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灰の星の神子  作者: Tatsumaru


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第十七章 第三の手

 帝国軍が共和国首都への作戦を正式に承認したのは、エルネスト・バルトの国葬から十二日後だった。


 表向き、帝国は沈黙していた。共和国への抗議。特級戦闘の再発防止要求。《断界》による先制攻撃への公式非難。外交文書だけが何度も往復する。


 その裏で、二人の特級が、出撃準備を始めていた。


     *


「反対」


 リナが言った。


 皇宮地下。作戦説明室。


 巨大な星図の前には、ミレイア、サイラス、アルベルト、軍務大臣。そして本来なら十歳の子供が座る場所ではない席に、リナがいた。


「何にだ」


 サイラスが聞く。


「二人だけで行くの」


「それが作戦だ」


「私も行く」


「駄目だ」


「なんで!」


「帝都を守る者がいなくなる」


「軍隊いるじゃん」


「共和国には特級がいる」


「アナスタシアさん?」


「そうだ」


 リナが少し考える。


「アナスタシアさん、来ないと思う」


 軍務大臣が眉を寄せた。


「根拠は?」


「話したから」


「それは根拠にはならない」


「でも」


「リナ」


 ミレイアが静かに呼んだ。


「人として信じることと、国家として備えることは別だ」


「……」


「私もアナスタシアが今すぐ帝都を襲うとは思っていない」


「じゃあ」


「思っていないだけだ」


 ミレイアは星図の共和国首都を指した。


「向こうにも軍人がいる。政治家がいる。命令がある。エルネストが死んだ時に学んだだろう」


 リナの顔が少し曇る。


「本人がどう思っているかだけでは、国は止まらない」


「……うん」


「だから、お前はここに残る」


 星図には、《白冠》と《天壁》の二つの印が共和国へ向かう線が引かれている。


 帝都に残るのは黒い一つ。


 《虚空》。


「私一人?」


「一人ではない」


 アルベルトが答えた。


「帝国軍がいる。私もいる」


「兄ちゃんは?」


「学院だ」


「クラウディアさんは?」


「邸にいる」


「……」


 リナは口を尖らせる。


「なんか嫌」


「何がだ」


「置いてかれるみたい」


 ミレイアとサイラスが、同時に少し黙った。


 先に口を開いたのはサイラスだった。


「逆だ」


「?」


「任せるんだ」


 リナが顔を上げる。


「帝都を?」


「ああ」


「私に?」


「我々が戻る場所を守れ」


 淡々とした言葉だった。


 けれどリナは、少しだけ姿勢を正した。


「……分かった」


「ただし」


「何?」


「敵を見つけても勝手に飛び出すな」


「えー」


「返事」


「はい」


「交戦判断は軍司令部と連携しろ。市街地では大出力を使うな。それから感情的になった時は――」


「先生」


「教官だ」


「長い」


「大事な話だ!」


 ミレイアが笑った。


「サイラス。出撃前に嫌われるぞ」


「必要な指導です」


「もうちょっと優しく言えば?」


 リナまで言う。


「では」


 サイラスは少し考えた。


「無茶するな」


「うん」


「……それだけだ」


「できるじゃん」


「何がだ」


「優しい言い方」


「行くぞ、殿下」


「照れたな」


「行きますよ!」


     *


 共和国情報部が帝国の異変を掴んだのは、出撃の十八時間前だった。


「《白冠》の所在確認不能」


「《天壁》もです」


「同時に?」


「はい」


 共和国国家安全保障会議。


 室内に沈黙が落ちた。


 アナスタシアだけが、まったく笑っていなかった。


「来るわね」


 大統領が彼女を見る。


「断定できるか」


「二人同時に消えて、ただのお散歩だと思う?」


「目標は共和国首都か」


「たぶん」


 情報部長が星図を切り替える。


「帝国艦隊の補給動向にも変化があります。複数拠点で航路が意図的に空けられている。高速侵攻路を確保している可能性が高い」


「報復か」


 一人の将官が低く言った。


 アナスタシアが乾いた笑いを漏らす。


「ほらね」


「何だ」


「やったら、やり返す」


「……」


「私、言ったでしょ」


 誰も反論しなかった。


 大統領が聞く。


「《白冠》と《天壁》が同時に来た場合、防げるか」


 アナスタシアは少し考えた。


「私一人で?」


「ああ」


「首都を守りながらなら、厳しい」


「勝てない?」


「逃げ回るだけならいくらでも。でも首都を背負って二人を相手にしろっていうなら、たぶん負ける」


 あっさりとした答えだった。


「ならば全上級戦力を――」


「邪魔」


「何?」


「特級三人の間に入れたら死体が増えるだけ」


 アナスタシアは星図を見る。


「帝国は私一人を二人で潰しに来る」


「……」


「帝都には《虚空》」


 その名前で会議室の空気が少し変わった。


 情報部長が言う。


「つまり、帝国は《断界》が依然として戦闘不能だと判断している」


「そうでしょうね。実際、ついこの前まで動けなかったし」


「だったら」


 将官の一人が言った。


「《断界》の回復を公表する。《星喰》と《断界》の二名で首都を防衛すれば――」


「それが一番まずい」


 声がした。


 全員が振り返る。


 病室にいるはずの男が、会議室の扉の前に立っていた。


 カール・ノイマン。


 共和国特級《断界》。


 軍服姿。


 右腕もある。


 左脚もある。


 見た目だけなら、エルネストと戦う前とほとんど変わらない。


 アナスタシアだけが顔を引きつらせた。


「何してるの」


「会議に来た」


「病院は?」


「退院した」


「聞いてない」


「今言った」


「そういう意味じゃない!」


 カールは無視して星図の前へ進む。


「《星喰》と俺。《白冠》と《天壁》。特級四人が共和国首都で戦うことになる」


 先ほどの将官が答える。


「だが二対二ならば戦力的には――」


「戦える」


 カールは認めた。


「勝てるのか」


「分からない」


「ならば――」


「だが、勝ったとして首都が残る保証がない」


 そこで言葉が止まった。


「……」


「エルネストと俺の戦闘を忘れたのか」


 誰も忘れていない。


 二人だけだった。


 それでも。


 レオニス回廊一帯の航路が破壊され、無人天体が砕け、戦闘後も空間異常が残った。


「四人だぞ」


 カールが言う。


「俺たちが勝った後に、守るべき首都そのものがなくなっていたら何の意味もない」


 アナスタシアが腕を組む。


「……それはそうだけど」


「それだけじゃない」


 カールは自分の印を星図から消した。


「帝国は俺を数えていない」


「……」


「なら最後まで数えさせるな」


 大統領の目が細くなる。


「どういう意味だ」


「俺の回復そのものが、一度しか使えない情報優位だ」


 カールは星図を操作する。


 共和国首都。


 《星喰》。


 そこへ向かう《白冠》《天壁》。


 そして。


 遠く離れた帝国首都。


 《虚空》。


「ここで俺が姿を見せれば、帝国は《断界》が戦えると知る」


「ああ」


「白冠と天壁は無理に攻める必要がなくなる。撤退し、次の作戦では最初から俺を戦力に入れる」


「では隠れたまま首都防衛を?」


「違う」


 カールが帝都を指した。


「俺が帝都へ行く」


 会議室が。


 静まり返った。


     *


「却下」


 真っ先に言ったのはアナスタシアだった。


「お前に決定権はない」


「なら今から大統領になる」


「無理だ」


「うるさい!」


 大統領が額を押さえた。


「少し静かにしろ」


「静かにできる話!?」


 アナスタシアがカールへ詰め寄る。


「あんた、まだ治ってないでしょ!」


「七割程度まで戻った」


「七割!?」


「予想より回復が早い」


「三割足りないのよ!」


「長期戦をしなければいい」


「誰と戦う気!?」


 カールは帝都に置かれた黒い印を見る。アナスタシアの顔から血の気が引いた。


「……リナ?」


「可能性はある」


「あるじゃないわよ!」


「俺の目的は帝都を破壊することではない」


「当たり前!」


「《白冠》か《天壁》を引き戻すことだ」


 カールは星図の線を引く。


「お前は共和国首都で二人を食い止める」


「一人で?」


「倒す必要はない」


「簡単に言うわね」


「お前の方が俺より向いている」


 アナスタシアが眉を寄せる。


「何が」


「広域戦で守りながら時間を稼ぐことだ」


「……」


「俺の《断界》は人を守るための能力ではない。切る。詰める。殺す。その方が向いている」


 自分で淡々と言う。


「だが、お前なら首都への攻撃を逸らしながら二人を足止めできる」


「長くは無理よ」


「長くなくていい」


「その間に?」


「俺が帝都に現れる」


 カールの指が帝国首都を叩く。


「帝国は選ばされる」


 大統領がゆっくり言う。


「共和国首都への攻撃を続けるか」


「ああ」


「自国首都を守るため、白冠か天壁を戻すか」


「ああ」


「……普通なら戻す」


「それが狙いだ」


 アナスタシアは黙っていた。


 作戦としては。


 分かる。


 分かってしまう。


 それが嫌だった。


「帝国は俺を戦力表から消している」


 カールは言う。


「なら、その消えた駒を帝都へ刺す」


「第三の手か」


 大統領が呟く。


「そうだ」


     *


「でも」


 アナスタシアが言った。


「リナが出てくる」


「ああ」


「会ったことないでしょ」


「ない」


「私はある」


「知っている」


「怖いわよ」


「聞いた」


「数字だけの話をしてるんじゃないの」


 アナスタシアは一歩近づいた。


「私が帝都へ入った時、あの子は私をあんただと思った。その時に何が起きたか、帝国の軍人から聞いたのよ」


「教室が震えた件か」


「ええ。怒鳴りも、泣きもしなかった。ただ、顔から表情が消えたって」


 一度、言葉を切る。


「何もなくなったの」


 カールの視線が、僅かに変わる。


「私が見たあの子は、球一つ浮かせるのに必死だった。できたら笑って、友達と喋って。普通の十歳だった」


「……」


「その子が、あんただと思っただけで変わったのよ」


 声が低くなる。


「今度は、本物のあんたが行く。あの子が本当に『消したい』と思ったら、どうするの」


 会議室が静まり返った。


「だから行くな」


「行く」


「カール!」


「俺が帝都へ行かなければ、ここが戦場になる」


「……」


「お前と俺で二対二をやれば、戦力上はまだましだ。だが、それは共和国首都の真上で特級四人を戦わせるという意味だ」


「分かってる」


「俺が帝都へ行けば、戦場を二つに割れる」


「……」


「白冠か天壁を引き戻せれば、ここも一対一か二対一ではなくなる」


 アナスタシアが唇を噛む。


「それに」


 カールは言う。


「回復を隠して使えるのは、今回だけだ」


「……」


「ここで使う価値はある」


 理屈は。


 通っていた。


 だからこそ。


 腹が立つ。


「じゃあリナと戦うことになったら?」


「時間を稼ぐ」


「勝つって言わないの?」


「言えん」


 アナスタシアが目を瞬く。


「……あんたが?」


「戦力評価不能だ」


「でも十歳よ」


「特級でもある」


「……」


「勝てるとは思っていない」


 カールはあっさり言った。


「帝国が援軍を戻すまで、帝都を危険状態に置けばそれでいい」


「それまで生きてられる?」


「努力する」


「それ一番嫌いな答え!」


     *


 大統領は長い沈黙の後、聞いた。


「帝都へ到達した後の作戦目的を確認する」


「帝国首都への圧力。白冠または天壁の共和国戦域からの離脱を誘発」


「民間施設への攻撃は」


「しない」


「帝都そのものを破壊する意図は」


「ない」


「虚空との交戦は」


「極力避ける」


 アナスタシアが横から口を挟む。


「絶対避ける、にして」


「それは無理だ」


「なんで!」


「向こうが来る」


「だから逃げなさいよ!」


「帝都から逃げれば作戦にならん」


「じゃあ避けながら圧力かけて!」


「善処する」


「それ禁止!」


 大統領が咳払いした。


「虚空と接触した場合」


 カールを見る。


「殺害は目的ではない」


「ああ」


「可能な限り戦闘を限定しろ」


「了解」


 アナスタシアがじっとカールを見る。


「可能なら、とか言わないで」


「……」


「あの子を殺さないで」


 カールはすぐには答えなかった。


「共和国のためとかじゃなくて」


「分かっている」


「まだ十歳なの」


「ああ」


「あんたを嫌ってるけど」


「ああ」


「死ななくてよかったって言ったのよ」


「覚えている」


 ほんの少しカールの表情が変わる。


「俺も」


「……」


「可能な限り、殺したくはない」


「可能な限りが取れない?」


「敵が特級だ」


 アナスタシアは何か言おうとして、やめた。


「帰ってきて」


「ああ」


「今度こそ」


「ああ」


「投げられてでも帰ってきて」


 カールが眉を寄せる。


「なぜ投げられる」


「なんとなく」


「意味が分からん」


「私も」


     *


 帝国。


 出撃前夜。


「明日?」


 リナが聞いた。


「ああ」


 ミレイアが答える。


「朝には出る」


「学校行ってる間?」


「おそらく」


「見送りたい」


「学校へ行け」


「またそれ!」


「エルネストの命令だ」


「死んでも使われてる!」


 ミレイアが笑った。


 サイラスはリナへ小さな端末を渡す。


「何これ」


「緊急連絡用」


「先生に電話できる?」


「軍用回線だ。遊びに使うな」


「じゃあ先生に電話できる?」


「……できる」


「やった」


「遊びに使うなと言った!」


 リナは端末を制服のポケットへ入れた。


「二人とも」


「何だ」


 ミレイアが聞く。


「帰ってくる?」


 空気が少し止まった。


 リナは笑っていない。


「お爺ちゃん、帰ってこなかったから」


 ミレイアがしゃがみ、リナと目線を合わせる。


「帰ってくる」


「ほんと?」


「ああ」


「絶対?」


「戦場で絶対とは言えない」


「サイラス先生!」


「嘘をつくなと言ったのはお前だろう」


「……」


「だが」


 サイラスは続けた。


「帰るために戦う」


 リナが彼を見る。


「勝つためだけではない。守るためだけでもない」


「……」


「帰るまでが任務だ」


 リナは少し考えて、小指を出した。


「何だ」


「指」


「?」


「約束するときやるやつ」


 サイラスが困った顔をする。


「子供の遊びでは」


「サイラス先生」


「……」


「帰ってくる?」


 サイラスが諦め、小指を出した。


「帰ってくる」


「よし」


 次にミレイア。


「私もか?」


「当然」


「では」


 三人の小指。


「帰ってきたら何する?」


 リナが聞く。


「何がいい」


「ご飯」


「お前はそればかりだな」


「肉」


「分かった」


「白いパンも」


「分かった」


「甘いの」


「増えたぞ」


「三人分だから」


「どういう計算だ」


 リナがニカッと笑った。


     *


 翌朝。


 学院。


「お前今日ぼーっとしてない?」


 カイルが言った。


「してない」


「してる」


「してないって」


「先生に当てられたぞ」


「え」


 前を見る。教師がじっとこちらを見ている。


「リナさん」


「はい」


「今読んでいた部分を」


「……」


「聞いていませんでしたね?」


「ちょっとだけ」


「どのくらい」


「最初から」


 教室が笑った。


「ちょっとではありません」


「ごめんなさい」


「何か気になることが?」


 リナは少し迷った。


「先生たちが」


「サイラス閣下たちですか」


「うん」


「仕事?」


「うん」


「心配ですか」


「ちょっと」


 教師が少し微笑む。


「では、その二人が戻った時に『学校をさぼっていました』と報告されないように」


「それ嫌!」


「集中してください」


「はい!」


 リナは教科書へ目を戻した。


     *


 ほぼ同じ頃、《白冠》と《天壁》は、帝国領から姿を消した。


 共和国へ。


 最短距離。


 二つの巨大な魔力反応を、共和国監視網が即座に捉える。


「来た!」


「白冠確認!」


「天壁も!」


「予測航路、首都圏!」


 共和国全土。


 最高警戒。


 アナスタシアが、一人で首都上空へ上がる。


 遠く。


 まだ見えない。


 でも分かる。


 ミレイア。


 サイラス。


 二人とも本気だ。


「……本当に二人で来るのね」


 アナスタシアは小さく笑った。


 怖い時ほど出る、いつもの笑顔だった。


「悪いけど」


 遠くの二つの反応へ向けて呟く。


「しばらく、ここにいてもらうわよ」


     *


 共和国軍医療港。


 カールは軍服の上から魔力安定装置を装着していた。帝国側の監視に回復を察知されないため、出撃地点も徹底して秘匿されている。


 通信機からアナスタシアの声。


『もう来てる』


「二人ともか」


『ええ』


「始める」


『カール』


「何だ」


『本当に七割なのよね』


「大体な」


『六割八分を七割って言ってない?』


「誤差だ」


『言いそう!』


 カールは小さく息を吐いた。


「アナスタシア」


『何』


「二人を倒そうとするな」


『分かってる』


「首都から引き離せ」


『分かってる』


「民間避難を優先しろ」


『誰に言ってんの』


「お前に」


『腹立つ』


 少し。


 沈黙。


『カール』


「何だ」


『虚空が出てきたら』


「戦う」


『だからそれじゃなくて』


「……」


『あの子、まだあんたのこと嫌いだからね』


「知っている」


『でも死ななくてよかったとも言った』


「ああ」


『だから』


 アナスタシアの声が少しだけ弱くなる。


『帰ってきて』


 カールはほんの一瞬、目を閉じた。


「ああ」


『今度こそ』


「ああ」


『投げられてでも』


「まだ言うのか」


『なんとなく当たりそうな気がしてきた』


「縁起でもない」


『生きてたら後でケーキ奢って』


「お前が奢れ」


『ケチ』


 通信が切れる。カールは帝国の方角を見た。


 共和国特級《断界》。


 戦闘能力。


 推定七割。


 再生能力。


 不完全。


 長期戦。


 不可。


 任務。


 帝国首都への圧力。


 そして帝国がまだ知らない。


 第三の手。


「……行くか」


 空間が静かに裂けた。


     *


 帝国中央魔法学院。


 午後。


 魔法基礎。


「では今日は、二つ同時に浮かせます」


「えー!」


 リナが声を上げた。


「一個できたと思ったのに!」


「できたから二個です」


「サイラス先生と同じこと言う!」


「光栄です」


「褒めてない!」


 カイルが笑う。


「お前また天井壊すなよ」


「もう壊さないって!」


「二個あるぞ」


「余裕」


「ほんと?」


「見てて」


 リナが二つの球へ手を向ける。


 一つ。


 浮く。


 二つ目。


 少し揺れる。


「……」


 集中。


 両方。


 三センチ。


 四センチ。


 教師が少し驚く。


「上手です」


「ほんと?」


「集中」


「はい」


 五センチ。


 そこで。


 リナの目が。


 止まった。


「……」


 二つの球が同時に机へ落ちる。


 ころん。


 ころん。


「リナ?」


 カイルが呼ぶ。


 返事がない。


 リナは窓の外を見ていた。


 遠い。


 帝都の外。


 さらに遠い。


 空間が。


 切れた。


 見えない。


 でも。


 分かる。


 前に一度。


 遠くで感じた。


 エルネストとぶつかっていた。


 あの。


 鋭い。


 嫌な魔力。


 リナの顔から。


 ゆっくり。


 表情が消えた。


「……来た」


 教師が息を呑む。


「何が?」


 薄赤の瞳が。


 光った。


 今回は。


 誰かに名前を教えてもらう必要もなかった。


「《断界》」


 窓が。


 一斉に。


 震えた。

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