もう少しだけ
「ママ、見て見て。じいじが、作ってくれたよ」
ザックがすごい勢いで部屋に入ってきた。
手には木を削って作った剣。そして、めちゃくちゃ泥のついた服。
ルースによく似た可愛らしい息子は、私があやす、妹フェリーが今しがた寝たことなんて、まったく気にせず、大声で、いかにこの剣が素晴らしいかを語り続ける。
「ザック、パパは?」
「パパなら、ひいじいじとモンスター退治にでかけたよ。僕も早く一緒に行きたいなあ」
「あと3年くらいしたらね。それまでは、その辺にいるラビットボールで鍛えてなさい。まあ、【レベル】は上がらないけど」
神様に祝福してもらわないと、モンスターを倒してもレベルアップはしないからね。
「ええっ、3年も待つの? 僕、お爺ちゃんになっちゃうよ」
「10歳は、まだ子供よ。そして、素晴らしいお兄ちゃんになっていることを私は期待しています」
というやりとりをしていたら、腕の中のフェリーが起きた。
私とお祖母ちゃんの血を色濃く受け継いだ、薄めの顔で、じと~、と見つめる。
その顔が、くしゃくしゃになり、そして、嵐が訪れた。
へいへい、今度はなにかな。
◇
「ガルレムト王国の王様が変わったって」
ルースがベッドの中で、ささやくように言った。
「へえ。でも、王子様、まだ若かったんじゃない」
ルースの腹にへばりついて眠っている、ザックの頭を撫でながら言った。
「確か俺と同じくらいかな」
「ガルレムトも大変ね。いろいろ事件が起こってばっかで盗賊とかも多いんでしょう?」
去年の夏に、村がひとつ盗賊によって潰滅させられたって噂を聞いた。
あと、今年の春に、大きな街のロベリアンネ神殿が吹き飛んだとか。
「ひょっとしたら……」
ルースが言いかけて、そのまま言葉を飲んだ。
「ひょっとしたら、なに?」
ルースの頬を撫でながら言った。
「なんでもないよ」
だけど、私にはルースが言おうとした言葉の続きがわかった。
ひょっとしたら、魔王がいるのかもしれない。
口に出したくない気持ちもわかる。
それは、今のこの幸福な時間が終わりを意味していたから。
私とルースのちょっとした緊張を感じ取ったのか、私たちの間で眠るザックが、なんか、叫んだ。
それに、ベビーベッドで眠るフェリーが呼応。泣き出した。
◇◇◇
「ママなんか嫌い」
フェリーが捨て台詞を吐いて、ダッと駆けていった。
そして、10メートルもいかないうちに、ドテっと盛大に転んで、泣き出した。
頭が大きくて、足が短いのに、走ったら、そりゃあ転ぶよね。
空には、太陽がさんさんと輝いていて、風もそよそよと心地よい。
草むらに座り込んだまま、えんえん、と泣く娘をあやす。
「お兄ちゃんも、大きくなるまでは連れてってもらえなかったわよ」
「じゃあ、いつになったらいいの?」
「あと、5年くらいじゃない」
「それっていつ?」
「ええと、1825日後かな」
フェリーは5歳。
顔は、私に似て薄めなのに、気が強い。
まさにパンダヒルの女って感じ。
ちなみにザックは、12歳。
ふっふっふ、見込み通り、ルースによく似たイケメン少年だ。
今日は冒険者登録をしに街まで行っている。
そろそろ、本格的に鍛えていかないとね。
魔王がガルレムトにいるらしいことは、もうほとんど間違いない。
ガルレムトでは、魔王の眷属らしきモンスターが暴れ回っている。
何人ものSランク冒険者が退治に行っては、返り討ちにあっている。
ルースは、ガルレムトに行きたいってずっと言ってるけど、私とお祖母ちゃんでそれを止めてる。
「まだよ。まだ動くのは早いわ。魔王がはっきりと世の中に出てくるまで待つの。ロイドさんとベルカーラさんがくれたチャンスを、絶対に生かさないといけないの」
こう言ってきかせてきた。
私たちに失敗は許されない。
ロイドさんとベルカーラさんのこともあるけど。
子供たちのために。
ザックとフェリーが魔王に怯えないですむように。
必ず、魔王を倒さないと。
ひょっとしたら、今日、街に行ったルースが、決定的な情報を聞いてくるかもしれない。
フェリーの頭を撫でながら、私は、太陽を見上げた。
もう少しだけ。
もう少しだけ、この時間が続いて欲しいなあ。
◇
「ガルレムトは酷い状態だって。強力なモンスターがいて、王国軍も高位の冒険者も歯が立たないって。たぶん、そいつが魔王の眷属なのは間違いない。ひょっとしたら魔王本人かもしれない」
ルースが言った。
私は、ルースにへばりついて眠っているフェリーの頭を撫でながら、考えた。
ルースはきっと、自分ならそれを倒せる、と悔しく思ってるんだろう。
このまま被害が増えていくのを待っていていいのか、って。
「まだだよ。まだ動けない。魔王の眷属を一体倒したってダメだよ。私たちが倒すのは魔王。もし、魔王の眷属を倒して、ルースが生きてることがバレたら。もう、私たちに勝ち目が無くなる」
勇者ルーシフォスには決定的な弱点がある。相手を認識しない限り、勇者の力を発揮できないってこと。
不意打ちに弱いんだ。
きっと魔王はそのことを知ってる。
だから、前回、あんな風に、意表をついた攻撃でルースを倒したんだ。
ルースは死んだ。そう思わせているこの状態が、私たちにとっては唯一の勝機。
確実に勝てる、そのタイミングを待ち続けることが重要なんだ。
「フラワ。子供たちも大きくなったよ」
ルースが優しい目をして言った。
「この十数年間、俺は、本当に幸せだった。あの時、終わっていたはずなのに。ロイドさんとベルカーラさんのおかげだ。俺が、二人に恩を返すには……」
「必ず魔王を倒すことよ」
ルースの言葉を遮って言った。
「ロイドさんがなんて言ったか忘れた? どれだけ、世界が魔王に蹂躙されようと、隠れて、待ち続けろ。魔王と確実に戦えるタイミングを待ち続けるんだ。そう言ったんでしょう? 焦るのもわかるけど。お願いだから、もう少し待って。魔王はまだ、様子見をしているだけよ」
「だけど、こうしている今も、たくさんの人が苦しんでいるんだ。俺には、それをどうにかできる力があるのに」
「勇者の力はルースだけの力じゃない。みんなのものだよ。だから、我慢して。時を待つの。辛いけど、待ってよ」
ルースが目を閉じて。
本当に苦しそうな顔になった。
「自分が幸せ過ぎて。それが怖いんだ。これを捨てていかないといけないのが、怖くて。逃げてしまいそうで」
もぞもぞと動いて、ルースの額に額をつけた。
「大丈夫だよ。その時がきたら、私がちゃんとルースの背中を叩いてあげるから」
◇◇◇
フェリーが私たちのベッドで寝なくなってから1年後。その時がきた。
その1年間、私たちは結構な頻度で、セックスをした。
出発の前の日である今日も。
果てた後、ルースは、ふうっと気だるくなった私の髪をすいた。
「たくさんもらったよ、元気」
ルースが私の上で笑った。
「これで、戦いに行ける」
「良かった。本当はついていきたくて仕方ないんだけどなあ」
「その話を蒸し返さないでくれよ」
「納得はしてるよ。でも、気持ちのこと」
ついつい頬を膨らませてしまう。
「さあ、もう寝ないとな。明日は早いんだから」
「私は、もう一回してもいいよ」
「じゃあ、キスだけ」
長い長い口づけ。
お互い名残惜しくて、終わらせたくなくて。
最後は二人とも顎が疲れてしまった。
「おやすみ、フラワ」
「おやすみ、ルース」
手をつないだまま、眠った。




