表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/58

もう少しだけ

「ママ、見て見て。じいじが、作ってくれたよ」

 ザックがすごい勢いで部屋に入ってきた。


 手には木を削って作った剣。そして、めちゃくちゃ泥のついた服。


 ルースによく似た可愛らしい息子は、私があやす、妹フェリーが今しがた寝たことなんて、まったく気にせず、大声で、いかにこの剣が素晴らしいかを語り続ける。


「ザック、パパは?」


「パパなら、ひいじいじとモンスター退治にでかけたよ。僕も早く一緒に行きたいなあ」

 

「あと3年くらいしたらね。それまでは、その辺にいるラビットボールで鍛えてなさい。まあ、【レベル】は上がらないけど」


 神様に祝福してもらわないと、モンスターを倒してもレベルアップはしないからね。


「ええっ、3年も待つの? 僕、お爺ちゃんになっちゃうよ」


「10歳は、まだ子供よ。そして、素晴らしいお兄ちゃんになっていることを私は期待しています」


 というやりとりをしていたら、腕の中のフェリーが起きた。

 私とお祖母ちゃんの血を色濃く受け継いだ、薄めの顔で、じと~、と見つめる。


 その顔が、くしゃくしゃになり、そして、嵐が訪れた。

 へいへい、今度はなにかな。



「ガルレムト王国の王様が変わったって」

 ルースがベッドの中で、ささやくように言った。


「へえ。でも、王子様、まだ若かったんじゃない」

 ルースの腹にへばりついて眠っている、ザックの頭を撫でながら言った。


「確か俺と同じくらいかな」


「ガルレムトも大変ね。いろいろ事件が起こってばっかで盗賊とかも多いんでしょう?」


 去年の夏に、村がひとつ盗賊によって潰滅させられたって噂を聞いた。

 あと、今年の春に、大きな街のロベリアンネ神殿が吹き飛んだとか。


「ひょっとしたら……」

 ルースが言いかけて、そのまま言葉を飲んだ。


「ひょっとしたら、なに?」

 ルースの頬を撫でながら言った。


「なんでもないよ」


 だけど、私にはルースが言おうとした言葉の続きがわかった。

 ひょっとしたら、魔王がいるのかもしれない。


 口に出したくない気持ちもわかる。

 それは、今のこの幸福な時間が終わりを意味していたから。


 私とルースのちょっとした緊張を感じ取ったのか、私たちの間で眠るザックが、なんか、叫んだ。

 それに、ベビーベッドで眠るフェリーが呼応。泣き出した。




◇◇◇




「ママなんか嫌い」


 フェリーが捨て台詞を吐いて、ダッと駆けていった。

 そして、10メートルもいかないうちに、ドテっと盛大に転んで、泣き出した。


 頭が大きくて、足が短いのに、走ったら、そりゃあ転ぶよね。


 空には、太陽がさんさんと輝いていて、風もそよそよと心地よい。


 草むらに座り込んだまま、えんえん、と泣く娘をあやす。

「お兄ちゃんも、大きくなるまでは連れてってもらえなかったわよ」


「じゃあ、いつになったらいいの?」


「あと、5年くらいじゃない」


「それっていつ?」


「ええと、1825日後かな」


 フェリーは5歳。

 顔は、私に似て薄めなのに、気が強い。

 まさにパンダヒルの女って感じ。


 ちなみにザックは、12歳。

 ふっふっふ、見込み通り、ルースによく似たイケメン少年だ。

 今日は冒険者登録をしに街まで行っている。

 そろそろ、本格的に鍛えていかないとね。


 魔王がガルレムトにいるらしいことは、もうほとんど間違いない。

 ガルレムトでは、魔王の眷属らしきモンスターが暴れ回っている。

 何人ものSランク冒険者が退治に行っては、返り討ちにあっている。


 ルースは、ガルレムトに行きたいってずっと言ってるけど、私とお祖母ちゃんでそれを止めてる。


「まだよ。まだ動くのは早いわ。魔王がはっきりと世の中に出てくるまで待つの。ロイドさんとベルカーラさんがくれたチャンスを、絶対に生かさないといけないの」

 こう言ってきかせてきた。


 私たちに失敗は許されない。

 ロイドさんとベルカーラさんのこともあるけど。

 子供たちのために。

 ザックとフェリーが魔王に怯えないですむように。

 必ず、魔王を倒さないと。


 ひょっとしたら、今日、街に行ったルースが、決定的な情報を聞いてくるかもしれない。


 フェリーの頭を撫でながら、私は、太陽を見上げた。


 もう少しだけ。

 もう少しだけ、この時間が続いて欲しいなあ。



「ガルレムトは酷い状態だって。強力なモンスターがいて、王国軍も高位の冒険者も歯が立たないって。たぶん、そいつが魔王の眷属なのは間違いない。ひょっとしたら魔王本人かもしれない」

 ルースが言った。


 私は、ルースにへばりついて眠っているフェリーの頭を撫でながら、考えた。

 ルースはきっと、自分ならそれを倒せる、と悔しく思ってるんだろう。

 このまま被害が増えていくのを待っていていいのか、って。


「まだだよ。まだ動けない。魔王の眷属を一体倒したってダメだよ。私たちが倒すのは魔王。もし、魔王の眷属を倒して、ルースが生きてることがバレたら。もう、私たちに勝ち目が無くなる」


 勇者ルーシフォスには決定的な弱点がある。相手を認識しない限り、勇者の力を発揮できないってこと。

 不意打ちに弱いんだ。


 きっと魔王はそのことを知ってる。

 だから、前回、あんな風に、意表をついた攻撃でルースを倒したんだ。

 ルースは死んだ。そう思わせているこの状態が、私たちにとっては唯一の勝機。

 確実に勝てる、そのタイミングを待ち続けることが重要なんだ。


「フラワ。子供たちも大きくなったよ」

 ルースが優しい目をして言った。

「この十数年間、俺は、本当に幸せだった。あの時、終わっていたはずなのに。ロイドさんとベルカーラさんのおかげだ。俺が、二人に恩を返すには……」


「必ず魔王を倒すことよ」

 ルースの言葉を遮って言った。

「ロイドさんがなんて言ったか忘れた? どれだけ、世界が魔王に蹂躙されようと、隠れて、待ち続けろ。魔王と確実に戦えるタイミングを待ち続けるんだ。そう言ったんでしょう? 焦るのもわかるけど。お願いだから、もう少し待って。魔王はまだ、様子見をしているだけよ」


「だけど、こうしている今も、たくさんの人が苦しんでいるんだ。俺には、それをどうにかできる力があるのに」


「勇者の力はルースだけの力じゃない。みんなのものだよ。だから、我慢して。時を待つの。辛いけど、待ってよ」


 ルースが目を閉じて。

 本当に苦しそうな顔になった。


「自分が幸せ過ぎて。それが怖いんだ。これを捨てていかないといけないのが、怖くて。逃げてしまいそうで」


 もぞもぞと動いて、ルースの額に額をつけた。


「大丈夫だよ。その時がきたら、私がちゃんとルースの背中を叩いてあげるから」




◇◇◇




 フェリーが私たちのベッドで寝なくなってから1年後。その時がきた。

 その1年間、私たちは結構な頻度で、セックスをした。

 出発の前の日である今日も。


 果てた後、ルースは、ふうっと気だるくなった私の髪をすいた。


「たくさんもらったよ、元気」

 ルースが私の上で笑った。

「これで、戦いに行ける」


「良かった。本当はついていきたくて仕方ないんだけどなあ」


「その話を蒸し返さないでくれよ」


「納得はしてるよ。でも、気持ちのこと」

 ついつい頬を膨らませてしまう。


「さあ、もう寝ないとな。明日は早いんだから」


「私は、もう一回してもいいよ」


「じゃあ、キスだけ」


 長い長い口づけ。

 お互い名残惜しくて、終わらせたくなくて。

 最後は二人とも顎が疲れてしまった。


「おやすみ、フラワ」


「おやすみ、ルース」


 手をつないだまま、眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ