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21.魔女と元猫王子

シーベスの了承を得て、フランシェルは彼女の家に居候を決めた。

彼女の言葉を借りれば、彼は使い走り、ということになる。だが、実際に彼ができることは非常に少なかった。


「フラン。そこの棚の一番上に置いてある、透明な液体の入った子瓶を取って」

シーベスの背では踏み台に乗らないと手が届かない場所に置かれていた小瓶を、フランシェルは手を伸ばして取り彼女に手渡す。

彼女はそれを向かいに座る、中年と言える年齢に達した尻尾を生やした男にそのまま渡した。

「これは――」

シーベスが小瓶の中身の使い方を男に説明する。

その内容から察するに、小瓶の中身は蛇除けらしい。時期的にも乙な物だろう。


フランシェルがシーベスに勝っているもの。現在、それは背の高さだけだった。

だから、こうして高い場所の物を取れと言われたら、それを取って渡す。居候の身でそんなことくらいしかできないのは心苦しかったが、今は他にできることがないのだから仕方ないと自分に言い聞かせる。


彼女はなんでも要領よくこなしてしまうので、不慣れな彼が手を出す隙間すらなかったのだ。

それでも少しずつだが色々な知識、その他の実務雑務を吸収し、どうにか居候の身分を脱却できるように奮闘中。このままでいるつもりなど、彼には毛頭ない。


新しく自分用に作られた椅子に座り、フランシェルは読みかけの本を開く。数ページ読んだ所で、尻尾の男は帰っていった。

「さてと。今日の用事も終わったし、少し早いけど夕食の準備でもしようかな。何が食べたい?」

テーブルの上に散らばっていた本を重ね、シーベスは部屋の隅に置かれた小さな本棚に片付ける。

「それなら、俺は……」

肉の入ったシチューが食いたい。


フランシェルはそう言葉を続けようとしたのだが、鼻がムズムズし、口から言葉の変わりに大きなくしゃみが出た。手に持っていた本がパタンと床に落ちる。

椅子の上には、少年の代わりにチョコンと手を揃えた黒猫が座っていた。


「………」


偶然にもその一部始終を見てしまったシーベスが、呆気に取られて動きを止める。

「あ~あ、またなっちまったか。この体質だけは早く改善して欲しいよな。本当に不便でしょうがないよ」

頭を振って、フランシェルがぼやく。

髭がもぞもぞと動き、その口からは深々とした息が吐き出された。


「まだ満月まで半月はあるじゃない。どうして変化してるのよ!」


正気に返ったシーベスが、フランシェルを指差して叫ぶ。

彼は両耳を水平に垂れさせ、ふいっとそっぽを向いた。後ろで尻尾が不機嫌そうに揺れている。

「俺の変化は不定期なんだよ。確かに満月が近づくと猫に変化する度合も高くなる。それは事実だけどさ。必ずしも関係があるとは言えない。だから、初めに言っただろ。猫に変わるきっかけはわからないって」


自ら好んで猫の姿になっているわけではない。


その思いが伝わり、シーベスが先程の彼と同じくらい深々と息を吐き出して肩を落とす。

「……猫にならない薬がないか、今度探してみるわ」

額に手を当て、疲れきった声を出す彼女に、

「そうしてくれると俺も助かるよ。というわけだから、その薬が見つかるか、俺が猫に変化しなくなるまで、満月の夜に人間に戻るための協力をよろしく」

悪気なくフランシェルは告げる。彼女の顔があからさまに引きつった。


「嫌よ、そんなの。がんばって自力で戻りなさい」

この間からかわれたことがまだ尾を引いているらしく、今度はシーベスがそっぽを向く。その頬が心なしか赤く染まっていた。

「無理だから頼んでるんだよ。自力で戻れるものなら、今すぐにでも人間に戻っているさ。猫の姿は俺にとってかなり不本意で、不便なんだよ」

そう告げるわりに慣れた様子で身軽に椅子からテーブルの上に移動し、フランシェルはシーベスの側でチョコンと座り、下から彼女を見上げる。


しばらくしてシーベスが小さくため息をついた。

「わかったわよ。すればいいんでしょ。すれば。けど、勘違いしないでよ。これはあなたを人間の姿に戻すためであって、他意はないんだからね」

少しだけ怒ったように眉間に皺を寄せて見下ろす彼女に、フランシェルは内心で笑う。

「わかってるさ。ありがとう、シーベス」


感謝の気持ちを込めてお礼を言うと、彼女は彼の両頬を軽く引っ張り、

「別に、お礼を言われることじゃないわ」

素っ気なく答え、ぱっと手を放す。そして、背を向けてしまった。

「で、夕食は何が食べたいの?」

くしゃみで中断されてしまったフランシェルのリクエストを、律儀にシーベスは訊ね直す。彼はくすぐったそうに髭をモゾモゾと動かした。


この優しい魔女はずいぶん照れ屋だ。だけど、シーベスの持っている空気はとても暖かく、居心地が良い。

だから、彼女は森の多くの住人達に頼られ、この森に愛されているのだろう。


心の底から沸き上がる笑みが声に滲まないよう気をつけながら、フランシェルは返事を待つシーベスへと先程の答えを告げたのだった。



ここは森の奥深くにある魔女の家。

少し前までは、森に愛される魔女だけの家だった。

けれど、今は――。

森に愛される魔女と猫王子、改め元猫王子が暮らす、二人の家。



<あとがき>

お読み頂き、ありがとうございます。少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。

評価やお気に入りにしてくれた方々にも、感謝感謝です。


「魔女と猫王子」はさか榊が昔に書いた代物を、誤字脱字、変文修正してから掲載した代物です。よって、基本の流れはそのままなはずですが、修正している間に妙な矛盾が出ていたら……こっそり教えてくださいませ。

修正できるようならば直します。無理だったら、無理なりに直しますって事で(苦笑)


もう少しテンポよく更新出来たらよかったのですが、文章の書き方の違いと、新しいお話(現在更新中の代物です)を書きたい欲求に負け、更新速度が不定期に。

歳をとると文章の書き方が少しずつ変わるのだと、このお話を修正していてしみじみ思いました。考えていることに、さほど違いは無いんですけどね(呆)


ということで、「魔女と猫王子」はこれにて完結になります。

お付き合い頂き、ありがとうございました(ペコリ)


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