表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/58

ハンズ・グリーンにて

 南東へ、南東へ。

 ガルレムト王国は道がよく整備されていて、馬車の行き来が多い。

 街から街へ定期的に出ている駅馬車もあって、移動は楽だった。


 俺もフラワも、前にブレン・ブルーで買ったフード付きの旅用のマントを着ている。

 あんまり目立たないようにしたいからね。


 毎回、泊るのは大きな街の中ランクよりも上の宿にしている。安全を考えてのことだ。


「必要以上に贅沢をすることはないけど、必要だと思ったらきちんと金を使うことだ。それが旅のコツだよ」

 ロイドさんが言っていた。


 店屋で何かを買って情報を集めたりなんかもした。世間話ついでに、ブレン・ブルーのロベリアンネ神殿のことや、クラウディオのドラゴンのことなんかを聞いてみたり。


 まだ魔王の復活は知られていないみたいだった。

 それどころか、魔王も勇者もみんなおとぎ話の世界のことのようだった。

 それはそうだ。実際に、ルシディア様に会った俺だって、自分が勇者だなんて半信半疑だったんだからさ。


 宿では、女性の従業員にフラワの体を洗ってもらうようにした。最初の時は、なんて説明すればいいのかわからなくて、しどろもどろだった。

 それでも、フラワの様子で相手は察してくれた。病人やなんかの世話をすることも多いらしく、別におかしなことではないみたいだった。


 一度、なにかを誤解されて、女性従業員が裸になってせまってきて、ものすごく焦ったけど。

 ともかく旅は順調だった。


 ガルレムト王国の南東の都市ベルザレンで、クラウディオがドラゴンに襲撃されたっていう噂を聞いた。だけど、勇者のことなんてまったく出てこなかった。




◇◇◇



 ハンズ・グリーン。

 ヴァクテイン王国の北の大都市。

 長い旅の末に、ようやくついた。


 街は高い城壁に囲われていて、中に入ると背の高い建物が隙間なく建っていた。

 人も多くて、門の前の市場なんて前に進むのも苦労するくらいだった。


 フラワとはぐれないようにしないとな。

 目を離した隙に、人さらいにさらわれるかもしれないから。


 ここまで来る途中にも何度か危ない目にあってる。

 盗賊みたいなのに絡まれたり。

 スリに財布をすられたり。


 幸いどっちも大した被害には合わなかった。

 財布はいくつか持つようにしていて、収納袋は下着の下に隠している。盗賊は財布のひとつを差し出すと、中身に満足して行ってくれたし、スリにすられたのもひとつだけだった。


 用心深く。抜け目なく。周囲への警戒をおこたらず。

 きっとロイドさんは、笑顔でそんなことをしていたんだ。

 俺があの人の十分の一でも有能だったらなあ。

 そんなことを思った。


 料理屋で食事を取りがてら、店員さんに冒険者ギルドの場所を聞いた。

 このまま、大通りをまっすぐ行けばいいそうだ。建物が目立つからすぐにわかるみたい。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと、ウェイトレスの女の子は、なんだか照れ臭そうにしてた。

 チラッとフラワを見る。


「妹さん?」


 フラワは席に座って、ぼんやりとしている。顔は全然似てないと思うけど。


「恋人です」


「……そうなんだ。変わった趣味だね」


 カチンときた。

 顔が引きつるのを感じた。


「素敵な人ですよ。可愛くて、かしこくて、優しくて」


 強くて、面白くて。

 

 女の子は、ふ~ん、とまたフラワを見て、行ってしまった。


「ごめん、待たせたね。喉乾いたろ」


 ぼんやりしているフラワに、コップをあてがってやる。少し顎を傾けて、口を開けて、コク、コクっと飲む。


 そうすると、ブルブルっと振るえた。

 あっ、トイレだ、これ。


 さっきの店員さんにトイレの場所を聞くと、フラワを連れて行った。

 ありがたいことに、トイレは一人でちゃんとしてくれる。体が覚えているみたいなんだ。


 最初はサインに気が付かないで、漏らさせてしまったこともあったけど。


 トイレに連れて行き、そのドアの前で待つ。側で話をしていた女性の二人組が、じっと俺を見る。


 怪しまれてるなあ。

 でも、別に悪いことはしてないからね。



 昼食後、冒険者ギルドに行った。

 ウェイトレスの子が言ったように、大きくて赤いペンキで塗られた派手な建物だった。

 看板にも大きく、「冒険者ギルド」って書かれていた。


 戦士、魔法使い、治癒師ヒーラーってかっこうをした三人組が冒険者ギルドから出てきた。

 なんだか、ブレン・ブルーを思いだした。


 入り口は少し高い位置にあって、五段の階段を上ってドアを開けた。


 広いロビー。

 ブレン・ブルーとは違って、飲食スペースは別になっているみたいだ。

 長椅子がいくつも並んでいて、すべて奥のカウンターの方に向いている。

 カウンターの奥は部屋になっていて、そこで青い制服を着た職員たちが、忙しそうに働いてる。


 カウンターに三つある受付のひとつが空いていたので、そこに向かう。


 長椅子に座っている冒険者たちがジロジロと見てくるけど、気にしない、気にしない。

 堂々としている方が、逆に目立たないんだ。


 受付の女性に、治癒師ヒーラーの上級職に治療の依頼を出したい、と話す。


「それなら上級治癒師ハイヒーラーがいいでしょうね。何人かいらっしゃいますよ」


「助かります。あの、治療してもらいたいのは彼女なんですが。つまり、とても、ぼんやりしていて。以前は、こんなことはなかったんですが」


 言って、手をつないでいるフラワを前に出す。

 フードは下ろしたまま。ぼんやりとした視線は、受付嬢を素通りしている。


「精神系の状態異常ですか。ひょっとしたら、治癒師ヒーラーよりも、魔法使いの方が向いているかもしれませんよ」


「彼女が治るなら、どちらでもいいです。両方でも」

 カウンターに両手をついて、前のめりになりながら言った。


 フラワを治してもらえるなら、いくらだっていい。毎食、干しスライムだって構わないさ。


「分かりました。では、こちらで当たってみますね。成功報酬で10万エネル(10万円)、このほか、成功の可否に関わらず紹介料として一人につき、1万エネルいただきます」


「それでお願いします」


「治療は夜で構いませんか? ギルドに来ていただけると助かりますが?」


「はい、大丈夫です」



 先に宿を決めて旅で入用な物を買い足して。

 その間中、ドキドキして落ち着かなかった。

 やっとフラワが治る。また、フラワの元気な声が聞こえる。笑顔が見れる。


 時間が経つのがやけに遅く感じて。

 何度も何度も、噴水のある広場に行って時計台で時間を確認した。


「フラワ、もうすぐだよ。あと少ししたら、ちゃんと俺のことがわかるようになるよ」

 だらしないくらいの笑顔で、そんな風にフラワに言ったりして。


 早めに夕食をとったけど、味なんて、全然わからなかった。

 


 冒険者ギルドに行くと、ロビーは人が少なかった。長椅子で待っている冒険者もそうだし、カウンター奥の職員たちも少ない。

 昼間、依頼を受け付けてくれた受付嬢さんが、俺に気が付いて笑顔を向ける。


「こんばんは、ルース・バックさん」


 旅の間、ルース・バックって偽名を使ってる。用心にこしたことはないからね。


 受付嬢に案内されて廊下に出た。

 暗い廊下を歩いて、ドアのひとつを開ける。


 質素なベッド。その側にある椅子。

 それしかない狭い部屋。


「すぐに連れてきますね」

 言って受付嬢は出ていった。


 フラワをベッドに座らせて、狭い部屋を行ったり来たりする。


 すぐにドアが開いた。

 受付嬢に続いて二人の男が入ってきた。

 40前後の白い服を着た治癒師ヒーラーらしき人。

 30前半くらいのとんがり帽子とマントの魔法使いっぽい人。


 俺は、挨拶もそこそこに、フラワの治療をお願いした。


「まずは、どういう異常なのかを確認しないとだ。人物鑑定マンエキスパートオピニオンしても構わないかね」

 治癒師ヒーラーが言った。

 

「お願いします」


 旅の間、考え事をする時間はいくらでもあった。

 治療をする際には、ステータスの確認をされるかもしれない。フラワの規格外のステータスが見つかって、騒がれるかもしれない。

 ロイドさんやベルカーラさんの想いと、フラワの治療。

 二つのことで何度も葛藤した。


 それでも、結局、俺はフラワの治療を優先することにした。

 ここだけは、どうしても譲れなかった。

 どうしても。


人物鑑定マンエキスパートオピニオン

 治癒師ヒーラーがフラワに手をかざして言った。

 その手が発光する。


 治癒師(ヒーラーは顎に光っていない方の手を当てて、何度かうなずいた。


 光が消える。


「なるほど。なるほど。だいたい原因はわかったよ」


「治せそうですか?」


 う~ん、と難しい顔をする。

「とりあえず、私には無理だ。彼女のこれは状態異常じゃない。ステータスの基本能力値が急激に下がったせいだろう。モンスターやトラップには、そういうデバフがあるものもあるからな。思い当たることはあるかい?」


 ステータスが下がった?

 身代サクリファイスりのスキルで生き返ったせいかもしれない。


「彼女のステータスは、今、どれくらいなんですか? 【レベル】は?」


「【レベル】1だね。【強さ】65、【かしこさ】3、【素早さ】68、【運】69。【かしこさ】以外、レベル1にしては非常に高い」


【レベル】1に戻ってる?

 どうしてフラワだけ。

 俺は、復活後もまったく変化ないのに。


「こうなる前は、彼女、とても強くて。【レベル】もかなり高かったんです」


「【レベル】1に戻されたおかげで、ステータスが激減。そのせいで魂が体に馴染まなくなっているんだろうなあ」

 今まで黙っていた魔法使いが言った。

「【レベル】が下がった原因を取り除く。どうにかして、基本能力値を元の値に戻す。解決策としてはこのくらいだな」


「あの、彼女の【レベル】が下がった原因なんですが。死にかかったんです。奇跡的に蘇生したんですが」

 死にかかったというか、実際に死んだんだけど。


「聞いたことはないが、ありえなくもない」

 治癒師ヒーラーが言った。

「だが、そうなると原因を取り除くというのは無理だな」


「【レベル】を上げたらどうだ?」


「この状態でどうやって?」


「弱らせたモンスターの止めを刺させるとかだが。【レベル】が上がるかどうか、微妙だな」


 そんな二人の会話を聞きながら、俺は失望に崩れそうになるのを懸命にこらえた。




◇◇◇




 次の日。

 俺は、フラワを連れてハンズ・グリーンの外に出た。

 街の周辺。

 下草が茂った一帯にやってくる。鞘をつけたままの剣で草を薙ぎながら歩き、ラビットボールを探す。


 ブレン・ブルーで揃えたステータスアップの魔法道具を全部フラワにつけた。

 万一、フラワが襲われても大丈夫なようにね。


 あの頃に比べれば俺もレベルアップしたから、さすがにラビットボールくらいなら簡単に倒せる。


 ラビットボールはすぐに見つかった。

 白い毛玉にウサギの耳。

 さっそく襲い掛かってくる。


 フラワの手を離すと、鞘をつけたままの剣でラビットボールを殴った。

 地面に叩きつけられたラビットボールが、くたっ、と潰れる。


 あっ、強すぎた。

 加減が難しいな。


 あの頃。

 フラワに会ってすぐの頃。

 よくブレン・ブルーの側の草原で、ラビットボールを狩った。

 フラワがラビットボールを弱らせて、俺に止めを刺させてくれて。


 あの頃と逆だ。


「今度はうまくやるから」


 フラワに言うと、またラビットボールを探した。


 しばらく下草を揺らして歩いたら、また見つけた。ラビットボールは本当にたくさんいる。助かるけどね。


 今度は、あの時フラワがやったみたいに、耳をつかんだ。

 よし、捕まえた。

 手の平でポンポンと殴って弱らせる。


 ぐったり、としたラビットボールを、ぼ~、と立っているフラワのところに連れて行く。


 ええと、どうやって倒させればいいんだ。

 ラビットボールは、もうほとんど動かない。ちょっとつついただけでも死にそう。


 フラワの足元に置いてみた。

 ラビットボールがフラワの足に、すがり付くみたいにくっつく。

 フラワはされるがまま。


 ダメだ。


 俺は、フラワを背中から抱きしめるみたいにしてくっついた。

 ラビットボールを蹴飛ばさせる。


 ラビットボールが、グニャっと潰れた。 

 よし、成功。


「やったね、フラワ」


 フラワに【EXP】が入ったかな。俺が倒したようなもんだしなあ。

 首をひねる。


 まあ、この調子で続けてみよう。


 思い直して、またラビットボール探しに戻る。

 

 今度は中々見つからなかった。おかげで、フラワと離れ過ぎてしまった。

 まずい、と気が付いた時には遅かった。


 フラワがいない。

 さ~、と体の内側が冷える。

 まずい、まずい、フラワ。


 フラワのいた場所に走って戻る。

 どこだ、どこに行った?


 いた。

 地面に倒れてた。

 その上に乗っかっているラビットボール。


 俺は飛びつくと、ラビットボールを投げ捨てた。


「フラワ、フラワ」

 フラワに呼びかける。


 フラワは、ぼんやりとしたまま、空を見ている。怪我は特にしていないようだけど。


 その時、いきなり後頭部を殴られた。

 大きく視界が揺れて。チカチカと頭の奥が光ってるみたいな感じで。

 そのまま、フラワにかぶさるように倒れた。


 背中になにかが乗ってる。柔らかい物。たぶんラビットボール。


 夢中でそいつをつかんで、地面に叩きつける。二度、三度。


 クソっ、頭が痛い。

 吐きそう。


 ラビットボールは動かなくなった。

 

 息を整える。

 ふと気が付くと、フラワの体の上にかぶさるようになっていた。

 フラワの柔らかい体。首筋に流れる汗。


 心臓の音が、いやに大きく聞こえた。


 半開きになったフラワの唇に誘われて、顔を近づける。

 途中で、はっ、として自分の頬を、思いっきり引っぱたいた。


 なに考えてんだ。

 こんなフラワに、なにしようとしてんだ。


「ごめん、フラワ」


 自分の頭を殴った。

 そうしたら、フラワがよくやっていた、私の馬鹿馬鹿馬鹿、って自分の頭を叩くやつを思いだした。

 すごく面白い顔をして。


 顔を手でおおった。

 クソっ、泣いてる場合じゃないだろ。



 結局、ハンズ・グリーンには、三日間、滞在した。

 ラビットボール狩り。ただ、冒険者ギルドに死骸をおろしに行くようなことはしなかった。

 ギルドカードは共通だけど、偽名を使っているからね。


 ラビットボールを弱らせてフラワに倒させる。

 それを何回も何回も続けた。

 こんな地道で面倒なことをフラワは俺のために、文句も言わずにやってくれたんだ。

 

 そう思うと、本当にフラワの優しさに頭が下がる。


 三日間で、三十体以上は倒したと思う。

 けど、フラワの様子に変わりはなかった。


 同じ作業を続けていると、だんだん慣れてきて、考え事をするようになる。

 これからどうしようか。

 このままラビットボールを倒してて大丈夫なのか。

 

 フラワの実家に行ってみよう。

 そんな結論に落ち着いた。

 彼女の祖母なら、なにか治療法を知っているかもしれない。なにしろ異世界から来た人だ。

 聖女様とも親しかったみたいだし。


 ただ、問題がある。

 彼女の実家がどこにあるのか、細かいことがわからない。

 確か、ブラド・オレンジと、ブレン・ブルーの中間あたりだって言ってた。

 一番近い街の名前は……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ