フラワは寝ていたわけではありませんぞ
気が付いたら、白い世界に立ってた。
あれ、なんか、ここ覚えてるぞ。
ほら、あれ、あれ。
ジョブチェンジ。
そう、ロベリアンネ様にあったところだ。
すううっ、て目の前に光が集まってきた。
それが人型になる。
光のシルエット。長い髪のナイスバディ。
うん、このいい体は見覚えがあるぞ。
ベルカーラさんだ。
「フラワ、元気?」
ベルカーラさんが言った。
「よくわかんないですけど。元気っぽいですよ。ベルカーラさんこそ、めちゃくちゃ光ってますけど、大丈夫ですか?」
「フラワ、死んじゃったでしょう?」
「えっ、私、死んじゃったんですか?」
「私に聞かれても困るけど、フラワが死んだからこうなってるんだよ、きっと」
ホワワワって変な声が口から出た。
ええと、聖女様に会って、魔王の眷属が現れて、モンスターが空から降ってきて、逃げて……。
そうだ、ルースが。
ルースの胸から手が生えて。血がドバッてあふれて。ルースが死んだ?
なんか、ルースのあとに私も死んだっぽいな。
「すみません、死んじゃいました」
えへへへ、となんとなく照れてしまう。
「仕方ないよ。たぶん、魔王が直接来たんだと思う。ルースも一緒に死んだみたいだし」
「はあ、せっかく彼氏ができて、幸せいっぱいな日々を送ってたのになあ」
「フラワ、腐ってたけどね」
「それでも幸せだったんですってば」
「とにかく、私とロイドは行くから。あと、頑張りなさい」
「えっ、ベルカーラさんたちも死んじゃったんですか? まさかの全滅?」
「違うでしょう。身代りのスキル。忘れたの?」
ベルカーラさんの声が、めちゃくちゃ尖がった。
シルエットだけだからよくわかないけど、めちゃくちゃ睨まれてる気がする。
身代りのスキル?
なんか、ぼ~、として頭が働かないんだよね。
なんだったっけ。
そもそも、なんで、二人と別行動したんだ、私。
ふいに記憶が蘇った。
そうだ。あの夕日。
木々も空も真っ赤に染まって。
あの時、契約したんだ。
身代りのスキル。
死にゆく者の代わりに使用者が死ぬスキル。
ひえっ、と、つい声が出てしまった。
そ、そうだ。なに忘れて、のほほんとしてるんだ。
だから二人は私たちから離れたんだ。
安全で敵の目のつかない場所まで。
いざというときに、私たちの代わりに死ぬために。
「す、すみません、死んでしまって。ごめんなさい」
「ああ、それはいいよ。ロイドと一緒に死ぬって決めてたし。あんまり気にしないで」
あっけらかんと言われたけど、気にするって。身代りに死ぬって、なんちゅうスキルよ。
「気にしますよぉ。あんなに、いい体したベルカーラさんが、私のために死んじゃうなんて」
「時間がないから、泣かないの。フラワ、ルースを頼むね。魔王を倒したあとのこともちゃんと考えさせなさい。じゃないと、彼、魔王と一緒に死ぬよ」
「わかりました。今度は私が身代りになって」
「違う」
怒鳴られた。
「フラワはルースの帰る場所になってあげるのよ」
「は、はい」
「じゃあ、そろそろ行くからね。いい? 魔王が出てくるまで隠れ続けるのよ。戦うときは必ず勝つ」
「はい」
ベルカーラさんが抱き着いてきた。
うわっ、柔らかくて気持ちいい。
これが大人の女の感触というやつか。
「さようなら、フラワ。楽しかったよ。ルースとたくさん、セックスしなさい」
「はいっ、たくさん、やったります」
涙声で言った。
ベルカーラさんは、私の背中をポンポンと叩くと、離れた。そのまま、背中を向けて、歩いていく。
ふっ、と、そのうしろ姿が消えた。
ロイドさんのところに行ったのかも。
ごめんなさい、ベルカーラさん、ロイドさん。
二人がくれた命。絶対に無駄にしませんから。
◇
う~ん。
暇だ。
なんか、ずっとこの白い世界にいるんだけど。どうしたらいいんだろう。
いちおう、歩き回ってるんだけど、全然、景色は変わらないし。
ていうか、ひょっとして迷った?
やばいぞ。
ここで迷って復活できなかったら、ドン引きだぞ。
ベルカーラさんが、せっかくくれた命を、すごい無駄にしちゃうぞ。
半泣きになりながら、さらに歩き続ける。
すると、いきなり、ものすごく強烈な光が起こった。なんか、脳みそを焼くような、フラッシュ。
うう、目が、目がぁ~。
両目を押さえて転げ回った。それでも、光は収まらない。目を閉じても、手で押さえても、まぶしさを感じる。
まぶしいというか、もう痛い、痛いぞ。
それが急に終わった。
「ずいぶんと待たせてしまいましたね」
声がした。
見ると、目の前には美女がいた。
腰までの長い銀髪に、透き通るような肌に黄金の瞳。
なんだろう、神々しいって感じ。カテゴリー的には人間の女性である私と、同じ形なんだけど、もう存在そのものが違うっていうか。
しいていうなら、前に会ったロベリアンネ様に近いけど。ロベリアンネ様よりもっと神々しい感じがする。
「私はルシディア。光と闇の神ルシディアです」
優しく微笑んで美女が言った。
「ルシディアって、あのルシディア様ですか。創造主っぽい位置づけの。最強、最高の女神様の」
ホワワワ、やばいのきたよ。
「そうですよ。そのルシディアで間違いありません。私がナンバーワンです」
ドヤった。
「はあ」
「ところで、私はここのところ、とても困っています」
頬に手を当てて首をかしげて言った。
なんかわざとらしいな。
「そうなんですか。大変ですね」
「なんだか心がこもっていませんね」
「まあ、神様に困られても、いまいちピンときませんから」
「フラワはマミとそっくりで、ドライですね」
「お祖母ちゃんを知ってるんですか?」
「もちろんです、私がこの世界に呼びましたからね。聖女アーナは自分たちが呼んだと思っていますが、人たる身でそんなこは不可能。実は私がやりました」
えっへん、みたいな感じでものすごく自慢げだ。
なんか、神々しいオーラに反して、薄っぺらい感じがするんだけど。
「やはり、マミの血を引いてるだけあって、私と波長が合いますね」
うんうん、としみじみ、うなずいてる。
「もう、ロベリアンネをクビにして、マミをスカウトしようかしら。あの子、カリカリしすぎで疲れるのよね」
なんか人間が聞いてはいけないような、ひとり言をいってるぞ。
「あの、それで、私、生き返ってもいいんですか? ベルカーラさんの身代りのスキルで生き返れるんですよね」
「大丈夫。もう生き返ってますから」
へっ、なにそれ。
意味がわからん。
「ただねえ。ほら、あなたステータスの上がり方が異常だったでしょう? それ、本来はマミが勇者のために使ってくれって、返上したステータスなんですよ」
「えっ、そういうことだったんですか。やたら成長するなあとは思いましたけど」
「それで、あまりにもステータスが高くて、ベルカーラの命では覚醒まで至らなかったんですよ」
「ええと、じゃあ、生き返ったけど、眠っているみたいな感じなんですか?」
「いいですね。無駄に察しのいいところとか、マミそっくり。ええ、そんな感じですよ」
「それで目を覚ますには、どうすればいいんですか?」
「その前に。ちょっと、私の事情を聞いてください。私は困っているんですからね」
知らんがな、と思ったけど、ルシディア様は勝手に話し始めた。
「ちょっと長くなりますよ。そもそも、魔王と勇者の戦いとはなんだと思います?」
「ええと、コップの水がなんたらかんたらとか。ルースがそうルシディア様から聞いたって言ってましたけど」
「たくさんのコップがあって、水をどんどん入れ替えていくわけですよ。すると、当然、少しずつ水がこぼれていくじゃないですか」
ええと、いきなりなんの話なんでしょうか?
「コップの中身の水を足すのは簡単ですが、テーブルを拭くのはちょっと大変です。だってテーブルには、コップがたくさん載っているんですからね。あら、テーブルを拭かないと、なんて思っている間にも、どんどんコップを入れ替えていて、いつの間にやらビシャビシャです」
えっ、コップの話まだ続くんですか。
「そこで私は考えました。テーブルに少し傾斜を付けてやってはどうかって。そう、あらかじめ、中央をへこませて、そこに向かって、すり鉢状に傾斜をつける。そうすることによって、こぼれた水は自然とまん中へと集まっていく。あっ、コップを置きにくくなったとか、倒れやすくなったとかは考えなくていいですよ。例え話ですからね」
その例え話がまったくピンとこなんですが。
「すると、今度は、中央に溜まった水をどうするかって問題が生まれます。まあ、拭きとるしかないですよね。中央近辺のコップをどかさないといけませんけど、手間を考えれば大したことではありません」
「ええと、その溜まった水が魔王で、拭くのが勇者だってことですか?」
「そういうことです。そして、中央近辺でどかしたコップはそれによって起こる被害だと考えてください。水が溜まってくるのが、だいたい500年に一度ということになります。ちなみに、これを拭かずに放っておくと、最終的にはテーブルが倒れます。あるいは、傾斜を付けず、ただ濡らすままにしておけば、移し替える作業が段々困難になっていき、最終的にはやはりテーブルが倒れてしまいます」
「テーブルが倒れると、どうなるんですか?」
「世界が消滅します。私もその反動で消滅します」
「じゃあ、ルシディア様の考えた方法は、世界を長持ちさせるためで、とっても優れてるってことですね。500年に一回、魔王と勇者の戦いが起こって、犠牲が出るけど、その程度なら些細なことだって」
声が尖がった。
必要悪で片付けられたら、こっちはたまらないよ。
「それがねえ」
ふうっ、とルシディア様がため息をついた。
「最初の頃は良かったんですよ。魔王も愚かだったので。魔王より強いくらいの勇者を用意すれば済みました。ただ、これは誤算だったのですが、魔王は前世の記憶を持ち越すことができたんです。魔王クラスの力を持つ者が記憶を維持し続けるというのは、非常にやっかいで、勇者を強くしても、対抗するようになってきたんです。勇者が負けるようになったんです」
「でも、勇者は負けてもいいんですよね。ただ、100年くらい魔王が暴れ回るだけで」
そうルースはルシディア様から聞いたって言ってた。
「はい。魔王として顕現させた時点で、処理としては半分終わっているようなものですから。放っておいても、テーブルが倒れることはないんです。そのうちに魔王は消滅します。ただ、どれだけのエネルギーを残していたかで、被害の規模が変わりますけどね。攻撃性と残虐性の塊のような存在ですから」
「ちなみに、今回、ルースがあのまま生き返らなかったら、どれくらいの被害が出るんですか?」
「魔王が消滅するまでに、人類の3割が死にますね。あなた方の住んでいる大陸西方では生存者はほぼいなくなるでしょう。なにしろ、まったく魔王は消耗していませんから。打倒勇者という目標を達成したあと、魔王は徐々に、その本質を現していくことでしょう」
ヒ、ヒエッ。
そんなにひどいことになるの。
「そこで、今回は、私も手を打ちました。聖女アーナに、魔王の復活が迫っているから準備した方がいいですよ、と忠告したわけです。本来、一度創り上げた世界に干渉しすぎるのは良くないのですが、そうも言っていられませんから。ただ、それでも厳しいな、というのが私の予想でした。魔王は復活と同時に、勇者を探すでしょうし、一方的に勇者が殺される可能性が高いと考えられました」
前世の記憶を持ったまま転生したら、そりゃあ、なんとしても勇者を探すよね。
ていうか、よく、今までの勇者、やってこれたなあ。
「そこで、私は聖女アーナに密かに手を貸して、別の世界からマミを呼び寄せました。マミの世界は、こちらの世界と違って、コップの大きさが大きいんですよ。その分、中身も多いんですよね。あっ、別に中身やコップの大きさがいい悪いというものではありませんよ。あくまで例えですからね。それぞれの世界にあった、やり方があり、メリットもあれば、デメリットもあるんです。例えば、マミの世界は、スキルやステータス値などの魂の力は出しづらいのです。私からしてみれば、マミのいた世界は肉体に対する依存が強すぎますね」
その世界によって適した大きさがある、みたいなことかな。よくわからんけど。
「ところで、ステータスやスキルは、どういものなのか分かりますか」
「能力の強さというくらいしか分かりませんけど」
「あれは魂の力を神々が方向づけて、発現させているんですよ。この世界はフィジカル的に人間では手に終えない生物が多いですからね。魂で肉体を強化しなくては、すぐに絶滅してしまいます。生きづらい世界ですよ、まったく」
いやいや、あんたが造ったんでしょうが。
「ロベリアンネを始めとする私の眷属たちは、それを管理しています。そんなに忙しい仕事でもないのに、不平不満が多い、ダメな奴らです。ちょっと無茶ぶりすると、すぐに反抗したり、サボったりするんです」
なんか愚痴ってる。いろいろダメな上司っぽいぞ。ルシディア様。
「さて大きなコップで、中身もたくさんのマミは、魂の力もたっぷり。それは、この世界においてステータスの上昇率として発現します。簡単に言えば、あちらの世界では凡人だったマミも、この世界では、ものすごい優秀なわけですね。レベルアップすれば、勇者も越えるくらいです。コツコツ貯蓄して、勇者を一人生み出すよりも、あっちの世界から一人もらってきて、鍛えた方が強くなるという。そういう裏技を私は見つけてしまったのですよ」
そんなことして、あっちの神様から怒られたりしないのかな。
「まあ、あんまり頻繁にするのは、まずいでけどね。ともかく、私の思惑通り、マミ・ヤマシロは最強の存在となりました。聖女アーナの元異世界人マミ・ヤマシロは、勇者を助け、魔王を撃破するはずでした」
「でも、お祖母ちゃん、もう結構な年ですよ」
「そうです。それこそが誤算だったのです。手遅れよりは良いか、と、早めにマミを召喚したのですが、早すぎました。魔王と勇者が生まれる時期を正確に算出できたときには、マミがこの世界に来て十年の歳月が流れていました。私は彼女に接触し、説得を試みました。すべての事情を話し、魔王と勇者が現れるまで眠りにつきませんか、と」
ルシディア様が深い深いため息をついた。
「マミはとても怒りました。ふざけるな、と。私の青春を返せ、と。こんなマンガもアニメもゲームもない世界で、十年間も修行させやがって、と。こっちは、魔王を倒すために異世界チートも自重してきたんだぞ、と」
「勇者には、すごいイケメンを選ぶから、と私は彼女を説得しました。けれど、マミには当時、好きな男性がいました。冒険者として、何度かマミを助けた青年です。もう異世界人は引退して普通の女の子になって結婚する、と勝手に引退宣言をして、私にステータスを返上していきました。あっ、普通の人間にはそんなことできませんよ。マミだからこそ、そして私だからこそできたわけです。ちなみに、彼女が、【かしこさ】、だけ返上しなかったのは、それを使ってマンガを描きたかったからでした。マミのマンガに対するあくなき執念を感じますね」
なんか、すげえ、お祖母ちゃんぽいよ。
でも、そうか、なんか、私の【かしこさ】が上がらなかった理由がそれっぽいぞ。
「さて、私はとても困りました。頼りにしていたマミには罵られるし、逃げられるし。今回の魔王はかなり強そうだし。変身型に変わる勇者のネタもないし。いえ、いいんですよ。別に、勇者が負けても。人類が、何億人死んでも。私は手を尽くしたんですからね。テーブルさえ、ひっくり返さなければ世界は消滅しないんですから」
なんかいじけ始めたぞ。
面倒な神様だな。
「そんな困っていた私に救世主が現れました。それがあなたです、フラワ・パンダヒル」
神様から救世主とか呼ばれるの、ものすごく抵抗があるんだけど。
「もともとマミからもらい受けたエネルギーは、勇者の仲間に与えるつもりでした。今回の勇者ルーシフォスは非常にピーキーな仕様にしてあります。魔王ないし、魔王の眷属を認識後にようやく、勇者の力を発揮できる。さらに、万が一にも正体がバレないように、通常時は最弱ステータス。ただ、あまりにも弱くしすぎてしまいました。護衛がいなくては危ないほどに。私は眷属たちに口を酸っぱくして、勇者ルーシフォスの護衛となるような人物を選定するように言い渡しました」
ていうか、もうちょっと加減しなよ。なんで、そんなに弱くするの。おかげで、ルースが何度危ない目にあったことか。
「そんな時です」
ルシディア様がいきなり大声をあげた。
「あなたがロベリアンネの元へと現れたのは。これはもう、運命に違いないと思いましたね。フラワ・パンダヒルを勇者ルーシフォスの護衛にしなくてはなるまい、と」
神様が運命とか言うと、すごいシュールなんだけど。ていうか、なんか、行き当たりばったりな神様だなあ。
ちょっとロベリアンネ様に同情したくなってきたよ。
「ロベリアンネに命じて、マミから貰ったエネルギーをあなたに与えました。【かしこさ】だけは、マミがくれなかったので上がりません。残念」
ふうい~、とルシディア様が大きく息を吐いた。話は終わりました、みたいな。
「それで、ルシディア様はなにをお困りなんですか? 困ってるって言ってたじゃないですか」
「二つ問題があるんですよ。一つは、魔王が、ある高貴な身分であること。非常に影響力の強い人間を器としています。正体をあらわさずに暴虐を行えるだろう地位にあります。まあ、これは時間が解決するでしょう。魔王の性質上、いつまでも正体を隠し続けはしないでしょうから。問題は、もう一つ、あなたの子供のことです……」




