第85話「Body_Stormy」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
短期決戦になってしまった。予想していなかった事態に陥り、大荒れの天気と相まって、こちらを焦らせてくる。
もし今日中にキャラバンの協力を得ることができれば、明日サフィリアに包囲網を展開することだって不可能ではない。犯人を閉じ込めることができる。
だが、逆に得られなければ、厳しい戦いが待っているだろう。
そのためには、必ず遺体を発見し、交渉を有利に進めなければならない。
向かうべき場所は南地区と、西地区にある亜人街である。
エリーは半強制的に亜人街での遺体捜索担当になった。亜人であり顔も利くため、適任だろう。
次いでレオンが、自分からキャラバンの方へ向かうと宣言した。
「俺に行かせてください。キャラバンに迷惑をかけた俺が行くのは、少し危ないかもしれませんけど……俺が行かなきゃ、駄目な気がするんです」
ノートを鞄に入れながらそういう。
瞳には若干の怯えが混じっていたが、その奥は燃えていた。
「……行ってこい」
その言葉をゾディアックが言うと、レオンは礼をして南地区へと向かった。
そして残った4人は、一度事務所に戻った。
「さて、どう分けますか。金田というお荷物がいるので、私は彼につきますが」
【悪かったな。お荷物で】
「そちらは、希望がありますか?」
特にどちらでもいいため、ふたりは答えなかった。リリウムが鼻を鳴らし、では、といってロゼを指差す。
「ロゼさん。私達と一緒に行きましょう」
ロゼはゾディアックをチラと見る。若干の不安が残るが、リリウムが何かをする可能性は低い。
「わかった」
「……なら、俺はレオンの手助けに行こう。ひとりだと危なっかしいからな」
これでチームは決まった。全員が納得すると、各々動き始めた。
ゾディアックは向かう前に、ロゼに声をかけようとしたが、笑顔を返されただけだった。大丈夫、そう言っているように見えた。
ゾディアックは兜の中で笑みを作り、事務所を後にした。
♢ ♢ ♢
アイエスの店主である、オークのブランドンは、片肘をカウンターについてエリーの言葉を聞いていた。
「だから、遺体とか……何か殺された、とか! そういう情報ない!?」
「エリー。亜人街で、昨日誰が殺されたかなんて情報探ってたら、2日あっても足りねぇぞ」
「じゃ、じゃあアイリちゃんが……」
「その日は店を開いてねぇんだ。お前だって知ってるだろ? 仕入れとキャラバンの手伝いで、俺は亜人街にいなかったんだ」
エリーは押し黙ってしまい、低く唸り声をあげる。ブランドンは口から突出している下の牙を指先でこする。
「なぁ、エリー。確かに犯人捜しをするのはまちがっちゃいねぇが、嵐が去ってからでもいいだろ? 昨日の今日で、しかもこんな悪天候の中で見つけられるわけがねぇ」
「何よ! 緑ハゲ!!」
「やめろ、エリー。その言葉は俺に効く。とにかくだ。俺は何も知らねぇ。満足したら店の手伝いしてくれや」
ブランドンは立ち上がり、話を切り上げようとした。
エリーは怒りの表情を浮かべてアイエス出口へ向かう。
「おい、エリー!!」
呼びかけても止まらず、店の外に出ていってしまう。
ブランドンは溜息を吐いて、ひとり寂しくグラスを磨き始めた。
♢ ♢ ♢
琥珀箱でロゼに呼び出された場所に向かう。廃墟と化した場所に、3人がいた。エリーはリリウムをなるべく視界に収めないよう、報告をする。
【酒場で情報が手に入るかと思いましたが、なるほど。そういう事情なら仕方ありませんね】
「残念でしたね。ドラマ? みたいにいかずに」
【やかましい。エリーさん、あなたの知り合いで構いません。話を聞きに行きましょう。少しでも情報が欲しい。道すがら、私とリリウム、そしてロゼさんと一緒に痕跡を探しますので】
「わ、わかりました」
丁寧で力強さを感じる言葉に頷きを返す。エリーは異世界人である金田のことが嫌いではなかった。だが、リリウムのことは、好きになれそうにない。
「じゃあ、案内するので、ついてきてください」
そう言って先を歩く。ただ、雨に濡れず、風の影響も受けない、特別な魔法を使ってくれることには、感謝していた。
そうして前を歩いていると、隣にロゼが立ち、静かに話しかけてくる。
「あのふたり、どう思います?」
「……金田さんは、いい人だと、思います」
「そうですね。異世界人だけど、普通に話せる。何ら変わらない普通の男性です」
「でも、リリウムさんは、苦手です」
「私は嫌いです」
ロゼの顔を見ると、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「嫌いだ。あの女。いけ好かない」
いつもの喋り方ではない。そのハッキリとした悪口を聞いて笑ってしまう。
「私も大っ嫌いかも、しれません」
「一時的な協力ですから、我慢していきましょう。これで犯人が見つからなかったら思いっきり叩いてやりましょう」
「いいかもしれませんね」
ふたりは悪だくみしながら、雨の中をくぐっていく。
「なんか、悪口言われてませんか。私」
【気のせいだろ】
「……むぅ」
【頬を膨らませるくらいなら、初めから愛想よくしろって言ってるだろ】
「わかってる。わかってるけど……」
【これから変わればいいさ】
力なくリリウムは頷く。
金田は呆れるように頭の後ろを掻きながら、周囲に痕跡がないか、鋭い目線を周囲に配っていた。
♢ ♢ ♢
その後も何人か知り合いを訪ねてみたが、たいした情報は得られなかった。金田を見るだけで襲い掛かってこようとした亜人もいたため、捜査は難航していた。
エリーは廃屋のような見た目をした病院を訪れると、こんな日にも関わらず院長は仕事をしていた。壊されないように補強していたらしい。
エリー達は手伝いをしながら、院長に話を聞いてみる。
「んー。そういう患者さんとか死体の話は、ありませんね。ここに運ばれてくるのは亜人ばかりですし、そもそもグランド・オールの団員が死亡していたら、亜人街は大荒れですよ」
「そう、ですよね」
蜂人間の院長は口元を忙しなく動かす。甲高い声は外の雨音にも負けていない。
亜人を見慣れていない金田はリリウムの陰に隠れるように移動する。
「何、どうしたの」
【……あれは見た目が厳しい】
「虫苦手だったっけ」
【虫人間は見慣れていないんだよ】
呆れたようにリリウムは首を振った。
それから事情を説明し、何かあったら連絡を入れるということだけを約束し、病院を後にした。
まともな情報は手に入らず、痕跡すらない。このままでは、リリウムの魔力を悪戯に減らすだけだ。
「マズいぞ。もう夜になる」
「丸一日時間が経つと、私の魔法で戻すことはできません」
リリウムの表情にも若干の焦りが浮かぶ。
金田は顎をさすり、視線を地面に向ける。遠慮がちにエリーが金田に話しかける。
「……どうしますか?」
【亜人街じゃないのか。いや、亜人街に持って行った、あるいは亜人街に着く前に、目撃者がいれば】
金田はリリウムを見る。
【西地区は歓楽街だったよな】
「そうだけど、この雨だと、”踊り子”達は出てこないんじゃないかな」
【店自体はやっているだろう。話を聞いてくる。……リリウム達は待機していていいぞ】
金田は気まずそうに視線を逸らす。歓楽街の、それも男性が行くような場所に、女性を引き連れていくのはいささか気が引けるらしい。
「私は気にしないけど」
「私もだ」
「……特には」
だが、そんな金田の気遣いなど、女性達には届かなかった。
【……わかった。行こう】
呆れるようにいうと、琥珀箱を使って店を探す。
琥珀箱にはある魔法石が埋め込まれており、このおかげで通信を可能にしている。そしてこの石は不思議なことに、使えば使うほど力を解放していく、いわゆる「魔具」と似たような力を持っていることが、一般に知れ渡っている。
異世界人である金田は、既に琥珀箱を使いこなしており、街中の情報を知れ、調べることまでできるという機能を解放していた。
「お前はできないのか?」
「苦手なんですよ。あれ。操作が意味不明で。だいたい、会話だけできれば充分じゃない。逆に、ロゼさんは?」
「……できるわけないだろ」
異世界人である金田が、誰よりも琥珀箱を使いこなしている事実を知り、ふたりは顔を歪めた。
そうして情報が調べ終わると、近くの店に行こうと提案した金田を筆頭に、一同は動き始めた。
♢ ♢ ♢
暴風が吹き荒れているせいで、たどり着いた店の看板が剝がれ落ちそうになっていた。
次いで、ロゼの顔に雨水が当たる。
「おい、魔法が切れてないか?」
「そろそろ限界ですかね。風の強さに応じて、この結界の強度も上げていたのですが、私の魔力が持ちません」
「常時発動しているからな」
リリウムの魔力も底無しではないらしい。だが、それでも充分過ぎるほどの量を秘めている。
ふたりの会話を背中で聞きながら、金田は店の扉を開こうと手を伸ばした。
瞬間、店の扉が勢いよく開く。驚いた金田は眉を上げ、2歩後ろに下がる。
「店長! 看板危ないです! 今日はもう閉めて……」
薄手の白いワンピースを着た女性が目線を正面に向ける。目鼻立ちがくっきりとしている、色白の美人だった。
女性は金田と、その後ろにいるリリウム達を見ると、愛想のいい笑顔を見せる。
「あ、お客様ですかっ!? すいません、もうお店閉めようかと思っていて……30分だけならお相手しますけど」
【あ、いえ。すいません。客ではないのです】
相手の顔から笑顔が消える。そして、眉根を寄せる。
こちらが傘を差していないことを疑問に思っているらしい。
「魔法使いさんたちですか? 傘いらずなんて便利ですね。だけど、もう嵐が来てますよ。さっさと家に帰った方が」
【お時間は取らせません。お話を少々……】
「申し訳ありませんが、後日改めてお願いします! 看板しまわないと」
そう言って女性は雨に打たれながら看板をしまおうとする。取り付く島もないらしい。
リリウム達が近づき、片付けをする女性を尻目に作戦会議を始める。
「他にも場所はありますよね。さっさとまわって」
「門前払いが関の山じゃないか?」
「リリウムさんも、魔力が限界でしょうし」
【……くそ。俺だけでも行ってみる。最悪、濡れ鼠になりながらでも探すさ】
「わ、私も手伝います! アイリさんの敵ですし、レオンさんも、覚悟を決めているので」
「アイリさんの家漁って、このままってわけにもいきません。とりあえず、金田、それとロゼさん。おふたりは近場の店に……」
具体的な指示を飛ばそうとしたリリウムが口を閉じる。
先程の白いワンピースの女性が、びしょ濡れになりながら近づいてきたからだ。
「あ、あの。レオン、とアイリって……あなた達は、あのシーフの冒険者さんのお仲間ですか?」
「そ、そうですけど」
エリーが答えると、女性は目を見開く。
「何か、あったんですか?」
【……説明したいのですが、お話をしても】
女性は先程とは違い、頷きを金田に返した。
♢ ♢ ♢
店の中に入り一通りの事情を説明する。中には店長と思しき腹の出た中年男性がカウンターにいる以外、閑散としていた。店内は眩い光に包まれているが、他に従業員も客もいないらしい。片付けの途中だったのか、いくつかのボックス席は椅子が机の上に置かれていた。
女性はカナンと名乗った。
説明が終わり、死体に関して聞くと、カナンは首を横に振った。
「すいません、確かに西地区は暴動が多いですが、殺人や遺体までは……」
【そうですか。申し訳ございません。変なことを聞いて】
「あ、いえ。こちらこそお力になれず」
【気にしないでください。ありがとうございました。それでは】
再び、振り出しに戻った。一同は明らかに意気消沈としている。だが、立ち止まっている場合ではないと金田が鼻を鳴らして立ち上がる。
「ただ」
カナンの言葉に金田の動きが止まる。
【ただ?】
「……知り合いなら、情報を持っているかもしれません」
そう言うと、カナンは琥珀箱を取り出した。




