鼻の穴にスイカ
「ルース、一体、そっちに行ったぞ」
木々の影でお祖父ちゃんが叫んだ。
「落ち着け。大丈夫だ。自分を信じろ」
はいっ、とルースが気合いの入った声をあげた。
剣を構える。
私はその後ろで、メイスを構えた。
ワサワサワサ、と下草を揺らし、豚頭の大男が現れた。全身毛むくじゃら。手にはこん棒を構えてる。
モンスター、オーク。
オークがこん棒をルースに向けて振り下ろす。
ルースはそれを、横にかわした。
そのまま剣を振り下ろす。
オークの左腕を斬った。
ちょっと浅いかな。
オークの腕は筋肉モリモリ。ルースの一撃じゃあ、深くは傷つけられなかった。
オークが大声をあげながら、無茶苦茶にこん棒を振り回す。ブン、ブン、と少し離れた場所にいる私にまで、風がうなる音が聞こえてくる。
ルースは落ち着いていた。
大振りした、オークのこん棒をかわして、今度は胴を深く斬った。
その直後、身を低くしてオークの腕を避ける。
そのまま一度距離をとった。
オークが吠えた。
木々を揺らすようなその大音声に、私の耳はキーンと遠くなった。
オークがよろめき、そのまま倒れる。
ほう、とルースが息を吐いた。
剣を鞘に納める。
拍手、拍手。
いや、すごいよ。
ラビットボールにも勝てなかったルースが、オークを倒せるようになったんだよ。
すごく強くなったよ。
「さすが勇者様だね」
「もっとスムーズにやれたらいいんだけどね」
ルースが頭をかく。
私とルースは、お祖父ちゃんと一緒に、モンスター退治に来ている。
実は、お祖父ちゃん、今でも現役の冒険者で、なんとランクはA。ちょくちょくルースを鍛えているのだ。
「勇者の力がどれほどか知らんが。戦い方を身に着けておいて損はないだろう」なんてお祖父ちゃんがはりきっちゃってるのだ。
ルースが勇者だということは、もう、うちの家族全員知っている。
いつか、魔王を倒しに行かなくてはならないことも。
「命をかけて戦いに行くのは構わんが。それまでに、なあ、孫の顔がなあ。見たいかなあ。見たいかなあ」とパパ。
長女グラスのところは、まだ子供がいないからね。
ママもパパも期待しまくってる。
大丈夫。やること、ちゃんとやってるから。
当初は、いろいろ難航した夜の営みだったけど、半年経った今では、だいぶうまくなってきたと思うの。
ガサガサガサと大きな音がした。
またオークだ。
しかも、すごい勢いで突っ込んでくる。
ルースは剣を抜いたけど、遅い。
私は思いっきり前に跳んだ。
ひとっ飛びでルースの前に出ると、手にしたメイスでオークを殴った。
オークの上半身が吹き飛んだ。
血と肉片が舞い散る。
やべ、やりすぎた。
私の馬鹿、馬鹿、馬鹿。
ルースの面目丸つぶれじゃんか。
復活した当初は【レベル】1だった私ですが、ルースと一緒にお祖父ちゃんに鍛えてもらったおかげで、今やレベルも45になりました。
ルース一人で魔王と戦わせる?
そんなことするわけないじゃん。
私が強くなって、ルースを助けて、一緒に魔王を倒すんだ。
「ごめん、油断した」
ルースが気まずそうな顔で言った。
「不意打ちだったもんね。別のとこにいたオークかな」
私も思いっきり油断してたよ。
危なくルースが吹っ飛ぶところだった。
まあ、お祖母ちゃんから、上級治癒も、完全復活も教えてもらってあるから、即死じゃなければ治せるんだけど。
そんなことを思ってたら、レベルアップのファンファーレが鳴った。
【レベル】46。うん、うん、ガッツリ上がってる。
ルシディア様の話だと前回の魔王の基本能力値が平均8桁。変動値が9桁。【HP】、【SP】は10桁くらいらしい。
ルースが一対一で戦えば、楽に勝てるそうだ。
というか、勝てる強さにするために、ルースの力を限定的にしたらしいんだけど。
だから、問題は不意打ち。
勝負はルースを魔王との一対一に持っていけるかどうかにかかってる。
ロイドさんから教わった周辺感知の他にも、お祖母ちゃんから、人物鑑定とか、脱出とか、サポートスキルを教わりまくってる。
最悪、私が魔王と戦っても勝てるように【レベル】もしっかり上げてる。
深夜に、こそこそ、強力なモンスターを倒してに出かけいるのは、なにを隠そう私です。
「すまんな、ルース。大丈夫だったか?」
お祖父ちゃんがやってきて言った。
かっこいいスリムな金属鎧に、文字と絵の中間みたいな模様が刃に刻まれた剣を下げている。
「おっ、これは……」
私が破壊した二体目のオークの死骸を見て、驚いている。
「あっ、それやったの私。いきなり二体目が来るんだもん」
「斥候に出ていた奴が戻ってきたのかもしれんな。怪我はなかったか? お前たちに怪我をさせたら、マミに怒られるからな」
心配そうな顔でルースに言う。
「大丈夫です。でも、油断しました。フラワがいなかったら、危なかった」
「人間、どうしても油断が出る時がある。そのために仲間がいるんだ。一人が、ミスをしても誰かがカバーできるようにな」
お祖父ちゃんは言うと、ちょっと落ち込むルースの頭をかき回した。
もう、すっかりお気に入りなんだよね、ルースのこと。
ていうか、お祖父ちゃん以外も、うちの家族はみんなルースが大好きなんだよな。
鬱陶しいくらいにさ。
◇◇◇
うう、体が重いのう。
ポテポテと家の周りを歩いては、壁に手をついて、フウフウと息を整える。
おかしいよ、【HP】はもうすぐ、5千万いくくらいあるのにさ。
ぜんぜん反映れてないじゃん。
それともこの子がめちゃくちゃ重いとか?
大きく前に突き出したお腹をナデナデする。
もう、そろそろ産まれるらしいんだよ。
おかげでパパとママのテンションが、すごいことになってるよ。
はあ、と大きく息を吐くと、私はまた歩き出した。
これは、あれかあ。
出産の痛みも、【防御力】と関係ないのかな。
そりゃあ、そうだよね。
初夜の時だって、すげえ痛かったし。
あっ、でもあの時は、【レベル】1に戻ってたか。【防御力】も大したことなかったはずだぞ。
うう、ストンとあっさり産まれてくれないかなあ。
裏庭まで行くとルースが剣を振っていた。汗がキラキラと輝いているよ。凛々しいよ、旦那様。
「フラワ、一人で歩いてたらダメじゃないか」
ルースが私に気づいて寄ってくる。
「いちおう、ウメちゃんには声かけてきたよ。お祖母ちゃんも離れにいるし、大丈夫でしょう」
「でも、もしものことがあったら……ええと、なに?」
ありゃ、ルースの匂いをクンクン嗅いでただけなんだけどな。
「旦那様の香りを堪能してただけだよ」
「汗臭いだけだろうに」
「ルースの汗の匂いを堪能してたの。この子ができてから、してないじゃん」
「なにを……」
言いかけて、ルースが途中で気が付いて、顔を赤くした。
ふふ、可愛いい奴め。
私とルースは軒下にあるベンチに座った。
うちはいろんなところに座るところがあるのだ。
パパが日曜大工好きなんだよね。
「男の子かな。女の子かな」
ルースが優しく私のお腹を撫でながら、言った。
「男の子だよ」
はい、それは確定事項です。
「まだわかんないだろ」
「まあ、そうなんだけど。そんな気がするんだ」
最高神様から言われてるから、間違いないけどね。
「名前、決めてくれた?」
「本当に俺が決めちゃっていいのかな。お義父さんとか、お義母さんとか、ジャックさんとか、差し置いてさ」
「そんなのいいに決まってるじゃん。ていうか、私かルースが決めないと、揉めそうだよ、うち」
全員が、名前を用意してそうな気がするんだよ。うちの家族。無駄に凝った名前を。
「いちおう、決めてはあるんだ。男の子なら、ザック。女の子ならフェリー」
「おっ、シンプルないい名前」
「俺、自分の名前が長いからさ。短い名前が良くて。ダメかな」
「ううん、いいんじゃない。ザックね。うん、うん」
◇
い、でで、いでえ、いでええよぉ。
うがあ、いでぇ、うがあ。
破水してから、なかなか出てこない我が子に、苦戦しているフラワです。
「頑張れ、フラワ、頑張れ」
ルースが私の手を握って言った。
「こればっかりは、待つしかないのよね。まだ時間かかりそうだし、お茶でも飲んでこようか」
ママが、すっごいのんきな声で言った。
「そうね。ルース君が励ましてくれてるし。私たちは今のうちにのんびりしてましょうか」
お祖母ちゃんも、のんきな声で言った。
なんだよ、もう。
痛いんだからなあ。すごい、辛いんだから。
「あ、あの、でも、なにかあったら……」
ルースが焦った声で言った。
「大丈夫、大丈夫。自分の時も含めて、もう7回目だから。慣れたものですよ」
お祖母ちゃんが言って、マジで、ママと一緒に出て行っちゃった。
薄情だな、おいぃぃ。
「大丈夫だよ、フラワ。俺がいるから。なにかあったら、すぐに呼んでくるから」
「か、か、顔」
「顔? 顔がどうした?」
「ルースの顔見たい」
子供はルースに似てイケメンだと思うの。
だから、ルースの顔を見て、頑張るんだ。
ルースが横を向く私の顔の前に、顔を出した。潤んだ目で見つめてくる。
イケメンじゃあ、イケメンじゃあ。
よし、イケメンな息子に会うために、頑張るぞ。
永延に続くかと思われた地獄の痛みが、さっ、と終わった。
叫びすぎて、魂が抜けたみたいに、呆然となる私。
「フラワ、男の子だよ。ザックだよ」
涙ぐんだルースが言った。
「あら、顔はルース君に似てそうね。フラワとお祖母ちゃんののっぺり顔じゃないわ」
の、のっぺり顔とか言うな。
同級生から告白されたことだってあるだぞ。
遠くから聞こえるような、赤ん坊の鳴き声を聞きながら、私は疲れで眠くなっていた。




