少女の依頼 6
薄暗いが静謐な部屋にて、一人の娘が眠っている。すでに命尽きて動くことはない娘の死体にジオラルドとピアは黙祷した。
二人が今いる部屋は遺体安置所である。都市アーシェリアのザ・ウェイドにある一室だ。
『ザ・ウェイド』とは、とある世界にある警察署と同じ機能を持つ組織の一つである。正式名称は『クロノス・ウェイド』。魔法使いだけでなく、非魔法使いも所属している組織だ。
本部は世界樹である『ユグドラシル』の麓に築かれた都市ヴァーシェルにあり、体力や捜査能力に優れた者や、腕に優れた魔法使いがザ・ウェイドに所属し、勤務している。全ての都市に必ず一つはある組織だ。
全ての事件に時効はなく、未解決だった事件が200年後に犯人が判明した実績もある。【どんなに時間が経っても犯人を捕まえる】【犯人が死亡していたとしても、犯した罪に時効は無い】が、ザ・ウェイドの信条であり心棒だ。
「…………やっぱり、寒いね。事件で何度かこういう部屋に来たけど、慣れないや」
ヒュウと風が吹いている訳ではないが、肌寒さを感じる。ここが遺体安置所だからなのだろうか。
「まあ、死体を置いている場所だからのぉ。オレも慣れんよ」
カカッ、と笑うジオラルド。白衣を着た一人の男が二人に呼び掛ける。
「それでは、隣の検査室に移動しましょうか」
男はミーラ・トリクドの遺体を金属製の大きな棚から取り出し、ジオラルドとピアと共に隣の検査室に移動する。彼女の遺体を台座に乗せた、豪奢な金髪と榛色の瞳を持つ検視官の男は粛々と語った。
「遺体安置所の雰囲気について、慣れる必要はありませんよ。それに、ああいうのは慣れない方がいいと思いますね。慣れたら慣れたで、屍術師にジョブチェンジするアホもいるので」
「えっと……もしかして、実例ある?」
「30年前、ここで働いていた魔法の使える検視官が何をトチ狂ったのか、屍術師にジョブチェンジしました」
「ゲッ!? マジで実例あるのか!? 笑えんのぉ……!」
検視官が語るには、ザ・ウェイドの黒歴史の一つとの事。極めて稀な事実に二人は戦慄した。ザ・ウェイドの汚点にも程がある。
「元々、人と話すのが苦手な奴でして。有名女優の死体に一目惚れをして、屍術師になったって話です」
顔色一つ変えず語った彼、ユーリス・オーシャンイエローはふうと重く溜息をついた。
「ちなみに、そいつは私の叔父です」
「「えっ」」
「一族の恥晒しのクソ野郎ですよ。我が一族は奴を見つけ次第、必ずブチ殺すと誓っています」
「そ、そうなんだ……?」
「そして、クソ野郎の被害者である彼女の遺体を取り戻し、帰りを待つ人達の下に返します」
涼やかな美しい顔立ちの男は一族の恥晒しのクソ野郎を思い出し、憎々しげに目を細める。
『屍術師』とは、闇に堕ちた魔法使いの成れの果ての一つだ。特徴として、死体を自身の使い魔として操る。使い魔の名称は死体人形と呼ばれ、術者の力量によっては生前の記憶を持った死体人形もいるとのことだ。
多くの人々から忌み嫌われ、全世界のザ・ウェイドと魔導同盟は屍術師を捕まえるか、その場で処刑することを推薦している(同時に、逃げることも推奨している)。
「………………お前さん、苦労しているのぉ」
しみじみとした声で、ユーリスを労るジオラルド。
「私も魔法使いだけど、道を逸れる奴がかなりいるよね……! ホント、傍迷惑だよ!」
該当する、とある魔法使いを思い出して憤るピア。
「お二人とも。もし、この男を見たら即刻かつ迅速に処刑して下さい。よろしくお願いします。あ、こいつの死体はいらないんで。骨すら残さずに燃やしてOKです。ええ、塵すら残さずに燃やし尽くして下さい。もちろん、報酬は言い値で出しますよ!」
古い写真に写る黒髪黒目の陰気そうな男に指を差し、「こいつが我が一族の誇りを穢したクソ野郎ですッ!!!」と、説明と同時に男の処分を二人にお願いするユーリス。ちなみに、クソ野郎の名前は『アンスリウム・オーシャンイエロー』だ。
アンスリウム・オーシャンイエローによって、オーシャンイエロー家は窮地に陥った。なにせ代々から優秀な魔法使いの家系であるオーシャンイエローから、闇に堕ちた魔法使いが出て来てしまったのだから。
特に屍術師は魔法使いだけでなく、一般の市民からも忌諱され嫌悪されている。それは当たり前だろう。屍術師は気に入った死体を自身にとって、都合のいい使い魔である死体人形にするのだから。
―――そんなオーシャンイエロー家を救ったのが、ゼノン・D・フリューゲルだった。
「ゼノン様がいなければ、我が一族はお家取り潰しになっていた可能性が高いのです。どこにも行く宛もなく、散り散りになっていたでしょう……。私はあの方のお力添えもあり、何事もなく魔導学院に通うことができました。ですが、あのクソ野郎のせいで友人は一人もできませんでしたよ……ッ!!!」
ユーリスは心底から英雄であり、恩人であるゼノンへの敬愛と感謝の意を示した後、ドスの効いた声でアンスリウムへの憤怒と憎悪を露わにする。
「代々から魔法使いを出している家系なら尚更、処罰が重いよね? 私が通っていた学院でも君に似た境遇の人がいて、やらかした一族が居たせいで肩身が狭い思いをしていたよ。私のクラスはそういうの気にしない子達が多かったから、仲良くなれたけどさ」
「うわ、大当たりクラスじゃないですかっ!!! 私のクラスは屍術師に姉の死体を使い魔にされ、玩具にされた子がいたので申し訳無さを感じましたね…………」
「ああ〜! それ、どっちも辛いやつ!!」
「ええ、本当に!! 彼女とは卒業後、お互いの事情を話して仲良くなりましたが……!」
魔導学院あるある話を和気藹々と話すピアとユーリス。そんな二人をジオラルドは寂しげに見ていた。自身は魔法使いではないので、話についていけない。
彼は話を変えるために、オホン! と咳払いをした。
「あー、そういう話は後からにしてくれ。今はこの娘の再検視をしたい」
「ああ、そうでしたね。失礼しました」
「えっと、ごめんね? ジオ」
なんとなく、二人はジオラルドの心情を察する。一人だけ話の輪に入れないのが寂しかったのだろう、と。
「……いや、構わん。急かして悪かったの?」
眉を下げ、少し気まずげに笑うジオラルド。そんなジオラルドを見てピアは「君、目立ちたがりやで寂しがり屋だもんね?」と、38℃のぬるま湯な眼差しで微笑む。
※
「では、再検視を始めましょうか」
ユーリスは気持ちを切り替え、仕切り直す。眠るように横たわるミーラ・トリクドに黙祷すると杖を振るい、遺体の血で自身や周りが汚れないように魔法陣を展開した。
彼女の身体が置かれた台座に複雑だが、美しい紋様の魔法陣が拡がる。ピアはユーリスの繊細かつ美麗な魔法陣に見惚れた。
ザ・ウェイドでは、事件性の高い遺体は事件が解決するまで保管する制度になっている。一度、検視された遺体は特殊な魔道具で検視前の姿に戻し、保存魔法によって死体が腐ることは無い(遺体の胃の内容物も)。
そして『再検視』とは、その名の通り検視された遺体を再度検視することだ。【もしかしたら見過ごした事実があるかもしれない】との観点から、実行されるようになった。
―――魔法が蔓延る世界だからこそ、倫理観はとある世界と何か違うのかもしれない。
ユーリスは厳かにミーラ・トリクドの腹をメスで開き、胃を取り出す。胃を開くと、中から赤茶色の汚れた水が現れた。それと同時に用水路に生えていた苔と蔦も。すでに一部は採取され、検査されている。
ちなみに、二人は何度も検視の様子を見た経験があるため平気だ。だが、初めて立ち会った時はジオラルドは顔を顰め、ピアは途中で退室して吐いたことがある。
「あの用水路の水だね。それと、生前の写真で見た時よりも痩せてるよ、この子……」
「ええ。彼女はどこかに監禁されていた可能性が高いです」
「…………酷いの。まだ若いというのに」
若い娘の死を悼むジオラルド。ピアは痩せて頬がこけたミーラ・トリクドの遺体に憐憫の情が湧く。監禁されていた間、まともに食事を取らせて貰えなかったのだろう。その事実が辛い。
「頭蓋骨に罅は無く、虐待や拷問された後はありません。健康状態については重度の栄養失調、他に病気や持病はありませんでした」
痛ましげに美しい顔を歪ませるユーリス。二度目の検視だろうが、ミーラ・トリクドに起きた不幸を思うと苦しくなるのだろう。
「……うん、異常はないね。彼女からユーリスさんとヒューゴさん、そこの魔道具以外の魔力は感じないし」
ピアはいつの間にか手にしていた杖を下ろす。
「個人の魔力と、魔道具の魔力の残照を調べる事ができるとはお見事ですね」
「ありがとう。私、アナズティオは得意なんだ」
「ヒューゴが聞いたら羨ましがりますね。彼は少し大雑把な所があるので。魔法のコントロールと性格は似ますからね」
ユーリスはそう言うと、二人にミーラ・トリクドの再検視終了の了承を得て、魔法陣の展開をやめる。台座の後ろに設置してある机に置かれた淡い紫色の水晶玉を持つと遺体に翳した。見る見る内にミーラ・トリクドの身体は検視前の姿に戻る。
「何度も思うが、魔法ってのは凄いのぉ!」
感心した声で、ジオラルドは呟く。彼は魔力が無いため、魔法は使えない。魔道具は魔法が使えない者も使用できるが、魔力を持つ者でなければ創ることすら叶わない道具だ。
科学道具とは違う奇跡の力にジオラルドは常にロマンを感じている。ピアを助手にしたのは彼女が魔法を扱えることも数ある理由の一つだ。
「科学だって、凄いよ。魔法を使えない人達が魔法に近い力を創り出したのだから」
一方、ピアは科学の方が好きだったりする。魔法は魔力の強さで優劣は決まらないが、魔力が無ければ使えない。だが、科学は魔力が無い者でも学ぶことができる分野だ。
科学道具は魔力が無い者だけでなく、魔力の有る者も創ることができる。老若男女問わず、万人が科学という力を学べば生み出すことができる力だ。
無いからこそ、憧れるのか。有るからこそ、感心するのか―――。
「まあ、どちらも使い方を間違えば事故に繋がりますけどね」
バッサリと、ユーリスは二人の想いを切った。だが、彼の言い分は最もである。
「……お前さん、容赦ねぇな?」
「えっと、正論はやめよう……?」
有無を言わせない正論にジオラルドとピアはがっくりと項垂れた。そんな二人の姿をユーリスは形のいい目を細め、楽しげに笑う。面白いものを見たかのように。
この後、セシアに許可を取り、ゼノン・D・フリューゲルの遺体も再検視をしたが異常は無かった。二人はユーリスと連絡先を交換し、検査室を去ったのだった。




