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絶対に君を

 フラワの調子が戻らないからといって、いつまでも同じ場所にいるわけにはいかない。

 水も食料も限りがあるんだ。

 生かされた命を、ちゃんと使わないといけない。ロイドさんとベルカーラさんの想いを、無駄にするわけにはいかない。


 フラワは、ぼんやりとしていて、ほとんど動かない。

 ただ、水を口にあてがってやれば飲むし、パンをちぎって口に当ててやれば食べる。


 そんな彼女を立ち上がらせて手を引いて歩く。きちんと歩いてくれた。

 丘を降りて道に戻る。

 とにかく、この国から出よう。


 できるだけ遠くに。

 フラワのことを治せる人を探しながら。


 俺は、歩きながら、たくさんフラワに話しかけた。

 フラワは返事をしてくれない。ただ俺の方を見るだけ。

 言葉は届いていないみたいだった。


 それでも飽きずに話しかけた。

 不安や、悲しさや、寂しさを、胸の中にとどめておけなくて。ただ、聞いて欲しかったんだ。



 ルーベルという街にきた。

 行きにも通り過ぎた小さな街だ。

 途中、荷馬車に乗せてもらったおかげで、すんなりと来ることができた。


 昨日の夜は結局一睡もできなかったから、眠くて仕方がなかった。荷馬車の後ろで揺られている時も、何度も何度も寝てしまった。


 もしものために、ロイドさんから大金を受け取っている。それこそ世界の果てにまで旅をしても足りそうなくらいの額。


「金はいくらあっても困らないからね。勇者の給金だと思ってくれよ」

 そんな風に言って笑うロイドさんの顔が思い浮かぶ。


 もっとたくさん話したかった。いろんなことを教わりたかった。

 今更、そんなことを思っても遅いのにな。


 小さな街だから、宿屋は二軒しかなかった。高そうな宿に泊る。贅沢をしたいわけじゃなくて、ただ、安全が必要だった。

 俺は強くない。旅の間、ベルカーラさんに剣を教わって、レベルアップもしたけど。

 それでも決して強くない。

 だから、気を付けないと。

 

 フラワがこんな調子だから、別の部屋というわけにはいかなかった。

 できるだけ、側を離れたくない。

 俺がなんとか進んでいけるのも、フラワがいてくれるからだ。


 彼女を失ったら、俺はきっと、もう立てなくなる。そんな気がした。


 食事は部屋に運んでもらった。

 久しぶりの温かい食事。熱いスープが美味しかった。

 フラワが火傷しないように、フウ、フウ、と冷ましてからスプーンを口に運ぶ。

 赤い唇が、ちゅっと吸い込んだ。 


「美味しい?」

 そう聞いても、フラワは答えない。


 椅子に座って、ぼ~、と俺の方を見ているだけ。 


 時間をかけて食事を取ったあとは、お湯を貰ってタオルで体を拭いた。

 部屋の隅で、フラワの視界に入らないようにして。


 フラワはどうしようか。

 できれば綺麗にしてやりたいけど。


 けど、彼女の体を拭いたりしたら、俺がなにかをしでかしてしまいそうで。

 結局、顔や腕、足を服だけにした。

 それでも、彼女の薄オレンジ色の柔らかい肌を拭いていると、なんだかいやらしい気持ちが起こってきて。

 そんな自分が情けなくて仕方なかった。


宿で温かい食事を取り、濡らしたタオルで体の汚れを取ると、どっ、と疲れが出た。

  

 フラワをベッドに寝かせて、俺も眠りにつく。まだ日は落ちたばかりだけど、眠くて眠くて、どうしようもなかった。



 ルース。

 ルース。


 フラワが俺を呼んでいる。

 元気で明るい声で。


 ああ、フラワ。俺、君にルースって呼ばれるのが、とても好きなんだ。

 自分が価値のあるものだって感じられる。

 俺が俺でいることをに、誇らしさを感じられるんだ。


 ルース。


 目を開けた。

 顔にかかる息。闇の中、見えないけれど、静かな寝息が顔にかかっている。

 すぐ側にあるフラワの顔を撫でた。


 あれ、なんで、ここで寝てるんだ?

 隣のベッドで寝かせたはずなのに。

 夢うつつで、そんなことを思いながらも、彼女の黒髪を指ですく。


 戻ったのかな。治ったのかな。


 そうだ。名前を呼ばれた。

 あれは本当に起こったことだったんじゃないか?

 治ったフラワが、俺を呼んでたんじゃないか?


 体を起こして、窓の方を見る。まだ暗い。

 日が昇る前だ。


 フラワを起こして確認したかったけど、こんな時間に起こすのはかわいそうだ。


 大丈夫、きっと治ってる。

 幸福感でいっぱいになりながら、目を閉じる。

 フラワと話したくて仕方がなかった。



 朝。

 今度は、しっかり日が上った後で。

 カーテン越しに差し込む日差しで、部屋は明るかった。


 フラワの頭が俺の胸に当たっていた。

 たくさん眠ったおかげか、頭はスッキリしていて。

 体に元気が満ち溢れていた。


 体を起こし、そっとフラワの頭を撫でる。

 フラワの寝息が止まり、まぶたがピクピクと動いた。


 その目がゆっくりと開く。

 ぼんやりとした目。

 失望が広がっていく。


 まだ寝ぼけているだけだ。

 希望にしがみつきながら、おはよう、と言った。


 フラワが俺を見る。黒い瞳には光が少なく。俺はそこに映っていないような気がした。


 ルースって呼んでいた。

 あれは、夢だったのかな。

 フラワはただ、寝ぼけて俺のベッドに来ただけで。


 失望に心が沈み込んだ。



 身支度を整えていると、少し元気になった。やっぱり、たくさん寝たのが良かったのかもしれない。

 

 朝食を部屋に持ってきてもらい、フラワに食べさせる。

 そうしながら、やっぱりいろいろ話しかけた。

 これからどうしようか、とか。

 どこに行けばいいのか、とか。


 もちろん返事はなくて。

 それでも言葉にすると、少しずつ考えがまとまっていった。


 フラワを治してくれそうな治癒師ヒーラー。この街にいるだろうか?

 いや、この国はできるだけ目立たずに、すぐに出て行きたい。どこから情報が漏れるかわからない。


 今までは、フラワやロイドさんがいろいろと考えて引っ張ってくれた。だけど、今は俺がやらないといけない。決めないといけない。


 フラワを治す。

 魔王に見つからないように隠れる。


 重要なのは、この二つ。


 フラワを治すには治癒師ヒーラーの助けがいる。ロベリアンネ神殿は、たぶんどの国にもあると思う。

 ただ、ブレン・ブルーのロベリアンネ神殿のことがある。危険かもしれない。


 だけど、ただの治癒師ヒーラーじゃあ、フラワを治せないかもしれない。


 ロイドさんとベルカーラさんの想い。

 フラワの笑顔。

 二つの間で揺れる。


 治癒師ヒーラーの上級職に診てもらう。できれば、大きな組織に所属していない人がいい。


 冒険者。

 うん、それがいいかもしれない。

 

 ガルレムト王国の隣国で、大きな冒険者ギルドがある街。今いる場所はかなり南寄りだから、ルシディア教皇国、クルネド王国、ヴァクテイン王国の三国が候補になる。

 中でも、クルネドが一番、近い。


 だけど、俺のことを知っている相手がいるかもしれない。

 王都でドラゴンと戦ったところを見た人もいるだろうし。


 ヴァクテインのブレン・ブルーでは、俺が勇者だと知っている人はいない。

 ロベリアンネ神殿そのものが吹き飛んでしまったんだから。


 行くならヴァクテインがいいかもしれない。

 俺の故郷も、フラワの故郷もある。だけど、俺を勇者だと知っている人はいない。


 フラワを見た。

 そういえばフラワが俺を実家に招きたいって言ってたっけ。

 

 うん、ヴァクテインにしよう。

 ここからなら、ヴァクテインの北の大都市ハンズ・グリーンかな。

 そこなら、大きな冒険者ギルドもあるだろうし。


 もし、そこでダメなら、フラワの故郷に行ってみるのもいいかもしれない。フラワの祖母は異世界から呼ばれたって言ってたし、なにか知っているかもしれない。


 行き先が決まると、やる気が出てきた。

 よし、まずはハンズ・グリーンだ。


「絶対治すからな、フラワ」


 俺の手からパンをかじっていたフラワが、ぼんやりとした顔で、俺を見ていた。

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