第89話「Snowy_Storm」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「それで?」
「なんとかなりそうです。レオンさんの交渉も上手くいったので、あとはさっきの話しだいだと思います」
「思いますって。おいおい。行き当たりバッタリかよ」
風が乱暴に窓を叩く。舌打ちしてカーテンを閉めると、近くのテーブル席から馬鹿笑いが沸き起こった。
「うるせぇな」
舌打ちしてレミィはその場から離れる。
「今日は盛況みたいですね」
「今日「も」だ。話戻すぞ。お前の話聞いてると予想の段階が多すぎて不安になる。頼むぜ、元騎士団なんだろ?」
レミィは最後の方だけ声のトーンを落とし、受付カウンターまで戻る。遠くから一緒に飲もうという誘いを受けるが、手を振って断る。
「絶対警戒されて、明日出てこねぇぞ」
「来ないなら好都合です。嵐は移動速度が遅いせいで、明日の朝から夕方にかけてサフィリア上空に待機しますからね。夕方になるとグランド・オールの主力が戻る手筈になってます」
「まぁその備えがあるならマシか。ただ、嵐は相当強いらしいぞ。大勢で待ち構える気か? 単純だが、門を閉めればいいじゃないか」
「住民の避難も考えておかなければならないので、当日は開いているらしいです。交渉しましたが、駄目でした」
「……冗談で言ったのに、その行動力はすげぇよ」
椅子に座り、机に乗せられたクエストの完了報告書に目を通していく。
「リリウム。さっきの話からすると、あとは北地区が手薄だな」
「はい。冒険者達を使って、なんとか囲いを作ってもらえないかなと。ゾディアックさんの依頼書は」
「もちろん。そのままだ」
「ありがとうございます。もうすぐそちらに火付け役がいくので、フォローしてあげてください」
「あいよ。借りはこれで返したからな。”トラジロウ”によろしく伝えておいてくれ」
「トラじゃなくてコジロウ……」
通話を終了し、琥珀箱をテーブルに置いたその時だった。集会所の入口が開き、ラズィが姿を見せる。後ろには重装備のナイトに、軽鎧の女格闘家に侍男。
どうやって冒険者を焚きつけるのか。視線を向けていると、ラズィが受付にやってくる。
「ゾディアックさんが依頼したクエスト、まだできるかしら」
「もちろん」
断る理由はない。彼らを助けたいのは、こちらも同じだからだ。
ラズィは踵を返し、近くのテーブルに座るパーティに話しかける。交渉しているようだ。
お手並み拝見と行こうか。レミィは謎の上から目線で行く末を見守る。
そして、相手が数度頷くと、こちらに戻ってくる。
「私達4人に、あそこの8人追加で」
「うそだろっ!?」
思わず大声を上げてしまう。ラズィは口元を隠し、肩を揺らすと、仲間達に視線を向ける。
「じゃあみんな、作戦通りに」
「承知」
「はいよー!」
「わかった」
各々が行動し始める。ラズィ一行の話を聞いたパーティは、全員が目の色を変え、依頼に飛びついてきている。
いったい、どんな人参を鼻先に吊るしたのか。レミィには想像できなかった。
まぁ、あの目を見るに、とんでもない報酬を受け取れるから依頼をこなそうとしているのだろう。
レミィは呆れてしまう。結局金だ名声だで、冒険者は動く。やはり、自分が子供時のように、利益など考えず、困っている人がいるから助ける、なんていう冒険者はもういないのだろう。
何も間違ってはいない。金にならない仕事など、誰がするか。
「レミィさん!」
声がしたので視線を向けると、顎髭を蓄えた軽鎧の騎士がいた。別名レミィのサンドバッグと呼ばれている男だが、本人は気にしていないらしい。
「なんか用か? 悪いけど、今日はお前のことを殴りたい気分じゃ……」
「いやいや、そうじゃなく。ゾディアックの依頼を受けたいと思ってな」
「ああ。お前も報酬目当てか」
「いいや」
顎髭を触りながら、ラズィ達に目を向ける。
「報酬は美味しい。だが、俺は断った。むしろ報酬無しでも構わない。ゾディアックの依頼を受けたいんだ。彼らは恩人だし、それに、仲間を失う気持ちはわかる。だから助けたいと思ってな」
そう言って、爽やかな笑みをレミィに向ける。
「冒険者なら、困っている人助けねぇと。まぁ、こんな考えだから毎回パーティに怒られるんだよなぁ俺。だっせぇだろ?」
「……いいや」
レミィは、顔に花を咲かせる。
「かっけぇよ。あんた」
♢ ♢ ♢
「それで、ラズィさんが集会所で交渉してみたところ、多くの冒険者さん達から協力を得られたようです。なんでも、北地区に住む者だけが持っている権利を譲渡することと、報酬を美味しくしたら、凄い勢いで協力者が集まったみたいです」
エリーは画面を見ながら答える。
嵐の日にもかかわらず、集会所に冒険者が集まるのには理由がある。
ヴォジャノーイのような希少価値の高い魔族や精霊は、悪天候、特に異常気象時に多く出現する傾向がある。危険度は高いが、一攫千金やランク上げを狙っている冒険者にとって、絶好の稼ぎ時なのだ。犯人捜しに乗り気ではない冒険者が多かったのは、これが関係している。
「……権利?」
ゾディアックが小首を傾げると、エリーが画面を見て震える。
「き、北地区の市民権、並びに飛竜のチケット……。犯人討伐者、8人までに配る模様です」
耳を疑った。もし冒険者が北地区に住むとなると、少なくともSランク冒険者並みの信頼と実績、そして資金が必要となる。そもそも元から住んでいる市民からも苦情が殺到するのは目に見えている。野蛮な冒険者が隣にいるだけで、彼らは嫌悪を示すからだ。
にもかかわらず、いとも簡単にそんな条件を出すとは。
「ラズィって何者……?」
「な、謎多き女性、とだけ……」
ロゼが乾いた笑い声を上げる。
「裏の顔を持つ者ばかりですねぇ」
「お前が言うか」
呟いたリリウムを睨みつける。相手は顔を逸らし、知らんぷりを決め込んでいる。
ゾディアックが喉を鳴らし、地図を見る。これで北地区は封鎖できるだろう。
あとは、東地区のみだ。
「東地区は」
【この6人で、守りましょう。実質5人ですが】
「少人数で行けますかね?」
「私に考えがあります。ゾディアック。あなたが鍵です」
リリウムの視線がゾディアックを射貫く。
そうして各々の役割が告げられる。その内容に、誰も文句は言わなかった。
♢ ♢ ♢
事務所に泊まる、ということになったが、仲間達は誰も寝てない。ゾディアックとロゼ、リリウムは、犯人がこの夜に出ていないか探ってくると言って、嵐の中を駆け出して行った。
中には電像機を見るエリー、そして、地図と睨めっこしている金田だけだった。
レオンは息を吐いて外を見る。暗黒に混じり、激しい雪が降っていた。
自分も外に行こうかと思ったが、先程の内容を頭の中で反芻し、断念する。今は体を休めておいた方がいい。
異世界人である金田と雑談でもしようかと思っていた矢先、琥珀箱が甲高い音を立てる。
「うぉっ?」
変な声が出てしまう。手に取り画面を見ると、ジャンクからのメッセージだった。
「話がしたい」
レオンはふたりに断って、通話をする。
「なんすか。ワインの蘊蓄ならもうたくさんっす」
「悪いがそっちじゃあない。今、仲間達を南地区と西地区に送り、夜も一応犯人がいないか、怪しい人影がないか探している状況でな。先程仲間達が西地区にある葬儀屋で、仲間の死体を確認した。君のいった通りだったよ。見るも無残な姿だったが、それでも遺体を取り返した。ありがとう」
「俺は。別に。仲間に伝えておきます」
「ああ、伝えるついでに」
相手が一度息を吸う。
「他に死体はなかったか? ナイフを売っているキャラバンの男だ」
レオンの脳裏に、自分のせいで殺された男の顔が浮かび上がる。下唇を噛み、頭を振る。
「ちょっと待ってください」
そういって琥珀箱を顔から離すと、金田とエリーに問う。
「金田さん、エリー。死体って他にありました?」
「……見せられたのは」
【ひとつだけだ。他に死体はあると言われたが、亜人と老婆だけだ】
レオンは礼を言って、再び琥珀箱を顔に近づける。
「いや、ちょっと知らないっすね。他にあったのは、亜人とおばあさんだけらしいっす」
「そうか。妙だな」
「どうかしたんすか?」
「死体は私達の仲間しか見つからなかった。あのナイフ売りの男……アーノルドというのだが、彼の処理をしたのは、私達なんだよ」
「……それなら」
「そうだ。確かに私達は彼の腹を刺し、亜人街に捨てた。だから亜人達の腹の中で消化されたものだと思っていた」
相手が息をのむ声が聞こえる。
「だが、アーノルドの遺体はなかった。仲間達は一応亜人街に行って、捨てた場所を見たら、そこには誰もいなかった」
「移動したんじゃ」
「”血痕がひとつもない”。それどころか、傍らに亜人の死体があったよ」
相手が舌を鳴らす。
「その死体は、十数か所の刺傷があった」
レオンが目を見開く。通話先から慌ただしい声が聞こえ、ジャンクが相槌を打つ声が数秒聞こえてくる。
「とにかくだ。レオン。殺人鬼の正体は恐らく、アーノルドだ。だが油断するなよ。私の勘が正しければ、奴は恐ろしく強い可能性がある。下手をしたら、人間のフリをした何かかもしれん。それでも」
「やるさ」
レオンの口元に、笑みが浮かぶ。
「……勝つさ」
火が灯る瞳でそう答えると、頷きが返されたように感じ取る。
「伝えたかったのはそれだけだ。こちらも最善を尽くす。死ぬなよ」
「そっちも無理しないでくださいね。ワイン、一緒に飲みたいんすから」
鼻で笑うような声が聞こえ、通話は切れた。
犯人がわかった。それを仲間達に伝えなければなるまい。
レオンは高ぶる感情を抑えるように息を長く吐く。
脳裏に浮かぶ、あの男の顔。自分のせいで、死にかけた男の顔が浮かぶ。
――ギラついた目ぇしてんな。危ないぜ、お前。
――冒険者なんて危なくてなんぼだろ。
――その通りだ。気に入ったぜ。
黒い髭を口周りにどっさりと蓄えた、筋肉質なキャラバンの男店主、アーノルド。
「……やってやるよ」
レオンの目が鋭く光り、そう呟く。
ちょうどその時、家の扉が開き、ゾディアック達が戻ってきた。
レオンは勢いよく立ち上がり、通話の内容を全員に伝えた。
♢ ♢ ♢
そうして、夜が明けた。
戦いが、雪が吹き荒れる嵐の中で、始まろうとしていた。




