父を微塵も感じさせないほど、秀家は真っ直ぐに育っていく。
のちに前田利家の娘・豪姫を正室に迎え、豊臣政権の五大老にまで登り詰める。
史実の関ヶ原の戦いでは、西軍の主力として最後まで豊臣のために戦い抜き……敗北。
その後、八丈島へ流されて八十三歳の天寿を全うするという、数奇で、そしてあまりにも義理堅い生涯を送る男である。
<作者註>
猶子
一般的に家督や財産などの相続・継承権を有さず、子の姓も変わらない。社会的に「子供として扱う」関係を指す養子縁組で、一門格として扱われることが多かった。
父が静かに言葉を続ける。
「秀家殿は今年で十二。お前と三つしか違わんが、あの直家殿が遺した厄介な家臣どもを束ねねばならん……しかし、子供一人が背負える重さではない。それゆえ、わしが播磨から睨みを利かせ、宇喜多が内から崩れぬよう手綱を握っておる」
「兄者が秀家殿を可愛がっているのも、かつて直家殿が、毛利攻めで我らについてくれた恩と、死の間際に息子を託されたという情もあるだろう。だが、理由はそれだけではない。あの家は血みどろの下克上で成り上がったゆえ、放っておけばすぐに家中が割れる。だからこそ、兄者が『羽柴の身内』として抱え込み、家臣どもに『逆らえば羽柴が黙っていない』とわからせる必要があるのだ」
「情と打算を織り交ぜた、見事な手綱さばきですね」
私は小さく感嘆の息を漏らした。
「宇喜多が毛利に対する強固な防波堤として機能すれば、羽柴は西に兵を張り付ける必要がなくなります。その分、東の柴田殿や信孝様への備えに主力を向けられる。あの時点で、秀家殿を身内に引き入れたのは、十万の兵を得るに等しい一手かと」
「流石、よくわかっているな。兄者は『親と子』という縁を、領地を広げ、そして家を大きくするための武器として用いる」
「……さて、源一郎。ここからが本題だ」
父は、居住まいを正した。
その声音は、緊張しているように感じた。
「松若が無事に来年の秋を迎えることができれば……お前を兄者の『養嗣子』として、兄者の下へ送り出すことに決まった」
そう言って、私の目を見つめた。
私は、その言葉に驚きはなかった。
それどころか、どこか「ようやくか」という安堵の色すらあった。
秀家のような猶子、すなわち後見を受ける保護対象ではなく、羽柴の家督を継ぐ正統な後継者としての指名である。
「承知いたしました。松若が生まれた今、私が本家に入るのは武家の理。いずれそうなるかもと、心構えはしておりました」
父の真剣な表情に引きずられて固くなっていた顔を緩め、私はあえて口元に笑みを作って言葉を継いだ。
「……ふふふ、元は武家でもないのに、すっかり由緒ある家のような口振りでしたね」
戦国の世において、分家から本家へ養子に入ることは、ごく当たり前のことだ。
武家においては、家を存続させ、盤石にすることが何よりも優先される。
私の軽口に、父は一瞬きょとんとした後、毒気を抜かれたように破顔した。
「ふっ……違いない。尾張の泥にまみれていた百姓の出である我らが、『武家の理』などと偉そうに語るようになったのだからな。兄者が聞けば、腹を抱えて笑うやもしれん」
「そうですね。面白いことを言う!と手を叩いて笑われることでしょう」
「しかし、養子に出ると言っても、伯父上とねね様ですから。生まれたときから一緒にいたねね様は母同然ですし。あまり感傷的にならないですね」
私はそう言って苦笑した。
父は「ははははっ」と笑い声を立てながらも、その目尻には、父親としての安堵と、ほんのわずかな寂寥がにじんでいるように見えた。
しばらくして、父は再び、真剣な表情に戻った。
「だがな、源一郎。これでお前は、日の本を動かす『羽柴の嫡流』となる……その重責、並大抵のものではないぞ」
「わかっております」
私は居住まいを正し、真っ直ぐに父の目を見返した。
「父上と伯父上が築かれたこの家を、より確固たるものにするため、精一杯努力いたします。とは言っても、これまでとやることは同じ。家臣達の声をよく聞いて政を進めてまいります」
父は満足げな表情を浮かべ、言葉を続けた。
「その通りだ。立場は変われど、やるべきことは同じ。その心構えを忘れぬようにな」
「... だが、これまでと同じでないことが一つある...兄者からの強い希望だ。お市の方の長女、茶々様をお前の正室として迎えることになった」
「茶々様を……」
私は、ここでその話が出てくるとは思っておらず、目を見開いて驚いた。
豊臣を滅ぼす原因となった秀吉と茶々の子の存在。
その誕生を防止するため、茶々を秀吉の側室にしないことが、当面の目的であった。
そのため、母やねね様が、茶々の行く先として自然と『私』が候補に上がるように気を配ってきた。
父はふっと表情を和らげた。
「この縁組は、織田の血を取り込み羽柴の天下をより安定させるための政略だ」
「……だが、わしはこれを単なる政の道具とは思っておらん」
声を落とし、身を乗り出すようにして続ける。
「ねね殿も言っておった。茶々様もお前を好ましく思っておられるのではないか、とな。以前、長浜でお会いしたとき、わしも同じ印象を受けた」
そして、少しいたずらっぽく目を細めた。
「お前より少し歳は上だが、歳に似合わず早熟なお前であれば退屈せぬだろう?」
私は、かつて長浜で会った凛として美しい茶々の姿を思い出した。
「茶々様が……左様でございますか……確かに、あの方ならば退屈しないかもしれませんね。母思い、妹思いの心根のやさしい姫のようにお見かけしました。願ってもない話。ありがとうございます、父上」
口元に、自然と微笑が浮かんだ。
それは、早くから手を打ってきた策が実を結んだことへの、満足感だった。
豊臣の崩壊を食い止め、血塗られた史実を書き換えられるかもしれないという、希望でもあった。
「決まりだな、源一郎。この件、お初へは、産後の疲れから回復した頃合いを見て、私から話そう。それまでは口外無用だ……すべては、松若がこの一年を無事に生き抜くことが前提だからな」
「承知いたしました……父上、その松若の命を守ることで、一つお願いがございます」
私は居住まいを正し、真剣な声音で切り出した。
「なんだ、申してみよ」
「はい、長浜で薬草園をつくるため、最近医書を読むことが多くなっています。その中に、赤子が呆気なく命を落とすのは、多くの場合、目に見えぬ病の毒が身体に入り込むからとありました。松若のいる部屋は、徹底して清潔に保たねばなりません」
私は、衛生観念を漢書からの言葉に変換しながら続けた。
「松若に触れる者は、必ず事前に念入りに手を洗うこと。湯浴みや飲ませる水は、必ず一度しっかりと沸騰させた湯を使うこと。そして、おくるみや寝具はこまめに日に当てて、湿気を飛ばすこと。これだけで、病に倒れる危険は劇的に減るようです」
父は少し驚いたような顔をしたが、すぐに顎に手を当てて頷いた。
「……なるほど。医書にあった知識ということか」
「はい。ですが、乳母や侍女たちは昔からの子育てのやり方に固執します。私が口出ししても、『若君は口出し無用にございます』とあしらわれるだけです」
私は苦笑交じりに言った。
「どうか、父上から奥の女衆へ、当主からの命令として下していただきたいのです。松若を守るために」
「ふっ……よかろう」
父は温かい目で私を見つめ返した。
「松若の身の回りの掟として、我が厳命として奥に徹底させよう。お前のその細やかな配慮があれば、松若も無事に育つに違いない」
「ありがとうございます」
私は、深く頭を下げた。
松若という「不変の松」が生まれたことで、羽柴の根は大地に深く下ろされ、その枝葉が天下という空へ向かって大きく伸びていく予感で胸が満たされていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
ブックマーク・評価・感想をいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。




