少女の依頼 4
「死因は溺死の様です」
フリューゲル家に訪れた一人の捜査官が坦々とミーラ・トリクドの死因を語る。
朝の10時頃、フリューゲル家に知らされた一人のメイドの死。そのメイドは二週間前に失踪した娘だった。セシアは無意識に唇を噛み締める。
―――敬愛している祖父以外にも、この屋敷で亡くなった者が現れたことに。
その場にジオラルドとピアもいる。二人は怪訝そうな顔で捜査官の話を聞いていた。
「不審な点は今も探っている所です。なにかご質問は?」
もう一人の捜査官の青年がセシアに問う。
「今は無いわ。但し、捜査状況は逐一報告して頂戴。フリューゲル家の跡取りである私の命令よ」
冷たい声で命令する少女。そんな少女に二人の捜査官は抗議をすることなく、神妙に頷く。
本来なら捜査状況を市民に報告したりはしない。だが、セシアはフリューゲル家の次期当主であり、ゼノリア国を創設した英雄の孫娘だ。なにかしらの融通が利くのだろう。
「のう、お嬢ちゃん。オレ達も捜査に加わってもいいだろうか?」
唐突にジオラルドは提案した。まるで、夕食のリクエストをするかのように。そんなジオラルドにピアは焦る。
「ちょっ!? 急になに言ってるんだよ!?」
「いや、気になるだろ?」
「そ、そりゃ気になるけどさ! でも、私達の目的を忘れたの!?」
捲し立てるピアにジオラルドは顔をムッと顰めた。ちなみに、ピアは他人がいる場では一人称を変えるらしい。
「どうして捜査に加わりたいの?」
セシアは不思議そうにジオラルドに問う。祖父の死因の調査を依頼した男が自身の家に仕えるメイドの捜査に加わりたいと頼んだのだから。
「ウム。これはオレの推測だが……お前さんの祖父の件とメイドの死は繋がっているのではないか、と思ってな」
「「「「「えっ!?」」」」」
ジオラルドの推測に驚くピアとセシアたち。
「なぜ繋がっているって思ったの?」
「悪いが、勘としか言えん。なにより、その娘はオレとピアがこの家に訪れる二週間前に失踪したのだろう? 二週間前と言えば、嬢ちゃんがオレ達に依頼をした日の次の日だ」
「あっ……!」
ハッ! となにか気付いた顔で、ジオラルドを見るセシア。
「怪しかろう? 依頼をした次の日に娘は失踪し、急に死体として現れたのだから。しかも、オレとピアが依頼を遂行しようと調査をする日に都合よく発見された」
ジオラルドは言い終えると、険しく眉根を寄せる。
「じゃあ、犯人は私達を挑発してるってこと?」
「かものぉ。それか、単純になんらかの妨害行為なのかもしれん」
調査の妨害をする為だけに一人の女性が殺されたとするのなら―――犯人は狡猾かつ、残酷な人間だろう。
「あの、セシア様。彼らは……?」
捜査官の一人、明るい茶色の髪色の青年が少女に尋ねる。なにより、目の前の体格のいい大男がフリューゲル家の令嬢を嬢ちゃんと呼んだのも気になるのだろう。
「彼らはわたしが雇った探偵よ。フドゥー探偵って、聞いたことあるでしょ?」
「フドウなんだがの……」
独特のアクセントで、ジオラルドの名字を呼ぶセシア。そんなセシアにジオラルドはツッコむ。
「そして、彼女は助手のスモーリィよ」
「スモーリィじゃなくて、スモールグロウだよ……」
少女はピアの名字も渾名で呼ぶ。渾名で呼ばれたピアはガックリと肩を落とした。
「フドウ探偵に助手のスモールグロウ…………? まさかっ!?」
唐突に茶色の瞳と炎のような赤い髪の捜査官は目を見開き、驚愕の声を上げる。そんな彼の様子に先程の茶色の髪とピアよりも深い青色の瞳の青年は首を傾げた。
「なにをそんなに驚いているのです? リヒト先輩?」
「馬鹿ウィル!! お前、新聞を読まねえのか!?」
「本官、新聞と雑誌はあまり好きじゃありません!!」
「偉そうに言うことじゃねえよっ!?」
潔く自白するウィル青年にリヒト先輩と呼ばれた男は激しくツッコむ。まるで、コントのようだ。
「二人とも、落ち着いて下さい。セシア様の前で情けない姿を見せないように」
セシアの護衛のカミラが冷たい視線で彼らを見る。彼女の視線に二人は背筋を伸ばした。
「「申し訳ございません!! 以後、気を付けます!」」
二人はそう言うとジオラルドとピアを見る。リヒト捜査官は二人を見て、ビシッ! と敬礼した。
「お噂は兼ね兼ね、届いております! フドウ探偵殿! 助手のスモールグロウ殿! 先日の難事件の解決、お見事でした!」
「おお、あれか。あれはちとアレだったの〜!」
「ああ、あれね。あれは大変だったね…………」
カラカラと笑うジオラルドと対象的にピアは疲れた顔で首を振る。
「わたしが依頼する少し前の事件ね? “クロノの落としモノ事件”だったかしら?」
「クロノの落としモノ……!? あの魔法学院の創設者のっ!!?」
「そうよ、カーボン。かの有名な魔導学院の創設者であり、魔人である男の厄介な落とし物を彼らは退治したの」
狼狽える程に驚くカーボンと呼んだ若い執事にセシアは冷静に話す。少女の隣にいるカミラは彼に同意した。彼女も話を聞いた時に同じ反応をしたからだ。
【クロノの落としモノ事件】。1200年前に魔法使いが魔法を学ぶための学校を創設し、人類で始めて負の感情を持たずに魔人となった者がいる。偶に、彼は時空を渡っている時に落としモノをするらしい。
その落とし物は希少な古代の魔道具だったり、使えないガラクタだったり、はたまた危険な生物だったりと豊富だ。
その事件の落としモノの名は―――『天上の鳥 ジズ』。危険生物ランクS(魔獣や魔物は危険生物として扱われており、E〜Sのランクが義務付けがされている)。そんな超が付くほどの危険な魔獣であるジズを退治し、更に名を馳せたのであった。
但し、ジズが暴れていたことを報道する訳にはいかず、一部の界隈と一部の者達にしか知られていないが。
「我々は構いませんよ! いや、できることならお二人の力を借りたいっ!」
リヒトの好意的な言葉と対象的に複雑そうな顔をするウィル。なにせ、一捜査官が勝手に決めていいことではないからだ。
「先輩っ!? 勝手に決めていいのですか!」
「いいんだよ! 上も許可してくれるさ!」
「ええ〜!?」
リヒトの上も許可する発言にウィルは更に複雑な顔をする。そんな彼らを遮って、セシアはジオラルドたちに告げた。
「…………いいでしょう、フドゥーにスモーリィ。ミーラ・トリクドの捜査に加わって頂戴」
「おお、有難い! お前さんの依頼もしっかりやるからな!」
「当たり前でしょ!? お祖父様の死因を調べるのが貴方達の役目なのだから!」
ジオラルドのあんまりな言葉にセシアは透かさず反論する。本来なら彼女の祖父の死因を探ることが先決だ。寄り道をしている暇など無い。
だが、セシアは認めたのだ。ミーラ・トリクドの死が、敬愛する祖父の死と繋がっている可能性があるのかもしれない事に。
「よっしゃあ! 依頼人の承諾もあるし、現場に行くとしようかのぉ!」
ワクワクとした目で、出発の音頭を取るジオラルド。
「あの、よろしくお願いします。レッドフィールド捜査官、ブルーマウンテン捜査官」
「こ、コチらこそ!! よ、よろしクおねガイしまス!!!」
「…………よろしくお願いします」
ピアの挨拶に喜びと緊張で片言になるリヒトと、不服そうなウィル。
三者三様の態度を取る彼らはミーラ・トリクドの殺害現場へと向かったのだった。
※
「ここが現場です!」
都市アーシェリアより、かなり離れた地区にある用水路にて。捜査官の一人、リヒト・レッドフィールドが率先してジオラルドとピアを案内する。
そこは都市アーシェリアと比べると、あまり綺麗とは言えない街であった。建物の外壁に繁殖する生い茂る蔦、用水路にこびり付いた苔と赤茶色の水がそれを表している。
「えっと、あんまりキレイじゃないね? 都市にあった用水路は水が透き通っていて、キレイだったけど……」
「その、ここいらはあまり治安がいい場所ではないので…………」
「……ああ、うん。そっか」
リヒトの躊躇いと、申し訳無さそうな声にピアは「なるほど」と頷く。
どの都市も栄えている中心地の外れは大体が廃れていたりする。場所によっては、スラム街になっている場所もあるのだ。一部の者が繁栄を享受している中、恩恵を受けれない者が出てくるのは必然だった。
繁栄と衰退、強者と弱者。富める者と貧しい者。人が人である限り、どんな世界でも必ずこれらの現象は起きるのだろう―――。
「ふむ、どこまで調べたんだ?」
ジオラルドがリヒト達に問う。
「被害者であるミーラ・トリクドの遺体の検視と、現場の検証は済ませました。ただ、彼女の持ち物はフリューゲル家の雇用証明書だけしかなくて。ミーラ・トリクドがフリューゲル家に勤めていたことが判明したのは、その雇用証明書があったからです」
ジオラルドの問いに淡々と返す、もう一人の捜査官のウィル・ブルーマウンテン。有名な探偵とはいえ、捜査に加わるのが気に喰わないらしい。
彼の頑なな態度にジオラルドは苦笑する。こればかりは仕方が無い。なにせ、自身の先輩が「世界的に名を馳せている探偵と助手の力を借りたい!」と上司に伝えたら、速攻で快諾されたのだ。
「上の判断に腹が立つのもわかる」と、ジオラルドは心の中で彼に同情した。
「確か、死因は溺死だったね? 外傷とか無かったのかな?」
「目立った外傷は無かったと、検視官の報告に書かれてました! 直前に食事をした様子はなく、胃にはこの用水路の水が溜まっていたとの事です!」
ピアの質問にリヒトは張り切って、検視の報告をする。
「えっ、この用水路の水が……? 想像するだけでゾッとするよ…………っ」
顔を顰めるピアに三人の男達は同意した。苔が生え、水が赤茶色かつドロドロに汚れているのだ。こんな場所で殺された少女に彼らは改めて、安らかな眠りを祈った。
すると、リヒトとウィルとは別の捜査官らしき男が彼らに近付く。
「リヒト先輩! ウィル〜!」
「おおっ、ヒューゴか!」
元気よく現れた、ヒューゴと呼ばれた青年。漆黒の髪とクレマチスの花の色の瞳を持つ彼は嬉しげにリヒトとウィルを見る。
「ヒューゴ、聞き込みは終わったのか?」
気安いげに青年に問うリヒト。この辺りで、ヒューゴと呼ばれた青年は聞き込み調査をしていたのだろう。
「それがその……この範囲に住んでいる者達に話を聞きましたが、大した情報は無かったですぅ〜!」
「ん、そうか。目ぼしい情報はなかったか…………って、なんでお前一人なんだ?」
リヒトは訝しげに首を傾げる。すると、女性の鋭い怒声が辺りに響いた。
「ちょっと!? ヒューゴっ!!!」
金色のメッシュを入れた、黒色の髪に深緑を彷彿させる瞳を持つ女性が怒りながらジオラルドたちの下へと駆けてくる。ヒューゴは「しまった!」と、焦った顔をした。
女性はピタリとヒューゴの前に立つと、彼の頬を抓る。ギリギリギリッ! と痛そうな音が聞こえそうだ。
「あ、アイタタタタタタタタッ!!? 先輩!! 痛いっすよ!?」
「痛くしてんのよ!! このアホ男っ!!!」
「あ、アホ男っ!? それ、酷くないっすか!?」
「アンタねえ! 何回目の注意だと思っているのよっ!?」
「アダダダダッッッ!!? ちょっ!? それ以上、抓ないで!!」
目の前で始まったコントにジオラルドとピアは呆然とする。ピアはヒューゴの赤くなった頬を見て、無意識に自身の頬を擦った。
「ホノカ先輩! 落ち着いてください!」
「お前ら! 御二人の前でケンカすんな!」
宥めるウィルと叱るリヒト。ホノカと呼ばれた女性は、ハンっ! と鼻を鳴らすと、ヒューゴの頬から手を離す。解放され、真っ赤になった頬をヒューゴは情けなく擦る。
「ペアを組んでいる捜査官が、勝手に相棒を置いて離れるんじゃないよ!」
ホノカの至極真っ当な指摘にリヒトとウィルはヒューゴを白い目で見た。捜査官の基本を無視したヒューゴが悪い、と。
「す、すみませ〜ん! リヒト先輩とウィルが戻ってきたからつい〜……!」
「アホっ!! つい、じゃない!」
ヒューゴの言い分にウィルがキレる。先輩と呼んだ者達には敬語だが、彼には使っていない。どうやら同僚のようだ。
「ヒューゴ、これはお前が悪い。捜査官の基本を蔑ろにするな。一瞬の油断が致命傷になるのだからな」
「は、はいぃ〜! 以後、気を付けますぅ〜!」
リヒトの真剣な言葉にヒューゴは神妙に返事をする。どこか重いリヒトの言葉にウィルたちは複雑そうな顔をした。そろそろいいだろう、とジオラルドは動く。
「取りあえず、話をしていいかのぉ?」
「す、すみません!」
ジオラルドの一言にリヒトは申し訳無さそうに謝る。そんな先輩の姿にリヒト達と同じく捜査官の二人であるホノカ・ミドリカワと、ヒューゴ・ジュリゴルは驚いた顔で彼を見たのだった。




