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灰の星の神子  作者: Tatsumaru


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第十六章 星喰の報告

 共和国首都へ戻ったアナスタシアは、その足で国家安全保障会議へ連れていかれた。


「せめて着替えさせてくれない?」


「緊急案件だ」


「私、帝国の学校から帰ってきたところなんだけど」


「だからだ」


「お茶は?」


「用意してある」


「お菓子」


「……それもだ」


「話が分かるじゃない」


 会議室へ入る。


 いつもの顔ぶれ。


 大統領。


 軍上層部。


 情報部。


 外交担当。


 そして。


 空いた椅子が一つ。


 カールが座っていた場所だった。


 アナスタシアはそこを一度だけ見て、自分の席へ座った。


「では」


 大統領が口を開く。


「帝国第四特級《虚空》について報告を」


「はいはい」


「軽くするな」


「重く話しても内容変わらないでしょ」


 そう言って、アナスタシアは机に頬杖をついた。


「結論から言うわ」


 空気が静まる。


「怖いわよ、あの子」


 軍人たちの目が変わった。


「どの程度だ」


「私が帝都へ入った時、あの子は私を《断界》だと思ったらしいの」


「カールと?」


「ええ」


 情報部員が端末を操作する。


「その時?」


「ええ。ただし、あれが初めてじゃない」


 情報部員の指が止まる。


「リューベック連星国の艦隊消失事件か」


「そう。第七植民星でゴルさんが死んだ時と、同じ反応だったそうよ」


「表情が消えた」


「……」


「瞳が光った。魔法を使う動作はなし。詠唱もなし。意図的な攻撃行動もなし」


「それで?」


「教室が震えた」


 何人かが眉を寄せる。


「比喩か?」


「物理的に」


 アナスタシアは笑わなかった。


「窓も壁も机も。周囲の空間そのものに圧力がかかったみたいだったって」


「本人に攻撃意思は?」


「たぶん、まだない」


「まだ?」


「《断界》だと思った。それだけであれよ」


 会議室が少しだけ冷えた。


「では」


 一人の将官が低く言った。


「やはり我々の判断は正しかった」


 アナスタシアの目がそちらへ向く。


「何が?」


「成長前に帝国特級戦力を削減したことだ」


「……」


「《虚空》は明白な脅威だ。今回の視察で、それが証明された」


「そうね」


 アナスタシアは一度だけ頷いた。


「それで、リューベックも動いた」


「……」


「特級を持たない小国だった。帝国と共和国に挟まれて、どちらかの気が変われば国ごと終わる。だから『十歳で、まだ正式認定前なら奪える。特級さえ手に入れば国を守れる』って考えた」


 誰も、その恐怖自体を笑えなかった。


「気持ちは分かるわよ。怖かったんでしょうね」


 アナスタシアの目が冷える。


「でも、怖いから子供を攫っていいことにはならない。その結果、あの国は主力艦隊のほとんどを失って、あの子は育ての親を失った」


「それと我が国の判断は――」


「同じじゃない。でも根っこは似てる」


 言葉を重ねさせなかった。


「怖い。だから相手より先に一線を越える。私は、それをもう一回やるなって言ってるの」


 将官は黙った。


「危険よ」


 アナスタシアは続ける。


「ものすごく」


「ならば――」


「だから敵にするなって言ってるの」


 言葉を切った。


「……何?」


「その話、エルネストを殺す前にもしたわよね」


「状況は違う」


「どこが?」


「当時は四対二だった。現在は三対二――」


「違うでしょ」


 アナスタシアの声からいつもの軽さが消える。


「今は三対一よ」


 誰もすぐには反論できなかった。


 カールは生きている。


 だが。


 少なくとも共和国政府が公表している情報では、戦闘復帰の見通しは立っていない。


「数を減らして安全になるはずだった」


 アナスタシアは言う。


「で、どうなった?」


「……」


「帝国は怒った。《白冠》も《天壁》も怒った。そして一番まずいのが」


 一度。


 息を吐く。


「《虚空》本人に《断界》って名前を聞くだけで、あの反応が出るようになった」


 大統領が腕を組む。


「お前は、それを共和国の失策だと?」


「そう言ってる」


「エルネスト排除そのものを?」


「結果まで含めて」


 アナスタシアは大統領から目を逸らさない。


「怖かったから先に殺した」


「……」


「その結果、共和国を何とも思ってなかった十歳の子に、共和国を嫌わせた」


 一人の軍人が口を挟む。


「感情論だ」


 アナスタシアがそちらを見る。


「またそれ?」


「国家安全保障において、一個人の感情を――」


「その一個人が惑星壊せるのよ」


 軍人が黙る。


「だったら、その子の感情は国家安全保障でしょうが」


「……」


「怖いから消す?」


 アナスタシアは乾いた笑いを浮かべる。


「もう一回やってみる?」


 誰も答えない。


「次は誰?」


「星喰」


 大統領が制する。


「煽るな」


「煽ってない。聞いてるだけ」


 アナスタシアは椅子へ深くもたれた。


「《白冠》?」


「……」


「《天壁》?」


「……」


「それとも今度こそ《虚空》?」


 沈黙。


「全部殺せたら安全になるかもね」


「アナスタシア」


「でも、一人でも失敗したら?」


 声が静かになる。


「今度こそ共和国、本当に終わるわよ」


     *


「情が移ったのでは?」


 情報部の幹部が聞いた。


 アナスタシアは一秒も迷わなかった。


「移ったわよ」


「……」


「十歳の子と話して、何も思わない方がおかしいでしょ」


 何人かの顔が渋くなる。


「それでは評価の客観性に――」


「だから全部報告してる」


 アナスタシアは端末を指で叩いた。


「《断界》と思っただけで周囲を震わせたことも」


「……」


「魔力球を五センチ浮かせるのに必死だったことも」


「五センチ?」


「ええ」


「何の話だ」


「授業」


 会議室に妙な沈黙が落ちた。


「……授業?」


「見てきたのよ」


「共和国第一特級が?」


「授業参観」


「何をしているんだお前は」


 大統領が額を押さえる。


「仕事」


「どこがだ」


「重要な情報収集でしょ」


「許可していない」


「今それ?」


「後で話す」


「嫌だなあ」


「アナスタシア」


「はいはい」


 彼女は少し笑ってから、真顔に戻る。


「普通の子だった」


「……」


「帝国語が苦手で。友達と喋って。球を浮かせられたら大喜びして」


「それが何だ」


「それも《虚空》よ」


 軍人を見る。


「怖い方だけ見ても駄目」


「……」


「可愛い方だけ見ても駄目」


 今度は大統領を見る。


「両方、本物」


 少し間を置く。


「それを忘れたら、また間違える」


     *


 会議が終わった頃には、アナスタシアは完全に疲れていた。


「政治家ってどうして同じ話を何回もするのかしら」


 廊下を歩きながらぼやく。


「意見が違うからだ」


 隣を歩く補佐官が答える。


「知ってるわよ」


「では聞くな」


「愚痴よ」


「そうですか」


「あなたカールみたいになってきたわね」


「不本意です」


「本人に言っとく」


「やめてください」


 中央病院。


 特級専用区画。


 警備を抜ける。


「起きてる?」


 病室の扉を開ける。


「ノックしろ」


「起きてた」


 カールはベッドの上に座っていた。


「……何してるの?」


「資料を読んでいる」


「寝なさい」


「もう寝た」


「二日間気絶してたのは睡眠に入れません」


「医師は起きていていいと言った」


「医者が甘い」


「お前よりは専門家だ」


 アナスタシアは椅子を引いて座る。


「腕」


「動く」


 カールが右手を開閉する。


「脚」


「歩行訓練を始めた」


「早くない?」


「俺もそう思う」


「魔力器官は?」


 カールの手が止まる。


「まだだ」


「どのくらい?」


「最大出力は使えん」


「戦闘は?」


「短時間なら」


「駄目」


「まだ行くとは言っていない」


「まだ、って言った!」


「言葉の綾だ」


「お前ってそういう言葉使うの?」


「使う」


「似合わない」


「うるさい」


 アナスタシアは少しだけ笑った。


「リナに会ってきた」


 カールの視線が上がる。


「そうか」


「反応薄くない?」


「何を期待している」


「もうちょっと驚くとか」


「お前ならやりそうだと思っていた」


「信用が変な方向に厚い」


「それで」


「うん?」


「何と言っていた」


 アナスタシアの口元が少しだけ意地悪く曲がる。


「気になる?」


「……報告としてな」


「はいはい」


 少し溜める。


「まだ嫌い、だって」


 カールの表情はほとんど変わらなかった。


「そうか」


「それだけ?」


「当然だろう」


「まあね」


「他には」


 アナスタシアがニヤッとする。


「死ななくてよかったって」


 カールが止まった。


「……何?」


「ほら、その顔」


「どういう意味だ」


「そのまま」


「俺はエルネストを殺した」


「知ってる」


「彼女は俺を嫌っている」


「そう言ってた」


「なら、なぜ」


「本人も分からないって」


「……」


 カールは本当に困った顔をした。


 アナスタシアが笑う。


「十歳に負けてるわね」


「何がだ」


「感情の複雑さ」


「比較するな」


「でも」


 アナスタシアは少しだけ真面目になる。


「私は好きよ」


「何を」


「嫌いだから死ね、じゃないところ」


 カールはしばらく答えなかった。


「……そうだな」


     *


「あと」


 アナスタシアが言う。


「私をあんたと間違えた時、ちょっと大変だったらしい」


「何が」


「リナ」


 カールの視線が変わる。


「《断界》って聞いた瞬間、表情が全部消えたって」


「……」


「第七植民星の時と同じ。リューベック艦隊を消した時の、あの状態」


「報告は読んだ」


「瞳が光って、何もしてないのに教室が震えた」


 カールは黙って聞いている。


「ねえ」


「何だ」


「もしあの時、来たのが本当にあんただったら」


「……」


 アナスタシアは少し考えた。


「死んでたかもね」


「そうかもしれん」


「否定しないの?」


「今の俺では厳しい」


「今じゃなくてもよ」


 カールがアナスタシアを見る。


「会ってみてどうだった」


「強さ?」


「ああ」


 アナスタシアは少し迷った。


「分からない」


「お前でも?」


「測れるものならね」


 指先で机を軽く叩く。


「私やあんたやエルネストは、それぞれやり方が違っても、まだ『戦う』のよ」


「……」


「攻撃する。守る。避ける。切る。吸う。押す」


「虚空は違う?」


「たぶん」


 アナスタシアは学院で見たあの薄赤の目を思い出す。


「ルールそのものを変える感じ」


 カールの眉がわずかに動く。


「厄介だな」


「ものすごく」


「だから共和国は――」


「そこで話を戻すな」


「まだ何も言っていない」


「顔が言ってた」


「顔は喋らん」


「あんたのは喋るの」


 カールは小さく息を吐いた。


「二度と先に手を出すべきではない」


 アナスタシアが目を瞬いた。


「……意外」


「なぜだ」


「あんたなら『脅威なら排除』って言うかと思った」


「一度やった」


 カールの声は平坦だった。


「結果も見た」


「……」


「エルネストを殺して、帝国は三人になった」


「ああ」


「だが《虚空》へ共和国への敵意を与えた」


「うん」


「次に同じことをすれば」


 カールは再生した右手を見る。


「今度は、あの子自身が共和国を敵と決めるかもしれん」


「怖い?」


「怖い」


 即答だった。


 アナスタシアは少しだけ笑った。


「素直」


「怖くない方がおかしい」


「それ、エルネストも言ってそう」


「……」


 二人とも少し黙った。


     *


 一方、帝国では、リナが赤い球を止めていた。


「赤だけ」


 透明な箱の中。


 赤。


 青。


 黄色。


 三つの球全部が違う方向へ飛ぶ。


 赤だけを止める。


 青と黄色には触れない。


 家も。


 木も。


 人形も。


 動いたまま。


「……そこ」


 赤い球がぴたりと止まった。


 残り二つがその横を通り抜ける。


「成功」


 サイラスが言う。


「やった!」


「喜ぶのはまだ早い」


「なんで!」


「次は四つだ」


「増やしすぎ!」


 ミレイアが笑う。


「昨日は三つできなかっただろう」


「今日はできたもん」


「なら四つだ」


「鬼先生!」


「私は先生でいい」


「じゃあ鬼先生!」


「それは嫌だ」


「わがまま!」


 サイラスが小さくため息をつく。


「お前たちは授業をする気があるのか」


「先生うるさい」


「教官だ」


「そっちはいつも通り!」


 リナはニカッと笑った。


 あの日、アナスタシアを《断界》だと思った時、自分がどんな顔をしていたのか、本人はよく覚えていなかった。


 ただ。


 怖かった。


 腹が立った。


 そして。


 何か。


 ひどく冷たいものが。


 自分の中にあった。


 それだけ。


     *


 その夜。


 帝国軍最高司令部。


「共和国《断界》の容態は」


「依然として戦闘不能と推定」


 情報将校が答える。


「肉体再生は進んでいますが、魔力器官の損傷が極めて大きい。復帰には最短でも数か月」


「確度は」


「八割以上」


 会議室。


 皇帝。


 軍務大臣。


 アルベルト。


 複数の将官。


 そして。


 ミレイア。


 サイラス。


 リナはいない。


「共和国で現在確実に動ける特級は《星喰》一名」


 地図が表示される。


 帝国。


 共和国。


 首都。


 国境。


「共和国が先制攻撃を行った以上、再度同様の作戦を取る可能性は否定できません」


「それは分かっている」


 皇帝が言う。


「提案を」


 軍務大臣が別の地図を開いた。


「共和国の特級戦力を削ります」


 部屋が静かになる。


 ミレイアの目が細くなる。


「続きを」


「《白冠》及び《天壁》による共和国首都圏への高速侵攻」


 サイラスの顔から表情が消える。


「二人で《星喰》を捕捉」


「……」


「可能ならば撃破」


 皇帝がゆっくり言う。


「殺害か」


「はい」


 アルベルトが目を伏せる。


「帝都防衛は?」


 軍務大臣が一呼吸置いた。


「《虚空》を残します」


 部屋の温度が一段下がった気がした。


「反対だ」


 サイラスが即座に言った。


「まだ説明は終わっていない」


「聞く必要がない」


「天壁」


「十歳を首都防衛戦力の中核に置くと言った時点で反対だ」


「だが」


「我々二人を出すなら、帝都が空く」


「だから虚空を――」


「それが嫌だと言っている!」


 ミレイアは黙っていた。


「白冠殿下は」


 軍務大臣が聞く。ミレイアは地図を見る。


「戦術的には成立する」


 サイラスが彼女を見る。


「殿下」


「最後まで聞け」


 ミレイアの声は冷静だった。


「断界が本当に戦闘不能なら、共和国首都で動ける特級は星喰一人」


「はい」


「私と天壁なら」


 少し間を置く。


「勝てる」


 誰も否定しない。


 アナスタシアは強い。


 だが。


 白冠と天壁、二人を同時に相手にして勝ち切れる可能性は低い。


「問題は」


 ミレイアが続ける。


「我々が共和国のやったことを、そのままやることだ」


「先制攻撃ではありません」


 軍務大臣が返す。


「報復です」


「言葉を変えただけだ」


 サイラスが言う。


「向こうも同じ理屈だった」


「四対二という戦略的不均衡への対処と、特級暗殺への報復を同列には――」


「殺される側からすれば同じだ」


 沈黙。


 皇帝は地図を見続けていた。


「だが」


 やがて、口を開く。


「何もしないという選択にも危険がある」


 サイラスが皇帝を見る。


「陛下」


「共和国は一度、禁忌を破った」


「……」


「次がない保証はない」


 皇帝の視線が共和国首都へ落ちる。


「準備だけはする」


 軍務大臣がわずかに頭を下げる。


「作戦案の策定を?」


「ああ」


「実行承認ではありませんね」


 ミレイアが確認する。


「まだな」


 サイラスは納得していない。


 だが。


 それ以上は言わなかった。


「作戦名は」


 皇帝が聞く。


 軍務大臣は少しだけ迷った。


「未定です」


「なら後にしろ」


「は」


 端末に仮の配置が表示される。


 共和国首都。


 白冠。


 天壁。


 帝国首都。


 虚空。


 その図をアルベルトは長いあいだ黙って見ていた。


     *


 数時間後。


 作戦立案室。


「断界は動けない」


 一人の将官が言う。


「そこが前提だ」


「はい」


「なら成功率は高い」


「星喰が共和国首都から動かなければ」


「動けない。首都防衛を放棄できん」


「虚空は?」


「帝都固定」


「戦闘経験がない」


「だから防御だ」


「万一共和国が陽動を」


「通常戦力で対応する」


「断界は」


「戦闘不能」


 誰かがもう一度、同じ言葉を口にした。


 戦闘不能。


 それが作戦全体の最も重要な前提だった。


     *


 共和国中央病院。


 深夜。


「カール」


「何だ」


 アナスタシアが病室の扉から顔を出す。


「寝てる?」


「今お前に返事した」


「そっか」


「何の用だ」


「別に」


「なら帰れ」


「冷たい」


「午前一時だぞ」


「眠れなくて」


 アナスタシアが勝手に入ってくる。


「ねえ」


「何だ」


「本当に、どこまで動けるの?」


 カールは少し黙った。


「短時間なら」


「特級戦?」


「相手による」


「私」


「今なら負ける」


「白冠」


「厳しい」


「天壁」


「相性が悪い」


「虚空」


 カールは答えなかった。


「……やっぱり?」


「あれは分からん」


「そっか」


 アナスタシアは窓の外を見る。


 共和国首都。


 静かな夜。


「なんか嫌なのよね」


「何が」


「こういう静かな時」


「……」


「大体、ろくなこと起きないから」


 カールは再生した右手を、一度握った。


「その時は」


「うん?」


「起きる」


「患者でしょ」


「共和国特級でもある」


「……」


「それは変わっていない」


 アナスタシアは何か言おうとして、やめた。


「本当に頑固」


「知っている」


 遠く。


 帝国では。


 二人の特級を共和国へ送り、一人の少女を帝都へ残す作戦が少しずつ形になり始めていた。


 そして。


 共和国が想定しているより。


 《断界》は。


 ずっと早く。


 立ち上がろうとしていた。

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