疲労、故の職務放棄
「怪我人でなくても睡眠中の方を放り投げるとはどうなんですの……」
「どうか、ですか? 最高の気分です。それはもう素晴らしく」
「いやあなたの気持ちを聞いてるわけではないんですけど」
きれいな笑顔で答える彰亜さんとそれに虚無る発育のよろしい女性の方。
……これ大丈夫かな、セクハラかな。いや生まれながらにして思想の自由が保証されてるから大丈夫だよね、きっとそうだ。声に出さなければセーフ理論。
「ところで神父殿はどこに?」
「今は席を外されています。……それより、あの子の紹介を頼みたいわ」
「あ、僕ですか?」
「ええ」
「えっと……天城空といいます。……えっと……?」
あとは何を言えばいいというのだろうか。どうしようかとあたふたしていると女性の方がくすりと綺麗に笑った。
「あら、まだ自己紹介の仕方について教わっておりませんでしたのね。ここでの自己紹介では、名前と所属。あとは任意で年齢や所持している現能力を言うといいわ」
「なるほど……。……所属ってなんですか? あと僕まだ自分の現能力知らされてないのですが……」
「……え?」
「え?」
僕が聞くと女性は少し呆けた顔をしながらそう呟いた。それにオウム返しすると、ハッとした顔をした。
「自己紹介の仕方はともかく、その辺の説明のを全く受けずにに道案内を受けていたんですの!? まったく、シオンさんったら……! えっと、所属というのは、例えば私なら教会です。あとは昨日あなたが一緒にいた……シオンさんは本部。橙逢さんは本部兼畑が主。という感じです。これ以上詳しいのは折角ですし夜桜さんに聞くと良いでしょう。もちろん、シオンさんに基礎説明を受けた後で」
そう言われちらりと彰亜さんの方を見ると、軽くこちらに手をふっていた。折角ですし、非梅さん、あなたに教えてもらいたいです。ちょっとこの人信用なりません。
「あ、でも今日は最初から紹介諸々はすべて彰亜さんがやっていましたが……」
「関係ありません」
シオンさんを少し庇うような気持ちで言った言葉であったが、秒で切り捨てられた。
「新人を連れてきた本人が、まず最初に責任持ってここ独自のシステムやルール等を教える。そこから先の案内は誰かに任せても良い。他でもないここの亭主がそう決めたのですよ」
「なるほど。つまりはシオンさんが半職務放棄したと……?」
「端的に言ってしまえばそうですわね。……まあ、そこですやすやと眠っているのを見る限りお疲れでしたのでしょうけど」
シオンさんを見ながら一つ溜息をしたあと、何かに気づいたように僕の方に振り向いた。
「そういえば私の自己紹介がまだでしたね。失礼しました。私は非梅艶珠と申します。教会所属で現能力は治療と少しのスタミナ回復が可能なものです。年齢は……に、二十代ですよ、えぇ、まだ……」
後半、目を逸らしながら話す非梅さん。……年齢については触れないであげておこう。
そういえば、先ほど案内の前に自分の現能力などを先に知っているのが当たり前だというふうに言っていたが、なぜ僕は一体知らされていないのだろうか……。
「ふぁ〜ぉぉぉ……よく寝……れてない気がする。もう一回寝よう」
「こらシオン。これ以上寝るなら自室に行きましょう」
疑問の模索を中断させ、欠伸をした方を見ると、シオンさんが起きたようで体を伸ばしていた。だがすぐに二度寝の体制に……入ろうとしたところで、彰亜さんからお止めが入った。それに加え、寝る前まで黒だった筈の髪が、出会った時同様に白に戻っていた。……今の数十分で髪色が漆黒から純白に戻るってなに……?
「おはようございます職務放棄のシオンさん。お体の具合は大丈夫ですか?」
「火力がやや高めだなあ。体調は問題ないけどないけどただただ眠い。寝る。久しぶりのベッドでの睡眠なんだよ。もう少し怠けたって、ね?」
ベッドの上で縮こまりながらそう言った。すると非梅さんは一つ溜息を付いたあと、僕をビシッと指さした。
「彼がここに来てもう二日目ですよ!? 先日は夜遅かったため仕方ないとはいえ、道案内云々の前に挨拶の仕方とかシステムを紹介するべきでしょう! 普通! 道案内は! その、後ですっ!」
「だってぇ……」
「疲れていたのはわかります。ですが! 亭主が決めた以上だっても何もありません!!」
「うぐぅ……」
ズバッと言ってのけた彼女の言葉にシオンさんが耳を塞いで苦い顔をした。本当もう、よく言ってくれました。ありがとうございます。
「まあ確かに案内中に話しかけられたときに対応できなくても困るでしょう。教会までは案内できたので、とりあえず案内は中断してルール説明を行ったほうがいいですね。なんせ、ここは日本とはだいぶ異なりますから」
「彰亜まで……いやまあそれもそうか……」
一つ溜息を吐いて立ち上がるシオンさん。先ほどの寝起き時と同じくらい大きなあくびをすると、よしと言ってピシッと身体を立てた。
「では! ……まずどこから説明しようか?」
「僕が知るはずありませんが!?」
なぜか視線を向けられつい声を荒げてしまった。いや、案内される側である僕にそんなことを言ってくるなんて驚くに決まっているだろう。現にシオンさんの横で彰亜さんが額に手を当て、非梅さんは呆けた顔をしている。やっぱこの人意味わからん。
「空さんの言うとおりですわ。なぜ案内される側に聞くんですの??」
「えっ、あ、いやあ、つい。で、どっから説明したら良いと思う?」
「流石に虚霊については説明しましたよね? 流石に。ならまあ、あとは法律とか虚霊について掘り下げればいいと思いますわ」
「ええ、流石に虚霊については言っているでしょう。疲労状態とはいえあれを忘れることは無いはずですよね流石に。そうですね、非梅さんの言葉に付け出しをいれるならあとは能力とか名前とかについて説明するべきだと思いますよ」
”虚霊”
……なんだそれは。今目の前で「あとは畑もでしょうか?」とか「和風ゾーンもですね」と、新入生が来たときのようなノリで少しばかり盛り上がっておられるお二人さん、僕、虚霊って単語すら今始めて聞いたのですが……?
控えめにシオンさんに視線を向けると壁側に目をそらされた。……昨日は、随分お疲れだったんだな。そう思おう。そう思わないとダメな気がする。ところでこれは、僕が知っていないということをこの二人にお伝えするべきなのだろうか。
少し頭を悩ませていると、ぐるんと、急にお二方がシオンさんの方へ顔を向けた。
「ええ、ええ、流石に、流石に説明してますよね? シオンさん」
「ええ、ええ、流石に説明しているでしょう。ね? シオン?」
お二人にすごい圧力で見つめられているシオンさん。……職務放棄したらああいう目に合うんだな。覚えておこう。こんな形で学びたくなかった……。
しばらく二人に見つめられ、耐えきれなかったのかシオンさんが冷や汗かきながら無言で笑顔を浮かべると、それに同調するように二人も笑顔になった。後、非梅さんがシオンさんに思いっきり頭突きをした。綺麗な音が部屋に響き渡った。
凄い音……。
一方で彰亜さんはといえば、ああやっぱりかと言いたげな表情をしながら窓のある方を眺めていた。彰亜さん、そっちに現実はありませんよ。
「あなたは! 本当に、なんで! ああああああ!!」
「いやごめんね、これは僕が全面的に悪いよ、ごめんねお三方」
頭突された頭を抑えつつベッドでうなだれるシオンさんに未だ明後日の方向を向いた彰亜さんと疲れ切った表情の非梅さん。そして僕はと言えばこの状況に少し引いていた。
なんだろう、残業とかもないしホワイトだろうと思っていたけれどなんか裏がありそうだぞ。
「それで、結局のところ虚霊とはなんなのですか?」
「聞くより、見たほうが良いでしょう。ちょうどそこに二度寝する余裕がある上司様がいるのですから、是非案内してもらってください」
非梅さんににっこり笑顔で言われ肩をビクリと震わせたシオンさんに、真顔で視線を向ける。そんな僕から目線をそらしながらしどろもどろに「え〜っと」というと、ベッドから立ち上がった。
「……見に、行こうか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「はい、さっさと行ってきてください!!」
僕が頷いたところで三人まとめて部屋からつまみ出された。
おかげで尻餅をつき少し痛い。




