街の危険と誘惑に
ハンズ・グリーンを出て南へ向かう。
一度、王都ハート・グレイに行き、そこから、西のブレン・ブルー方面へ向かうことにした。
ブレン・ブルーに行くにしろ、ブラド・オレンジに行くにしろ、一度、王都を通らないと行けないんだ。
長い旅になった。ガルレムトから国境を越えてハンズ・グリーンへ行くよりも、長い距離。
特に事件らしい事件もなく。
旅は順調だった。
フラワに変化はなかった。
王都ハート・グレイ。
ハンズ・グリーンなんて目じゃなかった。
ハンズ・グリーンの門前市場で目を回した俺だったけど、ハート・グレイでは街中が市場みたいな感じ。
もともとあった建物に後から増設したような建物が、たくさん並んでいて、道は狭く、その道を馬車がどんどん走っていく。
道が狭いものだから、歩道なんてものはなくて、馬車の隙間をぬうように人が歩いていく。
フラワの手をつないで歩きながら、何度も人にぶつかった。
ここでは人にぶつかるのは日常茶飯事なのか、俺の謝罪を見も聞きもせずに、相手は行ってしまう。
とにかく宿を決めよう。
もう日も暮れ始めている。
人込みを歩いているせいか、フラワの足取りもふらついている。
だけど、宿屋が見つからない。
大通りに出られればいいんだけど。
仕方なく、聞くことにした。
ちょうど、果実を店先に並べていた、おばさんと目が合った。
リンゴを買いがてら良い宿がないか聞いてみる。
「それなら、『アゴラ通り』に出た方がいいね。そこの路地をずっとまっすぐ行けば、出られるよ。それにしても、あんた、いい男だねえ」
礼を言って、リンゴをキュッキュと拭いて、フラワにあげる。
口元にあてがうと、シャクっと齧った。
教えられた路地に入る。
頭上には両脇の建物から物干し竿が伸びていたり。脇に酒樽が積んであったり。
薄暗くて、ゴミも落ちていて、歩きづらい。
フラワが転ばないように、ゆっくりと注意しながら歩く。
いきなりフラワの足が止まった。
「どうしたの?」
振り返ると、ボロを着た男がフラワの肩を掴んでいた。
「なにしてるんだ。離せ」
「おっと、この嬢ちゃんの顔に傷がつくぜ」
ボロを着た男が、フラワの顔に刃物をつきつける。
路地なんか入るんじゃなかった。
「そう睨むなって。ちょっとお金を貸して欲しいんだよ。持ってるんだろ、結構。さっきも、金貨を見せてたもんな」
リンゴを買うときに、財布から間違って金貨を出しちゃったんだ。あれを見られていたらしい。
「分かった。お金は払うから、フラワを放してくれ」
男はニヤニヤして俺の顔を見てる。
「綺麗な顔した兄ちゃんだなあ。ちょっと脱いでくれねえか」
気持ち悪いことを言われて、ゾッと鳥肌がたった。
そこで後ろに人の気配を感じた。
背中に硬いものが当てらえた。
「ミーシャ、この兄ちゃんが今から脱いでくれるってよ。せっかくだ、相手してやれよ」
「ほら、さっさと脱ぎなよ。どうせ、いろんなところに隠してんだろ、金。ひょっとしたら収納袋も持ってるんじゃないか?」
女の声。
俺は財布を男の足元に投げた。少し多めに入っているやつ。
「それで勘弁してくれないか?」
「いいから脱げって。ミーシャだって、いい体してるんだぜ。少なくとも、この嬢ちゃんよりよ」
男がフラワの胸をまさぐる。
「やめろ」
頭に血が上って男に殴りかかっていた。
男が舌打ちして、フラワを放り出すと、ナイフを構えた。
飛びかかる俺にナイフが突き出される。
その手をつかんで、ひねった。
男が悲鳴をあげる。
「いてえ、骨が折れた。折れたよ。いてえよ」
その声に、男をひねりあげていた力が緩む。その瞬間、脇腹に激痛が走った。
「おら、ミーシャ、ぼ~としてんな。本当に頭の足りねえ女だな」
「殺すことないじゃないか」
「馬鹿、殺しちゃいねえよ」
脇腹から血がドクドクと流れる。
痛い。
でも、それより、フラワだ。
フラワは、男に突き飛ばされて、尻餅をついたまま。
ぼんやりとした顔で、その目には俺が入っていない。
フラワ、フラワ。
ベッタリと血のついた手を伸ばす。
ガンっと大きな音が鳴った。
視界がグラっと揺れて、頭に痛みが走る。
なにか硬い物で殴られたみたいだ。
また、ガンっ。
殴られた。
「ちょっと、そんなにしたら死んじまうじゃないか」
「これくらいで死にゃあしねえよ。それより、早く、身ぐるみ剥いじまいな。かなり持ってるとみたぜ」
意識がぼんやりとして。
声が遠ざかっていく。
金は全部持ってっていいから、フラワには手を出さないでくれ。
そう伝えようとしたけど、声は出なかった。
◇
声が聞こえる。
すごく強い甘い匂い。
なにか、柔らかいものが体に触れてる。
「ホント、綺麗な顔してるね。おとぎ話の王子様みたい」
「ガリンがさ。収納袋の開き方を聞き出しとけってさ。若い男なんて、お前らが体を使えばチョロいだろ、なんて」
「こんな王子様なら、こっちが金を払ってもいいくらいだけど」
何人かの声。
目を開けると、大きなオッパイが目の前にあって。
もう、顔にくっつきそうなくらい近くて。
「あっ、起きた」
その女の人が少し離れて、顔を覗き込んできた。
赤い髪の若い女性。
「わぁ、目を開けたら、もっと、いい男じゃない」
別の金髪の女性も覗き込む。
「ねえ、あんた。収納袋の開け方教えてよ。ひとつは開いたんだけどさ。あと二つが開けられないんだよ」
茶色い髪の女性。路地で俺の背中に刃物をつきつけた女だ。
俺は上体を起こそうとした。
刺された脇腹が、ものすごく痛い。
包帯を巻かれているみたいだけど。
痛いのは腹だけじゃなく、頭もガンガンする。
「寝てなって。全部してあげるからさ」
金髪の女性が覆いかぶさってきた。
もう、下着みたいな服で。
胸なんか半分はみ出してて。
つまり、ものすごく色っぽくて。
そんな場合じゃないのに、血が沸騰するみたいに熱くなって。特に、なんか、アレが……。
「ずるい。あたしにもさせてよ。汚いおっさんの客ばっかで、潤いがたんないのよ」
茶色い髪の女性。
手を取られて、柔らかい物に押し付けられた。
うわっ、これ、あれだよね。
オッパイだよね。絶対。
なにか腹の当たりに吸い付いてきたし。
わっ、ちょっと、わっ。
それは、ダメ。まずいっ。
その時、ふいに、フラワの顔が思い浮かんだ。元気な満面の笑顔。ニコニコと俺を見ていて。
なんだかピンク色の霧に包まれたような感じだった頭が、さっと冷えた。
「治癒」
俺の言葉に反応して、体が白く光る。
それに女たちが驚いて離れる。
念のために、と、ロイドさんが教えてくれていたんだ。
脇腹と頭の痛みが引いていく。
「あんた、スキルが使えるのかい」
「ガリンを呼んできた方がいいんじゃないか?」
「待ってください」
俺は体を起こして大声で言った。
三人の女性が驚いて俺を見る。
「フラワ……、俺が連れてた女の子は、無事ですか?」
「あの子なら、別の部屋で寝てるけど……」
それを聞いて安心した。
「1000万エネル持ってます。それを差し上げますから、逃がしてもらえませんか」
「そ、そんなに持ってるの? ねえ、本当に?」
「ガリンはさ、200万は持ってるかもしれないっていってたけどさ」
「じゃあさ、ガリンに200渡してさ、残りをあたしらで山分けしない。ねえ、そうしようよ」
「それだよ。あのゴウツク親父に正直に教えることないんだよ」
女性たちが興奮して盛り上がってる。
俺はベッドから降りた。
怪我はほとんど治ったみたいだ。
覚えておいて良かったよ、治癒。
「収納袋をこっちへ」
俺が言うと、金髪の女性が顔を赤くして、テーブルの上の白い収納袋、赤い収納袋、黒い収納袋を渡してくれた。
渡すときに、すごく顔を見られた。
俺は黒い収納袋に手を入れた。
フラワが俺に買ってくれた収納袋。俺の宝物だ。これは他の二つと違って、使用者以外でも中のものを出すことができる。案の定、空っぽだった。
大した物は入れてなかったけどね。
次に白い収納袋を手に取る。
ロイドさんがくれたものだ。入れた物は俺以外には取り出せない。
金貨500枚と頭の中で唱えながら、袋の口を開く。ベッドの上に金貨が、ドボドボとこぼれた。
女性たちが嬌声をあげてベッドに近づく。
「500万エネルです。フラワを連れてきて、俺たちを逃がしてくれたら、もう500万エネル渡します」
女性たちは金貨に夢中になっていて、俺のそんな言葉を聞いていなかった。
パンと強く手を叩いて、もう一度同じことを言う。
赤毛の女性が部屋を出ていった。すぐにフラワを連れて戻ってきた。少し眠たげだけど、特に代わりはなさそうだ。
「ガリンが戻ってくる前に出た方がいいね。街から出るの?」
「テウスって街、知ってますか?」
ハンズ・グリーンからの道中で思いだしたフラワの故郷に近い街の名前。
「あたし、知ってるよ。ブラド・オレンジの北の方にある街よ」
金髪の女性が言った。
「そこへ向かってるんです」
「それなら、ブラド・オレンジ方面へ向かう駅馬車に案内すりゃあいいね」
◇
金髪の女性に連れられて建物を出た。
夜だった。
俺を刺した男、ガリンというらしいけど、そいつが戻ってくる前に、場所を移した方がいいって言われた。
さすがに夜中は馬車が出ないからね。
どこかで夜を明かさないと。
連れてこられたのは大通り。この町一番の通りらしい。道幅も広いし、建物も整然としている。
「高級宿ならガリンも探しに来れないさ」
高そうな宿に案内された。
確かに、身ぐるみをはがされるようなことを思えば、高い宿で安全に夜を明かした方がいいか。
ロビーで受付をする。
一緒の女性が見るからに娼婦って感じだったものだから、なんだか冷たい対応だった。
部屋に入ってから残りの500万エネルを渡す。
「ねえ、貰ったお金には、全然、釣り合わないけど、いいことしてあげようか? あたしも今夜は、ここに泊めてもらうしさ」
「えっ、泊まるんですか?」
「それはそうよ。こんな夜中に、大金もって歩いたら危ないじゃない」
「でも、いや、まあ、確かに」
「たっぷりサービスしてあげる」
「いや、俺、そういうのは」
「遠慮しなくていいんだよ。さっきだって、興奮してたんだろ。男の体は、やりたいってのがひと目でわかるんだからさ」
女性がものすごくエッチな雰囲気をプンプンさせながら寄ってくる。
ダメだ、流されちゃ。
フラワが側にいるのに。
「本当に、結構ですから。その子、俺の恋人で。俺、彼女を裏切ることは絶対にしない。だから……」
そこまで言うと、女性は近寄るのをやめた。ガッカリしたような顔。
「顔が良くて、一途って。そんな男もいるんだね。分かったよ。ここでお別れ。帰るよ」
「あれ、でも夜中に大金を持って歩くのはまずいって」
「馬鹿だね。こっちは夜が仕事時だよ。昼間歩く方が苦手だっての」
言って、女性は部屋から出ていった。




