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少女の依頼 7


 「……悔しいな、結局なにもわからなかったなんて」


 ムッと不機嫌そうな顔で、具がぎっしりと詰まったタマゴサンドを頬張るピア。ミーラ・トリクドとゼノン・D・フリューゲルの再検視をして貰ったのは、自身の魔法で彼らの遺体を細工した者がいるのかを調べるためだった。

 もしかしたら、二つの遺体になにかしらの細工をした者が居るかもしれないと。五年前に探偵の駆け出しだったジオラルドと、助手になったばかりのピアは被害者の遺体に隠蔽工作をした魔法使いを捕らえることが出来た経験がある。魔法で精密に消された痕跡を暴いたのだ。


 だが、その見解はハズレた。なによりユーリスは優秀な魔法使いかつ検視官であり、彼なら異常があれば即座に気付く。


 「まあ、そう落ち込むな。次は屋敷内の捜索かのぉ」


 大きめのカツサンドを美味そうにジオラルドは齧(かぶ)り付いた。揚げたてのトンカツとソースの香りが芳ばしく、食欲が唆(そそ)られる。二人は遅いランチをユーリスに勧められたカフェで取っていた。

 内装も明るいカフェの店内は昼を過ぎた後だからか、人は少ない。コーヒーの独特な香りが店内を充たしていた。


 「でもさ、初めてだよ? こんなにも物証や痕跡のない現場や遺体なんて」

 「まあ、そんな時もある。あまり気に病むな」

 「もー! 他人事じゃないんだからね?」

 「わかっとる。だが、こういう言葉があるだろう? “コルドル鳥も急げば餌を取り逃がす”、だ」


 ジオラルドは憤るピアに一つのことわざを語る。とある世界風に言うと、“急いては事を仕損じる”だろう。ちなみに『暴れ鳥 コルドル鳥』とは魔力を持った魔獣であり、凶暴な性格をしている。危険生物ランクBの魔物としても有名だ。

 同時にコルドル鳥の肉は癖がなく仄かに甘みがあり、脂に美肌成分がたっぷり含まれている為、美食家だけでなく裕福な女性たちにも好まれている。狩れば一年はお金に困らない暮らしができるとの事だ。


 「はあ……。確かに、焦ったって碌な結果にはならないのはわかっているよ……」


 フウー、と息を吐いて焦りを抑えるピア。半分になったタマゴサンドを皿に置く。


 「こんなに落ち込んだの、学校のテスト以来だよ……」


 彼女はタマゴサンドと一緒に頼んだオレンジジュースをストローで吸う。橙色のオレンジの粒が入ったジュースがコップの半分ほどになった。


 「ちなみに、魔導学院のテストのことか? それともミドルスクール時代のことか?」

 「どっちもだよ! ボクが勉強苦手なのは知っているだろ?」


 ジオラルドの言葉にピアは苛立ち混じりの顔で彼を見る。彼女のギラリとした人を殺せるぐらいの眼光の鋭さに彼は怯んだ。テストの成績にあまり良い思い出がないのだろう。

 

 「あ〜、その……オレが悪かった。デザート、頼んでいいぞ?」


 ジオラルドの顔から冷や汗が流れる。彼は彼女の気を逸らそうとデザートの提案をした。それにイラッとするピア。


 「もう! またそうやって、自分が不利になると話を逸らそうとするんだから!」

 「だが、甘いもん好きだろ?」

 「それはそれ、これはこれだよ! あっ、すみませーん! このフルーツ盛々パンケーキを一つお願いします! ホイップクリーム倍増しのやつで!」

 「結局、頼むんじゃねえか!?」

 「頼んでいいって言ったのはジオだろ!」


 二人の軽快なやり取りに近くの席に座っていた男が吹いた。男は慌てて咳払いをして、畳んでいた新聞を読み直す。ジオラルドとピアは男の挙動を無視した。


 暫くすると、カフェの店員が二人の下にオーダーを取りに来る。


 「フルーツ盛々パンケーキのホイップクリーム倍増しでよろしかったでしょうか?」

 「はい、お願いします」

 「承知しました」


 店員は素早くオーダーを受け取ると、キッチンへと向かう。その途中にて、二人の女性客に呼ばれた。ピアのパンケーキが届けられるのは少し遅れるだろう。


 「人心地着いたら、嬢ちゃんの元に戻るとするかのぉ」


 ジオラルドは冷め始めたコーヒーを啜り、笑った。次にやるべきことはゼノン・D・フリューゲルが死んだ事件現場での捜索だ。


 「……また、なにも見つからなかったらどうしよう?」

 「その時はその時だ。それに、三ヶ月の猶予がある。最後までやれることをやるぞ」


 弱気になっているピアを奮起させる言葉をジオラルドは紡ぐ。すでに賽は投げられたのだ、依頼を受けた時点で。


 「……うん、そうだね。まだ一日そこらなのに弱気になるのは流石に早いよね。ボク、頑張るよ!」


 ジオラルドの力付ける言葉にピアは微笑む。幸先は今のところ良くないが、必ず逆転するだろう。


 彼女の気持ちを切り替えた笑みにジオラルドもホッとしたように笑う。話の区切りに丁度よく店員によって運ばれたパンケーキを堪能したピアは満足そうに息をついた。


 暫くして、二人は立ち上がるとカフェを後にする。彼らが次に調べるのはゼノン・D・フリューゲルが亡くなった書斎部屋だ。



 なにか、見付かればいいのだが―――。



※



 「それで、向こうの動きは?」


 薄暗く、ジメジメと湿った部屋とも言えない場所にて、二人の男が顔を突き合わせている。魔法によって灯されたカンテラが二人を照らすが、どちらもフードを深く被っているため、顔がよくわからない。


 『まあ、いい感じですよ。あちらさんが勘づくのは厳しいでしょう』


 機械音の男の声が陰気な空間に響く。機械音でなかったのなら、軽薄そうな男の声が聞こえていたのかもしれない。


 「そうか。それならいい」


 淡々と事務的に話すもう一人の男。だが、声に傲慢さが滲み出ている。


 『殺しますかァ?』


 事も無げに提案する、機械音の男。


 「余計な事はしなくていい。泳がせとけ」


 だが、事務的な男は機械音の男の意見を素気無く断る。


 「お前は私の有用な駒だ。私の指示にだけ従っていろ」


 事務的な男の温度のない冷たい声が、機械音の男の耳を擽る。機械音の男はニタリと愉しげに笑った。


 『ええ、ええ! 確かにィ! 俺は貴方様の有用な駒!! 貴男の持つ駒たちよりも、利口で才覚のある有用な駒だッ!!!』


 アハハハハハハッ!!!!


 機械音の男の哄笑が狭い空間内で木霊する。事務的な男は軽く頭を振った。顔が見えるのなら、うんざりとした顔で機械音の男を睨んでいる姿が見えていただろう。


 「…………煩いぞ。少しは声量を控えろ」


 事務的な男の冷ややかな雰囲気に機械音の男は慇懃に頭を下げる。


 『申し訳ございません。あまりにも愉快な気持ちになってしまったので、つい?』

 「……お前はすぐ羽目を外す」

 『性分ですからァ!』


 事務的な男の呆れた声に機械音の男は愉しく相槌を打つ。口元に指を宛て、クスクスと笑っている。ユラリと、カンテラの火が揺れた。


 「まあいい」


 ガタリと音を立て、事務的な男は席を立つ。


 「お前はこのまま、証拠の隠滅とあの者たちの監視をしろ。あの二人に勘付かれるな」

 『承知しております。全ては、貴方様の野望の為に……』


 冷酷とも言える事務的な男の命令に機械音の男はゆったりと笑みを浮かべる。



 「―――私の望みがやっと手に入るんだ。決して、邪魔はさせない」



 事務的な男の恍惚さの中にある昏い欲に染まった声が、暗闇に響いた。


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