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少女の依頼 5


 「現場にはそれらしき物証も無い、か」


 ジオラルドは困ったように呟く。それをリヒトは恐縮した態度で受け止めていた。


 「昨夜の11時頃に通報があって、遺体発見の後に現場を確保。捜査開始は深夜の12時。早朝8時から住人に聞き込みをしたけど目撃証言は0。魔法だけでなく、魔道具や科学道具を使って捜査したけど足跡や痕跡の一つも見付からなかった、ねえ?」


 うーん、と唸るピア。「ここまで物証が無いのはなぜなのか?」と小首を傾げる。


 「ヒューゴが何度も魔法で調べましたが、ここまで出ないのは初めてだよ」

 「僕もこんなの初めてで、戸惑ってますぅ〜!」


 女性捜査官であるホノカは悔しそうに、彼女の相棒であるヒューゴは情けない声で捜査状況を話す。先輩のリヒトによって、ジオラルドとピアが何者かを知った彼らはウィルと違い友好的だ。


 「こうまでわからないって、変だよね? 本当の現場はここじゃないとか? でも、彼女の胃にはこの用水路の水が溜まってたって話だし……」


 ピアは杖を使い、補助系魔法の一つである探査魔法アナズティオを唱える。淡い白色の光が辺りを包むがヒューゴの魔力痕跡があるだけで、なんの変化もなかった。


 「お前の魔法でも反応が無いとはのぉ?」

 「うーん? なんでだろ?」


 意外そうに彼女を見るジオラルドと、眉間に皺を寄せながら左手の人差し指で顎を触るピア。


 「彼女も魔法使いですか……」


 なんとも言えない顔で、ジオラルド達を見るウィル。そんな彼にヒューゴはニマニマと笑いながら茶々を入れた。


 「ピアさん! 僕はウィルと違って、魔法使い仲間ができて嬉しいですよぉ〜!」

 「おい!」

 「あはは! そんなに怒っているとハゲるよ? ウィル〜!」

 「ハゲんわ!!」


 ヒューゴの言い分に反射で怒るウィル。だが、ヒューゴは楽しげにウィルを揶揄っている。


 「こら!! お前ら、やめんか!」

 「アンタ達! やめな!!」


 戯れ合う二人に怒鳴るリヒトとホノカ。またも緊張感のないやり取りにジオラルドは苦笑する。


 「捜索範囲を拡めようか? ジオ」

 「そうだの。頼む」


 もう一度、ピアが杖を振ると白い光が更に拡がった。魔法は術者の力量によって、結果が変わってくる。どんなに魔力が強くても、集中力やコントロールが伴わければ魔法の力を本当の意味で発揮できない。


 魔力の強さより、集中力とコントロールが高い魔法使いが尊敬される。それがわかっていない魔法使いも中にはいるが、“そんな半端な奴は放っとけ”がベテラン魔法使い達の認識だ。


 ピアの魔力は一般の魔法使いよりもかなり高く、集中力は並みだが、コントロールが特に優れている。彼女の優れた探査魔法によって、何度も難解な事件を解決していることをジオラルドは内心で感謝していた。


 「うーん、…………これは本当に厳しいね?」


 だが、今回は彼女の力が上手く発揮できないかもしれない。

 

 「初めてだの? お前が苦戦するのは」

 「うわ〜〜〜っ!! とっても悔しい!!!」

 「どうどう、落ち着け。ただ、わかったことが一つある。犯人は魔法を使えないってことがのぉ」

 「「「「「えっ!?」」」」」 


 突然のジオラルドの確証を得た言葉にピアを含めた五人は驚く。


 「そこにいるヒューゴ捜査官と、オレの相棒であるピアが何度も探査魔法を使っても証拠は見付からなかった。魔法使いが証拠を消した場合、魔力痕跡の一つや二つは必ず残る。痕跡が現れない時点で、魔法を使えない者しかあり得ねえのぉ」


 坦々とジオラルドは自身の推測を話す。彼の推測にリヒトは同意するように頷いた。


 「確かに……フドウ殿の推測通りなら納得いきます! ヒューゴはこう見えて、腕の立つ魔法使いです。そして、フドウ殿の助手であるスモールグロウ殿も腕の立つ魔法使いとお見受けしました! そんな二人が探査魔法を使っても、魔法を使った痕跡の一つも見付からないのは異常です。あまりにもおかしい……!」

 「確かにそうね。魔道具や科学道具で物証を全てを消せるかといったら、できないし。それに魔道具を使った場合、魔法で探知できる。でも、どちらの道具も使った跡は無かった。犯人が魔法を使えないのなら、この痕跡の無さに納得できるよ」


 リヒトの力説に頷くホノカ。彼らに続いて、ウィルとヒューゴも納得した。


 『魔道具』とはその名の通り、魔法が施された道具だ。魔力が籠もっており、魔力を使わずとも魔法のような効果を発揮することができる。魔力が無い人も使えるが、多くが魔年筆のように危険な物なので注意が必要だ(例外はマナフォン)。下手に扱えば命の危険がある代物もある。


 一方、『科学道具』とはその名の通り、魔法が施されてない道具のことだ。一般的に広まっているのが、この科学道具である。安全面は魔法道具より高く、老若男女問わず安心して使えるが、如何せん魔道具より壊れやすい。とある世界と同じ、電気とやらで動く物が多い。


 この二つの道具の違いは、魔道具だと必ず探知魔法で使った痕跡が顕れる。科学道具に関しては専用の魔道具を使えば痕跡がわかる。だが、探査系の魔道具やピアとヒューゴが魔法を使っても反応は無かった。



 ―――だからこそ、ミーラ・トリクドを殺した犯人は魔法使いじゃない線が濃厚なのだろう。



 「それか……ミーラ・トリクドを殺したのは高位の魔法使いで、二人よりも強い魔力のある魔法使いなのかもしれんな?」


 そして、もう一つの可能性をジオラルドは提示した。探査魔法アナズティオは捜査に役立つ魔法だが、欠点はある。それはアナズティオを使った術者より強い魔力を持った魔法使いが魔力の痕跡を消した場合、見付けることができないことだ。


 但し、高位の魔法使いとなると、あまり人里に近寄らない者の方が割合を占めている。厭世家だったり、単純に人への興味がない者の方が多いのだ。


 「厄介だね、それ。私より魔力の高い魔法使いが相手とか、洒落にならないよ……」


 ピアは嫌そうに溜息を吐く。


 「確かに、そっちの可能性もあるかもぉ〜?」

 「だとしても、捕まえればいい!」


 ヒューゴの弱気な発言に続いて、ウィルは毅然と己のやることを口にする。彼の目は正義感に燃えていた。


 「わはは! ブルーマウンテン捜査官の言う通りだのぉ!」

 「そうだな、ウィル! 捕まえればいいよな!」


 ジオラルドとリヒトは野太い笑い声で、ウィルの言葉に賛同する。


 「ヒエ〜〜〜! ウィルもリヒト先輩も怖いなぁ〜? 僕は隠れとこ〜っと!」

 「アンタもやるんだよ! 捜査官の一人だろうがっ!」

 「痛っ!? 痛いよっ! ホノカ先輩!?」

 「高位の魔法使いかあ。もしそうなら大変だなぁ……」


 ヒューゴの逃げ腰な発言にホノカは弱気な彼の背中を叩いて、叱咤した。ピアは傍観者のような言葉を放つが、杖を無意識に強く握る。


 ―――彼女は無力感を味わっていた。探査魔法は彼女にとって、得意な分野だからこその無念。じわじわと沸き上がる不快感は自身に対しての怒りであり、腹が立つのだろう。


 俯くピアを気遣うように見ていたジオラルドは「今回の事件は苦戦しそうだな」と、空を見上げたのだった。



※



 「ミーラの遺体に怪しい痕跡は無かったのね?」

 「はい、セシア様」


 広く落ち着いた部屋にて、セシアは護衛であるカミラの報告を聞く。部屋は他と違い、焦げ茶色の壁紙が貼られているからか、シックな雰囲気がある。赤色の上品なレザーソファに座った少女はメイドの一人であるエレノア・プリュトから紅茶を受け取った。


 「魔法使いじゃない者か、魔力の強い高位の魔法使いのどちらかの犯行の線が高いようです」

 「ふん。高位の魔法使いでも厄介だけど、魔力の無い者も厄介ね」


 苛立つように軽く、フンス! と鼻を鳴らすセシア。


 「ミーラはおしゃべりだけど、おもしろい娘だったわ。本当になぜ彼女は殺されたのかしら? エレノア、なにか情報ある?」


 自身の側に控えるエレノアと呼んだメイドにセシアは問う。


 「申し訳ございません……。他のメイドたちに聞きましたが、ミーラに悪い噂はありませんでした……!」

 「そう、ありがとう」

 「いえ、セシア様にお礼を言われることはしていません! お役に立てず、申し訳ありません……!」


 ガバッ! と頭を下げるエレノア。そんなエレノアに「顔を上げて」とセシアは言う。


 「アナタのせいじゃないわ、エレノア」


 そう、こればかりは仕方ない。被害者であるミーラ・トリクドは悪い者達と付き合いのない、真っ当な人物だっただけだ。


 「セシア様の言う通りよ、エリー。自分を責めないで」

 「カミラ姉さん……」


 弱々しげにカミラを姉と呼ぶエレノア。よく見れば、彼女の髪と瞳はカミラと同じ色だ。2歳違いの実の姉妹である二人はフリューゲル家に10年以上も仕えている。カミラは18歳、エレノアは16歳の時にフリューゲル家に雇われた。


 姉のカミラはセシアの護衛として、妹のエレノアはセシアの侍女として、フリューゲル家を自分達の主であるセシアを支えているのだ。


 「…………彼らは解決できるのかしら?」


 セシアは少し不安な顔で呟く。祖父であるゼノンの遺体もミーラ・トリクドと同じ、怪しい所は無かった。


 「有名な探偵と助手なのですよね?」

 「ええ、彼らは幾多の事件を解決しているわ。セシア様がコレクションにしている新聞と雑誌が証拠よ」

 「ちょっと!? カミラ?!」


 エレノアの疑問にカミラは微笑んで応える。そんなカミラのとんでも暴露発言によって、セシアは慌てた。


 「なるほど、ファンってことですね? カミラ姉さん」

 「そうなるわね、エリー。セシア様はあの二人をとてもお気に召していらっしゃるわ」


 セシアに微笑みを向け、嬉々として話し合うプリュト姉妹。


 「だ・か・ら! 違うわよっ!?」


 姉妹の言葉を力強く否定するセシア。顔だけでなく、耳まで赤く染まっている。怒りと同時に気恥ずかしさがあるのだろう。


 そんな少女を見て、姉妹は謝る。「流石にからかい過ぎた」と。


 「「申し訳ございません、セシア様!!」」

 「二人同時に息ぴったり謝るのはよしなさい! こっちが困るでしょ!」


 姉妹にツッコミを入れたセシアは「この二人はまったく……!」と、ため息を吐く。セシアに献身的に使えるプリュト姉妹だからこそ気楽な会話を許しているが、他の誰かだったら即刻で解雇(クビ)だ。


 「ジオラルド様とピア様のお二人はミーラの死体検分の後、すぐ戻るとのことです」

 「わかったわ、報告ありがとう。なら、今日の二人の昼食はいらないわね。カーボンに連絡して、シェフに繋いでおいて」

 「承知しました」


 セシアの命令に迅速に動くカミラ。マナフォンを使って、所用で出掛けているセシアの執事であるカーボンに連絡をした。



 「頑張ってね、フドゥーとスモーリィ。わたしの期待に応えて頂戴?」



 愉しげにクスクスと笑うセシアを見て、エレノアは「悪いことを企んでますね?」と内心で思いながらも微笑む。フリューゲル家の時期当主となった幼い少女が楽しそうなら、なんでもOKなのだ。

 なにせ彼女は尊敬する祖父の突然の不審死によって、時期当主のプレッシャーが肩に伸し掛かっているのだから。



 ―――久々に見た幼い主の笑顔が嬉しいと、二人の姉妹は想ったのだった。



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