第57話「賭け事……ギャンブルをしよう」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「席、空いてるかしら?」
ローレンタリア・ゼルヴィナス・ミラーカは、皺一つない黒いゴシックドレスを身に纏って、ハイエナ達に微笑みを向けた。
見る者全てを魅了する可憐な華から漂う、甘い毒の匂いに、ハイエナ達は一瞬で骨抜きにされてしまう。
だが全員が必ず食らう毒であっても、どういうわけか抗体を持っている存在もいる。そういう者は強者であり、何か特別な力を秘めているとされている。
ハイエナ達の中にその抗体を持っている者がいた。下っ端ではなく、リーダー格である。
一番強い者が、特別な物を持っている。
ハイエナ達がうっとりとした視線を向ける中、リーダーはグラスを片手にロゼを睨みつける。酒場に不釣り合いな衣装を着た、謎の美少女に警戒を緩めない。
店内は少女に釘付けになっていた。漂う甘ったるい匂いがきっと視線を惹きつけている。
「め、めっちゃ可愛い……お、お名前は!!?」
「ロゼ、でいいですよ?」
仲間とロゼのやり取りを見て、リーダーが小さく舌打ちをする。
ハイエナという職業柄、目立つことだけは避けていた。
もし絡まれてもなるべく穏便にその場をおさめ、裏で痛い目に合わせる。それが生き方であり、大事なことだった。
しかし、こうも好奇の目を向けられてはそうも言っていられない。仲間達も鼻の下を伸ばしている。ここで適当なことを言ってずらかるにはもう遅い。
だが、それでも目立たない会話をして早急に退散してもらえれば、問題はない。
「悪いな嬢ちゃん。パーティは募集してない。今いっぱいなんだよ。他を当たりな」
「いいえ、パーティなんてどうでもいいわ。あなたに用があるの」
口元に笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。若干の敵意を感じる。
こいつはこちらを知っているのだろうか。
たまにいる。ご丁寧に逃げ道を用意しても、逃げない輩というものが。
であればどうするか。決まっている。”買うしかない”。
「……座れよ。ちょうど俺の前が空いてる。ただ座ったら、弱い酒じゃ済まなく」
黒いスカートがふわりと浮く。
言い終わる前に少女は席に座り、足を組んだ。
「私、”強いお酒”が大好きなの。だから楽しませてちょうだい? えっと……」
口元に笑みを浮かべて頬に人差し指を当てる。
不気味な赤い瞳に吸い込まれそうになる。
「……グラブだ」
ハイエナのリーダーはそう言って、吸い込まれるのを拒否した。
♢◆♢◆♢◆
間違いない。こいつらだ。ロゼは確信した。
この金髪はいやでも目立つし、いやでも記憶に残る。
ただすぐに名乗ったのは意外だった。恐らく偽名だろう。名を晒されるわけにはいかないから、さっさと名乗って切り上げたんだ。
ロゼは笑みを崩さず、怪訝な表情を浮かべる男を見つめる。
周りにはいつの間にかギャラリーが出来ていた。目立つのはマズいのだが、嫌いじゃない。
「それで、何の用だ?」
グラブと名乗った男は片肘を置いて早速本題に入れる。
有難い。ここに長居する意味もないため、話が短く済む。
「そうね。取った物を返してくれるかしら?」
周囲がざわつく。酒場の喧騒が消え失せていたため、2人の会話はかなり大きく聞こえる。
グラブは眉をひそめる。そしてとぼけるように両手を広げた。
「取った物? おいおい嬢ちゃん。人聞きのわりぃ。まるで俺が物取りみてぇじゃねぇか」
「違うの?」
「違うって。見てみろ」
首にかけた楕円形のタグを見せびらかす。銅色に輝いているそれは、手の平サイズより少し小さい。
「Cランクの冒険者なんだよ俺。だから物取りなんてしたら重罪なわけ。誰かと間違えてねぇか?」
「ほう。いいことを聞いた。つまりだ、物取りのお前を集会所にでも引っ張っていったら金になるかな?」
口調が変わった。先程までの少女らしさは消え失せ、妖艶な雰囲気すら感じ取れるようになっている。
グラブは目を見開きロゼの言葉を聞き続ける。
「下らない問答は無用だ。古城で無抵抗の暗黒騎士を殺そうとしていただろう。それで命の代わりに、金品を取ったらしいじゃないか」
周囲のざわつきが大きくなる。ハイエナ達が萎縮し始め、空気が悪くなる。
グラブは怒りの形相で拳をテーブルに叩きつける。
「言いがかりはやめろ。証拠でもあんのか」
「映像を保存できる機械……なんだったかな。名前は。まぁいい。それで撮った映像を私は持っている」
「……ハッタリだ」
「別にいいぞ。私は証拠を出しても。ただお前は色んな意味で死ぬことになる」
ロゼが身を前に出す。
「グダグダ言ってないで、あいつから奪った物をさっさと出せ。ハイエナが」
ロゼの自信満々な目はちょっとやそっとのことで崩れない、力強さを見せていた。
ハッタリじゃない。つまり、いざとなればロゼは、ハイエナを根絶やしに出来る力を持っているということだ。
だがそれをすぐに使うわけにはいかないのだろう。こちらの金品を受け取るまでは。
グラブはニヤリと笑った。
「あの騎士の女か?」
「……ああ」
なんだよ男いんのかよ、といった愚痴が聞こえてきた。
「あの情けねぇ奴、女いたのか! 笑えるぜ。無様に命乞いする場面もしっかり撮ってあるんだろうな?」
「情けないのはお前達だ。8人がかりで攻撃を仕掛け、まるで歯が立たなかった映像はしっかりと撮ってあるぞ?」
両者、怒りをもう隠さなくなっていた。
数回頷いて、グラブは頭の後ろを掻く。
「交換しようぜってことだろう?」
「その通りだ」
「……でもよ、ただ交換するだけじゃあ面白くないだろ?」
「なに?」
「賭け事……ギャンブルをしよう。お前が勝ったら総取り、逆は俺ら。受けなきゃ金品は返さねぇ。別にばらしてもいいぜ。俺らは消え失せてるからよ」
「ちょ、親分!」
「黙ってろ!!」
進言してきた子分を睨む。
ロゼは下顎に指を当てて考える。
なんとも有難い提案だった。もう少しで酒場で暴れるところだったと思い、頷く。
「……私もそれを返して欲しいからな。いいだろう。受けよう。その代わりだ。ゲームは私が考える。お前達は8人だからな、手を組まれる可能性がある」
「負けたら、映像渡すだけじゃすまねぇかもな?」
「脅しか? それくらいで慄くものか」
「いい度胸だ。意気に免じて、子分は使わねぇよ。お前ら席外せ! このガキと俺の一騎打ちだ」
子分達は席を立ち上がると周囲が盛り上がりを見せる。
美少女対悪人面の冒険者、異色の賭け勝負が開催された。
子分達の目を見るに、グラブに対する信頼が滲み出ていた。本当に賭け事が得意なのだろう。
だが、負けるわけにはいかない。
「それで? どんな勝負だ?」
ロゼは店員を呼び、ある物を用意するよう言った。
グラブが怪訝な顔をする。
「すぐに分かる」
そう言ってから3分後、テーブルに容器が並べられる。
435mlのジョッキに注がれた麦酒が5個並べられ、対面するようにショットグラスが1個だけ置かれる。中には蒸留酒が注がれている。
並べられたものを見て、グラブは察する。
「……飲み比べ、いや、早飲みか」
「ああ。これで勝負だ。5杯飲むか、1杯飲むか。全部飲み終わった方が勝ちだ。簡単だろう?」
「馬鹿かお前。勝負にならねぇだろ?」
「なるさ。だからお前から先に選ばせてやろう。麦酒5杯飲むか、こっちの小さい方を飲むか。選べ」
周囲から口々に声が上がる。
「どう考えてもショットグラスが有利だ」
「いや、中に入っているのがテキーラとは限らないぞ!」
「毒でも入ってんじゃねぇか?」
全てグラブが思っていた不安と一致する。
怪しすぎる、ただの早飲み対決ではない。どちらが有利かは一目瞭然だが、即決断は寿命を縮める。
だがこんな勝負はやめだ、と反故にする訳にもいかない。自分から言い出したのだから。
ショットグラスは怪しいが、ハッタリだ。
長年培ってきたギャンブルの度胸をここで見せるグラブは力強く言い放つ。
「ショットだ。一杯飲んで俺の勝ちだ」
おお、と周囲から歓声が上がる。
ロゼはフッと笑い、それを了承する。
止めもしない。まさか本当に5杯先に飲める自信があるのか。
「そっちを取られるとは。まぁいい。ルールを説明しよう。ただの早飲みだ。どっちが先に自分のグラスを空に出来るか。ただ、合図があるまでは自分のグラスに触れないから注意しろ。
禁止事項はさっき言った通り、合図前に自分のグラスに手を伸ばすまたは触ること、暴力行為、相手のグラスに触るといった妨害行為、酒を飲まずに捨てる。それだけだ。周囲の妨害を受けた場合は再試合、頻度が多ければ無効試合でいいな?」
「上等だ」
勝てるわけがない。勝利を確信していたグラブは話半分でそれを聞く。
ロゼがすんと鼻を鳴らす。
「こっちは5個のジョッキで、いいんだな」
「ああ。その通りだ」
「はぁ。まさか、か弱い女の子相手に、全力で勝ちに来るとは」
「なんだ、泣き言か?」
「いや。ただこちらとしては少し厳しい戦いになった。どうだろうか。一杯だけハンデが欲しい」
「ふざけ……」
文句を言いかけたが周囲から声が上がる。
「いいじゃねぇか一杯くらい!」
「ちっちぇ方選んだんだからそれくらい大目に見ろ!」
「図体デカいくせにやること小さいな!!」
息を呑んだ。
完全に周囲はロゼの味方になっているため状況は不利だ。子分達が必死にこちらを応援しているが、掻き消されている。
賭け事に男らしい、らしくないは関係ないが、周囲の目が多すぎると連帯感が出てきてしまう。
「毒見も兼ねている。駄目か?」
「……わぁったよ。さっさと飲め」
虫を掃うような手の仕草をしてふてくされる。
ロゼは短く礼を言うと、ジョッキをひとつ手に取る。ゆっくりと、だが一気に酒を飲む。途中で両手でジョッキを持つ仕草は可愛らしく、周囲から溜息が零れる。
そして飲み終わる。ジョッキが空になるまで10秒近くかかっていた。
グラスは笑いそうになった。これだけの時間がかかっている相手に負けるわけがない。
引くに引けないのは向こうも同じなのだろう。だから苦し紛れにハンデを要求してきた。
茶番は終わりだ。一気にカタを付ける。
「おい、もういいだろ。やろうぜ」
不敵な笑みでそう言うと、ロゼもまた笑みを返した。
「ああ。やろうか」
そう言って、ロゼは。
飲み口を下にし、手に持った空のジョッキをショットグラスに被せた。
グラブが、目を見開く。
「待っ……!!」
「スタートだ」
相手のグラスに触るといった妨害行為はルール違反である。
この瞬間、グラブの敗北が決定した。




