第86話「Corpse_Stormy」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
リリウムは指に魔力を溜め、解き放つ。カナンも結界の影響を受ける対象にすると、顔をしかめて魔力の残量を確かめる。
もうそろそろ限界に近い。
「おー。雨が避けるなんて。魔法って素晴らしいですね」
【すいません。お店を早抜けしてもらって、道案内まで任せてしまい】
「いえいえ。ちょうど行こうと思っていたので」
カナンはそう言って、先頭を歩く。
「あの、アイリさんって。あの魔法使いの人、なんですよね」
【はい。先程も話した通り、彼女は、恐らく殺人鬼に】
「……そう、ですか」
物悲し気にそう呟くと、それ以上の会話はなくなった。時折不安気に空を見上げながら、カナンは目的の場所にたどり着くと、「ここです」といって腕を上げた。
案内された場所は、西地区の歓楽街から少し離れ場所に建てられた、寂れた建物だった。
「この地下にいます。先に行って鍵を開けてもらうので、少々お待ちください」
そういって地下へと降りていく。金田達は少しでもリリウムの負担を減らそうと、建物の陰に行き、雨風を凌ぐ。
【リリウム。魔法。切ってもいいんじゃないか?】
「スイッチみたいに言わないでよ。発動と終了を繰り返していたら余計に負担がかかるの。だから、このままでいい」
【PCみたいだな】
「は?」
【なんでもない】
そう言って金田は右ポケットから煙草を取り出した。箱から一本取り出し、口に咥えて反対のポケットに手を突っ込む。そして、銀色に輝くジッポライターのキャップを取り、フリント・ホイールを回転させ着火すると、煙草に火を灯す。
「魔法か?」
ロゼが尋ねると、紫煙を立ち昇らせる金田は、横目で赤い目を捉える。
【……ジッポライターです】
「知らないな。煙草を吸う連中は全員火の魔法を使う。それに、その煙草の形も見たことがない。異世界の物か」
【ハイライト。コンビニで買える安物煙草です。安い給料の中で安値で買える、私の娯楽です。まぁ最近は値上がりしてますし、愛煙家には世間の目が厳しい】
ロゼは小首を傾げる。
【こっちの世界は、そういう目がない。それだけは少し嬉しかった。代わりに"危険な目”に、いっぱい遭ってますけどね。日本じゃこんなこと、漫画やアニメ、ゲームの中でしかありえない。私も、もっとそういうものに触れておけばよかったのかもしれません】
聞きなれない単語ばかりだった。通じる言葉なのに、内容は通じない。別世界にいる相手と会話をするのは、少し面白いが、恐ろしさの方が上回っている。
煙草をつまんで煙を吐くと、口元に笑みを蓄えて、それ以上金田は何も言わなかった。
「金田。私にも」
【お前、仕事が終わったらご褒美で吸うって言ってなかったか?】
「いいから」
【我儘女】
「うるさい偽善男。あとで匂い消しするのは誰だと思ってるわけ?」
鼻を鳴らして箱から一本取りだすと、リリウムはそれをふんだくり、指先に炎を灯す。そして、火のついた煙草を咥え、階段を睨みつける。
「罠かもしれないぞ」
金田が階段を見つめている、ロゼが耳打ちする。
【というと?】
「血の匂いだ。腐ってるのと新しいのが混じっている」
【なるほど。何かあったら、リリウムや、ロゼさん達を頼るかもしれません】
金田は苦笑いする。自分が戦力にならないことを理解しているらしい。当たり前だ。ただの人間が、剣や魔法の世界に突如放り込まれて、戦力になるわけがない。
その笑顔からは、悔しさが滲み出ていた。
「気にするな。お前は異世界人とは思えないほど、よく働いているからな。こっちも働いて返すよ」
そう言ってロゼが歯を見せる。金田は頷きを返し、ポケットからブラウンのレザーケースを取り出す。そこに吸殻を入れる。
「なんだそれ」
【携帯灰皿です。リリウム】
「まだ吸って」
その時、カナンが階段下から呼ぶ声が聞こえた。柳眉を逆立てたリリウムは、金田に近付いて携帯灰皿に吸殻を入れる。
「行きましょう」
「私が先導する。ついてこい」
そう言ってロゼが先を歩く。盾になるつもりなのだろう。自分には特別な力など持っていないと、自覚している金田は、その頼もしい背中についていった。
そうして階段を下りていき、地下2階に辿り着くと、ある部屋の前でカナンが手招きしていた。
導かれるまま中に入ると、ひんやりとした空気が一同を包み、白衣と白い手袋を付けた男性が、部屋の中央に立っていた。
「そんなゾロゾロ連れてくるなよ」
「ご、ごめんね。ルージュ。でも力になってほしくって」
「つうかマジか。異世界人か。生きてる奴は初めて見るかもしれねぇな」
ルージュと呼ばれた男性は溜息を吐くと、金田達を見る。
「ルージュだ。死体処理及び検査……ああ、面倒くせぇ。”葬儀屋”だと思ってくれ。でだ。俺はこの嵐のせいで増えるだろう死者達の処理準備をしなくちゃいけねぇ。要件は手短に頼むぜ」
緑色の瞳が睨みつけてくる。
運がいい。まさか、死体を処理している者に出会えるとは。
金田が率先して話をする。
【初めましてルージュさん。探偵の金田と申します】
「カネダ? ふざけた名前だな。で?」
【3日前、遺体が運ばれて来ませんでしたか? 覚えている範囲でいいので、教えていただけますでしょうか】
「……ただで教えろってか」
リリウムが一歩前に出ると、鼻で笑って片手を上げる。
「冗談だよ。死体教えるくらいなら別に構わねぇ。荒らしさえしなければな。そうだな、3日前は全部で10体だ。亜人が8体、病死した婆が1体、変死が1体」
【変死?】
「正確に言うと、食われて死亡している。亜人街で死亡していた。性別は男性だな。カナンから聞いたが、多分、あんたらが探している死体ってこれのことかもしれない」
【見ることはできますか】
ルージュが顔をしかめる。
「構わないが……吐くなよ」
そう言って、ルージュは金田達を奥の部屋に案内した。
今度は、金田にもはっきりとわかるほどの、鉄臭さと腐敗臭がした。エリーは顔に両手を当てて、出ていってしまった。亜人であるエリーには刺激が強いのだろう。心配したカナンはエリーについていった。
「この死体は亜人の狼男が届けてくれてな。黒毛の、まだまだ子供だった。めずらしいんだぜ? 亜人が人間の死体持ってくるなんてよ」
だが、そんなことは気にも留めず、ルージュはそう言いながら、手術台に置かれた黒一色の死体袋に近づいていく。
「開けるぞ。ああ、マスクとかはねぇから。絶対吐くなよ。汚したら罰金だ」
死体袋のファスナーを開けると、金田達に見えるように死体を見せる。
金田は口元に手を当て眉間に皺を寄せ、リリウムは顔をしかめる。見慣れているロゼはすました表情だ。
「遺体は損傷が激しく、亜人に食われまくったせいでバラバラだ。右腕と両足が最後まで見つからなかったから、全部集めても”半分”だ」
死体袋の中身は人ひとり分入るくらいの多きさだが、目の前にある死体は、ただの塊のようにしか見えない。
「最初は食われたから死亡したと思ったんだが、どうやら食われる前から死んでいたみたいだ。ほら。これ」
同体だと思われる部分を指差す。肋骨が微かに見え、千切れた臓物の残りカスが見て取れる。
「歯の痕のせいで見えないが、胸元に創傷がある。肋骨の隙間を縫うように、ナイフかダガー、まぁとりあえず、刃物で心臓を一突き。出血多量によるショック死だろうな。ただ顔がぐちゃぐちゃでよ。これじゃあ何者かわからねぇぞ」
そう言って、死体袋の中から”首を持ち上げる”。冷凍保存されていたため、青白くなった”それ”を見て、金田は視線を逸らしたくなった。
確かに、顔の7割が潰れている。これではキャラバンの誰だかわからない。そもそも、まるで関係ない誰かなのかもしれない。
「たださ、妙なのが……全裸だったんだよ、こいつ」
服を脱がせたのか。グランド・オールの団員だとわからないように。
黙っていたリリウムが、持ち上げられている首を指差す。
「それ」
「ん?」
「その頭。残った部分に、”金歯”はありますか」
「ある。それがどうした」
ルージュは即答する。リリウムが鼻で笑い、顎をしゃくる。
「金歯を取ってくだささい。金も払います。それが、証拠になるからです」




