絶対に君を
フラワの調子が戻らないからといって、いつまでも同じ場所にいるわけにはいかない。
水も食料も限りがあるんだ。
生かされた命を、ちゃんと使わないといけない。ロイドさんとベルカーラさんの想いを、無駄にするわけにはいかない。
フラワは、ぼんやりとしていて、ほとんど動かない。
ただ、水を口にあてがってやれば飲むし、パンをちぎって口に当ててやれば食べる。
そんな彼女を立ち上がらせて手を引いて歩く。きちんと歩いてくれた。
丘を降りて道に戻る。
とにかく、この国から出よう。
できるだけ遠くに。
フラワのことを治せる人を探しながら。
俺は、歩きながら、たくさんフラワに話しかけた。
フラワは返事をしてくれない。ただ俺の方を見るだけ。
言葉は届いていないみたいだった。
それでも飽きずに話しかけた。
不安や、悲しさや、寂しさを、胸の中にとどめておけなくて。ただ、聞いて欲しかったんだ。
◇
ルーベルという街にきた。
行きにも通り過ぎた小さな街だ。
途中、荷馬車に乗せてもらったおかげで、すんなりと来ることができた。
昨日の夜は結局一睡もできなかったから、眠くて仕方がなかった。荷馬車の後ろで揺られている時も、何度も何度も寝てしまった。
もしものために、ロイドさんから大金を受け取っている。それこそ世界の果てにまで旅をしても足りそうなくらいの額。
「金はいくらあっても困らないからね。勇者の給金だと思ってくれよ」
そんな風に言って笑うロイドさんの顔が思い浮かぶ。
もっとたくさん話したかった。いろんなことを教わりたかった。
今更、そんなことを思っても遅いのにな。
小さな街だから、宿屋は二軒しかなかった。高そうな宿に泊る。贅沢をしたいわけじゃなくて、ただ、安全が必要だった。
俺は強くない。旅の間、ベルカーラさんに剣を教わって、レベルアップもしたけど。
それでも決して強くない。
だから、気を付けないと。
フラワがこんな調子だから、別の部屋というわけにはいかなかった。
できるだけ、側を離れたくない。
俺がなんとか進んでいけるのも、フラワがいてくれるからだ。
彼女を失ったら、俺はきっと、もう立てなくなる。そんな気がした。
食事は部屋に運んでもらった。
久しぶりの温かい食事。熱いスープが美味しかった。
フラワが火傷しないように、フウ、フウ、と冷ましてからスプーンを口に運ぶ。
赤い唇が、ちゅっと吸い込んだ。
「美味しい?」
そう聞いても、フラワは答えない。
椅子に座って、ぼ~、と俺の方を見ているだけ。
時間をかけて食事を取ったあとは、お湯を貰ってタオルで体を拭いた。
部屋の隅で、フラワの視界に入らないようにして。
フラワはどうしようか。
できれば綺麗にしてやりたいけど。
けど、彼女の体を拭いたりしたら、俺がなにかをしでかしてしまいそうで。
結局、顔や腕、足を服だけにした。
それでも、彼女の薄オレンジ色の柔らかい肌を拭いていると、なんだかいやらしい気持ちが起こってきて。
そんな自分が情けなくて仕方なかった。
宿で温かい食事を取り、濡らしたタオルで体の汚れを取ると、どっ、と疲れが出た。
フラワをベッドに寝かせて、俺も眠りにつく。まだ日は落ちたばかりだけど、眠くて眠くて、どうしようもなかった。
◇
ルース。
ルース。
フラワが俺を呼んでいる。
元気で明るい声で。
ああ、フラワ。俺、君にルースって呼ばれるのが、とても好きなんだ。
自分が価値のあるものだって感じられる。
俺が俺でいることをに、誇らしさを感じられるんだ。
ルース。
目を開けた。
顔にかかる息。闇の中、見えないけれど、静かな寝息が顔にかかっている。
すぐ側にあるフラワの顔を撫でた。
あれ、なんで、ここで寝てるんだ?
隣のベッドで寝かせたはずなのに。
夢うつつで、そんなことを思いながらも、彼女の黒髪を指ですく。
戻ったのかな。治ったのかな。
そうだ。名前を呼ばれた。
あれは本当に起こったことだったんじゃないか?
治ったフラワが、俺を呼んでたんじゃないか?
体を起こして、窓の方を見る。まだ暗い。
日が昇る前だ。
フラワを起こして確認したかったけど、こんな時間に起こすのはかわいそうだ。
大丈夫、きっと治ってる。
幸福感でいっぱいになりながら、目を閉じる。
フラワと話したくて仕方がなかった。
◇
朝。
今度は、しっかり日が上った後で。
カーテン越しに差し込む日差しで、部屋は明るかった。
フラワの頭が俺の胸に当たっていた。
たくさん眠ったおかげか、頭はスッキリしていて。
体に元気が満ち溢れていた。
体を起こし、そっとフラワの頭を撫でる。
フラワの寝息が止まり、瞼がピクピクと動いた。
その目がゆっくりと開く。
ぼんやりとした目。
失望が広がっていく。
まだ寝ぼけているだけだ。
希望にしがみつきながら、おはよう、と言った。
フラワが俺を見る。黒い瞳には光が少なく。俺はそこに映っていないような気がした。
ルースって呼んでいた。
あれは、夢だったのかな。
フラワはただ、寝ぼけて俺のベッドに来ただけで。
失望に心が沈み込んだ。
◇
身支度を整えていると、少し元気になった。やっぱり、たくさん寝たのが良かったのかもしれない。
朝食を部屋に持ってきてもらい、フラワに食べさせる。
そうしながら、やっぱりいろいろ話しかけた。
これからどうしようか、とか。
どこに行けばいいのか、とか。
もちろん返事はなくて。
それでも言葉にすると、少しずつ考えがまとまっていった。
フラワを治してくれそうな治癒師。この街にいるだろうか?
いや、この国はできるだけ目立たずに、すぐに出て行きたい。どこから情報が漏れるかわからない。
今までは、フラワやロイドさんがいろいろと考えて引っ張ってくれた。だけど、今は俺がやらないといけない。決めないといけない。
フラワを治す。
魔王に見つからないように隠れる。
重要なのは、この二つ。
フラワを治すには治癒師の助けがいる。ロベリアンネ神殿は、たぶんどの国にもあると思う。
ただ、ブレン・ブルーのロベリアンネ神殿のことがある。危険かもしれない。
だけど、ただの治癒師じゃあ、フラワを治せないかもしれない。
ロイドさんとベルカーラさんの想い。
フラワの笑顔。
二つの間で揺れる。
治癒師の上級職に診てもらう。できれば、大きな組織に所属していない人がいい。
冒険者。
うん、それがいいかもしれない。
ガルレムト王国の隣国で、大きな冒険者ギルドがある街。今いる場所はかなり南寄りだから、ルシディア教皇国、クルネド王国、ヴァクテイン王国の三国が候補になる。
中でも、クルネドが一番、近い。
だけど、俺のことを知っている相手がいるかもしれない。
王都でドラゴンと戦ったところを見た人もいるだろうし。
ヴァクテインのブレン・ブルーでは、俺が勇者だと知っている人はいない。
ロベリアンネ神殿そのものが吹き飛んでしまったんだから。
行くならヴァクテインがいいかもしれない。
俺の故郷も、フラワの故郷もある。だけど、俺を勇者だと知っている人はいない。
フラワを見た。
そういえばフラワが俺を実家に招きたいって言ってたっけ。
うん、ヴァクテインにしよう。
ここからなら、ヴァクテインの北の大都市ハンズ・グリーンかな。
そこなら、大きな冒険者ギルドもあるだろうし。
もし、そこでダメなら、フラワの故郷に行ってみるのもいいかもしれない。フラワの祖母は異世界から呼ばれたって言ってたし、なにか知っているかもしれない。
行き先が決まると、やる気が出てきた。
よし、まずはハンズ・グリーンだ。
「絶対治すからな、フラワ」
俺の手からパンを齧っていたフラワが、ぼんやりとした顔で、俺を見ていた。




