ハンズ・グリーンにて
南東へ、南東へ。
ガルレムト王国は道がよく整備されていて、馬車の行き来が多い。
街から街へ定期的に出ている駅馬車もあって、移動は楽だった。
俺もフラワも、前にブレン・ブルーで買ったフード付きの旅用のマントを着ている。
あんまり目立たないようにしたいからね。
毎回、泊るのは大きな街の中ランクよりも上の宿にしている。安全を考えてのことだ。
「必要以上に贅沢をすることはないけど、必要だと思ったらきちんと金を使うことだ。それが旅のコツだよ」
ロイドさんが言っていた。
店屋で何かを買って情報を集めたりなんかもした。世間話ついでに、ブレン・ブルーのロベリアンネ神殿のことや、クラウディオのドラゴンのことなんかを聞いてみたり。
まだ魔王の復活は知られていないみたいだった。
それどころか、魔王も勇者もみんなおとぎ話の世界のことのようだった。
それはそうだ。実際に、ルシディア様に会った俺だって、自分が勇者だなんて半信半疑だったんだからさ。
宿では、女性の従業員にフラワの体を洗ってもらうようにした。最初の時は、なんて説明すればいいのかわからなくて、しどろもどろだった。
それでも、フラワの様子で相手は察してくれた。病人やなんかの世話をすることも多いらしく、別におかしなことではないみたいだった。
一度、なにかを誤解されて、女性従業員が裸になって迫ってきて、ものすごく焦ったけど。
ともかく旅は順調だった。
ガルレムト王国の南東の都市ベルザレンで、クラウディオがドラゴンに襲撃されたっていう噂を聞いた。だけど、勇者のことなんてまったく出てこなかった。
◇◇◇
ハンズ・グリーン。
ヴァクテイン王国の北の大都市。
長い旅の末に、ようやくついた。
街は高い城壁に囲われていて、中に入ると背の高い建物が隙間なく建っていた。
人も多くて、門の前の市場なんて前に進むのも苦労するくらいだった。
フラワとはぐれないようにしないとな。
目を離した隙に、人さらいにさらわれるかもしれないから。
ここまで来る途中にも何度か危ない目にあってる。
盗賊みたいなのに絡まれたり。
スリに財布をすられたり。
幸いどっちも大した被害には合わなかった。
財布はいくつか持つようにしていて、収納袋は下着の下に隠している。盗賊は財布のひとつを差し出すと、中身に満足して行ってくれたし、スリにすられたのもひとつだけだった。
用心深く。抜け目なく。周囲への警戒をおこたらず。
きっとロイドさんは、笑顔でそんなことをしていたんだ。
俺があの人の十分の一でも有能だったらなあ。
そんなことを思った。
料理屋で食事を取りがてら、店員さんに冒険者ギルドの場所を聞いた。
このまま、大通りをまっすぐ行けばいいそうだ。建物が目立つからすぐにわかるみたい。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、ウェイトレスの女の子は、なんだか照れ臭そうにしてた。
チラッとフラワを見る。
「妹さん?」
フラワは席に座って、ぼんやりとしている。顔は全然似てないと思うけど。
「恋人です」
「……そうなんだ。変わった趣味だね」
カチンときた。
顔が引きつるのを感じた。
「素敵な人ですよ。可愛くて、かしこくて、優しくて」
強くて、面白くて。
女の子は、ふ~ん、とまたフラワを見て、行ってしまった。
「ごめん、待たせたね。喉乾いたろ」
ぼんやりしているフラワに、コップをあてがってやる。少し顎を傾けて、口を開けて、コク、コクっと飲む。
そうすると、ブルブルっと振るえた。
あっ、トイレだ、これ。
さっきの店員さんにトイレの場所を聞くと、フラワを連れて行った。
ありがたいことに、トイレは一人でちゃんとしてくれる。体が覚えているみたいなんだ。
最初はサインに気が付かないで、漏らさせてしまったこともあったけど。
トイレに連れて行き、そのドアの前で待つ。側で話をしていた女性の二人組が、じっと俺を見る。
怪しまれてるなあ。
でも、別に悪いことはしてないからね。
◇
昼食後、冒険者ギルドに行った。
ウェイトレスの子が言ったように、大きくて赤いペンキで塗られた派手な建物だった。
看板にも大きく、「冒険者ギルド」って書かれていた。
戦士、魔法使い、治癒師ってかっこうをした三人組が冒険者ギルドから出てきた。
なんだか、ブレン・ブルーを思いだした。
入り口は少し高い位置にあって、五段の階段を上ってドアを開けた。
広いロビー。
ブレン・ブルーとは違って、飲食スペースは別になっているみたいだ。
長椅子がいくつも並んでいて、すべて奥のカウンターの方に向いている。
カウンターの奥は部屋になっていて、そこで青い制服を着た職員たちが、忙しそうに働いてる。
カウンターに三つある受付のひとつが空いていたので、そこに向かう。
長椅子に座っている冒険者たちがジロジロと見てくるけど、気にしない、気にしない。
堂々としている方が、逆に目立たないんだ。
受付の女性に、治癒師の上級職に治療の依頼を出したい、と話す。
「それなら上級治癒師がいいでしょうね。何人かいらっしゃいますよ」
「助かります。あの、治療してもらいたいのは彼女なんですが。つまり、とても、ぼんやりしていて。以前は、こんなことはなかったんですが」
言って、手をつないでいるフラワを前に出す。
フードは下ろしたまま。ぼんやりとした視線は、受付嬢を素通りしている。
「精神系の状態異常ですか。ひょっとしたら、治癒師よりも、魔法使いの方が向いているかもしれませんよ」
「彼女が治るなら、どちらでもいいです。両方でも」
カウンターに両手をついて、前のめりになりながら言った。
フラワを治してもらえるなら、いくらだっていい。毎食、干しスライムだって構わないさ。
「分かりました。では、こちらで当たってみますね。成功報酬で10万エネル(10万円)、このほか、成功の可否に関わらず紹介料として一人につき、1万エネルいただきます」
「それでお願いします」
「治療は夜で構いませんか? ギルドに来ていただけると助かりますが?」
「はい、大丈夫です」
◇
先に宿を決めて旅で入用な物を買い足して。
その間中、ドキドキして落ち着かなかった。
やっとフラワが治る。また、フラワの元気な声が聞こえる。笑顔が見れる。
時間が経つのがやけに遅く感じて。
何度も何度も、噴水のある広場に行って時計台で時間を確認した。
「フラワ、もうすぐだよ。あと少ししたら、ちゃんと俺のことがわかるようになるよ」
だらしないくらいの笑顔で、そんな風にフラワに言ったりして。
早めに夕食をとったけど、味なんて、全然わからなかった。
◇
冒険者ギルドに行くと、ロビーは人が少なかった。長椅子で待っている冒険者もそうだし、カウンター奥の職員たちも少ない。
昼間、依頼を受け付けてくれた受付嬢さんが、俺に気が付いて笑顔を向ける。
「こんばんは、ルース・バックさん」
旅の間、ルース・バックって偽名を使ってる。用心にこしたことはないからね。
受付嬢に案内されて廊下に出た。
暗い廊下を歩いて、ドアのひとつを開ける。
質素なベッド。その側にある椅子。
それしかない狭い部屋。
「すぐに連れてきますね」
言って受付嬢は出ていった。
フラワをベッドに座らせて、狭い部屋を行ったり来たりする。
すぐにドアが開いた。
受付嬢に続いて二人の男が入ってきた。
40前後の白い服を着た治癒師らしき人。
30前半くらいのとんがり帽子とマントの魔法使いっぽい人。
俺は、挨拶もそこそこに、フラワの治療をお願いした。
「まずは、どういう異常なのかを確認しないとだ。人物鑑定しても構わないかね」
治癒師が言った。
「お願いします」
旅の間、考え事をする時間はいくらでもあった。
治療をする際には、ステータスの確認をされるかもしれない。フラワの規格外のステータスが見つかって、騒がれるかもしれない。
ロイドさんやベルカーラさんの想いと、フラワの治療。
二つのことで何度も葛藤した。
それでも、結局、俺はフラワの治療を優先することにした。
ここだけは、どうしても譲れなかった。
どうしても。
「人物鑑定」
治癒師がフラワに手をかざして言った。
その手が発光する。
治癒師は顎に光っていない方の手を当てて、何度かうなずいた。
光が消える。
「なるほど。なるほど。だいたい原因はわかったよ」
「治せそうですか?」
う~ん、と難しい顔をする。
「とりあえず、私には無理だ。彼女のこれは状態異常じゃない。ステータスの基本能力値が急激に下がったせいだろう。モンスターやトラップには、そういうデバフがあるものもあるからな。思い当たることはあるかい?」
ステータスが下がった?
身代りのスキルで生き返ったせいかもしれない。
「彼女のステータスは、今、どれくらいなんですか? 【レベル】は?」
「【レベル】1だね。【強さ】65、【かしこさ】3、【素早さ】68、【運】69。【かしこさ】以外、レベル1にしては非常に高い」
【レベル】1に戻ってる?
どうしてフラワだけ。
俺は、復活後もまったく変化ないのに。
「こうなる前は、彼女、とても強くて。【レベル】もかなり高かったんです」
「【レベル】1に戻されたおかげで、ステータスが激減。そのせいで魂が体に馴染まなくなっているんだろうなあ」
今まで黙っていた魔法使いが言った。
「【レベル】が下がった原因を取り除く。どうにかして、基本能力値を元の値に戻す。解決策としてはこのくらいだな」
「あの、彼女の【レベル】が下がった原因なんですが。死にかかったんです。奇跡的に蘇生したんですが」
死にかかったというか、実際に死んだんだけど。
「聞いたことはないが、ありえなくもない」
治癒師が言った。
「だが、そうなると原因を取り除くというのは無理だな」
「【レベル】を上げたらどうだ?」
「この状態でどうやって?」
「弱らせたモンスターの止めを刺させるとかだが。【レベル】が上がるかどうか、微妙だな」
そんな二人の会話を聞きながら、俺は失望に崩れそうになるのを懸命にこらえた。
◇◇◇
次の日。
俺は、フラワを連れてハンズ・グリーンの外に出た。
街の周辺。
下草が茂った一帯にやってくる。鞘をつけたままの剣で草を薙ぎながら歩き、ラビットボールを探す。
ブレン・ブルーで揃えたステータスアップの魔法道具を全部フラワにつけた。
万一、フラワが襲われても大丈夫なようにね。
あの頃に比べれば俺もレベルアップしたから、さすがにラビットボールくらいなら簡単に倒せる。
ラビットボールはすぐに見つかった。
白い毛玉にウサギの耳。
さっそく襲い掛かってくる。
フラワの手を離すと、鞘をつけたままの剣でラビットボールを殴った。
地面に叩きつけられたラビットボールが、くたっ、と潰れる。
あっ、強すぎた。
加減が難しいな。
あの頃。
フラワに会ってすぐの頃。
よくブレン・ブルーの側の草原で、ラビットボールを狩った。
フラワがラビットボールを弱らせて、俺に止めを刺させてくれて。
あの頃と逆だ。
「今度はうまくやるから」
フラワに言うと、またラビットボールを探した。
しばらく下草を揺らして歩いたら、また見つけた。ラビットボールは本当にたくさんいる。助かるけどね。
今度は、あの時フラワがやったみたいに、耳をつかんだ。
よし、捕まえた。
手の平でポンポンと殴って弱らせる。
ぐったり、としたラビットボールを、ぼ~、と立っているフラワのところに連れて行く。
ええと、どうやって倒させればいいんだ。
ラビットボールは、もうほとんど動かない。ちょっとつついただけでも死にそう。
フラワの足元に置いてみた。
ラビットボールがフラワの足に、縋り付くみたいにくっつく。
フラワはされるがまま。
ダメだ。
俺は、フラワを背中から抱きしめるみたいにしてくっついた。
ラビットボールを蹴飛ばさせる。
ラビットボールが、グニャっと潰れた。
よし、成功。
「やったね、フラワ」
フラワに【EXP】が入ったかな。俺が倒したようなもんだしなあ。
首をひねる。
まあ、この調子で続けてみよう。
思い直して、またラビットボール探しに戻る。
今度は中々見つからなかった。おかげで、フラワと離れ過ぎてしまった。
まずい、と気が付いた時には遅かった。
フラワがいない。
さ~、と体の内側が冷える。
まずい、まずい、フラワ。
フラワのいた場所に走って戻る。
どこだ、どこに行った?
いた。
地面に倒れてた。
その上に乗っかっているラビットボール。
俺は飛びつくと、ラビットボールを投げ捨てた。
「フラワ、フラワ」
フラワに呼びかける。
フラワは、ぼんやりとしたまま、空を見ている。怪我は特にしていないようだけど。
その時、いきなり後頭部を殴られた。
大きく視界が揺れて。チカチカと頭の奥が光ってるみたいな感じで。
そのまま、フラワにかぶさるように倒れた。
背中になにかが乗ってる。柔らかい物。たぶんラビットボール。
夢中でそいつをつかんで、地面に叩きつける。二度、三度。
クソっ、頭が痛い。
吐きそう。
ラビットボールは動かなくなった。
息を整える。
ふと気が付くと、フラワの体の上にかぶさるようになっていた。
フラワの柔らかい体。首筋に流れる汗。
心臓の音が、いやに大きく聞こえた。
半開きになったフラワの唇に誘われて、顔を近づける。
途中で、はっ、として自分の頬を、思いっきり引っぱたいた。
なに考えてんだ。
こんなフラワに、なにしようとしてんだ。
「ごめん、フラワ」
自分の頭を殴った。
そうしたら、フラワがよくやっていた、私の馬鹿馬鹿馬鹿、って自分の頭を叩くやつを思いだした。
すごく面白い顔をして。
顔を手で覆った。
クソっ、泣いてる場合じゃないだろ。
◇
結局、ハンズ・グリーンには、三日間、滞在した。
ラビットボール狩り。ただ、冒険者ギルドに死骸を卸しに行くようなことはしなかった。
ギルドカードは共通だけど、偽名を使っているからね。
ラビットボールを弱らせてフラワに倒させる。
それを何回も何回も続けた。
こんな地道で面倒なことをフラワは俺のために、文句も言わずにやってくれたんだ。
そう思うと、本当にフラワの優しさに頭が下がる。
三日間で、三十体以上は倒したと思う。
けど、フラワの様子に変わりはなかった。
同じ作業を続けていると、だんだん慣れてきて、考え事をするようになる。
これからどうしようか。
このままラビットボールを倒してて大丈夫なのか。
フラワの実家に行ってみよう。
そんな結論に落ち着いた。
彼女の祖母なら、なにか治療法を知っているかもしれない。なにしろ異世界から来た人だ。
聖女様とも親しかったみたいだし。
ただ、問題がある。
彼女の実家がどこにあるのか、細かいことがわからない。
確か、ブラド・オレンジと、ブレン・ブルーの中間あたりだって言ってた。
一番近い街の名前は……。




