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山奥の村でした

 テウスからロイ村まで半日かかった。

 ミレットさんは、フラワの悪口ばかり言ってたけど、わざわざ案内してくれたから、そう悪い人じゃないのかな。


 それに、口ではなんだかんだ言っても、やっぱりフラワのことが好きだったのかもしれない。

 別れ際、「早いとこ、正気に戻んなさいよ。あんたには言いたいことがいっぱいあるんだからさ」なんてフラワに言ってたもの。


 ミレットさんが案内してくれたのは、学校だった。フラワが通っていた学校。大きな木造の建物で、窓から覗くと、7、8歳の子から14、5歳くらいの子までが、机に座って授業を受けていた。


 授業をしているのは、30歳くらいの女性で。眼鏡をかけた上品そうな人だった。

 フラワとミレットさんの恩師、モリア先生だ。

 

 授業風景を眺めながら休憩時間を待つ。

 隣でフラワは、ぼんやりと立っていた。


 やがて、子供たちが外に飛びだしてくる。

 モリア先生も子供たちに交じって、外に出た。


 授業中、俺たちのことは見えていたはずだけど、何度も目を向けるようなことはなく、授業を続けていた。

 真面目できっちりした人なのかもしれない。


「久しぶりですね、フラワさん。ブレン・ブルーでは元気にやっていましたか?」

 モリア先生はフラワに笑いかけた。

 しかし、反応のないフラワに、眉をひそめる。


「フラワは調子を崩していて。彼女の祖母が治癒師ヒーラーと聞いたので、治して貰えるかもしれないと連れてきたんです」


「なるほど、フラワ・パンダヒルにしては落ち着いていると思いましたが」

 それから眼鏡の位置を直して俺の顔を見る。

「あなたは?」


「ルースです。フラワの恋人です」


 モリア先生は俺とフラワを交互に見て、最後に深いため息をついた。


「まさかフラワ・パンダヒルに先を越されるとは」


「はい?」


「いえ、ただのひとり言です」

 言った後に、またため息をついた。

「しかも、こんなイケメンを」


「あ、あの……」


「事情は分かりました。フラワの実家に行きたいということですね」

 キッ、と俺を睨むようにして言った。

「あと、あなた。そんなキラキラした顔で村を歩かない。純朴な村の少女が毒されてしまうじゃないですか」


「えっ、キラキラって。いや、よくわからないんですが」

 なんか悪いことをしたみたいだけど、意味がわからないぞ。


「どうやって、フラワの毒牙にかかったか知りませんが。ともかく、フラワの父に会わせましょう。この村で働いていますからね」


「フラワのお父さんが、ここにいるんですか?」


「一番上の姉もいますよ。嫁いでいますけどね。なんならそちらに案内しても構いませんよ」


「お姉さんまで……」

 フラワに二人の姉がいることは聞いていたけど。


「まさにパンダヒルの女という感じですよ。あまり会いたいとは思いませんね。私は」


 モリア先生は年長の生徒たちに指示を出すと、俺に言った。

「ついてきなさい。案内します」



 モリア先生に連れられてきたのは村の真ん中にある建物だった。古めかしくて大きい。小さな家なら三つくらい入りそうだ。


「役場です。フラワの父、ミック・パンダヒルはここで働いています。ここで待っていなさい」

 言うとモリア先生は役場へ入っていった。


 すぐに、戻ってきた。

 背の高い中年の男性が後からついてくる。


 フラワの父ミック・パンダヒルは、あまりフラワに似ているところはなかった。

 白髪交じりの茶色い髪。高い鼻に鋭い目。少し強面。シャツにネクタイを締め、きちっとした雰囲気だった。


 ミックさんは、フラワを見て、それから俺を睨みつけるように厳しい視線を向けながら、近づいてきた。


 緊張して変な汗が出てくる。

 怒ってるよな。それはそうだ。娘がこんな風になっていて。恋人を名乗る男がきたんだもの。


 ミックさんが俺の前に立った。じっと俺を見下ろす。


「あ、あの、俺、ルースです。フラワの……」


「君、早まってはいけない」

 ミックさんが大きな声で言った。

「考え直すんだ。私のようになってはいけない」


「えっ、あの……」


「パンダヒル家に婿入りするのは、とても大変なんだ。女性なら他にもたくさんいる。悪いことは言わない。他の子にしておきなさい」


 圧倒されていたけど。

 だけど、ひと言だけ言い返したかった。


「でも、フラワは一人しかいませんから」


「決意は固いというわけか。確かに、私もサクラと結婚したときは、彼女しかいない、と思ったわけだが」

 うん、うん、とうなずく。

「これが、パンダヒル家に婿入りじゃなかったらなあ。私も別に……」


「あの、フラワが、その、調子が悪くなっていて。フラワのお婆さんが、治癒師ヒーラーだって聞いたので、治してもらえたらと」


「うん? フラワがなにかおかしいのかね。相変わらず、我が娘ながらのっぺりした顔をしてるなあ」

 ミックさんは、ぼんやりしているフラワを眺め、腕を組み、最後は首をかしげた。

「別に、普通だが。どこか、おかしいかね?」


「ぼんやりしてるじゃないですか。ほら、フラワはもっと元気いっぱいですよ」


「う~ん、うちはみんな気性が激しいというか、荒々しいというか、けたたましいからなあ。フラワは割と、大人しめだったし」


「えっ、フラワが大人しい方なんですか?」


「フラワはお義母さんと気が合ってね。マンガばかり読んでいて。静かなもんだったよ」


 なんか、パンダヒル家に行くのが怖くなってきた。




 ミックさんは仕事を早退して、俺たちをパンダヒル家に連れて行ってくれることになった。


 途中、山道を歩く。

 フラワの手を引く俺。

 その隣を歩くミックさん。


「これで残るはあと一人だなあ。あいつも、なんとかならなんかなあ」

 ミックさんがつぶやいた。


 あいつというのは、フラワの二番目のお姉さんのトゥリさんのことらしい。


「トゥリまで、義姉さんたちみたいになったら、たまらないよ」


 ミックさんの奥さんのサクラさんの二人の姉、つまりフラワの伯母さんたちは未婚で、一緒に住んでいる。


「彼女たちは、結婚という言葉にとても敏感だからな。くれぐれも気を付けてくれ。年齢も、絶対に聞いてはいけないぞ」

 真剣な顔でミックさんは言った。


「あの、フラワのお婆さんは、どういう人なんですか?」


 聖女様は異世界からこちらの世界に呼んだって言ってたけど。


「お義母さん? いい人だよ。だけど、怒ると怖いな。たぶん、うちで一番怖い人だ。横暴な義姉さんたちも、お義母さんには逆らわないからな」


 ミックさんは、フラワが何をしていたのか、とか、どうしてこうなったのか、とかあまり気にならないようだった。

 聞かれたら、嘘をつくことになっただろうから、ありがたかったけど。


 山道を歩くこと一時間あまり。

 木々の開けた平地が見えた。


 赤い三角屋根の家を中心に、平屋が三つ並んでいる。

 フラワの同級生のミレットさんは掘立小屋なんていってたけど、全然そんなことはない。立派な家だった。


 家の奥には、とても大きな木が立っていて、その枝の下にパンダヒル家は入っていた。


 赤い家の軒下のベンチに、お婆さんが座っていた。

 俺の視線に気が付いたのか、顔を上げる。


 ああ、本当にそっくりだ。

 マミ・パンダヒルは、びっくりするぐらい、フラワとよく似ていた。



「そう、アーナ様が……」

 マミさんは言うと、寂しげな顔で本棚を見た。


 図書室。そう呼んだ方がいいくらい、本があふれた部屋。

 四方の壁はもちろん、広い部屋の大半を本棚が埋めている。もちろん、その本棚だって、ビッシリと本が入っている。


 俺とフラワ、それにマミさんは、窓際のテーブル席についている。

 それにしても、近くで見ても、本当にフラワそっくり。

 シワを失くして、髪の毛も黒くなったら、見分けがつかないかも。


「最後まで看取みとったわけじゃないですけど。たぶん……」


 ちょうど、聖女様に会った直後にモンスターの大軍が降下してきたところまで話したところ。

 マミさんには、俺が勇者だってことを話した。すべてを話して判断を仰ぎたかったんだ。


 カラカラとフラワがスプーンでお茶をかき混ぜる音。


 俺は話を続けた。

 次々と現れる魔王の眷属たち。

 それを撃退するも、眷属を倒した後に魔王に殺されたこと。

 あらかじめ身代サクリファイスりのスキルを使ってもらっていたため、復活できたこと。

 フラワと二人、生き返ったら、彼女はこの状態だったこと。


 道中、治癒師ヒーラーに鑑定してもらったらところ、レベル1に戻っていたこと。急激なステータスの低下が、原因かもしれないと言われたこと。

 

「事情は分かったわ」

 マミさんは、小さくうなずくと、微笑みを向けた。

「フラワがこうなった原因も、その解決策もね」


「治してもらえるんですか」

 つい声が大きくなった。


「ええ、大丈夫だと思うわ。フラワに【かしこさ】を渡すことになるのかしらね。ちょっと残念だけど」


「【かしこさ】?」


「ああ、ごめんなさい。気にしないで」


 そこで互いに言葉が途切れた。

 マミさんが本棚にひとつひとつ視線を移していく。


「マンガを描かれているって聞きました。フラワはマンガはすごく面白いって」


「私の来た世界。特に私の国では、とてもありふれたものだったのよ。私も大好きでね。この世界に来たばっかりの頃は帰りたくて仕方がなかったわ。もうマンガの続きが気になって、気になってねえ。アーナ様から、私が召喚された理由は聞かせてもらったかしら?」


「魔王に対抗するためだったと。あまり詳しくは……。その、とても弱っていらっしゃたので」


「私もルシディア様に会ったの。こちらの世界へ来て、ずいぶん経ってからだったけれどね。そこで詳しい事情を聞かせていただいたわ。そもそも、私をこちらの世界へ呼んだのは、ルシディア様ご本人だったの。

アーナ様や当時の教皇様は、無自覚にルシディア様の手伝いをさせられたのね。ルシディア様はおっしゃられたわ。このままでは、もう魔王に勝つことはできなくなると。魔王の力は増大していき、勇者の力を大幅に上回り始めていると。そこで、異世界から私を呼んで、足りない力を補う必要があったと」

 マミさんが、ハア、とため息をついた。

 


「それでねえ。魔王が現れるのは、まだ、数十年先だって言われたのよ。その時まで眠りについていてくれって。勝手なこと言うなって、腹が立っちゃってねえ。当時、好きな人がいて。まあ、つまり夫なんだけれど。だから、私は、ルシディア様に、私がこの世界で得た力の大半を差し上げて、アーナ様の元を去ったの。フラワのステータスが異常成長するのは、ひょっとしたら、ルシディア様のはからいかも。タイミングよくフラワが、ジョブチェンジしたものだから、私が差し上げた力をフラワにあげて、ルース君を助けるようにしたんじゃないかしら」


 マミさんはそこまで話すと、ぼんやりとしたまま、スプーンでカップをかき回しているフラワの頬に手を当てた。


身代サクリファイスり、だったかしら。そのスキルで生き返ったことで、得ていたエネルギーがフラワから離れたのでしょうね。少し待っていてね。ルシディア様とお話ししてくるわ」

 言うと、マミさんは目を閉じた。


 スプーンを動かすフラワの手がピタッと止まった。


 それから長い時間、そのまま待った。

 やがて小さな吐息とともにマミさんは目を開けた。


「ところで、ルーシフォス君。あなたはフラワとの結婚を考えているかしら?」


 いきなり言われて戸惑った。

 だけどそれに対する答えは、はっきりしていて。

 俺は迷うことなく返事を返した。


「はい。魔王を倒して、まだ俺が生きていたら、結婚を申し込もうと思っています」


「あら、ダメよ。何年先になるか分からないのに、女を待たせたりしたら」


「でも、俺、ロイドさんから……、身代りに俺のために死んだ人から、預かった命だから。魔王を倒さないと」


「もちろん、魔王は倒してもらいますよ。でも、そういう死亡フラグを立てるようなことはしちゃあダメよ」


「死亡フラグ?」


「ああ、そこに食いつかなくていいわ。流して。流して。とにかく、先に結婚しなさい。魔王が世の中に出てくるまで、まだ何年かかるかわからないんだから。張り詰めた気持ちで待ち続けていたら、いざというときに失敗するわよ。うん、今から、プロポーズしてちょうだい」


「えっ、い、今からですか。でも、フラワもこんなだし。俺、指輪もなにも……」


「そんなのはいいのよ。私も、娘のサクラも、五千年樹の下で、プロポーズしてもらったの。五千年樹の下で、キスして、結婚を申し込む。これだけでオッケー。誰にでもできる簡単な仕事です」


 な、なんか、マミさんの性格がフラワっぽい。目を閉じて、開いてから、なんか変な感じだ。


「さあ、行くわよ」



 あれ。

 なんで、こんなことになったんだろう?


 俺はパンダヒル家の奥に立っている、巨木を見上げて思った。


 幹の太さが20メートル以上ありそうだ。高さはどれくらいだろう。それこそ、空に届きそうな大きな木。


 その下で俺はフラワと向き合っていた。


 周囲にはパンダヒル家の人々がいて。

 俺たちを見守っている。

 フラワの父ミックさん。フラワの母サクラさん。

 フラワの姉トゥリさん。フラワの祖父ジャックさん。

 そしてフラワの伯母二人とマミさん。


「なんだって、私がフラワのプロポーズに立ち会わなきゃいけないのよ」

 フラワの伯母の一人、ウメさんが言った。


「そうよ、そんな暇があったら、私のお婿さん探してきてよね」

 もう一人の伯母、モモさんが言った。


 マミさんが二人の頭をゲンコツで殴った。

 ミックさんが大笑いして、フラワの伯母さん二人に睨まれている。


「イケメン、いいなあ。イケメン」

 フラワの姉トゥリさんが、俺を見ながら言った。


「家に引きこもってもイケメンは拾えませんよ」

 フラワの母サクラさんが言った


「さあ、準備はいいわ。ルース君、始めてちょうだい」

 マミさんが言って、満面の笑顔で親指を立てた。


 えっ、いや、始めてって言われても。

 フラワは、相変わらず、ぼんやりしているし。

 こんな彼女にプロポーズしても。

 しかも、なんで、フラワ家の人々に見守れらながらなんだ。


「照れることはないぞ、ルース君。さあ、早くプロポーズするんだ。私は君を仲間として迎えよう」


 ミックさん、さっき早まるなとか言ってたじゃないですか。


「冒険者の婿とは嬉しい限りだ」

 腕を組んでフラワの祖父のジャックさん。

「さあ、男ならガツンといけ」


 なんだか、もう逃れられないような状況だった。

 いや、フラワに結婚は申し込むつもりだったけど。

 それは、まだずっと先の話で。

 フラワが治って。

 魔王を倒して。

 そこから先のことだと思っていたから。


 その時、風に乗ってフラワの匂いが流れてきた。

 夏の森のような匂い。


 フラワに向き直る。

 一瞬、フラワが微笑んでいたように見えた。それはもちろん見間違えで。

 フラワはやっぱり、ぼんやりとしていた。


 だけど、その一瞬の見間違えの微笑みが、とても愛しくて。

 気が付いたら彼女の唇に唇を重ねていた。


「フラワ。俺、君が好きだ。俺と結婚してくれないか」


 もっと気の利いた言葉が言えたら良かったけど。俺には、ただそれだけしか言えなかった。


 俺を素通りして、遠くを見ていたような視線が、すっ、と俺に向いた。満点の夜空の星のようなキラキラとした瞳。そこに涙がうっすら浮かび。

 顔は笑みを浮かべていく。


「私も、ルースが好き。大好き。結婚する。やっぱり無しって言っても、結婚するから」


 フラワは勢いよく飛びついてきて。

 俺は彼女と一緒に後ろに倒れた。


「……フラワ、治って……、いつから……」


 頭がパニックだ。

 わけがわからない。


 フラワは太陽みたいな満面の笑顔で、俺を見下ろすと、頬ずりをしてきた。

 俺の涙が彼女の頬を濡らす。


「幸せにするからね。絶対」

 

 それって俺が言う言葉じゃないのか。

 

 口笛や拍手の音が、巨木に生い茂る葉が風に揺れる音に交じって、聞こえてきた。

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