そして時はきた
出発の朝が来た。
まだ日が昇る前。外は暗い。
革鎧に旅用のマントをつけたルース。
見送るのは私と、お祖母ちゃん、それにお祖父ちゃんだけ。
「子供たちのこと、頼んだよ」
ルースが言った。
「マミさん、ジャックさん、フラワと子供たちのこと、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
「本当に一人でいいのか? わしも一緒に行った方がいいんじゃないのか? 老い先短い身だし。露払いぐらいはできると思うんだが」
「いえ、一人で行くって決めていたんで。おかげで、俺も、強くなれました」
冒険者ギルドには所属していないけど、ルースの【レベル】は50を越えている。ステータスもB~Cランクの冒険者くらいはある。
本当にルースは頑張ったんだ。
「ちゃんとフラワの元へ帰るのよ。魔王なんかと心中しちゃあダメよ。ごめん、フラワ、君の所へ帰れそうもない、とか言って死んだりしちゃあダメよ」
お祖母ちゃんがフラグを折りにかかってる。
「はい。必ず」
それでも、きっとルースは魔王を倒すためなら、死ぬことも厭わないんだろうなあ。
でも、それを止めることはできない。
「ルース。頑張ってね」
私がかけたのは短い言葉だけ。
もう、何度も言葉を重ねてきたもの。
ルースは微笑むと、私を抱きしめた。
「子供たちのこと。頼む」
「うん、任せて」
「愛してる、フラワ」
「私もよ」
ルースは私から離れると、そのまま背を向けて歩き出した。まるで未練を断ち切るように。
その背中が見えなくなった頃、空が明るくなり始めた。
「よし、ザック、出てきなさい」
私の声に、屋根の上から、スタっとなにかが落ちてきた。
サラサラの黒髪に、垂れ目。ルースによく似たイケメン。これが我が息子ザック15歳です。
ルースと同じように革鎧に腰に剣、旅用のマントを羽織っている。
「母さんは、そのかっこうでいくの?」
「マントは羽織るけどね。途中で着替えるわよ」
「じゃあ、早く行こうぜ。父さんを見失う」
「大丈夫よ。マーキングしてあるから。この日のために、印感知覚えたんだから。ずいぶん子育ての助けになったのよ」
「父さんに秘密多すぎじゃないか? 知ったら、拗ねるぜ」
「平気よ、拗ねられるくらい。可愛いじゃない」
そんな親子のやりとりに、お祖父ちゃんが割って入った。
「なあ、やっぱり、わしもついてっていい?
孫とひ孫と旅したいぞ」
「ダメ。ただでさえ、フェリーが心配なんだから。できるだけ早く帰ってくるつもりだけど、あの子の機嫌、とってよ」
「まあ、そちらは私たちでなんとかするわ。あんたたちはルース君のフォローをちゃんとしなさい」とお祖母ちゃん。
私とザックは、ルースを密かに追いかけることになっている。
ルースには、私は子供たちを守るために留守番をするって約束したけど。
誰が、愛しの旦那様だけを戦わせるかっての。
パンダヒルの女舐めんな。
子育ての合間に、ちまちまレベル上げしてたんだから。予定通り、基本能力値は10桁に突入した。
一対一で魔王に勝てるくらいには強くなったぞ。
だけど、私はあくまでも露払い。魔王に止めをさすのは私じゃない。
魔王はザックが倒さないといけないんだ。
ルシディア様との会話が思い浮かぶ。
◇
「問題はもう一つ。あなたの子供のことです。第一子が勇者の能力を受け継いでしまうのです」
「えっ、ルースと同じような力がつくってことですか?」
「ええ、そうです。しかも、はっきりいって、ロベリアンネやマルスならワンパンで倒せるくらい強くなります。もちろん、魔王や魔王の眷属に対したときにしか発動しませんけど。それで、問題は、使おうが使うまいが、力は彼の中にあり続けるってことなんですよ」
言ってため息をつく。
いや、なに被害者面してるの。この神様。
「もともとルシディア様が呼んだせいじゃん」
「本来なら、500年後に割り振るべき力を持つ勇者が誕生してしまう。困るんですよねえ、とても。500年後に勇者を用意できない可能性があります」
「じゃあ、500年後は魔王の独壇場ですか?」
「最悪はそうなりますね」
「なにか、対策はあるんですか?」
「一番良いのは、あなたの子が魔王を倒すことですね。そうすれば、今生の勇者として、死した後、力を回収することができるはずです。それでも、かなり目減りするので、次回は、少し多めに異世界から人を呼ばなくてはなりませんけど」
異世界召喚に味を占めてるよ、この神様。
「ルースが魔王を倒さなくても大丈夫なんですか?」
「彼は一度死んでいますからね。魔王を倒そうと倒すまいと、力の回収は簡単なんですよ、割と。変身型の勇者はいろいろ手間がかかるんですよ」
大変なんですからね、という顔だ。
もっと詳しく聞いてよ、愚痴らせてよ、という顔だ。
「孫は大丈夫なんですか? 第一子の子供」
「……ええ、魔王がその時に存在していなければ、関係はありません。あなたの第一子は、魔王がいなくても勇者の力が受け継がれますけどね。なぜ、そうなるのか、詳しく説明すると……」
「あっ、聞いてもよくわからないからいいです」
「そんなこと言わないで聞いてくださいよ。私だってたまには愚痴りたいんです。大変さを共有してほしいんです」
あれがあれで、これがこうで、調整がシビアで、もう大変すぎて、みたいなことを延々と話すルシディア様。
それを適当に聞き流しながら、子供のことはルースには話さない方が良さそうだ、と思った。
ほら、ルースって、子供に戦わせるくらいなら、俺が魔王を先に倒す、とか言いそうだし。
◇
「じゃあ、行ってきます」
私は言うと、ザックと一緒に家をあとにした。
明るくなってきた山道をテクテク歩く。
「ねえ、なんで、並んで歩かないの? なに? 恥ずかしいの? 母さん恥ずかしいの? 誰も見てないのに恥ずかしいの?」
さっきから、ザックが遅れて歩いているのだ。
「いいじゃん別にさ」
「息子と並んで歩きたいの。なんなら手をつないで歩きたいの」
親心の分からん息子だなあ。
「絶対ヤダ」
「なに? 今更、反抗期? うるせえ、ババアとか言っちゃう?」
「そんなんじゃないし」
「それともあれか。思春期こじらせちゃった感じか? 身内とのコミュニケーションに戸惑いを覚える感じか?」
「ああ、もう、母さんのそういうとこホント、鬱陶しいんだけど」
「じゃあ、後ろ歩いてもいいから、なんか話してよ。彼女の話とかさあ。モテるんでしょ、あんた」
「なんで、そうピンポイントで話しづらいこと聞いてくるんだよ」
「親が本当に知りたいのは、子供が話しづらいことだからよ」
息子と会話しつつも、先行する旦那様の位置はしっかり把握していますよ。
さてさて、魔王をサックリ退治してきましょうか。
◇◇◇
ガルレムト王国が王ラウエル・ゴルトがその正体を現したのは、戴冠から3年後のことだった。
毎年、彼の戴冠を祝う祝祭。民衆を城に招き、バルコニーから声をかけるのが慣習となっていた。
勇者を倒してからすでに、14年。
すでに7回目の転生体である魔王は、慎重には慎重を期し、正体を隠したまま、自身の眷属を増やしていた。
ときどき、思いだしたかのように起こる、暴力と破壊の発作。
それらを慰めるために、村を破壊し、神殿を破壊し、密かに暴れ回った。
だが、それすらも、もう限界だった。
常に起こる暴力と破壊の衝動。残虐性。
すでに身内や城仕えの者たちは殺しつくし、人ならぬ者にすげかえた。
余を止める者は誰もおらぬ。
ラウエルは、集う民衆たちの前で、その異形なる姿を現した。
漆黒の肌。背中に生えた六枚の翼。
体からあふれる、黒く禍々しい光。
悲鳴を上げる民たちに、ラウエルは告げた。自身が500年の時を経て復活した魔王であること。
すでに勇者は倒しており、自分を阻むものはないこと。
そして、今から、この場にいるものを殺しつくすこと。
「人間たちよ。余を楽しませよ。貴様らの悲鳴が、絶望が、余にとってはなによりの快楽なのだ」
魔王ラウエルが右手首を上に向けて、くいっと返すと、100人近くの民衆が空へと浮き上がった。
高く、高く。
悲鳴と怒声をあげ、暴れる人々。
それがオレンジの炎に包まれた。空中で彼らはゆっくりと焦げていく。
苦悶し、のたうつ。
それを見上げていた地上の人々は、頭上で行われるあまりにも残酷なショウに、声すらでない。
やがて、黒焦げになった100体もの焼死体が、地に落ちる。
そこで始めて、民衆たちは逃げ出した。門へ向けて殺到する。
魔王は高笑いして、それを見守った。
じっくり、時間をかけて、破壊しよう。
より残虐に殺していこう。
余は十分に耐えたのだから。
その日、ガルレムト王国王都ガロンスターは消滅した。
生き残った人間は誰一人いなかった。
◇
魔王ラウエルは急がなかった。
眷属たちを増やしながらも、彼らを率いて、街に現れ、建物を破壊し、人を殺した。
はなから支配などするつもりはない。ただ、破壊し、殺すだけでいい。
魔王にとって殺戮と破壊こそが、心を潤す糧となるのだ。
ガルレムトから国外へと避難する者たちが増えた。逆に、魔王を退治しようと、かの国へと入る者たちもあった。
冒険者。それに『光の矢』に所属する各国選りすぐりの精兵たち。
だが、彼らの誰一人としてガルレムトから戻ることはなかった。
魔王ラウエルは2年間かけて、ガルレムト全土を焦土に変えた。人間は、誰一人生きることない大地。
ただ瓦礫と荒野の広がる国。
ルシディア教皇はついに立ち上がった。
自ら神聖騎士団を率い、魔王討伐に向けて進軍を開始したのだ。
ルシディア教皇だけではなかった。ガル王国、ヴァクテイン王国、クルネド王国とガルレムトの近隣諸国の王は、座して魔王の手にかかるよりは、と兵を率いてガルレムトへ向けて進軍。
総勢20万人ともなる各国軍はガルレムトを包囲し、ゆっくりとその包囲網を狭めていた。
南東から攻め入ったヴァクテイン王国軍の前に魔王が現れたのは、ただの偶然だった。
国境近くの大森林地帯。
そこに避難し逃げ込んだ人間たちを大火によって文字通り炙り出し、殺しつくしたあとに、ヴァクテイン王国軍を見つけて、ふらりと立ち寄っただけだった。
空中から荒野を進軍するヴァクテイン王国軍を見下ろし、さて、どのようにすればより楽しめるだろうか、と魔王ラウエルは思案した。
その気になれば一時間もかけずに皆殺しにすることが可能だろう。
だが、それでは面白くない。
人間たちから恐怖と絶望を絞り出すのが、なによりも愉快なのだから。
やはり圧倒的な力を見せつけ、絶対に勝ち目のないことを思いしらせることにしようか。
魔王はそう結論をづけた。
皆殺しではなく三分の一程度は生かして返そう。恐怖と絶望を植え付けた者たちを。
ヴァクテイン王国軍の前に、突如、青い金属肌の巨人が現れた。
全長20メートルは越えるだろう。
その右手の平に立つのは漆黒の肌と六枚の翼を持つ魔王ラウエル。
大音声が荒野に響いた。
「余こそが、そなたらが敵と狙う魔王ラウエルである。これぞ絶好なる好機であるぞ。さあ、存分に攻めてみよ」
ヴァクテイン王国軍は混乱の極みにあった。
それでも、隊列を乱さず、すぐに弓兵部隊が雨のような矢を放つ。
矢は魔王はおろか巨人にすら届かなかった。
まるで見えない壁にでも刺さったかのように、空中で停止したのだ。
さらに、そこから、クルリと反転し、射手の元へと帰っていく。
ならば、と今度は遠距離攻撃スキルを持つ者たちで編成された部隊が、スキルによる一斉攻撃をしかける。
火炎弾、光矢、真空波、様々なスキルが巨人めがけて飛ぶ。
だが、それらも届かない。
空中で消滅してしまう。
騎馬隊が突撃をかける。
巨人の足に槍を突き刺そうとするが、馬速を利用した一撃すら、巨人の肌にかすり傷も負わせることはできなかった。
巨人が一歩を踏み出す。
騎馬隊が蹴散らされる。
巨人が腰をかがめて口から炎を吐き出した。
ヴァクテイン王国軍は炎に巻かれ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
その時だ。
ヴァクテイン王国軍の中から、一条の光が伸びた。
それは空から降りそそぐ炎の壁を割り、一直線に魔王ラウエルの元へと突き刺さった。
驚き、振り返る魔王ラウエル。
魔王の眷属たる巨人の体が二つに割れている。
「貴様、生きていたか……」
割れた巨人の先に浮かぶのは、黄金の光を身にまとった青年の背中だった。
勇者の顔は見えないが、その気配だけははっきりと記憶している。
魔王ラウエルの体の中央に縦に線が走る。そこから、ゆっくりとズレていった。
勇者ルーシフォスは振り返った。
さらに一刀。巨人を上下に分断し、その先の、魔王を四つに割る。
その目には勝利の喜びはない。
ただ、一切の油断なく、魔王の欠片が黒い塵となっていくのを見守るのみ。
魔王討伐に旅立ったルースは、ヴァクテイン王国軍の義勇兵部隊に身を隠し、時を待った。
魔王が自身の前に現れること。それが間違いなく魔王であると認識できる瞬間を。
そして、ついにその時は来て、彼の念願は成就されたのだ。
巨人が割れ、死体も残さずに塵となり、魔王も同様に無へと帰す。
ルースはゆっくりと大地へ下り立つと、大きく息を吐いた。
何事が起こったか、と戸惑っていたヴァクテイン王国軍。どうやら、目の前の黄金の光を纏う青年が、魔王を滅ぼしたらしい。
ようやく、その認識へといたる。
大歓声が起こった。
大地を揺らすような声の爆発。
誰もが青年を伝説の勇者であると認めていた。
勇者は生きていた。
そして魔王を滅ぼした。
ルースは歓声に包まれながら空を見上げた。
「やったよ。フラワ」
そして、この勝利を与えてくれた二つの命に報告する。
「魔王は倒しました。ロイドさん、ベルカーラさん」
吸い込まれるような眠気に誘われ、ルースはその場に倒れた。




