第88話「Bonds_Snowy」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
事務所にゾディアックとレオンが戻ったのは、夜になってからだった。
ずぶ濡れになったふたりはエントランスを抜け、事務所前に着くと、まず風の魔法を使用する。激しい風がふたりを包み、鎧や顔についた水滴を弾く。
全部は弾けないが、これで幾分かマシになっただろう。次いでインターホンを鳴らす。
中から駆け寄る音が聞こえてきて、扉が勢いよく開く。
「お帰りなさいませ! ゾディアック様、レオンさん!」
場所は違えど帰ってくると、この笑顔が見れる。それだけで、ゾディアックの冷えた体は温まるようであった。
「ただいま、ロゼ」
手を広げ、すぐ下ろす。近くにレオンがいるのに、いつもの癖で抱きしめそうになった。
喉を鳴らして誤魔化すと、ロゼが不服そうに唇をすぼめる。
中に入ると、ソファに座るリリウムがこちらを睨みつけてくる。
「待った。濡れた体で入ってこないでください。床が濡れる」
手の平を向け拒否の意を示す。その気持ちはよくわかる。ふたりはその場で立ち止まる。
「タオルは?」
「風呂場。ああ、その玄関近くの中。適当に使ってください」
ロゼは中に入り、タオルを数枚持ってくる。
「お疲れ様です。交渉、上手くいったみたいですね」
渡されたタオルを手に取り、ゾディアックとレオンは親指を立てる。ロゼも、ぎこちない動作で親指を立て、はにかむ。
ひとしきり濡れた部分を拭いたゾディアックは、兜を外して髪を掻き上げる。
「今、皆さんと一緒に気象予報を見ていたんです。明日の嵐がどうなるかが重要らしく」
「それで」
「どうやら異常気象らしいです。雪が同時に降るらしいですよ。吹雪に嵐です」
小さく、「雪か」とゾディアックは呟く。
オーディファル大陸では、こういった異常気象が度々発生する。ゾディアック達がこの地を訪れるずっと前からサフィリア含む各国は被害を受けていた。言い伝えでは、こういった天気が訪れた日は、悪いことの前触れだともいわれている。
そういえば、自分が殺された時も、雪が降る日だったか。
頭を振って、一同が集まる場所に向かう。全員が口を結んで、電像機に釘付けになっていた。
「明日は大荒れですね。囲んで潰す作戦が上手くいけばいいのですが」
厳しい表情を浮かべ、リリウムが唸る。悩む横顔は、見る者すべてを魅了する、芸術品のような美しさを放っていた。
「悩んでいても仕方がありませんね。おふたりも戻ってきたことですし、作戦をお伝えします」
リリウムがそ告げると金田が立ち上がり、デスクから大きな紙を持ってくると、長机の上に広げる。
気象予報に耳を傾けながらその紙を見る。描かれているのはサフィリアの全体図だった。色分けが地区ごとにしっかりとされており、主要な建物や観光名所には名前がふってある。
【私はまだ、ここに来て日が浅い。作戦をわかりやすく伝えるために、地図を見ながらの説明になること、ご容赦ください】
全員が頷き、金田はペンを取り出すと、地図にマークを入れていく。
【地図を見る限り、サフィリアの主要な出入口は4つ。それぞれ東西南北に存在しています。これは1年前の地図なのですが、その間に出入口が増えただとか、そういった情報はありますか?】
「……南地区にはキャラバン専用の、商品を搬送する所が存在する」
「西にもあったらしいです。ただ、亜人街内にあるため、もうほとんど使われてません」
「東は門がふたつある。けど、片方は飛竜が落っこちたせいでぶっ壊れてる。実質ひとつだな」
【北地区は?】
そう聞くと、リリウム以外渋い顔をする。
「……詳しくはわからない。俺ですら、言ったことがないんだ。一般公開されている範囲だと、飛竜用の射出機がある。観光名所の展望台、竜騎士専用の発射台もあるな。そこからなら、外に行ける、けど……高さ的に無理だ」
【ゾディアックさん。それは北地区に入ったらすぐにありますか?】
「かなり、奥に行かないと駄目だ。入るためには許可も必要だし、魔法で作られた警備もあるらしい」
金田は一度頷き、北地区にバツをつける。
となると、南地区か東地区が逃げやすい。
【南地区を固めるとしたら、グランド・オールが適任ですね。彼らはどれくらい数を】
「ちょっと待ってください、聞いてみます!」
レオンが琥珀箱を握りしめ、力強く画面を叩く。
「いや、ワインとかチーズとかどうでもいいんだよ! 人数教えろ!」
文句を言いながらなんとか聞き出すと、息を吐く。
「ジャンクから聞いた限りだと、200人弱はいるらしい。あっちは南地区希望」
「結構です。手間が省けました」
リリウムが口を開く。そして地図の西地区を指差すと、エリーを見る。
「エリーさん。亜人を動かせますか?」
「えっと、ブランドンさんに頼めば、多分。亜人街だけならいけます」
「結構。グランド・オールの団員を少し西に当てましょう。あそこの連中は街で遊んでいることが多いので」
次いで、白く細長い指先が北地区と東地区を交互に差す。
「ここは我々ですね」
「……俺達だけだと、どっちもは無理だ」
「そこです。ゾディアック。もし犯人と対峙するとしたら、待ち構えるとしたらどちらがいいですか?」
地図を見ながらゾディアックは考える。
北地区は裕福層の街。様々な警備があり、許可無しでは入れない場所が多い。先程の観光名所も、悪天候の中では公開は中止となっているため、入ることができないだろう。
逆に東地区は一般人が多く住んでおり、警備も手薄だ。ガードナーや腕利きの冒険者がいるにしても、常日頃から警備をしているわけではない。ある意味手薄だ。
地理的にも、北地区に関しては全員無知に等しいが、レオンが東地区に詳しい。長いこと住んでいる彼がいれば、いくらか戦いやすいだろう。
「なるべく、被害が出ない場所で戦うこと前提だが、東地区だ」
「そういうと思いました。私達プラス数人で東地区を守ります」
「……北は? プラスってなんだ」
「それなんですけど」
ゾディアックが尋ねると、エリーが笑みを浮かべ、琥珀箱を持ち上げ手を振る。
誰かからのメッセージが届いたらしく。画面が緑色に光っていた。
♢ ♢ ♢
リリウムがゾディアックとレオンに連絡を入れていた時、エリーは地下の階段を駆け上がり、外の空気を吸っていた。
吐きそうになった。亜人街で死体は見慣れているのだが、あの場所特有の薬品の臭いや、他の死体の臭いが混ざり合い、刺激臭となって襲い掛かってきた。鼻が潰れて頭が狂うかと思った。
恐らく死体が腐らないよう、何かしらの薬品を使っているせいであろう。自分の鼻が敏感なことを、エリーは恨んだ。階段で、両膝を抱えて蹲り、吐き気を何とか抑える。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
顔を上げると、カナンが心配そうにこちらを見ていた。垂れていた耳を何とか立たせて、コクリと弱く頷く。
「なにか、飲み物持ってきましょうか?」
「……いや、大丈夫です」
弱々しく答える。カナンはおろおろとするだけだ。
エリーはふと、環境音に耳を傾けた。雨と風の音が、なぜか心地よく感じられる。色々なことが一気に起こり、ここ最近ろくに寝れず、ずっと動き続けてきたせいか、急激な眠気に襲ってきた。
気分も悪いし、このまま寝てしまおうか。いや、やっぱり寝たら駄目だ。
目をこすって立ち上がり、背筋を伸ばす。緊張した筋肉がほぐれ、血が循環していく。
寝るにはまだ早い。エリーは顔を外に出し、周囲を見渡す。
亜人街は街灯の数が少ない。夜目がきく者が多いため、あまり必要とされていないのだ。周囲には3つほどしか設置されていない。一般人から見れば、ほぼ真っ暗闇な状態である。
エリーも夜目がきく質だが、今日に至っては光が恋しい。漆黒の闇に覆われている風景は、なんとも不気味だった。吹き荒れる風の音が、何かの生き物のように聞こえる。
その時、雨水が跳ねる音が聞こえてくる。誰かが走って、ここに近づいてきている。エリーが耳をピンと立て、目を見開く。
「足音」
「え?」
カナンには聞こえていないらしい。ということは、まだ距離がある。
「カナンさん。ロゼさんを呼んできてください」
「え、は、はい」
カナンは見を翻し、階段を駆け下りていく。エリーは足音に耳を傾けていた。
敵か味方か。この状況で味方というのは、ほぼありえない。敵だとしても、こちらにはロゼと、膨大な魔力を持つ、実力者だろうリリウムがいる。
であれば、ここはなんとか食い止め、ふたりが来るまで時間を稼ぐ。相手が犯人なら大手柄だ。明日の本格的な嵐の中、会合することもない。
背負った杖に手をかけ、体内の魔力を血に乗せて、全身に巡らせる。
臨戦態勢を取ると、足音の主が暗闇から現れる。白いローブにフードを被っている、白魔道士の装いだ。傍らには鈍い色を放つ、銀の鎧を装備した騎士がいる。
そのふたりに、エリーは見覚えがあった。頭の中に浮かんできた言葉を吐き出す。
「ラズィさん!?」
声を出すと同時に突風が吹き、かき消されてしまう。微かに声が届いたのか、白魔道士はフードを外し、外気に顔を晒し当たりを見渡す。その顔を見て確信する。ジャミング・ゴーストを討伐する際に出会った、ラズィ・キルベルだ。
エリーはもう一度大きな声を出すと、ラズィが気づき、駆け足で寄ってくる。
「エリー!! よかった、出会えて!」
胸を撫で下ろし、呼吸を整えながらラズィは笑顔を見せる。
「ラズィさん! それに、ナイトさんも!」
「あ、そうか。俺の名前を教えてなかったな。俺は」
胸を張って名乗ろうとした騎士の前に、ラズィが割り込む。
「待って。今は自己紹介とかどうでもいいの」
「ど、どうでも……」
すごすごと騎士は下がり、ラズィがエリーの肩に手を置く。
「話は聞いてるわ。大変だったわね、エリー」
悲し気に目を細めるラズィに、エリーは疲れ切った笑顔を見せる。
「おふたりは、どうしてここに」
「アイリちゃんが襲われたって聞いてね、心配だったの。あなたが」
「私が?」
「白魔道士だって、襲われる対象なのよ。私の命の恩人に何かあったらと思うとたまらないわ。ブランドンさんの所に行ったら、どこかに行ったっていうし。なぜかあの人涙目だったけど。でも、無事に会えてよかったぁ」
そういって頭を撫でられる。心地いい感覚に、エリーは顔を伏せて笑みを浮かべた。
よかった。ラズィみたいないい人と知り合えて。亜人であろうと優しく接してくれる相手を前に、エリーの心が温まっていく。
「それで、エリー達は今、犯人捜しをしているんでしょう?」
「はい。ただ、やっぱり人手が欲しいのが正直なところで」
調査自体には人数が足りており、金田やリリウムのおかげで順調に進めてはいる。犯人をどうやって追い詰めるか作戦まで立てられるようになった。
しかし、それ以降が問題だ。レオンのことを信頼してはいるが、もしキャラバンからの協力が得られなかったら、6人でサフィリアを駆けることになる。
それは現実的ではない。
意気消沈するエリーを見て、ラズィの顔が引き締まる。
「なら、お姉さんたちに任せなさい!!」
「え?」
「集会所に、あなた達が貼ったクエストがまだあったわ。それを受けて、あと何人か。冒険者を集めるから」
「でも、誰も手伝ってくれませんよ……」
「さぁ、どうかしら。”私達”なら、耳を傾けてくれるかもしれない」
エリーが首を傾げると、ラズィが歯を見せる。
「北地区出身、Cランクの私達パーティを信じなさい。エリー。今度は私達が助ける番よ」
力強い言葉は、嵐の音をかき消した。
エリーは頷いて、小さく礼の言葉を呟く。
暗雲からは、雨に混じって雪が降り始めていた。




