12.魔女の祝福
「まったく。魔女に魔女の眠り粉を使うなんて、いい度胸してるじゃない」
これが目覚めたシーベスの第一声だった。苛立ちに髪を掻きあげる。
眠り粉のせいでぼんやりした頭を冷やすために、彼女は下草の茂る地面に座ったまま風に吹かれて考える。
フランシェルは知らなかったのだろう。
魔女の眠り粉を魔女に使った場合、威力がかなり落ちるということを――。
半日から一日は眠り続ける分量を掛けられたのだが、彼女は眠りに落ちて数分後には目覚めた。
(うっかりしていたわ。フランは生への執着が薄い。死にたくないとは言っていたけど、生きたかったとは言っていたけど……あれは生き急ぐ者の瞳だ)
フランシェルの言葉は過去形だった。今を生きたいと、彼は思っていないのではないか。
冷静であれば彼の行動に、その違和感に気づくこともできた。
間抜けにも眠り粉で眠ってしまうような、そんな事態だけは避けられただろう。
シーベスは後悔を振り払うように頭を振る。
起こってしまったことは仕方がない。この状況から最善の方法を探すのだ。
(フランは死なせない。せっかく助けてあげたのに、勝手に死なれてたまるもんですか。捕まえて文句の一つでも言わなきゃ、私の気が済まない。このお礼は後でたっぷり支払っても貰わなくちゃ)
そのためにも森とフランシェル、両方救うための方策を考えなければならない。
彼は森を救うために、ここから出て行こうとしている。外にはたくさんの人間が彼を殺すため待ち構えているというのに、それを知った上で出て行こうとしている。
確かに彼が森から去れば、あの集団に捕まるなり殺されるなりすれば、森は火をつけられることもなく、たぶん助かるだろう。けれど、それでは彼が死んでしまう。
本来、中立地帯である森だ。こんな暴挙が行われれば、この森を囲む他の国々が黙っているわけがない。燃えてしまえば、有益な資源も半減なのだから。
南東の王国がどのような考えでいるか知らないが、森を燃やすなんて方策は諸刃の剣だ。ならば、これは最終手段のはず。
まやかし。
そんな言葉が頭を過ぎる。
(そうだ。要はフランを死んだよう見せ掛ければ良いのよ)
ある方策を思いつき、シーベスは家の中へ駆け戻った。そして、急いで必要な物を棚からかき集め、鞄の中に詰め込む。
(そうと決まれば、まずはフランを捕まえないと)
鞄を肩に掛け、彼女は箒に乗り、猛スピードで彼を追った。
幸か不幸か。今はフランシェルの居場所が手に取るようにわかる。これが魔女の祝福の効果なのだろう。そう思うと、とても不思議な気分だった。
魔女の祝福。魔女の口付けには、相手を束縛するという作用が働く。
相手がどんな場所にいようと、魔女にはその居場所がわかる。
どれほど離れようと相手が逃げられないよう、居場所を見つけるための目印を付ける行為なのだが、これにはもう一つの意味がある。
魔女の求婚だ。
だからこそ、シーベスは渋った。だが、それがこんな風に役立つなんて、あの時の彼女は思ってもみなかった。
前方にフランシェルらしき人影を見つけ、その作用の正確さに彼女は驚く。
その驚きは彼も同じで――。
「!! ……どうし」
てここに、と問う前に、彼女に頬を叩かれる。
その勢いで体勢を崩して尻餅をついたフランシェルだったが、彼はひたすら彼女の顔をマジマジと見つめていた。
「フラン。私を眠らせて、その間にすべて済まそうなんて――いい度胸してるじゃない。生け贄なんて、私もこの森も望んでない。怒ってるんだからね。あとで覚悟しておきなさい」
箒から降り、彼の前に仁王立ちして不敵に笑うシーベス。
……すべてお見通しか。
叩かれた頬の痛みが、フランシェルに現実味を与える。己の計画が頓挫したことを悟った、彼の顔に苦い笑みが浮かんだ。
「そういえば――あなた本当に人間だったのね。瞳は青灰色。髪の毛は黒色。猫の時と同じね。気配も同じ。人間の姿をしているのに、人間の気配を全然感じないわ。そういうものなのかしら」
シーベスが遠慮なく顔を近づけ、しげしげと彼の顔を見下ろす。猫であった時と彼女の態度に変化はない。
フランシェルは居心地悪げに顔をそらした。
「まあいいわ。それよりも、この森とフラン両方を救う方法を思いついたんだけど、やる気ない?」
彼は無言で続きを促す。
「嫌だって言っても付き合ってもらうけど。危険が無いわけではないけど、あなたがやろうとしたことよりも危険は少ないはずよ。あなたには芝居をしてもらうわ、死ぬ芝居を」
シーベスが語った、森とフランシェル両方を救う方策は以下のものだった。
森の中には昔から、人間達に「竜の住処」と呼ばれている深く大きな谷がある。そこまで森の外で見張っている集団の一部を、フランシェルが追われているようにして誘導する。そして、その谷底に彼が落下するのを目撃させる。
実際にフランシェルにはその谷へ落下してもらう。もちろん谷底に激突する前に、その身は上から見えない位置で回収する。
「あの谷の深さで人間が落ちたなら、誰が見ても助からないと思うわ。特にあの谷は人間達から恐れられているから、わざわざ谷底まで降りて確認しようとは考えないはずよ。あなたは南東の王国で死んだ人間になる。そうすれば、もう命を狙われることもない」
一言も話さないフランシェルの返事をシーベスは待った。彼はゆっくりと立ち上がり、屈んで服についた土を払う仕草をする。
「……その話、乗るよ。面白そうだ」
顔を上げたフランシェルが笑みを見せた。悪戯を仕掛ける子供のような笑顔に、シーベスも笑い返したのだった。




