少女の依頼 2
「ゼノン・D・フリューゲルって、あのっ……!?」
ピアは驚愕する。どうやら有名な人物のようだ。
「ほう、亡国の革命を成した男か!」
ジオラルドは感嘆の声を上げた。ジィッと興味深げに少女を見る。
「そうよ! お祖父様は―――英雄なのよっ!!!」
そう言って、セシアは誇らしげに微笑んだ。祖父を心から尊敬しているのだろう。
セシアの祖父である『ゼノン・D・フリューゲル』とは、広大なアルストメイア大陸にあった帝国バージリアに革命を起こし、民衆に政を解放した人物の名だ。帝国バージリア改め、ゼノリア国の初代大統領である。
彼の指揮は的確で無駄がなく、どこまでも見通す智謀は敵が恐怖で自滅する程だった。人望に恵まれ、彼を慕う者は政府関係者から一般市民まで今も多い。
まさに、『亡国の革命児』と謳われる英雄だ―――。
「え? それなら、君はどうやってここまで来たの?」
ピアはセシアに問う。英雄の孫娘なら少女を護衛する人物が居る筈。なのに、彼女は一人でこの部屋に来た。
「護衛なら撒いてきたわ」
「ええっ!?」
セシアは フンス! と尊大に鼻を鳴らす。そんな少女を見て、ピアは引いた。
「あのさ? 今頃、その人達は君を探しているよ……? 通信機があるなら伝えようね?」
彼女は内心焦る。なにせ、目の前にいるのは世界一有名な英雄の孫娘だ。誘拐犯だと疑われたらと思うとゾッとしない。
「小娘、先に連絡しておけ。警察の厄介になるのは勘弁だ。それに、オレの本業は小説家なんでな」
ジオラルドは苦虫を噛み潰した顔で少女に警告する。彼は著名な小説家だ。NL、BL、GL問わず、プラトニックな恋物語を綴っている。ちなみに「エロスを書くことは無い!」とは、本人が断言したとのこと。
もし、少女を誘拐したという誤解が広まれば大変なことになるだろう。
閑話休題。
「…………わかったわよ、連絡するわ!」
二人の大人の言葉に圧され、若干、少女は渋々と苛立ちながらも下げたカバンからマナフォン取り出す。ピピッと操作音の後にスピーカーを押したセシアはマナフォンを机の上に置いた。
『マナフォン』とは、とある世界にある携帯電話、スマホと呼ばれている物と同じ物だ。但し、バッテリーは電力を魔力に変えて溜めれる魔法石である。構造は似ているようで、違う。
マルルルルンと、独特な音がマナフォンから流れる。すぐに ガチャ! と別の音が鳴った。どうやら、セシアの護衛の内の誰かに繋がったようだ。
[セシア様!!? 今どこに居られるのですかっ!?]
酷く焦っている女性の声。そんな女性の声を無視して、セシアはさらりと応答した。
「あら? 今なら、わたしの居る場所がわかるでしょ? 切るから、さっさと来なさい。別に拐われた訳じゃないから一人で来て。全員で来たら給料を減らすから」
「それじゃあね」と少女はつっけなく言うと、パチッと通話終了ボタンを押す。[セシっ……!]と、なにかを言おうとした護衛の女性の抗議の声は届くことは無かった。
そんな少女を見て、ピアの顔が引き攣る。ジオラルドの方は無言だ。
「…………護衛が来てから、依頼の話をするぞ」
「面倒なトラブルは御免だ」とジオラルドの顔は物語っている。セシアは軽くため息をつくと「それでいいわ」と笑った。
15分後、先程マナフォンに出た護衛の女性が焦燥と血の気の引いた顔で三人のいる部屋に辿り着く。ピアは彼女に労りも含め、ミネラルウォーターが入ったコップを渡したのだった。
※
「さて、依頼内容を改めて聞くとするかのぉ」
ジオラルドは冷めたコーヒーを軽く啜る。香りも些か落ちたコーヒーに少し顔を顰めた。
「セシア様、依頼とは?」
セシアの隣に立つ女性、漆黒の美しい黒髪にエメラルド色の瞳を持つカミラ・プリュトは自身の主である少女に問い掛ける。セシアはムッとした顔でカミラを見た。
「お祖父様の死因をこの人達に調べて貰おうと思ったの。わたし達じゃ、突き止めることができなかったから……」
「…………セシア様」
言葉の途中で俯いた少女の悔しそうな声にカミラは心中を察する。セシアは本気なのだと。だが、専門の機関が突き止めることができなかった死因を一般の人間に見付けることができるのだろうか?
「あの、彼らは……?」
カミラは訝しげに二人の男女を見る。目立つ白髪に精悍だが目付きの悪い男。片や、水面色の瞳が印象的な柔らかそうな雰囲気を持つ女。
どう見ても、どこにでも居る只人にしか見えない。
「カミラ。二人は探偵よ」
「…………探偵、ですか?」
セシアの言葉に眉間を寄せるカミラ。探偵のような胡散臭い職業に頼るのはどうなのか? と少女を見る。
「えっと、信じられないよね? 探偵なんて胡散臭い仕事してる奴に信用とか、信頼とか。そんなものオール0だよ、オール0」
「ピア、そんな身も蓋もないこと言わんでくれ。オレ、マジ泣きするぞ?」
「28歳のマジ泣きなんて勘弁だよ?」
カミラの言いたいことを察したピアは賛同し、「本職は小説家だからノーカンだ!」とジオラルドは喚く。そんな大人達を見て、少女は冷めた目で話し出した。
「依頼内容は、お祖父様の死因について。どうして亡くなったのか知りたいわ」
毅然とした態度で目的を話すセシア。
「誰からも慕われたお祖父様がなぜ急に亡くなったか? なぜ死因が誰にもわからなかったのか? なにもかもわからないことに腹が立つの……っ!! わたしは知りたい、知らなくちゃいけないのッ!!!」
悔しげにジオラルドとピアに訴える少女。尊敬していた祖父であり、大切な家族が突然この世を去ったのだ。少女の嘆きは計り知れない。なにより、父も母もすでに亡くなっている。兄弟姉妹もいない。
少女は天涯孤独の身になった。―――唯一の家族と言える、祖父が亡くなったことで。
(…………不憫だね)
ピアは憐憫の目で少女を見つめる。プライドの高い少女にそう思うのは彼女の自負を損ねるモノだとわかっているが、どうしても憐れみを抱いてしまう。
なにせ、彼女は年端もいかない幼い少女。自身が信頼し、安心できる大人に甘えたい筈だ。
「依頼内容はお嬢ちゃんの祖父の死因と……事件なら、犯人の特定ってことでいいのか?」
ジオラルドの渋い声が部屋に響く。
「ええ、そうね。わたしが望むのはお祖父様の死因だけ。でも、もしお祖父様が殺されていた場合、犯人が誰なのか知りたいわ!」
「セシア様!? ゼノン様のことは殺人と決まった訳では……!」
「お祖父様の遺言はあったけど、遺書は無かったわ」
カミラの言葉に透かさず反論するセシア。
「お祖父様なら必ず、なにか遺すわ。なにより……わたしを置いて勝手に死んだりなんかしない」
湧き上がる哀しみを押し殺している少女の声にカミラは黙った。
「それに、この人達は【アイリス令嬢殺人事件】を解決した探偵たちよ」
「えっ!? あの事件を!?」
セシアの次の言葉にカミラは驚愕する。
「ああ、あの事件か……」
「…………あれは哀しい事件だったね」
ジオラルドは寂しげにピアは哀しげに目を細めた。
【アイリス令嬢殺人事件】。イシュリア国で有名な王侯貴族であるフォルティア家の令嬢、アイリス・エル・リア・フォルティアが何者かに殺害された事件。犯人は彼女の幼なじみの青年であり、庭師兼、薬師であるレゾ・リューションだった。
真相は被害者の女性であるアイリスに「私を殺して」と頼まれたレゾが彼女を手に掛けた。醜悪かつ悪辣な方法で、無理矢理アイリスの婚約者となったギルディス・レーリックとの結婚に悲観した彼女はレゾに自身の殺害を懇願したのだ。
そうして、彼女を愛していたレゾはアイリスの願いを叶えた―――。
なんとも後味の悪い、虚しくも哀しい事件である。一時期、世間を大いに騒がせた事件でもあった。
「迷宮入りしかけた事件をこの人達は解決したわ。信用に値するのではなくて?」
セシアの言葉に一理あると思うカミラ。だが、不安はある。
「何度も言うが……オレの本業は恋愛小説家で、ピアは助手だ。探偵は副業。まあ、ちょっとした娯楽だ!」
「わっはっはっはっは!!」と高らかに笑うジオラルド。ピアは内心で「娯楽は余計でしょ……」とツッコミを入れた。
「娯楽でもなんでもいいわ。貴方たちが他にも事件を解決している話は聞いてる。その功績があるからこそ、わたしは依頼しに来たの!」
フンス! と鼻を鳴らす少女。
「うむ! お嬢ちゃんの依頼、オレ達が解決して見せよう!」
「じゃあ、この契約書にサインを。事件を解決できなかった場合は料金を取りませんので、ご安心を。ご質問があればどうぞ」
魔年筆を見てギョッとするカミラを無視して、契約は進む。セシアは全ての項目に記入し、サインを書く。少女の頬は僅かに紅く染まり、高揚していた。
―――もしかしたら、この二人が祖父の死因だけでなく、祖父を殺害したかもしれない犯人を見つけてくれるかもしれない。そんな想いが溢れてくる。
期待に胸を膨らませる少女をジオラルドとピアの二人は静かに見ていた。
【依頼No.121 偉大なる英雄の死】
【依頼料・5000万ドルグ(日本円で5億円)】
【期間 3ヶ月】
【依頼内容 依頼人であるセシア・K・フリューゲルの祖父、ゼノン・D・フリューゲルの死因の判明と犯人の捜索】
【備考 外部に怪しい人物はいなかった。内部犯の可能性あり】
【依頼人 セシア・K・フリューゲル】




