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灰の星の神子  作者: Tatsumaru


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第三十章 リナ

 翌朝、リナは普通に学校へ行った。


「眠い」


 車の中で欠伸をする。


「昨夜、何時まで起きていた」


 アルベルトが聞く。


「そんな遅くない」


「何時だ」


「……ちょっとだけ」


「何時だ」


「兄ちゃん」


「僕を見るな」


 向かいに座るユリウスが窓の外を見る。


「ユリウス」


「僕は寝ろと言いました」


「裏切り者!」


「事実だろ!」


「だって宿題終わらなかったんだもん!」


 アルベルトの眉が寄る。


「皇宮から戻ってすぐやればよかっただろう」


「疲れてた」


「菓子は食べていたな」


「あれは別」


「何が別だ」


「甘いものは疲れてても食べられる」


「……」


 アルベルトが深く息を吐いた。


「三十二点の帝国語を」


「父ちゃん!」


「まず何とかしろ」


「言わないで!」


 ユリウスがとうとう笑った。


     *


 学院の正門前。


 以前より人が多い。


 警備も多い。


 報道。


 見物人。


 そして。


「神子様!」


 その声にリナの足が止まる。


 警備線の外。


 花を持った女性。


「灰の星の神子様!」


「……」


 リナは少しだけ嫌そうな顔をした。


 また別の声。


「帝国第四特級《虚空》!」


「帝都を救ってくださってありがとうございます!」


 次。


「リナリエッタ様!」


「侯爵令嬢!」


 いろいろ、聞こえる。リナは振り返らなかった。


「行くぞ」


 ユリウスが言う。


「うん」


 校門へ歩く。


 その時。


「おーい、リナ!」


 聞き慣れた声。リナが反射的に振り返った。


「カイル!」


 校門の内側。


 鞄を持った少年。


「早く来い! 朝の課題まだ写してない!」


「写すな!」


「教えてって意味!」


「それならいい!」


 リナが走り出す。


「走るな!」


 後ろから。


 アルベルト。


「校門入ったから学校!」


「関係あるか!」


 リナはニカッと笑って、学院へ入った。


     *


「それで」


 教室。


 カイルが聞く。


「皇帝ってどんな人?」


「お爺ちゃん」


「それは見れば分かる」


「偉い」


「それも知ってる」


「お菓子くれた」


「そこじゃない!」


「美味しかったよ」


「そうじゃなくて!」


 カイルが机を軽く叩く。


「昨日、皇宮行ったんだろ?」


「うん」


「何したの」


「話した」


「何を」


「私のこと」


「……」


「何その顔」


「いや」


 カイルが少しだけ声を落とす。


「また軍に入れとか?」


「うん」


「……入るの?」


「今は入らない」


「今は?」


「学校行く」


「それは見れば分かる」


「あと訓練する」


「それもいつもじゃん」


「戦う時は、私にも説明するって」


 カイルの顔が少し真面目になる。


「誰が?」


「皇帝」


「……」


「何?」


「すごいこと言ってない?」


「そう?」


「皇帝が、お前に説明するの?」


「皇帝が毎回来るわけじゃないと思う」


「そりゃそうだろ」


「父ちゃんとか」


「うん」


「軍の人とか」


「うん」


「ちゃんと聞いて、それから一緒に決める」


「一緒に?」


「うん」


「お前が?」


「うん」


「国と?」


「たぶん」


 カイルがしばらくリナを見る。


「……すご」


「何が?」


「お前」


「私?」


「帝国語三十二点なのに」


「それ関係ない!」


     *


 朝の授業。


 帝国語。


「では」


 教師が答案を配る。


「前回の小テストで一定点数に届かなかった人は」


 リナが机へ沈む。


「放課後、再試験です」


「先生」


「何ですか」


「国家の大事な会議に出た人は?」


「再試験です」


「皇帝と話した人」


「再試験です」


「特級」


「再試験です」


「帝都守った」


「再試験です」


「神子」


「自分で否定していましたね?」


「……はい」


「再試験です」


 教室が笑った。リナが机へ額をつける。


「世界は厳しい」


「帝国語の先生が正しいだけだ」


 カイルが言う。


「味方してよ」


「三十二点は無理」


「覚えてた!」


「みんな知ってるぞ」


「なんで!?」


「昨日お前が廊下で叫んでた」


「あ」


 リナは思い出した。


「私だった」


「そうだよ」


     *


 昼休み。


 弁当。


 リナが蓋を開ける。


「今日多い」


「何が」


「肉」


「いいじゃん」


「クラウディアさんかな」


 最近、少しだけ食卓の空気が変わった。


 母のこと。


 まだ。


 分からない。


 クラウディアのことも。


 分からない。


 許したわけではない。


 嫌いになったとも。


 まだ言えない。


 それでも。


 朝。


 同じ食卓で芋を食べた。


「これあげる」


 リナが肉を一切れ、カイルの弁当へ入れる。


「いいの?」


「うん」


「じゃあこれ」


 カイルが卵料理を返す。


「交換」


「やった」


 食べる。


「美味しい」


「母さんの」


「いいな」


「お前んちの方が絶対うまいだろ」


「違う」


「何が」


「人の弁当は美味しい」


「意味分かんない」


「ゴル爺も人の酒は美味しいって言ってた」


「それただの酒飲みじゃない?」


「うん」


 リナは少し笑った。


     *


 午後。


 訓練区画。


「赤三つ」


 サイラスが言う。


「知ってる」


「青二つ」


「知ってる」


「移動する建物一つ」


「知ってる」


「人形は十体」


「増えてる!」


「昨日より二体増やした」


「聞いてない!」


「今言った」


「そういうのずるい!」


 ミレイアが横で笑う。


「先生」


「何だ」


「減らして」


「嫌だ」


「即答!」


「昨日、一度成功しただろう」


「一回だけ!」


「なら二回目をやれ」


「鬼」


「先生だ」


「先生って鬼なの?」


「場合による」


 リナが訓練箱を見る。


 三つの赤球。


 二つの青球。


 動く建物。


 人形。


 全部、一度に見ようとすると、頭がごちゃごちゃする。


「始めるぞ」


 サイラス。


「待って」


「何だ」


「ちょっと考える」


「いい」


「珍しく待ってくれた」


「考える時間も訓練だ」


「教官っぽい」


「教官だ」


 リナが息を吸う。


 赤。


 赤。


 赤。


 青は。


 触らない。


 家。


 守る。


 人。


 守る。


 全部。


 止めるんじゃない。


 危ないものだけ。


「いける」


 ミレイアが指を鳴らした。三つの赤球が動く。


 一つ。


 右。


 一つ。


 上。


 一つ。


 模型の人形へ。


「……そこ」


 一つ目。


 止まる。


 二つ目。


 少し遅れる。


「うわ」


 青球の近く。


 触れそうになる。


 リナが。


 歯を食いしばる。


「赤だけ」


 空間。


 小さく。


 小さく。


 二つ目が止まる。


 三つ目。


 速い。


 人形へ。


「止まれ!」


 ぴたり。


 静かになった。


 青い球は。


 動いている。


 家も。


 ゆっくり進んでいる。


 人形も。


 倒れていない。


「……」


 リナが瞬きをする。


「できた?」


 サイラスが箱を見る。


「できた」


「全部?」


「ああ」


「青止めてない?」


「動いている」


「家は?」


「無事だ」


「人は?」


「無事だ」


 リナの顔が明るくなる。


「やった!」


 飛び跳ねる。


「一回だ」


 サイラスが言う。


「え」


「もう一度」


「教官!」


「実戦で一回成功したから次は失敗していい、とはならん」


「それはそうだけど!」


 ミレイアが笑う。


「休憩してからでいい」


「先生!」


「五分だ」


「短い!」


「三分にするか?」


「五分でお願いします!」


     *


 休憩。


 リナは床へ座っていた。


「疲れた」


 ミレイアが水を渡す。


「飲め」


「ありがと」


 飲む。


「先生」


「何だ」


「私、上手くなった?」


「ああ」


「最初より?」


「ずっと」


「カールさんと戦ったから?」


 ミレイアの表情が少し変わる。


「それだけではない」


「じゃあ」


「学校へ通った」


 一つ。


「失敗した」


 二つ。


「何度もやり直した」


 三つ。


「赤い球一つを止める練習もした」


「うん」


「戦場だけが、お前を強くしたわけではない」


 リナが水筒を見る。


「……そっか」


「ああ」


「よかった」


「何が」


「戦わないと強くなれないの嫌だから」


 ミレイアは少しだけ笑った。


「私もだ」


     *


 放課後。


 再試験。


「……」


 リナが答案を見る。


 教師が前に立っている。


「始めてください」


 紙。


 帝国語。


 昨日より少し分かる。


 一問。


 二問。


 三問。


「……これ」


 聞いたことある。


 兄ちゃんに。


 夜。


 何度も言われた。


「えっと」


 書く。


 隣には。


 カイルはいない。


 再試験ではないから。


「裏切り者」


 小さく呟く。


「何か言いましたか」


「何でもないです」


 書く。


 時間。


 終わる。


 答案を出す。


「先生」


「何ですか」


「今日返る?」


「今採点します」


「怖い」


「戦場より安全ですよ」


「父ちゃんと同じこと言った!」


「そうですか」


 教師が淡々と採点する。


 丸。


 丸。


 ばつ。


 丸。


 ばつ。


 リナは机の横から覗こうとする。


「座って」


「はい」


 待つ。


「リナさん」


「はい」


「六十一点です」


「……」


 一秒。


 二秒。


「勝った!」


「何にですか」


「昨日の私!」


 教師が少しだけ笑った。


「それなら」


 答案を渡す。


「勝ちですね」


 リナが紙を両手で持つ。


「やった!」


「次は七十点を目指しましょう」


「え」


「今日は終わりです」


「先生!」


「帰っていいですよ」


「そこだけ優しい!」


     *


 学院を出る。


 夕方。


 正門。


 まだ人がいる。


「灰の星の神子様!」


 声。


 リナは少しだけそちらを見る。


「虚空様!」


 別の声。


「リナリエッタ嬢!」


 報道。


 人々。


 いくつもの呼び方。


 全部。


 自分。


 でも。


 全部が。


 自分ではない。


 その時。


「リナ!」


 校門の横。


 ユリウスがいた。


「兄ちゃん?」


「父上の代わりに迎え」


「なんで?」


「仕事」


「また?」


「また」


「私の?」


「今日は違う」


「よかった」


 ユリウスが妹の手にある紙を見る。


「何それ」


 リナが隠す。


「何でもない」


「見せろ」


「やだ」


「再試験?」


「違う」


「点数は」


「言わない」


「三十二より上?」


「……」


「上なんだな」


「言ってない!」


「顔」


「みんな顔読むのやめて!」


 ユリウスが笑う。


「帰るぞ、リナ」


「うん!」


 歩き出す。


     *


 侯爵邸。


 夕食。


「六十一点」


 アルベルトが言った。


「なんで知ってるの!?」


「学校から連絡が来た」


「そんなの送らなくていい!」


「前回より上がったな」


「……うん」


「よくやった」


 リナが止まる。


「父ちゃん」


「何だ」


「褒めた?」


「褒めた」


「もう一回」


「調子に乗るな」


「けち!」


 ユリウスが笑う。クラウディアも少し口元を緩める。


「次は七十点ですね」


「先生も言った!」


「良い先生です」


「敵が多い!」


 食卓に笑いが広がる。リナは肉を食べる。野菜も嫌そうな顔をしながら、食べる。


「ゴル爺」


 小さく、呟く。


「何だ?」


 アルベルトが聞く。


「何でもない」


 飯。


 ちゃんと食え。


 食べている。


 今日も。


     *


 夜。


 リナの部屋。


 窓の外。


 帝都の灯り。


 遠く。


 星。


 机の上には。


 六十一点の答案。


 黒い特級徽章。


 新しい軍用端末。


 村でもらった残りの芋。


 全部。


 今のリナのもの。


 端末をつける。


 ニュース。


『帝国第四特級《虚空》――』


 消す。


 別。


『灰の星の神子への信仰は――』


 消す。


 別。


『レーヴェン侯爵令嬢リナリエッタ――』


 消す。


「いっぱいある」


 ベッドへ倒れる。天井を見る。


 リナリエッタ・レーヴェン。


 侯爵令嬢。


 帝国第四特級。


 《虚空》。


 帝都の英雄。


 災厄。


 灰の星の神子。


 死んだはずの娘。


 どれも。


 誰かが。


 自分へつけた名前。


 間違っているものも。


 間違っていないものもある。


「……リナ」


 自分で。


 言う。


 それが。


 一番。


 しっくりくる。


     *


 翌朝。


「リナ!」


 学院の廊下。


 カイルが呼ぶ。


「何?」


「早く!」


「何で?」


「今日算術の小テスト!」


「聞いてない!」


「昨日先生言ってた!」


「嘘!」


「本当!」


「勉強してない!」


「お前算術得意だろ!」


「あ」


 リナが。


 止まる。


「じゃあ大丈夫」


「帝国語と反応違いすぎるだろ!」


 走る。


「廊下を走らない!」


 教師の声。


「はい!」


 返事だけ。


 いい。


 窓の向こう。


 遠く。


 まだ。


 誰かが。


 彼女を神子と呼んでいる。


 軍では。


 第四特級《虚空》と呼ぶ。


 貴族社会では。


 リナリエッタ・レーヴェン侯爵令嬢。


 共和国では。


 敵国の特級。


 ある者にとっては。


 英雄。


 ある者にとっては。


 災厄。


 そのどれもが。


 きっと。


 これからも消えない。


 それでも。


「リナ!」


「今行く!」


 その名前に少女は振り返る。ニカッと笑って、友達のところへ走っていく。


 彼女が何者になるのか。それを決めるのは、まだこれからだった。



          第一部 完


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