君の故郷で
ブラド・オレンジから、フラワの故郷の近くの街テウスへ行くのは、少し大変だった。
主要道路から外れた道で、山をいくつも越えていかないとならない道で。
今まで、馬車を利用してきたけど。
それができなくなった。
万一のことを考えて、ブラド・オレンジで護衛を雇った。冒険者の三人パーティ。30代の男三人で、ランクはB。
テウスまでの護衛で300万エネル。
ギルドで、その金額を聞いたときは正直、迷った。
ハンズ・グリーンでは1000万円失ったけど、ロイドさんが俺に託した金は、それの30倍くらい残ってる。
300万エネルくらいはどうってことない。
それでも俺の価値観では、やっぱりすごい大金で。
迷った末に、Bランクパーティを雇うことにした。
これは必要なお金のように思えた。
信頼性。能力。人格。Bランクにいるってことは、そのどれもがあるってことだ。
Bランクに上るっていうのは、それだけ大変なはずだ。
危険があったとき、まず護衛対象の安全を最優先にしてくれるだろう。
お金をケチって、CやDランクだったら、命を失うよりは、って見捨てられるかもしれない。
それにハンズ・グリーンの件で凝りてもいる。1000万エネル失ったけど、あれは運が良かったんだ。
俺やフラワが殺されていた可能性もある。
ロイドさんやベルカーラさんがくれた命を失っていたかもしれない。
俺が二人に応える方法はただひとつ。
魔王を倒すこと。
その日まで、俺の命は俺だけのものじゃないんだから。
護衛の冒険者たちは、明るくて気さくで、余計なことはなにも聞かなかった。
楽しい旅だった。
失敗話や苦労話、そんなものを笑い話にして話してくれた。
彼らの掛け合いを聞いて、何度声をあげて笑ったかな。
それまで一人で考え込んで、頭の中が煮詰まっていたところがあって。
フラワがこのままずっと元に戻らなかったらどうしよう、とか。
魔王に勝てるのかな、とか。
そういうことばかり考えて。
だけど四人で旅した半月あまりは、そんなことはまるで考えなかった。
「じゃあな。頑張れよ」
「機会があったら、また雇ってくれ」
「治るといいな、彼女」
別れ際、そんな言葉をかけてくれた。
途中、モンスターに襲われたこともあったけど、彼らは、しっかりと俺たちをテウスへ送り届けてくれたんだ。
◇
「さて、どうしようか」
俺は宿に落ち着くと、一人つぶやいた。
いや、フラワは側に座ってるんだけど。
フラワの故郷は近くにあるはずだ。
だけど、その村の名前がわからない。
山奥のものすごい田舎って言ってたけど。
なにしろテウス自体が山に囲まれたような立地で。
山奥の村なんて周囲にいくらでもありそうで。
なにかヒントがあればいいんだけど。
う~ん、と腕を組んで考える。
フラワの名前を知っている人がいるかな?
フラワの知り合いがいれば話は早いんだけど。
いっそう、フラワ・パンダヒルを知りませんか? って聞いて回るとか。
パンダヒルって性は珍しいかもしれないし、うまくいくかもしれない。
ここが一番近い街なら、街でしか手に入らないものはここに買いに来るわけだろ。
それならそういう物を扱っている店の人なら知ってるんじゃないか。
本。いや、確か、フラワのお婆さん、マミ・ヤマシロ、いや今はマミ・パンダヒルかな。彼女がマンガを描いたって聖女様が言ってた。
となると、紙とかインクとか。
そういうものは、街にしか売ってないんじゃないか。
少なくとも、俺の故郷の村にはなかったし。
よし、っと立ち上がった。
紙を扱ってる店を探して、そこの店員にマミ・パンダヒルのことを聞いてみよう。
◇
テウスは大きな谷の底にある街で、真ん中に大きな川が流れてる。
宿の店主に聞いたら、紙を扱っている店は、橋を渡って川を越えたところにあるって言われた。
フラワの手を引きながら、歩く。
もう、これにもすっかり慣れた。
早足にならないようにゆっくりと。一定のペースを守って。
躓くようなところは、歩かない。
段差も極力避ける。
橋を渡ってそのまま進むと大きな通りに出た。すぐにオレンジ色の建物が目に入った。
『文具デンデロス』。紙やインクを扱う店はほかにもあるけど、ここが一番大きいらしい。
三階建てで、三階は住居になっているみたいだ。
カランカランとドアベルを鳴らしながら、中に入る。
背の低い飾り棚に、ペンやインク、絵具なんかが置かれている。紙も巻いたものがいくつも置いてあった。
ペーパーナイフや定規なんかもある。
奥のカウンターに30前後の男性が座って本を読んでいる。
俺はカウンターに近づくと、店員に声をかけた。
「なにかお探しですか?」
「物ではなくて、人を探しているんです。マミ・パンダヒルという方を知りませんか? あの、マンガというものを描いているらしいですけど」
「うちの昔からのお客さんですよ。なんでも先々代からの長い付き合いらしくて。マミさんの知り合いですか?」
「彼女、マミさんの孫なんです。その、今、調子を崩していて。家に送り届けたいんですが、どこにあるのかわからなくて」
俺の後ろで、ぼんやりとしてるフラワを指す。
店員がフラワを見て、痛々しそうな顔をした。
「そうですか。ロイ村の近くだと聞いたことがありますけど。私も詳しい場所までは。父が生きていれば良かったのですが、あいにく、半年前に……。そうだ。キュリアさんのとこに入った新人さんが、ロイ村から来たって言ってたような。その子に聞いてみたらどうでしょう。川向こうの『モロイ亭』ですよ。店主のキュリアさんに聞いてみてください。私、ザックからの紹介だと言えば大丈夫ですよ」
礼を言って、『文具デンデロス』を出た。
テクテクと来た道を戻り、橋を渡って戻る。
ザックさんが簡単な地図を描いてくれたので、迷うことはなかった。
少し奥まったところにある料理屋『モロイ亭』。
ちょうど腹が減ってきたところで、漂ってきた良い香りに腹が音を鳴らした。
「せっかくだから、夕食にしようか」
フラワに言った。
まだ夕食には少し早めだったからか、『モロイ亭』は空いていた。
広い店内にはカウンターはなくて、丸テーブルの席がいくつも置いてあった。
黒いワンピースに白いエプロンを付けたウェイトレスが、料理を運んでいる。
俺と目が合うとピタッと動きを止めた。
俺を見て呆然としている。
なんだか知らないけど、女の子がこんな風に俺を見てくることは、今までもよくあって。
ひょっとしたら俺が勇者だからなのかもしれなけど。とにかく、じっと見られたり、ジロジロ見られたり、ぼうっと見られたり、そういうのには慣れてた。
「すみません。店主のキュリアさんはいますか? 『文具デンデロス』のザックさんから聞いてきたんですが」
ウェイトレスの女の子は、はいっ、と大きな声で返事をして、タッタッタ、と料理の載ったトレイを持ったまま、奥の通路へ入っていった。
すぐに、白いコックスーツの女性が出てきた。30前半くらいだろうか。スラッとした活発そうな女性だ。
俺を不思議そうな顔で見ながら近づいてくる。
「私がキュリアだけど。どうかしたのかい?」
「あの、このお店にロイ村の出身者がいるって聞いて。この子、その、俺の恋人なんですが、調子を崩していて。彼女の実家がロイ村の近くらしいので、連れていきたいんです」
その言葉に反応したのは、キュリアさんじゃなく、さっきのウェイトレスだった。
「それ、私よ。ていうか、フラワじゃない。なにやってるのよ、あんた」
ウェイトレスがジロジロとフラワを見る。
「なんか、変じゃない? ぼ~、としちゃってさ」
「いろいろあって、弱っているんだ、彼女。それで、彼女のお婆さんが治癒師だって聞いたから、ひょっとしたら治せるかもって思って。君、フラワの友達なの?」
「友達? 全然、そんなんじゃないわ」
照れてる感じじゃなくて、本気でムッとしている感じだった。
「ただのクラスメイト。フラワと友達なんて、とんでもない誤解よ」
「じゃあ、彼女の家の場所知っている? 案内して欲しいんだけど」
「山奥だってことは知ってるわよ。山奥の掘立小屋よ。田舎者の野蛮人なのよ。サルなのよ」
カチンときた。彼女がフラワとどういう仲だったのか知らないけど、そんなにボロクソに言わなくてもいいじゃないか。
「フラワは素敵な子だよ。優しくて、頭も良くて、明るくて、気遣いもできて。そんな風に言われるような子じゃない」
俺の言葉に、ウェイトレスの子は目を見開いた。信じられないものが目の前にいる、みたいな。
「あ、あんた、フラワのなんなの? えっ、なんなのよ」
キンキン声で怒鳴るように言う。
最初に言った俺の言葉は聞いてなかったみたい。
俺は、あらためて言った。胸を張って。だって、俺にとってフラワの恋人だってことは、とても誇れることなんだから。
「俺は、フラワの恋人。……ルース。フラワは、俺にとって、だれよりも大切な人なんだ」
◇◇◇
翌日。
俺とフラワは、フラワのクラスメイトの女の子、ミレット・ベリーに連れられて、ロイ村へ向かった。
「フラワって、ホント、最悪だったわよ。昼食の時に虫はバラまくし。すぐ喧嘩するし」
道中、ミレットさんは延々とフラワの悪いエピソードを話し続けた。
授業中にいなくなる。授業中に干しスライムを齧ってる。女子だろうと全力で殴ってくる。
「私なんて、こいつに沼に突き落とされたんだから」
フラワをキッと睨みつける。
でも、フラワが理由もなくそんなことするわけないんだよな。
ミレットさんがなにか、フラワを怒らせることをしたんじゃないか。
フラワって、敵だと思ったら、徹底的に叩くから。
「復讐はなにかを生み出すために、やってるわけじゃないわ。自分の心をスッキリさせて、今日を楽しく生きるためよ」って言ってたし。
「ていうか、本当に、フラワのどこを見て好きになったの? あんたみたな人が、さ」とミレットさんは、ことあるごとに聞いてきた。
「フラワの素敵なところをあげたらきりがないよ」
なんて切り返すと、ミレットさんは呆れた顔で、「あんた絶対騙されてるよ」って言って、黙る。
でも実際にそうだ。
俺なんかをフラワが選んでくれたことは奇跡に近くて。
俺は勇者であることを抜かしたら、なんのとりえもないやつなのに。
フラワは、俺が勇者であることを知らないで、俺を選んでくれた。
だから、俺は、自分の全部を差し出しても、フラワを幸せにしたいんだ。
今の俺の命は、ロイドさんから預かっているものだから、魔王を倒すまでは、そうもいかないんだけどね。




