少女の依頼 3
「ここがゼノリア国の首都、アーシェリアか〜!」
「フム、美しい建物ばかりだの〜!」
二人の男女が感慨深げに景色を見渡している。輩にも見える白色のハットに白いスーツを着た筋肉質で長身の精悍な男と、海老茶色のトップスに黒のワンピースを着たぽっちゃり体型の小柄の女。
傍から見れば、身長差がかなりあるカップルにしか見えないだろう。遥々、ゼノリア国に来た二人は駅の外にいた。
「初めて来たけど、いい街だね」
「ウム、素晴らしい! 次の舞台はここにしようかのぉ?」
「ふふっ、いいアイデアが浮かんできた?」
「少しな。まだ形になっとらんが、この街をモデルにしようと思っておる!」
都市アーシェリアの建物は全て白い壁と青い屋根で統一されている。美しい街の一つとして有名で、誰もが一度は旅行で訪れたいと憧れる観光地だ。
お洒落なブティック街や、諸外国の食事が楽しめるレストラン、観光を飽きさせない娯楽施設など、旅行に訪れた人々を魅了させている。ハネムーンに最適な地とも評判で、新婚旅行を含めて挙式を上げる者達も多い。
観光地として、有名な都市に彼らは初めて訪れたのだった。
「だが、腹が減ったの〜」
「そうだね。でも迎えを来させるって、あの子が言ってたし。下手に動いたら時間ロスしちゃうよ?」
「我慢するしかないか……。はあ、辛いの〜〜〜」
しょんぼりと落ち込むジオラルドに苦笑するピア。彼女はおもむろにカバンからなにかを取り出す。
「えっと……はい、これ。お腹の足しになるか、わからないけど」
ピアが取り出したのは長さが15cmある板状のなにかだった。[CHOCOLATE]と包装紙の真ん中に大きく書かれている。ジオラルドはピアからのチョコレートを嬉しそうに受け取った。
「ナイスだ、ピア!」
「どういたしまして。ちなみに、これ経費で落としていいの?」
「いいぞ。なにせ、報酬はとんでもねえ額だからな!」
高らかに笑う男にピアは苦笑する。確かに今回の依頼料はとんでもない額だ。初めて見た金額でもある。
なにせ5000万ドルグもあれば、どこの国でも働かずに生きていけると言われている額だ(とんでもない豪遊をしなければの話だが)。
だからこそ、依頼人である少女は本気なのだろう。
「…………今回の依頼も解決できるかな?」
不安気にポソリと呟く、ピア。そんな彼女にジオラルドは豪快に笑った。
「ダメだった時はその時だ! だが、オレはお前となら事件を解決できると思っている。これまでのようにの!」
ニッとジオラルドの自信に満ちた笑みにピアは不安な気持ちが少し薄れたようだ。
「そうだね。ボクも君とならきっと、どんな事件も解決できると思っているよ!」
ピアのふんわりと花が咲いたような微笑みにジオラルドはまたも豪快に笑ったのだった。
※
「ようこそ、フリューゲル邸へ」
多くの使用人たちが玄関で佇み、一斉に礼をする。その光景にピアは一歩引いた。
「いらっしゃい、二人とも。ここまで遥々、ご苦労さま」
護衛のカミラと若い執事と共に現れたのはセシア・K・フリューゲル。二人に依頼をした少女だ。
そう、ここはフリューゲル邸。『亡国の革命児』と謳われる英雄ゼノン・D・フリューゲルが住んでいた屋敷だ。
都市アーシェリアと同じような建物だが、屋敷というより荘厳な城に近い。屋敷内にある汚れが一つもない白色の柱には、優雅な薔薇と蔦のレリーフが掘られ、魔法で保護されていた。
以前、二人が旅行で訪れた古城より美しい。その古城は世界一豪華絢爛な城だとメディアやガイドブックにも書かれていた。その城よりも美麗なのだ。
荘厳かつ絢爛な屋敷にピアは呆然としていた(ジオラルドは興味深げに周りを見渡している)。
「どうしたの? 二人とも」
セシアは二人を見て訝しげに尋ねる。屋敷に招待してからというもの、ピアの動きがぎごちない。
「その、君のお家があまりにも素敵で圧倒されてね……?」
恐る恐る応えるピア。
「ウム! たまげたわ!」
「ほほう!」と、感嘆の息を吐くジオラルド。
そんな二人を見て、セシアは嬉しそうに微笑んだ。
「うふふっ! お祖父様のお屋敷なんだから、美しいのは当然でしょ!」
フンス! と鼻を鳴らすセシア。楽しげな少女を見て、二人は微笑ましく思う。
「本当にお祖父さんが好きなんだねぇ」
「微笑ましいと言えば、微笑ましいのぉ」
先程まで、恐縮していたピアは肩の力を抜く。多少傲慢だが、聡明な少女の笑顔はピアの緊張を解いたのだった。
「そういえば、お昼はまだでしょう? 長旅で疲れたと思うし、話は明日からにしましょうか」
急にほのぼのとした雰囲気を纏った二人に怪訝に思いながらもセシアは提案する。明日から二人の仕事は始まる。それなら、英気を養うべきだろう。
食堂へと会話をしながら進む。護衛のカミラと若い執事の男は少女を守るように歩いて行く。
目的地の食堂も華やかな内装で、ピアは少し居心地の悪さを感じながらも世界に名を馳せたシェフが奮った昼食を堪能したのだった。
ちなみに、ジオラルドは終始マイペースで屋敷内の観察をしていたと追記しておこう。勿論、彼も豪華な昼食を美味そうに味わったのだった。
※
「あ〜、美味しかった!」
スプリングの効いたベッドに腰掛けるピア。使用人に案内された客室は白と青を基調とした部屋だ。この屋敷全体が白と青の空間になっている。
ちなみに、ジオラルドは右隣の部屋に案内され寛いでいた。
「う~ん、このまま寝たいなあ……」
ピアの独り言が部屋に響くが、彼女はおもむろに起き上がるとトランクを開く。トランクの中は彼女の着替えと私物が収まっていた。
「あっ、間違えた」
ポツリとそう言うとトランクを閉める。そして、彼女はトランクを左右に強く振った。第三者が見れば不自然に思われる行動だろう。
「ん、よし」
彼女はもう一度、トランクを開ける。そこには彼女の着替えと私物はなく、不可思議な紋様が掘られた木製の短い杖が現れた。ピアはその杖を持つと軽く振るう。
「“ケレプリペレ”っと」
補助系魔法の一つである、盗難防止魔法ケレプリペレを唱えたピアは少しホッとした顔をする。これで、彼女の部屋に盗みを働こうとする者は現れないだろう。
「うん、よし。ジオの部屋に行こう」
杖を魔法で作られたポーチに隠して、ピアはジオラルドの部屋に向かった。
実はピアこと―――『ピア・スモールグロウ』は魔法使いであり、【九人の始祖の魔女】の末裔の一人である。
―――この世界には『原初の魔法使い オリジン』の血を持つ、九人の始祖の魔女達がいた。オリジンの血を引く始祖の魔女達は多くの人々を救い、時に害を為したと世界中に伝わっている。
特に始祖の魔女達は他の魔法使いや魔女と違い、特殊な力が宿っていたらしい。
きっと、彼女にも特別な力が宿っているのだろう―――。
「ジオ、開けて」
トントン、と軽快に扉をノックする。ガチャリと音がして、扉が開かれた。
「おう、待っていたぞ!」
「そう? そんなに、時間経ってないでしょ?」
「待ち遠しかったんだ! オレはピアのこと、好いているからな!」
ニカリと笑うジオラルド。若干、頬だけでなく耳も赤く染まっている。そんな彼にピアは苛立ちながらも、冷めた視線を向けた。
「それさあ、大本命にフラレて恋愛に臆病になった男が言うセリフじゃないよね?」
「お……おまっ!? 馬鹿!! それを言うんじゃねえ!」
どうやら、ジオラルドは恋愛に対して心の傷になっているらしい。
「そうやって、女の人を気軽に口説いちゃダメだよ? また、メンタル病んだ女の子に殺されかけても知らないからね?」
ムッとした顔でピアは冷たく言うと、ズカズカと部屋に入る。そんな彼女にタジタジになる、体格のいい大男。
「…………オレ、カッコ悪いなぁ」
ガックリと落ち込む男を慰める存在はいない。自業自得である。そんな彼を無視して、ピアはさっと杖を振るった。
「取りあえず、ボクの部屋と同じようにケレプリペレをかけたから」
彼女はそう言うと杖をポーチに戻す。
「助かる。この屋敷に入った瞬間に即刻、敵意を向ける奴がいたからの」
はあ、とため息を吐くジオラルド。
「え、誰だったの? 敵意を向けた奴って?」
「昼飯の時にいた奴だ。確か、ゲニエル・トライシオンだったか?」
「ああ。あの軽薄そうで、性格悪そうな顔した男か〜」
「……ホント容赦ねえのぉ、お前」
ピアの歯に衣着せぬ発言にジオラルドは顔を顰めたが口角を上げる。ピアの意見に同意しているのだろう。
「えっと、ラスカル・トライシオンの息子さんだったっけ? セシアのお祖父さんの補佐官だったよね。ラスカルさんって」
『ラスカル・トライシオン』。ゼノン・D・フリューゲルの補佐官であり、長年、彼を支えた人物だ。第一印象は柔和な好々爺といった人物だ。
なにより、彼の抜け目のない性格はゼノンの内政を陰日向から支えた。英雄が最も信頼した人物である。
「セシアちゃんのこと、大事にしてたね」
ピアは昼食時の光景を思い出す。何くれと無くセシアの世話をしていた、老爺を。
「まさか、昼食の場で自己紹介するとは思わんかったわ」
「それね。緊張しちゃったよ、ボク……」
探偵と助手だと自己紹介した時に鋭い視線があったのだ。その視線を寄越したのが、ゲニエル・トライシオンだった。
「もう一人居たぞ。オレ達を見て、顔を顰めたのがのぉ」
「ふむ……」と、軽く顎を擦るジオラルド。
「もう一人いたの?」
「まあ、あれは敵意では無いから放っておいてもいいだろう」
「…………ふ〜ん」
敵意が無かったから名前を出さないジオラルドにピアは口を尖らす。
(まあ、ジオが敵意じゃないって言ってたし。聞かないでいいか)
内心で呟く、ピア。
「お嬢ちゃんはどの部屋も調べていいと言っていたな」
「うん。でも、ちょっと緊張しちゃうよね? 高そうな絵とか壺とかあったし」
「壊さないように気ぃ付けるが、なにかあったら修復魔法を頼むぞ」
「ん、了解」
ピアはジオラルドの頼みを快諾する。なにせ屋敷を案内されている時にエレメンタリースクール時代の教科書で見た有名な絵画や陶芸品があったのだ。二人が慎重になるのも頷ける。
「でも……死因がわからないって、なんでだろうね?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
誰しも死ぬ時【死因】がある。火に焼かれれば【焼死】、水に溺れれば【溺死】、病気で倒れたら【病死】等。他にも死に直結する多くの原因がある。
原因究明の為に解剖医だけでなく医者や薬師にも頼んだらしい。ただ、誰一人として英雄の死を突き止めることが出来なかった。
余りにも異常である。
「誰も知らない方法で殺害された、としか言えんのぉ〜」
寝心地の良さそうなベッドに横になり、耳をほじるジオラルド。そんな彼の姿に「はああ〜」と、ピアは深いため息を吐いた。
「ジオ、もっとやる気だしてよ?」
「やる気ならあるぞ? ただ、調査もしていない段階で言うことは無いと思ってな?」
「まあ、そうだけどさ……」
そう、調査は明日からだ。不服そうに膨れっ面をするピアにジオラルドはニッと笑った。
「まあ、全ては明日からだ。セシアのお嬢ちゃんはオレ達に十全に調査して欲しいから、明日からやれと言ったのだろうしな。今日はしっかり休め、の?」
セシアの配慮をジオラルドはわかっていたらしい。
「夜は食堂か、ルームサービスを選べるのだったな。今日は食堂にするか?」
「そうだね、初日だし。ルームサービスは明日からお願いしようか」
ジオラルドの提案にピアは頷く。
「お昼の時より豪華なのかな?」
「かもな。食い過ぎで明日動けないのは勘弁してくれよ?」
「酷いなあ!? ちゃんとセーブするよ!」
「わはは! そうか、そうか!」
親しげに楽しげに笑い合う二人。きっと二人ならば、事件を解決できるかもしれない。
そうして、夜。昼食の時よりも豪華な夕御飯が二人を待ってたと明記しておこう。またも恐縮しながらピアは食事を堪能したのだった(ジオラルドは美味そうに平らげていた)。次からはルームサービスしか頼まないとピアは誓う。
そして、次の日。フリューゲル家に仕えていたメイドの一人『ミーラ・トリクド』が都市アーシェリアの離れた地区にある用水路に浮かんでいた、と知らされたのだった。




