第56話「強いヤツはそう考える。そうだろう?」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
暗くてよく見えなかったが、声からして笑っていることが分かった。
黒魔道士は馬から降りてゾディアックを見下ろす。
シルクハットを被り燕尾服を着た男は、杖をクルクルと回す。魔術師というより奇術師と言った方が相応しい出で立ちだ。宿屋にいた時はローブ姿だった。
鍔を掴んで琥珀色に輝く瞳をゾディアックに向ける。防具の損傷具合を確かめるとニンマリと笑った。
「何を、しにきた?」
ゾディアックは顔を上げてそう聞く。杖のヘッドについた銀細工の蛇頭が視界にチラつく。夜だというのにそれだけはハッキリと見えた。
大口を開ける銀の蛇は、こちらに噛みつこうとしているようにゾディアックは感じる。
「何をって。お前さんが無事かどうかの確認?」
あっけらかんと答える。
「……ここは危険だ。速く逃げた方がいい」
「何から? お前さんからか?」
「違う……またハイエナが来るかもしれない。迷惑するぞ」
「ほう。お前さん騎士かと思ったが、未来を予測する星読みの職だったのか。意外だな」
黒魔道士は膝を折って兜の下にあるゾディアックの瞳を見る。
「で? ハイエナ達はどれくらいで来るんだ? 何時間後? 何十分後? 何人で来る。パーティは、それぞれの職業は。ランクで言うとどれくらいだ?」
「……知るか。あくまで来るかもってだけ……」
「なら予想でいい。言えよ。さっさと言え。ハイエナが来る「かも」だと? どうでもいいんだよ、「かも」なんて。予想なんて。なっちまってから考えればいい。なっちまってからでも、どうとでもなる。強いヤツはそう考える。そうだろう?」
鬼気迫る、といった男の声と表情。それは確かに怒りが込められていた。
「俺らはお前さんを助けに来た。だが生きているみたいだからな。安心したよ。さっさと失せるから心配すんな」
見開かれたゾディアックの目に、その笑みは不気味に映った。
なんとも胡散臭い空気を身に纏う黒魔道士は顎に蓄えられた無精ひげを、音を立てて撫でる。目が冴えて来たためその顔もよく見えるようになった。
年齢的に50は超えているだろう。右目に大きな火傷の痕がある。おちゃらけた口調や態度が似合わない、強面の髭面だった。鋭い眼光と瞳の形は、一瞬蛇を連想させる。
武闘派にしか見えない冒険者はシルクハットの鍔を掴むと顔を伏せる。
「まぁ元気そうで何よりだ。その防具ならあと何日殴られても平気だろ。じゃあ俺らはこれで」
「ド阿呆」
黒魔道士の頭が叩かれる。シルクハットが吹き飛び野太い声が上がる。
「てめぇ! 何すんだよ麒麟!!」
「アスクレピオス。この者は疲弊している。精神的にだ。少しだけ回復させる。構わないだろう」
「うっせぇ婆」
「お前だって爺だろうが」
打って変わるように獣使いの女性が前に来て、ゾディアックの兜に手をかける。
「外すぞ。構わないか」
「……」
「味方だ。安心してほしい」
ゾディアックは兜を外す。
「ほう。色男だな」
「兜で隠すにはもったいねぇな。強くてイケメンか? せめて頭は悪いっていう欠点を持っててくれよ」
獣使い、麒麟と呼ばれた女性はゾディアックの銀髪を撫で、耳に手を持っていく。そして淡い光が、傷ついた耳を優しく温める。
霊媒師のような見た目をした麒麟は少女のように小柄だった。茶髪で猫目、端正だが幼さが残る顔に金色の瞳がよく似合っている。
だが何よりも視線を釘付けにしたのは、頭にある、2本の大きな青い角であった。天に向かって鋭く尖る角は、闘牛の角よりも殺傷能力が高い見た目をしている。
その立派な角をじっと見つめていると、麒麟が微笑む。
「何だ。珍しいか」
「オーガ、なのか」
「そうか。お前には角に見えるのか。中々見どころがあるな。”あの子”が言っていた通りだ」
そう言って耳から手を離した。いつの間にか聴力が戻っており、緊張によって破裂しかけていた精神が落ち着きを取り戻していた。
次いで、急激にゾディアックは眠気に襲われた。
「疲れているな。この子に君を守るように命令してある。安心して眠るといい」
そう言って白馬を撫でる。
礼を言おうとするも口が開かない。声を出すのはおろか、唇を動かすのも億劫だった。
「今日はデスタンに近づかない方がいいぜ、騎士さんよ。ただ安心しな。お前さんを襲ったハイエナ連中はデスタンにいるし……持ってったもんもすぐ帰ってくると思うぜ」
どういうことだ。
なんとか半目に留めている目を向ける。
「明日。城の中に入ってみるといい」
意味が分からなかったが、眠気に勝てそうもなく、ゾディアックは頷くように首を垂れた。
回復した耳に、馬の蹄の音がひとつだけ飛び込んでくると、徐々に離れていく。
再び辺りは静寂に包まれた。隣から馬の鳴き声が新たに加わった以外は、特におかしな点はない。
傍らにある兜に手をかける。
酷く疲れていた。ここまで疲れるのは、勇者と戦った時以来だ。
ゾディアックは昔の思い出に浸ろうかと思い、瞳を閉じた。
♢◆♢◆♢◆
デスタンの村、そこには酒場が三か所存在する。
かつて賑わいを見せていた村は、冒険者も多数訪れていたためそう言った情報交換用の店が存在した。
戦争後はどの店も店の扉を閉めていた。様々な冒険者達が騒いでいたとは思えないほど荒れた暗い店内は、長年埃を被っていた。
だが、今回の古城騒動をきっかけに冒険者が増え、再び店は光を灯した。
かつてと同じように賑わいを見せる酒場。唯一違うのは、賑わうその声が戦争時とは違い、弱々しく、そして下品な物になり下がってしまったことだ。
村の入口近くにある酒場が、三か所の中で一番店が大きい。
大小様々なテーブルが置いてあり、8人掛けの大テーブルと呼ばれるパーティ席は全部で10。ある意味集会所のような広さである。
その大テーブルにハイエナの男達は酒を呷っていた。
いつもは下品な笑い声を轟かせる集団だったが、今日は大人しい。子分達が不安気な目で、リーダー格の男を見ているからだろう。
男が荒々しく麦酒が入ったグラスを叩きつける。
「くそ!! あのボケ。俺らをコケにしやがって!!」
「あれはやべぇって。もう関わらないようにしようぜ」
「そうですよ。報酬は貰えたし、俺ら明日には名を挙げることになりますよ。宝玉はギルバニアで売って……」
「馬鹿野郎! 嘗められたまま終われるかよ!! 明日も行くぞ! あの騎士殺してやる!!」
金髪を靡かせて怒号を飛ばすと、隣にあった酒入りのグラスを手に取り口をつけると、首を上に向け喉に流し込む。
こうなったら手を付けられない。酒癖の悪い男に、子分達は溜息を零した。
その時、酒場の扉が開く。
そして中に入ってきた者を見た瞬間、酒場にいた冒険者達がざわついた。
「うお! なんだあの子……」
「やべぇ、とんでもねぇ可愛い子が来たぞ」
「ソロか? 職業はなんだ?」
「俺声かけてこようかな……」
酒場の空気が一変し、ハイエナ達もその方向を見る。
そして目を見開いた。
この場には不釣り合いな、人形のような美少女が歩いていたからだ。
金髪を靡かせ、宝石のように赤い瞳を爛々と輝かせながら、首を動かしている。誰かを探しているようだ。
ハイエナ達のリーダーが息を吐いてグラスをテーブルに叩きつける。
首が定位置に戻ると、リーダーもまた子分達と同じ方向を見る。
同時に、赤い瞳がリーダーを捉えた。
少女は堂々とした歩き方でハイエナ達のテーブルに近付き、手の平をテーブルに押し付けた。
「席、空いてるかしら?」
ローレンタリア・ゼルヴィナス・ミラーカは、皺一つないゴシックドレスを身に纏って、大胆不敵に微笑みを向けた。
ハイエナ達がうっとりとした視線を向ける中、リーダーだけはロゼを睨みつけていた。




