少女の依頼 1
「―――よし、依頼を引き受けよう!」
幼い少女の目の前に楽しそうに豪快に笑う男と、彼の側には一見、おとなしそうな女が控えている。男は新しい事件の捜査に面白がり、女は成功した時の報酬金額に目をパチクリと広げながら驚いていた。
「うわっ!? 成功したら、こんなに貰えるの……!?」
「当然でしょう? それだけの価値と意味があるんだから!」
幼い少女は フンス! と偉そうに鼻を鳴らす。鮮やかな金色の髪と、煌めく青色の瞳を持った9歳ぐらいに見える幼い少女の服装は質のいい生地を使っているようだ。彼女の家が裕福なのは一目でわかる。
少女が斜めに掛けている白色のショルダーバッグには鮮やかな青色のキーホルダーが着いていた。キーホルダーの形は鳥だ。
「しっかり働いて頂戴ね? 難事件を解決してきた名探偵と優秀な助手さん?」
少女はそう言うと、ニマリとチェシャ猫のように微笑む。それに男は苦笑いをし、女は「まだ幼いのに強い子だなぁ……」と感心した。
―――では、ここから数分前の話をしよう。
※
昼下がりの午後。中天にあった輝く太陽が沈み、夕暮れになる前の時間にて、古風なアパルトメントの一室でカチャカチャとティータイムの準備の音がしている。
落ち着いた雰囲気の部屋の中で、一人の女が楽しそうに鼻唄を歌いながらキッチンに立っていた。
「今日の紅茶は何にしようかな〜?」
彼女が焼いたであろう、カスタードパイから甘い香りが漂っている。
「ねえ、紅茶とコーヒーどっちがいい?」
彼女はリビングルームにあるソファで寝そべっている男に問い掛けているのだろう。彼は起き上がり、彼女に応えた。
「ん〜〜〜? なら、コーヒーを頼もうかの?」
「ん、了解」
古風な喋り方をする男にコーヒーと頼まれた女はチャカチャカと淹れる準備をする。但し、インスタントだ。「本格的なコーヒーは喫茶店で楽しもうね」派なのかもしれない。
コーヒー独特の香りがキッチンに漂う。女は[assam]とラベルが貼ってある缶を取り出すと、温めていたポットに茶葉を入れた。
暫くして、彼女は2ピースに切り分けたカスタードパイとコーヒー、アッサムティーを載せたトレーを落とさないように持っていく。
「3時のおやつだよ〜! 今日は、カスタードパイ!」
白色の丸いテーブルにトレーを置いた女は楽しげだ。そんな彼女を見て、男はニッと笑った。
「おお! うまそうだのぉ〜!」
「ふふっ、味は保証するよ?」
「安心せい! いつも美味いぞ!」
二人はお互いを見て、笑い合う。
「これを食べたら、次の新作のプロット考えようね?」
「……お前、せっかく忘れていたというのに」
「次も素敵なお話を書けるよ、君なら」
渋いものを食べたかのように顔を顰める彼に向けて、彼女は笑った。
―――リンゴーン。
すると、部屋に小気味いいベルが鳴る。どうやら、この部屋のチャイムの音ようだ。
「ん? 誰だろう?」
女が立ち上がる。
「オレが行こうか?」
男は自分が行こうかと聞くが、彼女は首を横に振った。
「いや、ボクが行くよ。君は先にティータイムを楽しんでいて」
彼女は彼にそう言うと、パタパタと玄関へと向かう。
「はーい、どなたですか?」
軽やかに渋い焦げ茶色の扉を開けば。そこに。
「………………ここが、フドゥー探偵事務所かしら?」
とても酷く疲れた顔をした、幼い少女が目の前に居たのだった。
※
パクパクと軽快な音が聞こえそうな空間で、二人の男女が驚きながら一人の少女を見ている。お腹が空いているのだろう。3ピースあった甘いカスタードパイは一時も経たず、少女の腹の中へと消えていった。
「ふう……! やっと、人心地着いたわ!」
少女はコップに並々と注がれた新鮮なオレンジジュースを飲むと、フンス! と鼻を鳴らす。どうやら少女の癖のようだ。
「えっと、よかったね……?」
満足そうな少女に「こんなにお腹を空かせていたなんて可哀想」と、哀れみの目で見る女性。彼女の隣に座る男性はなんとも言えない顔をしていた。
「……で、お嬢ちゃん。ここになんの用だ?」
夕焼けの燃えるような赤を彷彿とさせる紅緋色の瞳と左に一房だけが深紅の髪、雲のような白髪をポニーテールにした精悍な男が少女に尋ねる。
男の隣に座るセミロングの焦げ茶色の髪、南国の海を連想させる水面のような色の瞳を持った女は「もう少し優しく聞きなよ」と、男の脇腹を肘で軽く突付いた。
「あら? なんの用事、ですって? そんなの依頼があるからでしょう?」
少女は男の言葉に鼻で笑いながらニヤリと笑う。男のお粗末な質問に。
「……生意気な小娘だのぉ。まあ、つまらん質問をしたオレが悪かったわ」
男もニヤリと笑い、少女に謝った。
「…………いいわよ、別に。エレメンタリースクールに通ってそうな小娘がなぜここに来たのか、疑問に思うのも仕方ないわ」
「別に気にしていない」とそっぽを向く少女。そんな少女に男は楽しげに口元を上げた。
「どうやら客のようだ、ピア」
「了解、ジオ」
「えっ?」
驚いている少女をスルーして、ピアと呼ばれた女は立ち上がり、別の部屋へと向かう。ジオと呼ばれた男はどこからか取り出した片眼鏡を着ける。3分も経たない内にピアは部屋から紙束を抱いて出て来た。
「はい。契約書、持ってきたよ」
「ウム! それじゃあ、始めようか!」
「えっ、これって……!?」
少女に渡された契約書に様々な項目が書かれている。費用、期間、依頼内容、その他。最後の項目は依頼人の名前と魔年筆を使ってのサインだ。
―――『魔年筆』とは、この魔法と科学が共に存在する世界で創られた魔法版の万年筆のことだ。インクが無くとも内在する魔力によって字が書けるが、下手に使えば持ち主が危険な目に遭う。なにせ、交わした契約を永遠に取り消せないのだ。
その昔、誤って魔年筆を使ったことで妻を妖精に奪われたマヌケな魔法使いの御伽話もある。少女は魔年筆を見たことで、ドン引きした。
「ちょっと、これなにっ!? これはダメでしょ!?」
激昂する少女に男は豪快に笑う。
「わっはっはっは!!! なんだ、怖気づいたのか?」
「えっと、いつも思うけどさ。この子の言うようにこれかなりぶっ飛んでるからね? 長年、君の助手をやってるけど普通に引いているよ?」
「この人の言う通りよ!」
男は笑い、女はツッコミ、少女は彼女に同意する。魔年筆のサインは今では王族や政府でしか使わないからだ。一般市民が使うことを禁じられてはいないが、好き好んで使う者はいない(10万人中、一人いるかどうか)。使う者がいるとするなら、それは狂人の類だろう。
ジオ―――ジオラルド・フドウはその狂人の類だった。
「まあ、まずはお嬢ちゃんの話を聞こうか?」
笑いを収めたジオラルドはじっと少女を見る。男の赫色の瞳がなぜか妖しく見えた。男の隣りにいる女の蒼色の瞳も。
怖気づいた少女は首を軽くフルリと振ると二人を見つめ、高らかに自身の名を告げる。
「わたしの名前は―――セシア・K・フリューゲル!! ゼノン・D・フリューゲルの孫娘よ! 依頼内容は“お祖父様の死因”を調べて欲しいの!!!」
まるで幼い獣が吠えるような声で、少女―――セシア・K・フリューゲルは自身の名を告げたのだった。




