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灰の星の神子  作者: Tatsumaru


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第五章 兄ちゃん

 ゴルを埋めたのは、三日後だった。


 村の共同墓地。


 豪華な棺も、帝国式の大きな葬儀もなかった。


 アルベルトは侯爵家としてできる限りの葬送を用意すると言ったが、リナが断った。


「ゴル爺、絶対やだって言う」


 だから、村でいつも人を送る時と同じ。


 木の棺。


 掘った土。


 小さな墓標。


 それだけだった。


 ただ一つ。


 棺の中には。


 あの日、ゴルが胸へ抱え込んだ酒瓶を入れた。


「これ、まだいっぱい入ってるけど」


 村人の一人が言う。


「いいの」


 リナは答えた。


「ゴル爺のだから」


 土をかける。


 一杯。


 二杯。


 三杯。


 最後まで、自分でやった。


 泣いた。


 途中で何度も手が止まった。


 それでも最後までやった。


 墓標に書いたのは。


 ただ。


 ゴル。


 それだけ。


「長い名前とか、絶対嫌がるもん」


 アルベルトは何も言わなかった。


     *


 葬儀のあと、リナはゴルの小屋にいた。


 いつもゴルが座っていた椅子。


 飲みかけの水。


 壁にかけた鍬。


 全部ある。


 ゴルだけいない。


 リナは食卓に座っていた。


 目の前には、白いパンと温かいスープがある。


 アルベルトが用意させたものだった。


「食べないのか」


「……お腹すいてない」


 三日間。


 ほとんど同じ答えだった。


「リナ」


「分かってる」


 ゴルの最後の言葉を思い出す。


 飯、ちゃんと食えよ。


 分かっている。


 だから余計に。


 食べるのがつらかった。


「父ちゃん」


「何だ」


「上の船、どうなったの?」


 アルベルトの表情が僅かに変わった。


 いつか聞かれると分かっていた。


「リューベック艦隊のことか」


「名前知らない」


「お前を連れ去ろうとした国の艦隊だ」


「……うん」


「ほぼ全て失われた」


「父ちゃんたちが倒した?」


 アルベルトは嘘をつかなかった。


「違う」


 リナが顔を上げる。


「じゃあ誰?」


「……お前だ」


 しばらく。何も聞こえなくなった。


「私?」


「ああ」


「どうやって?」


「分からない」


「父ちゃん見てた?」


「見ていた」


「私、空にいなかったよ」


「ああ」


「じゃあ」


 言葉が止まる。


「……何人?」


「正確な人数は、まだ確認中だ」


「いっぱい?」


「……ああ」


「死んだ?」


 アルベルトの喉が動く。


「ああ」


 リナは自分の手を見る。


「私、覚えてない」


「そうだろうな」


「ゴル爺が死んで」


「……ああ」


「なんか、何にもなくなって」


 胸へ手を当てる。


「歌った気がする」


「聞いた」


「何て言ってた?」


「私には分からない言葉だった」


「……そっか」


 また手を見る。


 小さい。


 村で畑を掘っていた手。


 パンを盗んで怒られた手。


 それだけのはずだった。


「私」


 声が震える。


「怖い」


 アルベルトは、すぐには何も言わなかった。


「自分が?」


「うん」


「……そうか」


「化け物かな」


「違う」


 即答だった。


「でも、いっぱい殺した」


「ああ」


「ゴル爺死んだから、いなくなれって思った気がする」


「ああ」


「それだけで」


「リナ」


 父が膝をつき、娘と目線を合わせた。


「お前がしたことは、消えない」


 リナの目が揺れる。


「でも、お前がそれだけになるわけでもない」


「……」


「お前が止めなければ、あの艦隊は村へ兵を降ろし続けた。私の護衛艦隊にも死者が出ていた。もっと多くの人が死んだ可能性は高い」


「じゃあ、やってよかった?」


「そう簡単には言えない」


「悪かった?」


「それも、簡単には言えない」


「ずるい」


「そうだな」


 アルベルトは認めた。


「ただ、殺したことも、守ったことも、どちらか一方だけでお前自身を決めるな」


「……難しい」


「私にも難しい」


「父ちゃんなのに?」


「父親になってまだ数日だ」


 リナがほんの少しだけ。


 笑った。


 それからパンへ手を伸ばす。


 一口。噛む。


 涙が落ちた。


「……ふわふわ」


「ああ」


「ゴル爺、もっと食べたかったかな」


「たぶんな」


「お酒も」


「そちらは間違いない」


 泣きながら、もう一口食べた。


     *


 帝国中央へ戻った日。


 侯爵邸の玄関前には、一人の少年が立っていた。


 十五歳。


 金に近い薄茶色の髪。


 青い瞳。


 リナよりずっと背が高い。


 高等部の制服。


 ユリウス・レーヴェン。


 アルベルトの正妻の子。


 リナの兄。


 本来なら、リナが最初に侯爵邸へ来た日に会うはずだった。


 だがユリウスは学院の宿泊演習で不在だった。


 戻ってきた時には妹は再び第七植民星へ向かい。


 そして。


 大事件を起こしていた。


 帝国中で名前が囁かれ始めている。


 未知の特級候補。


 小国艦隊を一瞬で消した少女。


 侯爵の娘。


 ユリウスは十三回ほど最初の言葉を考えた。


 ようこそ。


 僕はユリウスだ。


 君の兄にあたる。


 大変だったと思うが――。


 高速艇の扉が開く。


 アルベルトのその後ろ。


 小さな青銀の髪。


 リナがユリウスを見る。


 少し首を傾げる。


「兄ちゃん?」


 全部飛んだ。


「……え?」


「兄ちゃんでしょ?」


「いや」


 反射的に否定した。


「え?」


「違う、いや違わない。兄だ」


「じゃあ兄ちゃんだ」


「……そうなるのか?」


「ならない?」


 ユリウスは父を見る。


 アルベルトが視線を逸らした。


「父上」


「何だ」


「助けてください」


「私も数日前に父ちゃんになったばかりだ」


「役に立たない!」


「失礼な!」


 リナが少しだけ。


 ニカッと笑った。


「兄ちゃん、おもしろいね」


 ユリウスはその笑顔を見て、少しだけ安心した。


 ニュースで見た少女ではない。


 少なくとも今ここにいるのは。


 普通に兄を困らせる十歳の妹だった。


     *


 邸内を歩く。


「広い」


「前に来た時、見なかったのか?」


「ちゃんと見てない」


「何してたんだ」


「ご飯食べて、泣いて、寝た」


 ユリウスの足がほんの少し止まった。


「……そうか」


 リナは気づかない。


 壁の絵を見る。


「これ高い?」


「たぶん」


「売ったら何人分のご飯になる?」


「そういう見方したことないな」


「なんで?」


「ここにあるのが普通だから」


「ふーん」


 リナは悪気なく頷いた。


「兄ちゃん、お金持ちなんだね」


「お前も今日から同じ家なんだが」


「あ」


「今気づいたのか」


「私もお金持ち?」


「たぶん」


「働いてないのに?」


「その疑問は貴族全体に刺さるからやめろ」


     *


 夜。


 ユリウスは自室の扉を開けたまま、机で本を読んでいた。


 廊下から小さな足音。


 止まる。


 また歩く。


「リナ?」


「……」


 扉の陰から顔が出た。


「起きてた?」


「見れば分かるだろ」


「入っていい?」


「いいけど」


 リナが入ってくる。


 寝間着。


 髪は下ろしている。


「眠れない?」


「ちょっと」


「父上は?」


「仕事」


「この時間まで?」


「なんか、小さい国の話いっぱいあるって」


「……まあ、そうだろうな」


 リューベックは、ほぼ全主力艦隊を失った。


 帝国と共和国の間で独立を守ってきた国が、一夜で軍事的な柱を失った。


 帝国もそれを無関係とは言えない。


「兄ちゃん」


「何だ」


「私、ここで寝ていい?」


 ユリウスが止まる。


「……は?」


「嫌?」


「嫌というか」


 妹は十歳。


 育ての親を亡くしたばかり。


 父は仕事。


 断れるほど、ユリウスは冷たくなかった。


「寝台使えよ」


「兄ちゃんは?」


「長椅子」


「悪いよ」


「じゃあ自分の部屋へ帰るか?」


「寝台借ります」


「即答か!」


 リナが少し笑った。


     *


 翌朝。


 ユリウスは自分の寝台の端で丸くなっている銀色の塊を見ていた。


「……なぜそうなる」


 昨夜。


 寝台はリナ。


 長椅子はユリウス。


 そう決めた。


 なのに夜明け前、寒さで目を覚ますと。


 リナが寝台から落ちかけていた。


 仕方なく中央へ戻した。


 一時間後。


 また端。


「寝相悪すぎるだろ」


「んー……」


「リナ」


「……お肉」


「夢の中でも食べてるのか」


「あと一個……」


「ゴル爺の……」


 ユリウスの手が止まった。


 寝言の声が。


 少しだけ震えている。


 ユリウスは毛布を直した。


「……もう少し寝てろ」


     *


 朝食のあと、アルベルトは二人を執務室へ呼んだ。


「学校の手続きを進める」


 リナの顔が明るくなる。


「学校!」


「ただし、その前に正式な特級認定が必要だ」


「また検査?」


「ああ」


「まだやるの?」


「国家として、お前の能力を確認しなければならない」


 ユリウスがリナを見る。


「艦隊を消しただけじゃ足りないのか」


 アルベルトの顔が険しくなる。


「それは事故に近い。本人に再現性も制御もない。むしろ、だからこそ確認が必要だ」


 リナの笑顔が少し消えた。


「私、また消す?」


「消させない」


 アルベルトは即答した。


「星も、船も、人も使わない。安全な試験にする」


「……ならいい」


「それと」


 アルベルトは少し迷った。


「侯爵家の継承についても、今後話が出る」


「こうしゃく?」


「父上の後を継ぐ話だ」


 ユリウスが説明する。


「兄ちゃんじゃないの?」


「今までは、そのつもりで育てられてきた」


「じゃあ兄ちゃんでいいじゃん」


「お前は特級かもしれない。女でも爵位を継げる。だから周りが勝手に計算を始める」


 リナは少し考えた。


「私、侯爵いらないよ」


 あまりにも簡単に言った。


 ユリウスが目を瞬く。


「いいのか?」


「だって大変そう」


「理由それ?」


「兄ちゃん欲しい?」


 今度はユリウスが答えに詰まった。


「……分からない」


「じゃあ分かってからでいいじゃん」


「お前は簡単に言うな」


「難しく言っても同じじゃない?」


 アルベルトは二人の顔を見た。


 リナには力がある。


 ユリウスには十五年間積み上げてきたものがある。


 どちらかを道具にして、どちらかを捨てる。


 そんな父にはなりたくなかった。


「二人とも」


「なに?」


「何です?」


「家の都合で、お前たちの人生を勝手に決めさせない」


 リナが首を傾げる。


「父ちゃんが侯爵なのに?」


「だから言っている」


「ふーん」


「もう少しありがたそうに聞け」


「ありがとう?」


「疑問形にするな」


 ユリウスが笑った。


 リナも少しだけ笑った。


 その笑顔を見ながらアルベルトは思った。


 家族になることは。


 失ったものを埋めることではない。


 ゴルの代わりになることも。


 セレナを忘れさせることもできない。


 ただ。


 これから増やしていくしかない。

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