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13.作戦開始

「急がないと時間がないわ」

箒の後ろに乗るように指示し、彼が後ろに乗ったことを確認してすぐに出発する。彼女はそのまま彼を、谷に一番近い所で待機している集団の側まで連れていった。


「これを持って」

フランシェルに小さな布袋を渡す。

「あなたはここからあそこに見える男達を引き連れて谷まで来ること。私は谷の方で先に準備しないといけないことがあるから先に行くわね」

そう告げてシーベスは小さな布袋をもう一つ鞄から取り出す。袋口を開けたその中には、小さな丸い種が幾つも入っていた。

「これは夜光草の雄種。あなたに渡したのは、その雌種。雌種を持っていれば、雄種が光って見えているはずよ? 谷までの道標に雄種を蒔いていくから、それをたどって谷まで来て頂戴。距離はそれほど遠くないわ」


シーベスは取り出した種を地面へと落とす。下草に隠れて見えないと思いきや、彼女の言葉通り、そこからぼんやりと独特の光が見えた。

フランシェルは頷き、手に持っていた布袋を落とさないようポケットにしまう。

「開始は十分後。これが弾けた時にしましょうか」

ゴソゴソと鞄の中で何やら探していた彼女は、ようやく見つけたらしい物を手の平の上に乗せて彼に見せる。そして、なんだかよくわからない丸い物体を地面で転がすように、集団の方へ向って投げ捨てた。


「かなり明るいから、目が眩まないように気をつけること。あれはあそこの男達をこちらに引き付ける役割もしてくれるはずだから、心の準備はそれまでにしておいてね。後は」

そこでなぜかシーベスは姿勢を正し、フランシェルの両手を握る。

一方は真剣な表情で、一方は困惑した表情で。

二人は互いの顔を見つめ合う。

「森の精霊の守護のもとに、この者の行く手に垣根無きことを。守りあることを」

彼女が呪文を唱え終えても、怪我を治した時のように目に見えて変化があるわけではなかった。フランシェルは不思議そうに首を捻る。


「効果は後でわかるわ。じゃあ行くから。また後で会いましょう」

「また後で」


パッと手を放し、シーベスは箒に乗り、谷がある方角へと姿を消した。彼女の行く道を示すように、ぼんやりとした独特な光が森の中を転々と連なっている。

その場に残されたフランシェルは笑っていた。

なんだか妙な気分だった。

状況は何も変わっていない。時間は刻々と進んでいる。

それなのにこんな風に誰かと今後の約束をするのは、本当に久しぶりのことで。

こうして未来に繋がる約束ができる。そのことがとてもうれしかった。



森の木々と夜の闇に紛れ姿を隠しながら、フランシェルは合図が弾けるのを待った。静かに息を潜めながらも、それでも顔に浮かぶ笑みは堪えきれない。

そうこうしているうちに、告げられた時間が経過する。

シーベスの放った丸い物体は、彼女の言葉通り、強烈な光を放ちながら弾けた。

どういう仕組みか。ヒラリヒラリと明かりが近辺を舞い、しばしの間、彼の周辺が明るくなる。


丸い物体はその光の輝きも然る事ながら、弾けた瞬間の音も凄まじかった。

フランシェルは耳鳴りに顔を顰めつつ、音が出るなんて聞いてないと心の中でシーベスに文句を告げる。これなら耳も塞いでおくべきだったと考えていると、音と光で辺りにいた男達が警戒しながらこちらに近づいてくる様子が見えた。

不自然にならないように、ほんの少しだけ隠れていた場所から移動する。


「何だ……?」

「敵襲か?」

「……あっ、あれを見ろ。あそこに誰がいるぞ」

「黒色の髪。背格好は聞いていた通りだな。首に……指輪」


フランシェルの首には光を反射させ、自らの存在を主張する指輪が鎖に通され掛けられている。

彼が南東の王国の王族であるという事実を示す、唯一の物。

それは父王が母に与えた物であり、手元に残った唯一つの形見だった。


「作戦変更を伝えろ。火は中止だ。対象らしき人物を発見。即刻捕える、と」


口々に男達が濁声で言葉を吐く。奇声とも歓声とも取れる声が上がり、集団内が忙しない動きを見せ始めた。警戒しながらも、彼らは徐々にこちらに迫ってくる。

その様子にフランシェルは内心ほくそ笑む。計画は始まったばかりだが、これでひとつクリアした。このままこいつらを引き連れて森にいる限り、森は焼かれなくて済む。


怯えて動けない芝居をしながら、逃げられるギリギリの所まで男達を側に寄らせ――フランシェルは脱兎の如く走り出した。シーベスの残した光の道を見失わないように、しっかりとたどっていく。


自身に流れている血のせいか。フランシェルは走ることが得意だった。

だが、森の中は足場が悪い。思うように速度は出せなかった。

悪条件は彼を追いかける男達にも言える。だか、彼らは腐っても騎士。武装した状態でも、悪路だろうとも、普通に動ける訓練が為されている、はずだった。


それなのに――。

ある男が木の根元に足を引っ掛けて転んだ。また、ある男は横に薙ぎ倒された木を潜ろうとし、その木に絡まっていた蔦に足を取られた。

森に住む動物が彼らの進行方向を横切ったのも、一度や二度ではない。


そんな中、フランシェルとの差が縮まないことに焦れた男が、弓を取り出し彼に向けて射た。

正確に動きを捕えて放たれた矢とフランシェルの間に、遮る物は何もなかった。

気づいた時には避けることもできず、彼は身を竦める。

当たる覚悟を決めた時。どういう偶然か。彼と矢の間を、本来しなるはずもない太い木の枝が風もないのに動いて遮った。

矢はその枝に突き刺さり、枝はしなって元の位置に戻る。


それはあまりにも不自然な動きだった。

フランシェルも男達も、その様に唖然と動きを止める。

矢が刺さった木は素知らぬ顔で、あとは静かにその場で佇んでいるだけだ。


正気に戻ったのは、フランシェルの方が早かった。彼は男達に背を向けて、再び走り出す。だが、内心では疑問符だらけだった。


偶然、なわけがない。 

男達が苦戦している、森での数々の出来事。

それは彼らの行動を明らかに妨げ、フランシェルが逃げる手助けをしていた。

そして、先程の決定的な木の不自然な動き。


森が助けてくれている…ん……だ、よな?


心の中で疑問を投げ掛ける。

男達に注意を払い走りながら、フランシェルはシーベスの言葉を思い出していた。

『効果は後でわかるわ』

彼女が唱えた呪文の効果。それがコレなのだろう。


森を守る、魔女。

彼女は森と共に生きる、森を従える魔女なのだ。


シーベスの凄さの一端をまた、垣間見た気がした。

そして、その力を自分のために使ってくれたことに、彼女の心遣いにフランシェルはとても感謝したのだった。



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