第84話「Appear_Stormy」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
2階にあるアイリの部屋に入ったリリウムは、電気を点け室内を見渡す。
殺風景な部屋だった。勉強机と本棚、部屋の奥にあるベッド、そして箪笥以外は特に目立ったものが無い。
リリウムが勉強机に近づくと、エリーが続けて部屋に入る。どこか不安げな表情だ。友人の家に勝手に入り、さらに部屋を調べるのには、抵抗があるのだろう。
「あの、やっぱり」
「やめませんよ。無理なら下にいてくださって結構です」
きっぱりとした物言いだった。まるで、邪魔はさせない、自分がやっていることは全て正しいと言っているようであった。
「あの、やめるべきだと思います!」
頭に来たエリーは耳をぴんと立てる。リリウムはゆっくりと、ゴールドとレッドのオッドアイを向ける。
「なぜでしょうか」
「こんなの無茶苦茶です。アイリさんの部屋にだって、人に見られたくないものくらいあるでしょう。アイリさんの気持ちを考えてあげてください」
「気持ち?」
鼻で笑い、視線をエリーに向ける。
「死人に口も気持ちもありませんよ」
「なっ」
「逆に聞きます。アイリさんはなんとおっしゃっているのですか? 死んだ人の気持ちがわかるんですよね? あなたの中にいるアイリさんが、いったい何を"ほざいているのか"存じ上げませんが、私の中のアイリさんは「何が何でも犯人を見つけ出して、復讐してほしい」と叫んでおります」
畳み掛けるようにそう言うと、エリーから視線を外し、机の上にある書類や本を読み漁り始める。
なんと心無いことをいう女性なんだろうと、エリーは思った。綺麗なのは外見だけじゃないか。
その時ふと、壁にかけてあるカレンダーが、視界の隅に映る。近づいてそれを見ると、赤い丸で囲ってある日付があった。そこには赤文字でこう書かれてあった。
「レオンに謝って告白する! ガンバレ私!」
何かが、胸の奥からこみ上げてきた。エリーは口元を抑え、部屋を出て行った。
遠ざかっていく足音を聞いて、リリウムは手を止めて項垂れる。
「最低だ。私」
最低なことを言ってしまい、最低なことをしているのだろう。だが、やるしかない。この行いをして、必ず犯人を捕まえて任務を達成する。
文句は死んでから受け付ければいい。リリウムはそう考え、手掛かりになりそうなものを探すために、再び手を動かし始めた。
調べている中で一番気になったのは、魔導書の数だ。勉強熱心な人物だったのだろう。いくつかの本には付箋がびっしりと付けられている。中にはリリウムが見てきた物もあった。生きていれば、話で盛り上がれたかもしれない。魔導書を静かに置き、続いて立てかけてある分厚い本を手に取る。
「……アルバム?」
呟いてタイトルを見ると、「ソルセルリー魔導学園 24期卒業」と書かれてあった。魔道士にとっては名門校である。
アルバムを開くと生徒達の顔写真や思い出の数々が目に入る。その中にはアイリの姿もあった。
今と違う、黒髪だった。そのまま奥まで見ていくと、アイリが表彰されている写真があった。どうやら、どこかで行われた魔法大会で優勝した時の写真らしい。
読み進んでいき、最後の寄せ書きのページを見た瞬間、目を開いた。
心無い言葉が、いくつか書かれてあった。
どうやら彼女は優秀ではなかったらしく、馬鹿にするような言葉が羅列されていた。
「醜いな」
ご丁寧に名前まで書かれてある。全部で4人。リリウムはアルバムを持っていくことを決め、机の上に置いた。
続いて本棚を見る。めぼしい物はなかった。
箪笥の中を開けても着替えだけしかない。ベッドには何もなく、下を見てみる。
紫色のノートが一冊置いてあった。手に取り、中身を見ると、すぐに閉じる。
これは私が見るべきものではない。そう思い、アルバムの上にそれを重ねる。
他に何かないか探していると、ゴミ箱が目に入る。中を見ると紙切れが一枚落ちていた。
手に取って見ると注文発注書であることがわかる。魔導書を購入したらしい。届く予定の日付を見て、カレンダーに視線を移す。
「……なるほど」
リリウムはアルバムと本、そして紙を持って一階へと戻った。
♢ ♢ ♢
リビングに行くと金田達が立っていた。
【どうだ】
「いくつかめぼしい物は。そちらは?」
【髪以外はなかった。凶器は持ち帰っている。殺害した後は、恐らくリビングに来ていない。金目の物が盗まれ形跡もない。玄関と三和土、血痕はそこで途切れている】
「そうですか。指紋を探す必要性もなさそうですね」
淡々としたやり取りを交わし、リリウムはノートをレオンに渡す。
「……これは?」
「アイリさんの日記です。ですが、これはあなたが持っておくべき物だと思います。受け取らないというなら、私が預かっておきます」
「アイリの」
目をノートに向け、2、3秒程悩んでから受け取った。中身はひとりで見ようとレオンは思い、手に力を込める。
「金田。これを見てください」
【……卒業アルバムか】
リリウムは最後のページを見せると、金田は目を細め、琥珀箱を取り出した。
【異世界でもあるんだな、イジメというのは】
「……いじめられる方も、悪いんですよ」
【お前が言うと説得力があるな】
「うるさい」
リリウムは視線を逸らし、唇を尖らせる。
【それで、この学校は有名か?】
「入るだけでも一苦労です。その代わり、世に名が知れ渡る者を、多く出しております」
金田は琥珀箱をしきりに操作し始める。
「……私達は何をすればいいんだ?」
「……周囲の警戒をお願いします」
リリウムは目も向けずにロゼの質問に答える。
【リリウム。言い方に気をつけろ。彼らは大事なお客様で、味方だぞ。反感を買ってどうする】
「まぁ、今回は相手が相手なので」
【だとしてもだ。子供みたいな態度をとるな】
「わかってる」
そう言ってロゼのことを横目で睨む。”敵”として認識しているのか、その視線は冷たい。これ以上何も喋らない方がいいだろうと思い、ロゼは視線を外に向けた。風が窓を鳴らしている。
「苦労人だな、金田とやらは」
小さく呟いた声はゾディアックにしか届かなかった。
そして金田が琥珀箱を叩く音が止むと、ゾディアック達にも見えるように画面を見せる。
【4人の情報を見つけました。スキーラ、キュアリムと呼ばれる女性はフォルリィアで冒険者として活動中。半年前、Cランクの昇級試験をクリアしているらしいです】
冒険者の情報が開示されるのは、一般的にはない。だが、Cランク以上の昇級試験をクリアした者達は、昇級した段階での主な活動拠点と名前、そして職業が公開される。理由は、他の冒険者やギルドがスカウトしやすくするためである。
【アーフェンと呼ばれる女性は研究員として、ブラックスミスで働いているとのことです。作成した魔法銃が問題を起こし、矢面に立たされているらしいですね】
記事が画面に浮かび上がる。強力な威力を誇る代わりに誤動作が多く、何人かの冒険者が犠牲になっていることが書かれてあった。
【最後にミア、この方は……Bランク。ですが、任務中に死亡。4ヶ月前です】
高ランクの冒険者が死亡すると、ニュースになる。それだけ危険な相手がいるぞ、と世界中に発信するためだ。
金田は琥珀箱をしまう。
【以上のことから4人が、またはこの内の誰かが、何かしらの理由でアイリさんを襲った、という線は薄いですね】
「……私としては、レオンさんが最初怪しかったです」
チラとレオンを見ると、ノートを持ったレオンは目を丸くする。
【リリウム。今言うか?】
「あくまで可能性の話です。彼だけがこの家に、何の危険性もなく出入りすることができます。アイリさんが殺された凶器は、包丁やナイフといった刃物。レオンさんはシーフで、武器はダガーなどを好んでいる。かなり疑わしい」
口を開こうとしたゾディアックだったが、リリウムが手の平を見せ制止を促す。
「ですが動機がない。証拠もない。それに、そのノートを渡した瞬間のレオンさんの表情。もし殺人を犯した相手だったとしたら、途轍もない演技です。まぁ、犯人じゃないでしょうね。これもありますし」
紙を見せる。金田はそれを見て首を傾げる。
【読めない。なんて書いてある】
「魔導書の注文票。つまり、アイリさんはこの魔導書が来るのを待っていた。そしてキャラバンを装った相手に刺されたのではないでしょうか。アイリさんを殺したい、それだけを心に決めた相手に。入口で殺されて、金目の物を奪わず髪の毛だけを奪った。ただ、アイリさんも中々大手の所から手に入れようとしましたね」
【ん? どういうことだ】
「グランド・オールっていう、サフィリアの中では大きなキャラバンから受け取ろうとしたみたい。ただ、団長率いる主力部隊は、一時的にサフィリアを離れている。この嵐のせいでね」
【……残ったキャラバンから話を聞くか】
そう言って全員を金田は見る。
【出ましょうか。一度戻って整理しましょう】
ゾディアック達は無言で頷き、全員家の外に出る。雨風が少しだけ弱まっていた。
「さっさと帰りましょう。流石に大人数なので目立ちますしね」
「……レオンさん、大丈夫ですか」
「ああ」
生返事でノートを見つめている。エリーは露骨にリリウムを避けている。
ゾディアックは鼻を鳴らし、腕を組む。手を貸してくれるのはありがたいが、あまりいい関係にはなれそうにない。
そう悩んでいると、ふと、金田の姿が目に入る。
なぜか、じっと地面を見つめていた。
「……金田、さん?」
【さっきは雨のせいで気づかなかった】
「え?」
【ここです】
そう言って地面を指差す。
【何か、黒い線があります】
「……本当だ」
ふたりはその線を見つめた。黒く、長い線。それだけではなく、なにか痕のようなものが残っている。動物の糞だろうか。シミのようになっていて、この雨のせいで少し薄くなっているようにも見える。
自分達が訪れた時も、こんなシミがあっただろうか。ゾディアックは記憶を辿ろうとした。
その時だった。ハッとした金田はリリウムを大声で呼ぶ。先に歩いていたリリウムは振り返り、小走りで金田に近づく。
「なに? どうしたの。敵?」
【違う。アイリさんはさっきの血を見る限り、夜から朝にかけて殺されたと思うんだが、お前はどう思う】
「多分夜でしょう。結構巻き戻しましたからね」
【さっきの魔導書が届く予定時刻には、なんて書いてあった】
「夜の……」
リリウムも気づいたのか、その場に片膝をつき、シミに手を触れる。
「どう、しましたか?」
尋ねると、金田は声だけを向ける。
【もしかしたらですが、リリウム】
「わかってるって」
リリウムが魔力を指先に込める。先程の空間魔法を使用しているらしい。
すると地面に、赤い水が浮かび上がった。
「ギリギリでした。あともう少し遅かったら、ここまで戻せなかった」
リリウムはそう言って、更に魔力を込めていく。
それに応えるように、大量の血液が、沸騰するかのように地面を濡らしていく。
「……これって」
【犯人は、アイリさんを殺害した後外に出て、何者かと遭遇したのでしょう。手には凶器を持ち、血塗れだった可能性が高い。夜でも、その異様な姿は目につきやすいでしょう。新たな目撃者が現れてしまい、気が動転した犯人は、口封じのために殺してしまった】
「何者か、はわかりますよね、ゾディアックさん」
「魔導書を届けようとした、キャラバン」
浮かび上がった血痕は、明らかに致死量を超えている。それはここで殺人が行われたのを、如実に物語っている。
【私は、キャラバンなるものの理解度は低いです。ですが、もしグランド・オールの誰かが殺されたとしたら、キャラバン・ガードナーが動き出すのではないでしょうか。大きな団体ともなれば、ガードナーの数も多いでしょう。つまり、犯人にとっては最悪の状況になりました。
しかし運はまだ尽きてはいなかった。この嵐と、キャラバンの主力が国外に出ている状況。となれば、犯人にとって残された道は、ただひとつ】
「……嵐に紛れて、この国を脱出する」
ゾディアックが金田の言葉に付け加えるように言葉を発すと、金田は頷きを返した。
【必ず現れます。犯人は必ず明日、この国を通過するであろう、嵐の中に現れます】
「ちょっと待ってくれ」
黙っていたロゼが金田に問いかける。
「ここで殺人が行われたとして、遺体はどこだ」
【隠したのでしょうね。すぐバレるにしろ、「行方不明」と「死亡」では、前者の方が逃亡までの時間が稼げますし。逆に聞きたのですが、もし遺体を隠すとしたらどこに隠しますか?】
全員は顔を見合わせ、エリーが口を開いた。
「亜人街、です」
リリウムが腕を捲る。輝く銀の腕時計を一瞥すると、眉根を寄せる。
「時間がありません。一度事務所に戻って準備を整えた後、亜人街にて情報収集、遺体の確認を行う部隊と、グランド・オールに向かい協力を求める交渉部隊、ふたつに分けましょう」
全員が頷く。わずかな時間でここまで捜査が進むとは思わなかった。
リリウムの能力も凄まじいが、異世界人である金田も、ただものではない。
ゾディアックはそんなふたりに興味をひかれながら、犯人を捕まえるために、自分の力を奮おうと決意した。
そんな高ぶる感情を煽るかのように、雨と風が強くなる。
サフィリアの景色が、徐々に暗くなり始めていた。




