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灰の星の神子  作者: Tatsumaru


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第二章 第四の特級

 リナが目を覚ました時、最初に見えたのは白い天井だった。


「……ここどこ」


 次に気づいたのは、身体が妙に軽いこと。


 胸へ手を当てる。


「……ない」


 服の下。刺されたはずの場所。


 痛くない。


 傷もない。


 でも、覚えている。


 短剣。


 血。


 ダンたちの青ざめた顔。


 そして。


「ゴル爺!」


 勢いよく起き上がった。


 直後、部屋の隅にいた若い女性が椅子から立つ。


「起きた!」


「ゴル爺は!?」


「落ち着いてください」


「生きてる!?」


「生きています」


 その一言で、リナの肩から力が抜けた。


「……よかった」


 女性は灰色の制服を着ている。髪を後ろでまとめ、手には薄い板のような端末。


「あなたを搬送した時、地上で大騒ぎしていました」


「怒ってた?」


「ものすごく」


「やっぱり」


「『わしも連れていけ』と」


 リナが少し笑う。


「言うと思った」


「安全確認が終わるまでは民間人を上げられませんでした。状況説明はしています」


「私がここにいるって知ってる?」


「知っています」


「帰れる?」


「検査が終われば」


「今日?」


「それは……」


 女性が言葉を濁した。


 リナの顔が曇る。


「帰れないんだ」


「帰れないとは言っていません」


「今言いにくそうだった」


「よく見ていますね」


「ゴル爺が、言いにくそうな大人はだいたい面倒なこと考えてるって」


「……なかなかの教育です」


「褒めてる?」


「半分くらい」


 リナはベッドから降りようとして、止められた。


「まだ安静に」


「元気だよ」


「あなたは胸を短剣で貫かれていました」


「うん」


「普通は元気ではありません」


「でも傷ないよ?」


「だから調べています」


 女性は少しだけ表情を引き締めた。


「私はセレス。第七植民星管理局の医療・測定担当です」


「リナ」


「知っています」


「セレスさん」


「はい」


「ご飯ある?」


 セレスが瞬きをした。


「……あります」


「先に食べていい?」


「検査の前に?」


「死にかけたからお腹すいた」


「その因果関係は分かりませんが」


 少し考えて。


「いいでしょう」


「やった」


     *


 宇宙船の食堂で。


 リナは震えていた。


「白いパン……」


 皿の上。


 丸くて。


 柔らかくて。


 白いパン。


 しかも二個。


「食べていいの?」


「どうぞ」


「二個とも?」


「はい」


「ほんとに?」


「はい」


「後で返せって言わない?」


「言いません」


「……神様だ」


「違います」


「パン二個くれるのに?」


「パン二個で神になれるなら安いですね」


 リナは一口食べた。


 目を丸くする。


「ふわふわ!」


 もう一口。


「ちょっと甘い!」


「ただの食事パンです」


「毎日これ食べるの?」


「普通は」


「毎日!?」


 リナは二個目へ手を伸ばして。


 止まった。


「どうしました?」


「……これ、持って帰っていい?」


「どこへ」


「ゴル爺に」


「パンを?」


「うん。ゴル爺、こんなの食べたことないと思う」


 セレスはしばらく答えなかった。


「新しいものを用意します」


「ほんと?」


「これはあなたが食べてください」


「でも二個も」


「二個とも」


「……神様かも」


「人間です」


 リナはニカッと笑った。


     *


 食後、検査室には、初老の管理官と白い装甲の兵士が待っていた。


「体調は」


「お腹いっぱい」


「それはよかった」


「ゴル爺にもパンくれるって」


「……そうか」


 管理官は、どうしてこの状況で一番重要な報告がそれになるのか分からない顔をした。


「では検査を始める」


「痛い?」


「痛くない」


「その言い方、痛いことする人も言うよ」


 管理官が黙った。


 セレスが横を向いた。


「笑った?」


「笑っていません」


「絶対笑った」


「測りますよ」


 青白い輪がリナの身体を通過する。


 一度。


 二度。


 三度。


 セレスの顔から。


 少しずつ表情が消えた。


「……管理官」


「どうした」


「測定不能です」


「機器故障か」


「診断正常」


「上級規格へ」


「すでに切り替えています」


「軍規格」


「使用中です」


「結果は」


 セレスは端末を見る。


「上限を振り切れています」


 部屋が静かになった。


「それ、すごい?」


 リナが聞く。


 誰もすぐには答えなかった。


「悪い?」


「違う」


 管理官が答えた。


「悪い、ではない。ただ、我々が知らない値だ」


「みんな怖い顔してる」


「……ああ」


「私、怖い?」


 管理官は誤魔化さなかった。


「怖い」


 リナが自分の手を見る。


「そっか」


「だが」


 管理官は続けた。


「怖いことと、君が悪いことは別だ」


「……うん」


「短剣が刺さった時のことを教えてくれ」


 リナは話した。


 ダンが短剣を拾ったこと。


 子供たちで取り合いになったこと。


 誰かが故意に刺したわけではないこと。


 気づいたら胸に刺さっていたこと。


 その後は、ほとんど覚えていないこと。


「短剣は回収した」


 白い兵士が、透明な隔離容器を運んでくる。


 中には黒い短剣。


 リナの顔が少し引きつった。


「……それ」


「外側から解析できる範囲では、武器として作られたものではない可能性が高い」


「刺さったよ?」


「刃はある。だが術式は内向きだ」


「うちむき?」


「何かを壊すためではなく、何かを解くための構造に見える」


 セレスが言う。


「解呪具。あるいは解除器」


「何を解除したの?」


 誰も答えない。


「……私?」


 管理官の目が細くなる。


「その可能性を調べている」


     *


 その後の検査で、さらに妙なことが分かった。


「空気が近い」


「どういう意味です?」


「なんか、いる感じ」


「誰が」


「みんな」


 リナは目を閉じた。


 セレス。


 管理官。


 白い兵士。


 壁の向こうにも人がいる。


 もっと遠く。


 船の端。


 さらに。


「上にもいる」


「上?」


「船」


 管理官が通信機を取った。


「軌道監視班。現在、この宙域にいる人員総数を」


『……総数ですか?』


「答えろ」


 返ってきた数字を聞いて、管理官の顔が固まった。


 リナには数字そのものは分からない。


 ただ。


 そこにいる。


 それだけは分かる。


「魔力感知……」


 セレスが呟く。


「この範囲は、特級……」


「正式判定前だ。言葉を選べ」


「ですが」


「特級って何?」


 リナが聞いた。


 二人が止まる。


「今、特級って言ったよね」


 管理官はため息をついた。


「魔力の等級だ。最上位」


「一番強い?」


「単純な順位ではないが……そう考えて大きくは違わない」


「どのくらい?」


「一人で惑星そのものを壊せる可能性がある者」


 リナが。


 しばらく動かなかった。


「星?」


「ああ」


「この星も?」


「可能性の話だ」


「……やだ」


「何が」


「壊したくない」


 管理官は少しだけ声を柔らかくした。


「だから調べる」


「分かったら壊さなくてすむ?」


「そのためでもある」


 リナは頷いた。


「じゃあ調べる」


     *


 中央へ送った報告は、想像以上の速さで反応を呼んだ。


 十歳。


 身元不明の少女。


 封印解除らしき現象。


 計測上限を超える魔力量。


 広域感知。


 そして。


 顔貌照合。


「管理官」


 通信担当が駆け込んできた。


「レーヴェン侯爵家から緊急照会です」


「侯爵家?」


「対象者の画像を見たとのことです」


 端末に、一枚の古い写真が表示される。


 青みがかった銀髪の女性。


 穏やかな笑顔。


 管理官は食堂にいるリナを見た。


 黙っている横顔が驚くほど似ていた。


「名前は」


「セレナ・アルシェ」


 管理官の顔が変わる。


 知っている名前だった。


 十年前。


 レーヴェン侯爵の側室として記録に残る女性。


 故人。


「子供は」


「女児。一名。こちらも死亡記録あり」


「名前」


「リナリエッタ・レーヴェン」


     *


「リナ」


「ん?」


 食堂で三個目のパンを交渉していたリナが振り向く。


「一つ確認したい」


「パン?」


「違う」


「じゃあ後でも」


「よくない」


「えー」


 椅子へ座り直す。


「君は、リナ以外の名前を聞いたことがあるか」


「ないよ」


「リナリエッタ、という名前は」


「りな……?」


「リナリエッタ」


「長いね」


「ああ」


「誰?」


 管理官は。


 少し迷ってから答えた。


「おそらく、君だ」


「私?」


「ああ」


 リナは口の中で何度か繰り返した。


「リナリエッタ……」


 眉を寄せる。


「やっぱ長い」


「そうか」


「リナでいいよー」


 ニカッ。


 写真の女性とは。


 その瞬間だけ。


 まったく似ていなかった。


「……分かった。リナ」


「うん」


「それから」


 管理官が端末を伏せる。


「君の父親が、見つかったかもしれない」


 リナの笑顔が止まる。


「……父ちゃん?」


 生まれて初めて口にしたその言葉は。


 思っていたより。


 ずっと自然に出た。

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