多重空間教会内
その後、社長さんこと榎本さんはシエルさんへと見送られ帰っていった。
一方で僕と彰亜さんは、シオンさんとともにいわゆる治療部屋へと向かっていた。それは倒れていた、というより爆睡しているシオンさんをベッドに寝かせる為であるのだが、部屋には送らないらしい。というのも、自室は基本本人の許可なく入るのは禁止らしく、誰かが倒れたりしていて、例えそれが自分の部屋や相手の部屋の前だとしても治療部屋に行くことを推奨しているらしい。
それと、先程シオンさんと共に、とはいったが、彼は爆睡中なので彰亜さんが運んでいる、という表現のほうが正しいだろう。最初は担いでいたが、なにか違うと感じだのか今は小脇に抱えている。身長のせいか床にシオンさんの足が引きずられつつあるが、それでも目覚める様子は全くない。よく寝る人だ。
「ところで彰亜さん。治療部屋って沢山あるんですか? ほら、こんなに建物が高かったら一階だけにしか治療部屋がなかったりしたら七階で倒れた人が出た時大変ですし」
「ああ、その話をするなら、まず治療"部屋"の認識から改めさせねばなりませんね」
そこでちょうど、曲がり角を曲がった瞬間、引きずっていたシオンさんの足が角のコーナーにあった花瓶に引っかかった。彰亜さんは数秒ほど動かないでじっとしていると、一つ溜息を付いておんぶの形に切り替えた。
「……重くないんです?」
「持ってみます? 六十キロは超えてたはずですが」
「あ、遠慮します」
ついでに「これで察しろ」と言わんばかりの笑みを向けられ喉が鳴った。重いんですね、そりゃそんな巨体持ち上げるとなりゃ重いですよね愚問でした。
「さて、治療部屋についての話でしたか」
「あ、はい」
「まず、治療部屋と称していますが、実は部屋じゃありません」
……治療部屋って言ってるのに、部屋じゃないのか。意味わからん。じゃあなんで部屋っていうんだよ、あれか、言葉の耳障りの問題か。
「最初に一気に説明しすぎるかと思ってあえて言わなかったのですが、ええっと、先程全部紹介し終わったといいましたね。あれがそもそも半分嘘です」
「というと?」
「源委亭という建物の紹介は全部終わりましたが、敷地内すべての説明を終えたわけではありません。そして、その先ほど紹介していなかった敷地内に教会があります」
「……ほう」
教会とはまたスケールの大きい。だが、源委亭の正面にも裏手にも、教会のような建物は見当たらなかった。それがあるのだとすれば一体どこにあるというのか。
僕が微妙な表情をしていると、お見通しとでも言うように彰亜さんがこちらを見ていた。
「この敷地内ではありますが、場所はこの空間にはありません。もう一つ、この亜空間に更に亜空間を作ってる感じ……なんですけどわかりますか?」
「多分理解しました。部屋の中に部屋がある、みたいなのと似た感じですかね……?」
「まあそういう感じです」
それが部屋ではなく亜空間となるとつまりは違う次元、空間にある、ということなのだろうか。
「あれ、それってもはや行けないのでは……?」
別空間にあるなら遠い近いの問題じゃなくてもはや行けないのではないかと思った。まあ、あっちからこちらへは行けたのだから、行けないなんてことは流石にないんだろうが。
「そうです。だからその教会への入口がこの建物内にいくつかあるんです。また、今日ヘリに乗ったときに通ったあの小さい鳥居からでもいけます。入口はいくつかあり、この建物の中だけで十は軽く超えます」
「結構多いんですね」
「まあ広いので。ああ、つきましたよ」
彰亜さんに言われた扉をみると"教会”と書かれたプレートが垂れ下がっていた。なんというか、こんなこというのもあれではあるが、芸術性がないというか風情がないというか……。いや、まあ分かり易いに越したことはないものな、うん。
……だからといって木製のプレートに教会とだけ刻むのはどうなのか。見るからに建物じゃなくて部屋だし初見さん絶対驚くじゃんこれ。
「初見は皆さん驚きますよ。ほら、行きましょう」
「あ、はい」
彰亜さんに言われ扉を開けると、金の光が見えた。どうやら扉開けたら既に教会の内面が見える、という状態ではないようだ。
躊躇なく入っていく彰亜さんの後ろをついていき、体が吸い込まれるような感覚を味わいながらそこをくぐると、一瞬で景色が切り替わった。そこは、長椅子がたくさん並べられており天井がとてつもなく高い、The教会といった見た目であった。実物の協会を見たことがないためスケールはわからないがこれはかなり広いのではないだろうか。
「ひっろ……あときれい……」
「怪我人治療とかのための場所ですからね、清潔にしているのできれいに見えるのでしょう」
なるほど、と納得しながらあたりをキョロキョロとしていると、神官の格好をした人がこちらに走ってくるのに気づいた。
「夜桜さーん! どうかしましたかぁあぁああ」
元気よく手を振りながら彰亜さんに向かっていった神官の格好をした少年は、彼の前に到達するとキュッと靴音を鳴らしながら足を止めた。小学校低学年と言っても通じるような背丈で金髪、目は水色で雫型。若干垂れているように見えるが子ども故だろうか。身重は100cmくらいだろうか……。ここにはこんな小さい子もいるのか。
やがて僕が視線を送っているのに気づいたのか、その子がくるりと僕の方を向いた。
「おお! 昨日シオンさんにつれられてきた人ですね! ぼくは蘇我星来と申します。星が来るとかいて星来です。妹に名づけてもらいました! 今は六さいです。いごおしみりおきを」
年齢にそぐわない綺麗な礼をする少年を見て、こちらこそと慌てて頭を下げ返す。……ん? 今なんか変なこと言ったような。
「星来くん、おしみりおきを、ではなくお見知りおきを、ですよ」
「あ、そうでした。あらためて、お見しりおきを」
「あっ、こちらこそ」
再び礼をする蘇我くんに僕も再度頭を下げた。敬語がしっかりしている、とても六歳とは思えんぞこの少年……。
僕が呆然としていると、背負われてるシオンさんに気づいたようで「あ」と声を上げた。
「またみちばたでねちゃったんですか?」
「いえ、今回は商談中に眠りましたよまさかの。まあトドメ刺したのはシエルさんですが」
「しょーだん?」
「偉い人とのお話し合い、です。これでわかりますか?」
「わかった! ……です!」
二人が会話する後ろをあたりを見回しながらついていくと、やがて少し大きな扉の前についた。星来くんが扉をノックして「ごめんくだーさい」と言うと、ほぼ間もないうちに中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「ではぼくはもどります! さようなら!」
「はい、さようなら」
「またね〜」
手を振り返すとニコっと笑ったあとに来た道を戻っていった。ほんわかしながらそれを眺めたのち、扉の方に向き直った。
「これはもう入っても大丈夫なのですよね?」
「さっきどうぞと言われてましたからね。問題ないでしょう」
彰亜さんに言われ少し緊張しながらドアを開けると、中には女性が一人いた。彼女は真紅の色をした長い癖毛と、それと同じ色の瞳を持っていた。目は若干垂れ目で、右目の下には涙ボクロがある。女性にしては身長が高く、百六十センチ後半はありそうな背丈をしている。
彼女はこちらに気づくと少し驚いた顔をしながら僕を見た。
「まぁ、先日の新入りくんではありませんか。早速どこか怪我をなされたのですか?」
「あっ、いえ、僕はただの付き添いのようなものでして……」
ちらっと後ろを見やると、彰亜さんが「どうも」と言いながらドアの隙間から顔を出した。そして、僕の隣に並ぶと、部屋にあったベッドに、まるでバスケットボールをゴールに入れるかのような動作でシオンさんを空中に放った。奇跡的なのか計算し尽くされているのかはわからないが、シオンさんは綺麗にベッドにダイブした。顔から落ちたため「ぐぇっ」という声が聞こえたが、それでも特に問題はなさそうなので無視しても構わないだろう。
……こんな軽々と人を放り投げられるこの人って、まじで一体何なんだろう。




