第87話「Stormy_My_Soul」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
琥珀箱が光り、耳に持っていくと甲高い声が聞こえてきた。ロゼの声だ。
話を聞いて、頷く。
「ありがとう。よくやってくれた。金田さん達に感謝しないとな。先に事務所で待っていてくれ」
「そっちは大丈夫なんですか?」
「ああ。こっちは、必ず成功させるよ」
そう言って通話を切ると、気合が入る目つきで宿屋を見上げるレオンの横に立つ。
「ゾディアックさん」
「行けるぞ。いつでも。主軸はレオンに任せる」
「……わかりました」
少し不安気だが、やる気に満ちた笑みを浮かべる。ふたりは南地区にある、グランド・オールが泊まる宿屋に足を踏み入れた。
宿屋の受付は静かであり、受付担当の男性がいるだけだった。
ゾディアックは、グランド・オールの留守を頼まれている団長代理に会いたいと受付に言うと、門前払いされかけた。
だがゾディアックが名乗ると、いとも簡単に通してくれた。
レオンとゾディアックは5階の角部屋に案内され、部屋に入る。
中央の丸テーブルにワインが置かれているのが目に入る。
次いで目に入ったのは、椅子に座って足を組む黒髪で長髪の、鼻が高い男がいた。白い燕尾服のような服を着ている。歳は40代くらい。首元に火傷があり、まるで縄の痕のようになっている。
「こんにちは。それとも、初めましてかな? ゾディアックさん」
「あんたは……」
「”ママ”の息子、ジャンク・ミラッドと申します」
そう言って視線をゾディアックに向けると、すぐにレオンに移る。
「そちらの方は……」
「以前、そちらに迷惑をかけた。レオンという子だ」
レオンは頭を下げる。ジャンクは「ああ」といってワインを呑むと、グラスを向ける。興味はないらしい。終わったことだとして処理しているのだろう。
「どうだい? レオン、とやら。上等な赤ワインだ」
「こっちの話が上手くいったら、一緒に飲みたい」
「ほう?」
レオンは挑発的にいうと、ジャンクの正面にある椅子に座る。
「話がある」
「それは、こんな嵐の夜に話さなければならないことかい?」
「ああ。いや、はい。重要なことなんです。きっと興味を持ちます」
慣れていない丁寧な口調に、ジャンクが口元を歪めグラスを置くと、ワインを持って口を傾ける。話を聞く気はないらしい。
「なら私がワインを注ぎ終わる前に興味を持たせてくれ」
「俺の友人が、大事な人が殺されたんです」
ワインが注がれていく。
「犯人は今も息を潜めて、この国を嵐の中出ようとしています」
首を傾げながら、ワインを注いでいく。もう半分を過ぎている。
「逃がすわけにはいかない」
「それは関係あるかな? 私達に」
「あんたのキャラバンのメンバーも殺されているぞ。そいつに」
ワインが注がれていく。
目を見開いたジャンクは、ボトルを傾けたままだ。グラスから赤い液体が零れ落ちていく。ジャンクの目は、溢れるワインではなく、真剣な眼差しを向けるレオンに向けられる。
「いい目だ」
ボトルを傾けるのをやめ、テーブルに静かに置く。テーブルの上に、零れた液体が広がっていく。
「どういうことかな? 私の仲間が殺されているというのは」
「魔術師を狙う、髪の毛殺人鬼。知ってますよね」
「ああ。巷で有名な。それが?」
「俺の大事な人は魔術師でした。Dランクの子で、まだまだ冒険者として駆け出しでした。でも殺された。その子はグランド・オールから魔導書を購入していました。そして宅配を装った犯人に刺されて、殺されました」
「ふん。それで」
「その後、魔導書を届けようとしたグランド・オールの団員が、運悪く犯人に出くわしました。団員は殺され、遺体は亜人街に」
「そんな与太を信じろと?」
「俺の仲間がその団員の遺体を発見した。嘘だというなら、遺体がある場所を教えるから行けばいい。金歯も見つかったらしいですよ」
金歯は、グランド・オールのような大きなキャラバンの団員達に義務付けられた、いわゆる証のようなものだ。言い換えればドッグタグ。たとえ顔が潰れても、歯で身元確認が可能である。
言葉を失ったように、ジャンクは鼻の頭を掻いてレオンを見つめる。嘘を言っていない真剣な目に、表情から笑みを消す。
「聞かずともわかるが、本題は」
「協力しよう。犯人を捕まえるのに」
「協力。協力ねぇ。確かにそちらには優秀な冒険者さんがいらっしゃる。こちらとしても、仲間を殺されたと知っては、黙っているわけにいかない」
だが。そう付け加え、足を組みなおす。
「利害の一致だけでは動かない。私達はキャラバンだ。見返りや報酬。私達の力を使うというのであれば、それなりの物を出してほしいね」
「それは」
「正直言おうか。君達の力を借りずとも、私達だけでその犯人を捕まえる自信がある。君達は情報を持ってきたということで、ここからは私達の仕事。君の復讐は、私達がきっちりとやっておこう。どうだい? 悪い話じゃないと思うんだが」
「断る」
一片の迷いも見せないレオンの言葉を聞いて、ジャンクの頬が吊り上がる。
「あんたらが捕まえたら、犯人を煮るなり焼くなり好きにすればいい。だけどこれは、俺の戦いでも、俺自身のケジメでもあるんだ」
レオンは立ち上がる。
「さっきあんたは見返りがないと動かないと言ったな。なら、俺が全てを出す。武器も防具も、冒険者の資格も市民権も……この命だって捧げる。それでも足りないなら、勘当された実家に忍び込んで親父の武器でもパクってくる。だから頼む。あの子の、アイリの敵討ちをしたいんだ」
頭を下げる。言葉の端々から、レオンの本気具合が伝わってくる。ジャンクは腕を組み、値踏みするようにレオンを見る。
「……聞こうか」
溢れたグラスを持ち上げ、口に運ぶ。零れた分の水滴が白い服を濡らすが、気にしていない様子だ。
「吐いた唾は飲み込めない。地面に落ちた水は、盆に戻すことはできない。後悔しないか?」
「……しない」
「明日犯人が来るとは限らない。それでも君からは報酬を受け取る。それでもいいのかい?」
「構わない」
「もうひとつ。君は冒険者だろう? 仲間の死にいちいちこんなことをしていたら、命も金も、いくらあっても足りない。違う土地に行って、新たな出会いを探すべきでは?」
「確かに、俺は冒険者だ。前に進み新しい未来を手に取らなければならない、冒険者だ」
レオンは口元を歪めた。だが、次の瞬間、怒りに顔を染める。
「だけどな……仲間殺されて黙ってられるほど、立派な冒険者じゃあねぇんだ。こんな俺を、好きになってくれた子が、殺されて! 黙って!! られるかよ!!!」
魂から放たれた言葉が、部屋を振動させる。黙っていたゾディアックは、レオンから浮かび上がる怒りという名の闘気を見つめていた。
沈黙が流れる。荒れた呼吸を繰り返すレオンを見て、ジャンクが口元に笑みを浮かべる。
「……約束だ。必ず報酬を払ってくれたまえ」
そういうとワインを一気に飲み、テーブルに置く。
「随分と、駄目な冒険者だ。いてもいなくても変わらないさ。動いてやるから、好きにしたまえ」
レオンの言葉は、ジャンクを動かした。
レオンは強く唇を結び、頭を勢い良く下げた。
「ありがとう、ございますっ」
絞り出すように声に、ジャンクは手を振って応える。
「さて、どう動けばいいのかな?」
興奮している様子のレオンに変わって、ゾディアックが口を開く。
「……包囲網を展開する。追って連絡をするから、連絡先を教えてほしい」
「はは。いいだろう。プライベート用の奴を教えてやる。ただ、教えるのはレオン君にだ」
レオンは慌てて琥珀箱を取り出し、ジャンクに渡す。数秒画面を操作すると、連絡先の交換が終わる。
「さて。これで終了だ。明日が楽しみじゃないか」
「本当に、ありがとうございます」
「礼は、犯人を捕まえてからにした方がいいよ?」
そう言って視線を外す。ふたりは出口へと向かう。
「レオン君。今度は乾杯しよう」
背中に声がかかる。
「それと君の魂は……立派な冒険者のそれだったよ」
ジャンクは立ち上がっていない。荒れる夜の景色を見ながら、独り言のようにそう呟く。
見えていないが、レオンはもう一度頭を下げ、その場を後にした。
うまくいった。
あとは、明日だ。
明日で、決着をつける。
それぞれの思いが渦巻くサフィリアの夜。
嵐の中で、戦いが始まろうとしていた。




